2010年 05月 31日 ( 1 )

뿌리서점5

今度もまた、文字数が制限を超過してしまった。それで、4たび新しく記事を立てることになった。以前の書き込みは次の通り。

 뿌리서점 (2009年10月28日~2009年12月27日)
 뿌리서점2 (2009年12月30日~2010年1月31日)
 뿌리서점3 (2010年2月6日~2010年2月20日)
 뿌리서점4 (2010年2月21日~2010年4月24日)

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2010年5月30日、日曜日。21時ごろ、家族で食事に行った帰りに뿌리서점に立ち寄った。店内は客が多く、すれ違いの出来ない通路では、一人の客が通路から出ようとすると、その手前にいる人たちは、いったん通路から出なければならない。通路にいる客よりも奥に行く場合も同じだ。その客にいったん出てもらい、自分が入ってその客も入りなおす。そうやって、何度も出たり入ったりを繰り返す。そんな混雑の中でも、次男は自分が座って本を読める場所を見つけ、さっそく漫画本を手に取って読み始めた。

妻は、本棚のいちばん上にある日本の文庫本を取ろうとして、木の足台に乗ったけれど、手が届かなくて、私に助けを求めた。뿌리서점は数年前に盗難事件があってから、脚立を処分してしまったので、背の低い人は高いところにある本が取れなくなったのだ。

私は主人に、この店は来るお客さんも面白い人が多いですねえ、と言って話しかけた。特に、この間の日本を賛美する客には驚いたということを話した。そして、その人の言った、“韓国を取り返す”と言った人物の名をインターネットで検索したけれど、料理家などが出てくるばかりで、それらしき人物は見当たらなかったと言った。

すると主人は、ここには実に様々な人がやって来ると言った。大韓民国は自由主義国家だから何を話しても自由なのだと言いながら、ある人は、自分の主義とは逆の発言をしながら相手の思想を探ったりもするという話をした。たとえばその人は、進歩主義者の悪口を散々言ったけれど、実際には本人は進歩主義者で、もし自分の話に同調すれば、その人は保守主義者ということになる。主人はその話をしながら、まったく彼と話をしていると何が本音なのか全然分からなくなると言った。

主人がその話をしていたとき、中年の女性客が『소피의 세계』という3巻の本を持ってきた。主人は8千ウォンだと言った。女性が1万ウォン札を差し出すと、主人は千ウォン札を3枚渡し、おまけだと言った。女性客は喜んで帰って行った。

妻が奥の本棚から私を呼ぶ声が聞こえた。行ってみると、床に紙コップが落ちて、通路はコーヒーの海になっていた。本の山の上に紙コップを置いておいたら、上から本がドサドサと落ちてきて、紙コップを落としてしまったのだそうだ。妻はかばんからちり紙を数枚出して床に落とし、その上に足を下ろして濡れた床を拭いた。すぐに主人がやってきて、妻が拭き残した部分を拭き取った。妻がごめんなさいと謝ると、かまわないと言った。結局私はそばに突っ立っていただけで、何もしなかった。

たぶん、こうやって客がコーヒーをこぼしてしまうことは、よくあるに違いない。私が買った本にも、コーヒーの染みが付いていることがある。このように、客がコーヒーをこぼしても大して気にしないのは、뿌리서점の主人の大らかな性格によるだろう。また、コーヒーで本が汚れるという事故があっても客にコーヒーを出し続けるのは、それだけこの小さなサービスによる実入りが大きいということもあるかもしれない。

책방진호の主人が店に入ってきたので、握手をして挨拶を交わした。そして妻を紹介し、妻に、以前노량진にあった古本屋の主人だと紹介すると、妻も、ああ한샘학원のところにあった古本屋ですねと言って、挨拶をした。책방진호の主人は、週に2度は뿌리서점に行くと言っていたから、今夜も本の調達に来たのだろう。このように、韓国の古本屋は他の古本屋を回って本を買うことがある。日本の古本屋はどうなのだろうか。

主人がコーヒーを淹れる台の上に、きれいな写真がちりばめられたポスターのようなものが数十枚、置いてあった。「골목빛, 골목동네에 피어난 빛깔」と書いてある。これは何ですかと聞くと、최종규氏が置いて行ったもので、写真展の案内だということだった。韓国の裏通りを撮った写真で、生活の匂いの漂う何ともいえない風情がある。최종규氏は『모든 책은 현책이다』(그물코、2004)の著者で、古本屋を巡り歩いて記事を書く作家であるだけでなく、写真家でもある。

写真展をやっている場所は「인천 배다리 헌책방거리 한켠에 깃든 책쉼터 <나비날다>와 <배다리, 작은책, 시가 있는 길> 두 곳에서 함께」ということで、期間は「2010년 5월 1일부터 7월 31일까지」ということだ。인천はちょっと遠いけれど、「사진 구경하는 삯은 없습니다」というので、関心のある人は、行ってみるといいだろう。このポスターをもらってもいいですかと尋ねると、どうぞどうぞと言うので、私も1枚もらった。

今日は、妻の選んだ本だけ買った。長男も次男も、本を買うことには関心がなかったし、私はゆっくり選ばないと買いたい本が決まらない。妻が買ったのは、『君の名は2』(菊田一夫著、河出文庫、1991)。主人にいくらですかと聞いたら、1万ウォンというので、1万ウォン札を渡すと、えっ本当に1万ウォン?と言って驚いた。千ウォンのつもりで言ったのだった。

帰りに長男が、redenomination という言葉を知っているかと言う。どういう意味かと聞くと、お金の単位を変えることだという。つまり、デノミというやつだ。何でそんな話をするのかと思ったけれど、長男は뿌리서점で本代を払うときの奇妙なやり取りを見ていたから、それを考えていて、ふと学校で習った英単語を思い出したのかもしれない。
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by ijustat | 2010-05-31 11:48 | Bookshops