2009年 08月 09日 ( 2 )

アラビア語講座

うちの教会でアラビア語講座があることを、2週間前に妻が教えてくれ、受講料までくれた。今日はいよいよその講座の初日である。

c0019613_21424920.jpg講座は週1回で全8週。受講料は2万ウォン。1回の受講料がたった2,500ウォンの計算だ。そういう講座に、なんと先生が2人も付く。1人は韓国人のアラビア語通訳者で、もう一人はアラビア語圏から来た母語話者の先生。教えるアラビア語は、いわゆる標準アラビア語。

まさか8週間で基礎力が身に付くとは思われないので、文字が読み書きできることを目標にして受講した。文字さえ読み書きできれば、あとは一人で勉強することができるからだ。韓国語もそうだったから、アラビア語もきっとそうだと思う。
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もっとも、先生は二人とも教えるプロではないので、勉強する方としてはちょっと大変だ。文字の形を認識し、音声を認識して、その両者を頭の中で一致させなければならないのだけれど、文字の説明と発音の説明が錯綜として、聞いているうちに混乱してきた。文字ばかりでなく、発音もさっぱり分からない。アラビア語には各種の喉音があるけれど、実際に聞いてみると、どれも同じように聞こえてしまう。アッリフとアインの聞き分けなんて、絶望的だ。

実は、私は語学教師として、うまく行かない授業を受けると学習者はどんな状態に陥るのかを、実地で経験するいい機会になった。たとえば、文字の説明で、習っていない文字まで入れて、このように使われると紹介されても、あまり役に立たないことが分かった。前後の文字が分からないので、せっかく今習っている文字も、よく分からないのだ。私は自分のサイトに、ア段から順に提示した文字だけが入った語句を掲げている「ひらがな用例集」を作り、教材を作る人の用を足すようにしているけれど、こういう努力の重要性をひしひしと感じた。

それから、アラビア語は一つの文字に、独立形・語頭形・語中形・語末形と、4つの形がある。これは記憶に急激な負担をかけるので、学習者はパニックに近い状態に陥りやすい。教えるときは、なるべくゆっくりと体系的に、練習させながら教えてほしかった。あまりにもすばやく通り過ぎたので、ろくに書き写すこともできず、ただただ当惑するばかりだった。

書き方に関しても、母語話者の先生は一貫として板書するとき文字の前に立ちはだかってしまい、書いているところが見えなかった。「書いているところが見えるように書いてください」と要求したけれど、最初は形だけ見ればいいと言われてしまった。だけど、授業中板書されたなら書き取らなければ。単語を書き取るのは絶望的だったので、せめてもと、文字だけでも書き写した。書き方はあとで教えられた。でも、そうやると、最初に文字を全部板書して見せてくれたのはあまり意味がなかったことになる。他の受講生の中にも、教え方に注文をつけた人がいた。その人も職業は教師にちがいない。

発音に関しても、音声学的な説明とは異なる方法で説明するので、一部はその音の特徴が理解できなかった。私は音声学的な説明をしてくれないと、どうその音を把握したらいいのか、どう発音したらいいのかが、分からないのだ。それから、2~3回その音を聞いたくらいでは、特徴をつかむことすらできないことがわかった。音の理解は、いやになるほど反復してやっと、少しだけ分かってくる。

それから、挨拶言葉をいくつか教わったけれど、発音は各自ハングルで書き取るようにと言われた。でも、ハングルであれローマ字であれ、かまわないから、できれば板書してほしかった。私は音がきちんと判別できなくて、いくつかの挨拶は書き取れなかった。たとえハングルがアラビア語の音とかけ離れているといっても、何かが書いてあれば、それを足場にして理解することはできる。

あとになって、そんなことを考えたけれど、それでも今日先生がおそらく目標にしていたところは身に付いたようだ。今日は、最初のいくつかの字母と、それから母音記号を覚えた。帰りのバスの中では、デジカメで撮った板書を見ながら復習し、帰宅後は、今日配られたプリントを見ながら文字を判別する練習をしてみた。

まあ、先生の教え方を云々するのは、立派な学習者ではない。勉強は本来自分でするものだ。先生は何らかの面においてその助けになればいい。運良く、上手に導いてもらえればなおいいけれど、そうでなくても自分で身に着けられるようにならなければ、いくら先生がよくても、身に付くものも身に付かないだろう。私は、自分の前に立っている2人の先生が自分だったらという仮定で考えた。私だって、大なり小なり、似たような失敗をしているかもしれない。

日本語教師は、こういう授業をしばしば受けてみるべきだと思う。できれば、教え方のあまりうまくない先生から習った方がいい。上手な先生から習うと、自分に理解する才能があると勘違いしてしまいやすいから。知識は十分にあるけれど、教え方は素人の先生から習うと、本来の自分の学習能力が如実に現れてくる。今回私が受けた授業は、そういう先生(たち)によるものだった。なるほど学生たちはこうやって苦労するのか。

c0019613_23281030.jpg板書を見れば分かるとおり、手で書かれたアラビア文字は、まるで速記文字のようだ。もしかしたら、速記文字の考案者は、アラビア文字からヒントを得たのかもしれない。文字の一部でも判別できるようになると、気分がいいものだ。

アラビア文字の世界が、少しだけ開けてきた。
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by ijustat | 2009-08-09 22:05 | Language Learning

拉麺魁(라멘카이)

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この店へ食べに行く人といえば、1)たまたま店の前を通りかかった韓国人、2)日本のものに関心のある韓国人、3)韓国に住んでいる日本人、4)日本国内に住むラーメン狂で海外のラーメンにまで手を出す人だろう。つまり、韓国に関心のある日本人の旅行客でわざわざこの店に足を運ぶのは、見当違いということだ。

c0019613_3158.jpgしかし私はこの店が意外と気に入っていて、時々足を運ぶ。そのわけは、第一に、深夜営業をやっていること。午前4時までやっているそうだ。第二に、夜中には近所に車を停めてもとがめられないこと。第三に、店内の落書きが目を引くこと。そして第四に、ラーメンの味も悪くないことだ。

もちろん、本場の味を期待してはいけない。日本以上に味の優れた日本料理を作る韓国の日本料理店なんて、考えられない。そういうわけで、私は日本に帰ると、寿司、てんぷら、ラーメン、チャーハン、餃子、カレー、うどんなど、日本の料理を貪るのである。(父が、ラーメン、チャーハン、餃子、カレーを日本の料理だと私が言うのを聞いて、何をかいわんやと憤慨していた。しかしそれは見当外れというものだ。どこの国へ行って、日本のラーメン、餃子、カレーを食べられるだろうか!)

c0019613_2453152.jpgこの拉麺魁(라멘카이)という店は、홍대입구の学生街にある。この学生街は他の学生街とは印象が違う。홍익대학교は美術が有名なせいか、一帯の街づくり全体が、奇抜なデザインに満ちているのだ。特にこの拉麺魁がある通りは、公園のようになっていて、歩き回るだけでも楽しい。私が韓国に来た1990年には、ここは田舎道みたいに埃っぽくて、近くには田んぼがあった。そのときそこの通りの古本屋で買った本を今も持っているけれど、そこがどこだったか、正確な地点を特定することは、もう無理だ。

c0019613_2521843.jpg今回は、長男と一緒に行った。長男は食べ物にあまりこだわらないので、付き合いやすい。今夜もまた、홍대입구へラーメンを食べに行こうか、と誘うと、一言も文句を言わずについて来た。

私たちが食べたのは、上の写真にある시오라멘(塩ラーメン)。6千ウォンだ。味は関東地方のラーメンに比べると薄めで、関東人のくせに味の濃い料理が苦手な私には、ちょうどいい。わりと野菜がたくさん入っているので、食べたあと、さっぱりした快さが残る。チャーシューも美味しかった。

ちなみにメニューの一部を紹介すると、스테미너라멘 15,000원、가라미소라멘(메운맛) 7,000원、돈꼬츠라멘(진한육수맛) 7,000원、미소라멘(된장맛) 6,000원、쇼유라멘(간장맛) 6,000원, 시오라멘(소금맛) 6,000원。ハングルさえ読めれば、韓国語がよく分からなくても料理が選べる。

少し説明を加えれば、「스테미너」は「스태미나」が正しい表記だ。正しいとは言っても、それに対する反発もあるので、あまり態度を大きくすることは出来ないかもしれないけれど、いくら考えても「스테미너」は変だ。しかし、Google で検索してみれば分かるけれど、標準形の「스태미나」(約 76,200 件)よりも、非標準形の「스테미너」(約 83,500 件)の方がたくさん使われている。

それから、「돈꼬츠」(Google では約 5,040 件検出)は、現行の外来語表記法では「돈코쓰」(約 489 件)が正しく、고려대학교の主張する表記によれば「돈코츠」(約 24,900 件)となる。1988年以前の表記だったら「돈꼬쯔」(約 313 件)だ。つまり何が言いたいかといえば、「돈꼬츠」という綴り方は、数こそ多いけれど、権威あるどの表記にも引っかからないということだ。

いや、本当は文句が言いたかったのではなく、日本語をハングルで表記した名前の右にある括弧の中の言葉は、その日本語の意味を解説している部分であることを言いたかったのだ。「돈꼬츠라멘」の説明にある「육수」とは、肉を煮出したスープのこと。私の手元にある『엣센스韓日辞典』(民衆書林)では、「肉を煮出した汁」と書いてある。なんだか食欲が落ちそうな説明だ。けれども「육수」はたいてい美味しいものだ。このメニューでは、とんこつスープを「진한 육수」と訳している。「진한」は「濃い」とか「濃厚な」という意味だ。

今夜は店に出ていなかったけれど、店長は日本語が流暢だ。日本に何年か住んでいたそうだ。日本での生活経験が、홍대입구の雰囲気とあいまって、店の独特な感じを作り出しているのだろう。たしか初めてこの店に行ったときだったか、店に本を置き忘れてしまった。帰宅後に気がついて電話すると、店長が出て本の名前を言った。店長は日本語が読めることも、それで明らかになった。

拉麺魁の住所は서울시 마포구 동교동164-10。地下1階にある。電話番号は、02-352-6951。駐車場は“엄두도 못 내!”だけれど、深夜に行けば、その辺に停めることが出来る。まあ、自己責任においての話だけれども。
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by ijustat | 2009-08-09 03:15 | Restaurants