Εγώ ειμι.

昨日は暑くて頭が回らなかった。それに採点もあって、他のことは何もできなかった。それで、夜中に妻と一緒にEマート(=이마트)へ買い物に行ったとき、妻が買い物をしている時間を利用して、車の中で“Ευαγγέλιον το κατά Ιωάννης”の18章を読み始めた。

この箇所は、深夜ケドロンの園でキリストが捉えられる場面だ。この箇所で特に印象的なのは、キリストの“Εγώ ειμι.(私だ)”という言葉だ。

群集が提灯や松明を携えて闇の中を近付いてくると、イエス様は進み出てきて、“Τίνα ζητείτε;(誰を探しているのか)”と言う。私ならば逃げてしまうが、イエス様は逃げない。そして群集の代表が“Ιησούν τον Ναζωραίον.(ナザレ人のイエスだ)”と答えると、イエス様は“Εγώ ειμι.”とお答えになる。

自分が捕らえられ拷問された挙句に殺されることが分かっていながら、こう言える勇気は信じがたい。群衆もその勇気に気圧されたようだ。“ως ουν είπεν αυτοίς ότι Εγώ ειμι, απήλθον εις τα οπίσω, και έπεσον χαμαί.(彼が群集に「私だ」と言うと、群集は後ずさりし、地に倒れた)”と書いてある。

そういえば、1932年に起こった五・一五事件で犬養毅首相が暗殺されるとき、暗殺者らが首相のいる応接室へ闖入すると、首相は立ち上がり、平然として「話せば分かる」と言ったという。そのとき先頭にいた者たちはひるんで後ずさりしたそうだ。しかし、後ろにいた将校が「撃て!」と叫んで、結局首相は殺された。このときの犬養首相の態度と、キリストの堂々とした“Εγώ ειμι.”という言葉とが重ね写しになった。群集の先頭にいた人々は、闇の中から現われたキリストの平然とした態度に、気が動転し、後ずさりしてこけてしまった。そうしたら、他の人々もへっぴり腰になっていたものだから、将棋倒しに皆倒れてしまった。

実は、上の引用文の最後のところにある“έπεσον χαμαί(<彼らは>地に倒れた)”の“χαμαί(地に)”は、聖書ではどうもこの箇所にしか出てこない単語のようだけれど、実は“χαμομήλι(=カモミール)”の“χαμο-”と同じものだ。つまり、カモミールの「カモ」は“地”という意味なわけだ。ちなみに「ミール」は“林檎(μήλο)”という意味だ。なぜこの植物を“地の林檎”と呼ぶのかは分からないけれど、とにかくそう呼ばれている。そんなことを考えていたら、急にカモミールが飲みたくなり、家に帰ったあと、カモミールをいれて妻と一緒に飲んだ。とてもおいしかった。
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by ijustat | 2005-06-21 13:29 | Greek


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