εάν ευλογών ευλογήσης με.

昨夜寝る前に“Ευαγγέλιον το κατά Ιωάννης”の17章の中ほどまで読み、今日は朝の授業を終えて帰ってきたあと残りを読み終えた。ここはキリストの祈りで占められて、今まで見なかったような定型的な表現がたくさん用いられる。特に“ίνα”が多く用いられるのは印象的だ。

ずいぶん込み入った構文があった。“πάτερ, ους δέδωκάς μοι, θέλω ίνα όπου ειμί εγώ, κακείνοι ώσι μετ' εμού.(父よ、私に下さった人々が私のいるところに、ともにいてくれたらと(私は)願っています)”(17:24)という文で、自由な語順の中で包み込むように表現するのを好むギリシア語らしい構文がよく表れていると思う。英語の聖書(NIV)では“Father, I want those you have given me to be with me where I am.”と訳されていた。これでビビるなかれ。上の原文を大体逐語的に英語に置き換えると、こんなになってしまう。

“Father, those you have given me, I want where I am, (also) them to be with me.”

ところで、このブログはギリシア語の入力までできて優秀なのだけれど、Palatino Linotype や Tahoma が使えないらしく、古典ギリシア語に用いる πολυτονικό σύστημο の表示ができない。それで、現代のギリシア語表記に用いられる μονοτονικό σύστιμο を使用している。だから、“ους”を見て“耳 /us/ ”かと思った人もいるかもしれない。でもこれは関係代名詞の男性複数対格 /hus/ だ。

ちなみに、イエス様の祈りでは動詞の命令形が多用されるけれど、“Septua Ginta(=七十人訳)”に出てくるヤベツの祈りでは、“εάν+接続法”が用いられている。

“Εάν ευλογών ευλογήσης με και πληθήνης τα όριά μου και η η χειρ μετ' εμού, και ποιήσεις γνώσιν του μη ταπεινώσεί με.(願わくは、私への祝福に祝福を重ねてくださり、私の地境を増やしてくださり、あなたの御手が私とともにあり、私が肩身の狭い思いをしないように評判よき者にしてください。)”(Παραλειπομένων Α' 4:10)

私もいつの日かギリシア語で祈れるようになりたい。
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by ijustat | 2005-06-20 11:55 | Greek


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