Boys, be ambitious! …の続き

札幌農学校に8ヶ月間(1876年7月~1877年5月)赴任した William Smith Clerk が離日の際に発したとされる“Boys, be ambitious!”ということば。

このことばには続く言葉があったという説が昔から知られている。まだインターネットがなかったころ、短大の英文科に入った従姉から“Boys, be ambitious”には“like this old man”ということばが続くと聞いたことがある。当時はこの説ひとつしか知らなかった。

しかし、最近になってウィキペディアをはじめとするインターネットを調べてみると、以下のようにずいぶんたくさんの説が集められる。
Boys, be ambitious in God.
Boys, be ambitious in Christ.
Boys, be ambitious for Christ.
Boys, be ambitious for the things of Christ.
Boys, be ambitous! Be ambitious not for money or for selfish aggrandizement ...
Boys, be ambitious for the attainment of all that a man ought to be.
Boys, be ambitious of learning about knowledge of Jesus Christ.
ウィキペディアではさらに、「『Boys, be ambitious』は、クラークの創作ではなく、当時、彼の出身地のニューイングランド地方でよく使われた別れの挨拶(「元気でな」の意)だったという説もある」とも指摘している。もしこの説が本当だとすれば、この言葉をクラーク博士は札幌農学校の学生たちの前で何度か口にしていたかもしれない。

“Boys, be ambitious”ということば自体が疑われたこともあった。ウィキペディアの記事では、一期生の大島正健がクラーク博士との離別を描いた漢詩に、「青年奮起立功名」とあることから、“Boys, be ambitious”はこれを逆翻訳したものと言われていた時期もあったと述べている。

その漢詩について、大島正健の孫であられる大島智夫氏は、馬上でクラーク博士がいった言葉を詩にしたものであると述べている。その漢詩の全文が大島氏の文章に引用されている。内容は以下の通り。
(http://www2.cubemagic.co.jp/hokudai/elm/elm/41/ooshima.html)
青年奮起立功名
馬上遺言籠熱誠
別路春寒島松驛
一鞭直蹴雪泥行
この漢詩について大島氏は、「祖父は日記をつけるように漢詩をよむ習慣がありましたから、この詩も後の作でなく、その時の即吟なのです」と述べている。

ところで、先ほどの“Boys, be ambitious like this old man.”は一期生の人たちにも確認を取られているというから、他の諸説よりは信憑性が高そうだ。先ほどの大島氏の文章に、以下のように記述されている。
 北大百年史通説に秋月俊幸氏が「交友会誌からみた札幌農学校の校風論」という論文を寄稿されています。それによると明治25年に学生が創立15年になるのに札幌農学校には明確な校風がない事を憂えて予科主任大島正健教授に「我が先師ウイリアム・クラーク氏」という題の講演を依頼し、大島は全校生徒を前に慷概熱心な語調で講演したとの記事があります。大島正健に私淑していた予科生安東幾三郎は、その時の感激をまとめ、祖父が札幌を去った後の明治27年から28年にかけて、同窓会雑誌「恵林」に11~16号に「ウイリアム・クラーク」の題で連続投稿をしました。その13号にクラーク博士は島松の別れに際し馬上より“Boys, be ambitious like this old man”と叫ばれたとの祖父の言葉が引用されていたのです。この資料は本来、高倉新一郎氏が見つけられたもので、昭和47年の学士会報715号に紹介されました。クラーク博士の別離の言葉が公表されたのはこれが最初です。安東は当時札幌にいた一期生佐藤昌介、伊藤一隆、内田瀞らを尋ねてこれを確かめて同意を得ているので、この言葉がクラーク博士の別離の言葉であった事は間違いありません。

 祖父は後に内村鑑三の求めに応じて内村の編集していた英文雑誌 Japan Christian Intelligencer, Vol.1,No.2 に“Reminiscence of Dr.W.Clark”と題して寄稿し、その中で「He mounted again on horse back and taking rein in one hand, and a whip in the other looked back toward us, and called aloud: “Boys, be ambitious like this old man”. He gave one whip to his horse, and straightly went off.」と述べました。文中のクラークの言葉は上記の安東の記録と一致しています。
つまり大島氏は、“Boys, be ambitious”ということばが本当にクラーク博士の口から出たということと、その言葉には“like this old man”ということばが後続していたことを述べている。

この名言がミステリアスになったいきさつ――このことばがその後忘れられ、のちに再び日の目を見るようになり、さらに後半の部分が切り捨てられたいきさつについては、大島氏の文章に詳しく記されている。

いずれにしても一次資料が存在しないことから、この名言の続きがどうだったのかはミステリアスなままだ。ただし、信頼性という点から見れは、これがいちばん取り上げるべき文献といえる。つまり、“... like this old man”説を無視して他の説を挙げるのは妥当ではないわけだ。

結局、昔知っていた説一つで十分なのかもしれない。
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by ijustat | 2012-06-26 19:05 | English


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