남문서점

2010年2月28日、日曜日。김형석の『망치 들고 철학하는 사람들』という本がほしいと思って探すと、남문서점のサイトにあった。値段はたったの3,000원。

なぜこの本を探す気になったかというと、『고서점의 문화사』(이중연著、혜안、2007)という本で引用されていて、興味を持ったからだ。次のように引用され、脚注にその本の名前が挙がっていた。

강점 말기의 독서기록을 남긴 김형석은 당시 일제의 식민정책이 한국 것을 말살시키고자 한 데 대한 반발로 우리 것, 곧 『단종애사』『마의태자』『원효대사』『금삼의 피』 같은 한글 역사소설을 읽었다고 했다. (95쪽)
김형석は연세대학교の哲学科教授だった人で、随筆家としても名高かった。その文体は繊細・内省的で、読者に親しく微笑みかけてくるような筆致が私も好きだ。その人の書いた読書に関する歴史的証言ということで、興味を持った。

この1冊でやめてもよかったのだけれど、택배비が3,000원かかる。それで、ほしかった本をもう少し探してみると、허웅の『우리말과 글의 내일을 위하여』と『이삭을 줍는 마음으로』が出てきた。そこで、買ったのは次の3冊。

 『우리말과 글의 내일을 위하여』(허웅著、과학사、1974。1976年再版。3,000원)
 『이삭을 줍는 마음으로』(허웅著、샘 문화사、1987。1991年重版。8,000원)
 『망치 들고 철학하는 사람들』(김형석著、범우사、1996初版2刷。3,000원)

以上、택배비を含めて22,000원。

受け取ったのは、3月3日水曜日。本の状態は、どれも良好だった。蔵書印が押してある以外は、書き込みもないし、汚れも付いていない。さすがに『우리말과 글의 내일을 위하여』は紙が劣化しかけてきているけれど、丁寧に扱われていたことが分かる。それは古本屋の手柄というわけではないとは思いつつも、何となく好感を持ってしまう。

ところで、『우리말과 글의 내일을 위하여』も『이삭을 줍는 마음으로』も、韓国の言語政策に関する著者の考えを綴ったものだ。日本人の私には、直接の関係はないとは言うものの、韓国語で話したり書いたりするときには、少なからず気になる部分だ。それに、このような本を捲っていると、意外な事実に驚かされもする。

『우리말과 글의 내일을 위하여』を見ると、次のようなことが書いてある。

사전을 뒤적여 보면 우리말에도 이런 말이 있었던가 하고 탄복할 정도로 우리말의 어휘는 반곤하지 않다. 「엇셈, 붐비다, 배앓이, 눈치레, 눈웃음, 눈비음, 설빔, 사니 (모래가 많은 수렁), 사래 (밭이랑의 길이), 배웅」 등등, 우리들이 그다지 잘 쓰지 않는 말들이 수록되어 있다. (17쪽)
これを読んで驚くのは、허웅先生が70年代初め頃、あまり用いない語として挙げたものの中に、現在はごく普通に用いられているものも含まれていることだ。「붐비다」「눈치레」「눈웃음」「배웅」のような語は、今は普通に使われている。ということは、その後の努力によって多くの固有語が復活しているということだ。

허웅先生は観察力のある学者で、表記に地域差があることに目を留め、「부산에서는 대부분 「냇과, 칫과」로 표기하는데, 서울에서는 「내과, 치과」가 우세하다」(21쪽)と証言している。これらの語の発音は、ソウルもプサンも同じだ。それなのに表記には違いがあったというのは興味深い。観察力というのは、卑近なものにこそ注意深く目を留める態度だ。学問していると自負する人にとって、それはけっこう難しいのだ。

この文章には허웅先生の考えが表れていて、「말은 풍부하면서 동시에 쉬워야 한다」(18쪽)と主張している。私もこの意見に同感なのだけれど、諸手を挙げて同意していいかどうかは、ためらいを感じる。

4年前、한영균先生の研究室にお伺いしたとき、私は日本語の表記が複雑なことをぼやいた。すると先生は大きな声で、「쉬우면 안 돼!」と言われた。国語醇化(말다듬기)運動の先頭に立っているはずの、연세대학교の教授がそういうものだから、心底驚いた。

허웅先生の「쉬워야 한다」と、한영균先生の「쉬우면 안 돼」というのは、どちらもそれぞれの学識から出てきた考えで、そのどちらにも私が反論する資格はない。けれど、薄々感じられることは、私たちの用いる言語は、簡単でなければならないと同時に、簡単すぎてもいけないという、矛盾した側面を持ち合わせているということだ。

남문서점については、한겨레신문の임종업記者が、2006年4月27日付の「헌책방 순례」(http://www.hani.co.kr/arti/SERIES/20/119340.html)で書いている。タイトルに「서울~수원 거리감 인터넷으로 좁히니」とあり、副題に「서울 대구 전라도…방방곡곡이 고객층」あって、2006年の時点ですでに全国に販売網を得ていたことが分かる。

主人の名は윤한수氏といい、남문서점を始める以前から、在庫図書を取り扱う仕事で稼いでいたそうだ。それは、この記事によると次のようであった。

일찍 군대를 갔다 와 청계천 8가에서 재고도서를 취급하는 서울서적총판에서 일을 배웠다. 영등포, 신촌로터리, 광교 등지에서 한두 달 빈 점포를 빌려 ‘특판도서’를 팔아 재미를 봤다. 잘 나갈 때는 하루 한 트럭을 팔아 치웠다.
このようにして利益を得たのち、수원に店を開く。記事は続く。

그러다 집 근처인 수원에 자리잡은 게 15년전인 1991년. 재고도서를 안고 왔으나 5년전쯤 헌책으로 중심을 옮겼다. 재고도서는 구하기 쉽지만 좁은 바닥에서 소화할 수 없다는 판단 때문. 지금은 지하 60평 매장에 발안동에 100평 창고를 갖고 있는데 1년 전만해도 따로 일층 매장이 있었다. 2003년 시작한 인터넷이 자리잡으면서 굳이 지상매장을 유지할 필요가 없다는 판단이었다. 젊은 만큼 시기마다 적절한 판단으로 업태를 바꿔왔다.
このように、남문서점は利益を拡大してきた。

面白いのは、「책의 출처는 70~80%가 서울입니다. 구매자의 50% 이상이 서울 손님이고요」と主人が述べていることで、書店は地方にあるのに、本の出処は大方がソウルで、客も過半数がソウルだというのだ。それについて임종업記者は、「책은 지식 에너지. 에너지가 응축된 서울에서 중간상인을 거쳐 비교적 헐거운 지방으로 흐르는 것은 당연. 반 이상의 책이 다시 서울로 역류하는 것도 불가피한 일」と説明し、知識エネルギーの凝縮したソウルが、それ以外の地域全体よりも凌駕していることを物語っている。

そのように、インターネット書店は売り上げを伸ばしているところが多いようだ。けれども、私には一つの不満がある。それは、店との人間的なかかわりが全くないということだ。

私は古本サイトで本を買うとき、一言メッセージを入れているのだけれど、今までに返事をくれた店はどこにもない。남문서점から来た小包に、白い封筒が入っていた。手紙かと思って開けてみると、A4の紙に印刷された領収書だった。その上に、何かメッセージらしきものが書いてある。何だろうと思って読むと、次の文面だった。

처음으로 주문합니다. 좋은 책을 제공해 주셔서 감사합니다. 앞으로 더 많은 발전이 있기를 빕니다^^
私が書いたメッセージだった。何てこった。メッセージを送り返すなんて。韓国では失礼にならないのか知らん。それはともかく、本の状態が良好なので、気分は悪くない。

남문서점の住所は、www.ibuybook.co.kr。住所は수원시 팔달구 팔달로1가11-9번지。電話は031-258-8425,0607。
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by ijustat | 2010-03-11 15:47 | Bookshops


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