뿌리서점3

뿌리서점についての書き込みが、制限文字数を超えてしまったというので、また新たに記事を立てることにした。以前の書き込みは次の通り。

 뿌리서점 (2009年10月28日~2009年12月27日)
 뿌리서점2 (2009年12月30日~2010年1月31日)

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2010年2月6日、土曜日。21時ごろ、本数冊を売りに行った。入り口脇の雛壇に、本がどっさりと積んであり、恰幅のいい老人が冷たい風の中で、一冊一冊たんねんに調べていた。見ると、『三國遺事』の原文とその訳が収録されている本があった。買いたいなあという思いがよぎったけれど、『三國遺事』はうちにあるので、買い控えることにした。

私が本を持ってきたと言うと、ちょっと困った顔をした。明日は本家で제사があるので、今日は早く帰らなければならないという。じゃあ、また今度持って来ましょうかと聞くと、いや、見ましょうという。そして、10数冊を全部買って、12,000원くれた。買うときは高く、売るときは安いでしょうと言うので、いや本当にたっぷりくださいますと答えた。

売った本の中には、『재미 있는 어원 이야기 (1, 2)』、『존대법의 연구』の初版本、『An Introduction to Modern Japanese』の海賊版などがあった。『재미 있는 어원 이야기』は少し読んだけれど、面白くなかった。『존대법의 연구』は、뿌리서점で買ったけれど、家に同じ本があっただけでなく、262ページの図表がカッターで切り抜かれていた。それで、そこに紙を貼り、家にもとからある本の内容を書き写して修復した。『An Introduction to Modern Japanese』の海賊版は、昔(1993年2月25日)신촌문고で買った。当時韓国では外国書籍の海賊版がたくさん出回っていて、それらは廉価だったので、手に入れたのだ。教材を作るときなどに参照して、ずいぶん重宝したけれど、先日(2010年1月31日)책방진호でオリジナルを買ったので、要らなくなった。あとの本は、読んだものもあるし、無意味な本は1冊もないと思うけれど、家の空間を確保するために、涙を呑んで処分することにした。

主人に、통문관へ行ってきましたと言うと、そうですか、あそこは古書が多かったでしょうと言うので、すばらしかったと答え、そこであったことを簡単に話した。통문관の主人は親切な人で、本についていろいろ教えてくれた。そして、뿌리서점の主人が통문관のことをほめていたと言ったら、自分も뿌리서점に本を買いに行ったことがあると言った。

すると뿌리서점の主人は、3代目の主人は顔を知らないから、来ても分からないなあと言った。私はてっきり3代目の主人とも面識があるのかと思っていた。

売り場に下りていって、本棚を見てみると、이규호の『사람됨의 뜻』がざっと見ただけで6冊もあった。ばらばらに挿し込まれていたので、装丁がハードカバーの1冊以外は1箇所にまとめておいた。『꽃들에게 희망을』も少し増えていた。두풍という出版社から出されたものもあった。奥付を見ると、1989年に出ている。文字は、手書きでなく活字で印刷されていた。そのほかに、『아낌없이 주는 나무』もあった。

本をどっさり買い込んだ年配の男性がいた。30冊ぐらい買っただろうか。主人と奥さんが、手分けして本の束を2つに分け、ビニール袋を2重にして包装した。全部で60,000원だと言う主人の声が聞こえ、その人が、車代が足りない(차비가 없어요)と答えた。情けないことを言う人だ。なんでも、タクシーで帰ろうと思っていたけれど、車代が足りなくなってしまったので、バスで帰るしかないということだった。

そのあと主人は本棚の整理をした。漢文の教材などがある棚を整理しながら、本がぎっしり詰まっているので、1冊引き抜いて、本の山の方へ置いた。そして、本を無理に詰めると抜き取りにくいのでお客さんは不愉快でしょう(기분이 안 좋쵸)という。不愉快ということはないけれど、まあ面倒ですね、と答えた。主人の話によると、本を無理に詰め込むと、お客が困るだけでなく、本の重さで棚が曲がってしまうのだそうだ。

뿌리서점は売り場の面積が50坪ある、と主人は言っていた。そして、他の場所にある倉庫は40坪。全部で90坪の敷地を使っているけれど、その広い敷地に本がぎっしりと詰まっているそうだ。ここに引っ越してきた当初は、本棚にもずいぶん余裕があったのだけれど、いつの間にか本が溢れかえってしまったという。主人の話では、余裕を持って本を収納するには、少なくとも200坪は必要だという。それで、もっと大きな敷地を得られるためにも、宝くじに当たる必要があると言っていた。「ビル」と「宝くじ」は、뿌리서점の主人のキーワードだ。本気で言っているのか、冗談で言っているのか、判断は付きかねるけれども。

このあいだまで階段を下りたところに高々と積んであった『한국민족문화대백과사전』(全28巻、웅진출판주식회사、1991)が姿を消していた。それを主人に言うと、あれは売れたとのことだった。私が、あの本は책방진호にも置いてあったし、통문관にもあったというと、そうとも、古本屋ならあれを持っていなきゃ、と言っていた。韓国文化の集大成なのだから、いくらCD版が出て売れなくなってしまったからといって、ゴミ扱いにしてはならないと主張した。私が、自分もあの本がほしいけれど、家に置き場がないので買えないと言うと、主人も、いつか自分もあの本を家に置きたいと思っていると言った。

主人が、松本零士の『銀河鉄道999』がものすごい高値で売れているらしいという話をした。なんでも1冊100万ウォンぐらいで取引されているらしいと言うのだ。主人の話では、この漫画は50年代に出始めたという。私が、そんなはずはない、あれは70年代頃の作品だと答えると、そうかねえと訝っていた(あとで調べると、1971年から1981年まで『少年キング』に連載され、単行本は全18巻になるという)。

漫画といえば、韓国でも60年代に出たもので、大変高価な漫画があるそうだ。全40巻もので、1巻につき2,000,000원。だから、全部で80,000,000원もするというのだ。ちょっと信じられないような話だ。そうなってしまうのも、昔は漫画を子供が持つことを親は好まなかったので、どんどん捨てさせていた。ところがそのために、時代が経って気が付いてみると、それらの漫画が稀覯本になってしまっていた。むかし子供の頃に読んだことのある人たちは、大人になってそれらの本を探すだろう。そうやって多くの人たちが探してみるけれど、ぜんぜん出てこない。そんな中で、ある時ひょいと姿を現したその本には、途方もない値段が付けられているというわけだ。その漫画の名前を主人から聞いたのだけれど、帰宅して記録しようとしたときには思い出せなくなっていた。
 
高価な漫画本の話を聞いて、このあいだ古本サイトで買った『신인 婦夫』(김수정著、바른、1987)を思い出した。ずいぶん昔、たぶんこの本が出た頃のことだったと思うけれど、私は一時帰国する韓国人の留学生にお金を渡し、何でもいいから韓国の漫画本を買ってきてほしいと頼み、買ってきてもらった本の中の1冊がこの漫画だった。定価は2,000원で、当時のレートは6対1ぐらいだったろうか。記憶が正しければ、330円ぐらいの値段だ。

この本はなかなか良かったので、韓国に来たときに一緒に持ってきた。すると、大学生のとき日本に留学して一緒に勉強した友人が、私の本棚にあったこの本に目をつけて、借りて行った。まもなくその友人はカナダへ移住してしまい、『신인 婦夫』は返してもらえずじまいになった。私はそこに収録されている緊張感あふれる新婚夫婦のドラマを思い出しては、また読みたいという思いに駆られていた。

去年の暮れ(2009年12月24日)に、それが문화헌책서점のサイトにあるのを見つけた。なんと30,000원という値段が付いていた。現在のレートで、約2,300円だ。日本円で計算すると、約7倍だけれど、韓国ウォンでは15倍だ。この高くなった値段を見て不愉快な気分になったけれど、仕方ない。購入した。漫画本がこんなに高価になってしまうのは、それが粗末に扱われていたからに違いない。

粗末に扱われた結果稀覯本になるいい例として、심의린の『普通學校 朝鮮語辭典』(以文堂、1925)の話をした。それは韓国語を韓国語で語釈した最初の辞書だ。1925年に刊行されたものだけれど、2004年に경기대학교の박형익教授が古本屋で発見するまで、この辞書の存在を知る人はいなかった。見つからなかったのではなく、知らなかったのだ! それで、それまで韓国で出た最初の単一言語辞典は문세영の『朝鮮語辭典』(博文書館、1938)だと思われていた。さらに、この『普通學校 朝鮮語辭典』は1930年に刷られた第3版だ。初版本ではない(初版本は、2008年に부산在住の이성동氏という人から국립중앙박물관に寄贈され、2008年6月18日にその存在が確認された)。それはたぶん、この本が小学生用の簡易辞典であったために、画期的な存在であるにもかかわらず、当時の学者ですら意に介していなかったのではないだろうか。実際、この辞書は240ページにしかならず、収録語数も6,106語に過ぎない。現在この辞書は、『심의린 편찬 보통학교 조선어사전』(박형익著、태학사、2005)に、影印本になって収録されている。私はその本の存在を知ったその日(2010年2月2日)に、교보문고のサイトで売られているのを確認して買った。いずれこの本も手に入りにくくなるだろうから。

その辞書のことを話すと、主人は自分も1920年代に刷られた韓英辞典を持っているという。それはどのような辞書なのか分からないけれど、きっと重要な本に違いないと思い、家で大切に保管しているのだと言っていた。それで、書誌情報を教えてくだされば、調べてみますと答えた。もしどこにもその辞書の名前が出てこないとしたら、本当に重要な本を뿌리서점の主人は持っていることになる。뿌리서점の主人は、その他にも値踏みのはっきりできない古書を持っていると言ったけれど、私は眠くて目をしょぼしょぼさせながら話を聞いていたせいか、それがどういう本だったか、帰ってきたときには思い出せなくなっていた。次回行ったら聞いてみよう。

純粋に本を愛する人から見れば、古本の値段について議論することは邪道かもしれない。その人にとってのその本の価値は、古本屋で付けられる値段とは関係がないからだ。実際、本棚にある本の大部分は、その1冊1冊に思い出があるだけでなく、自分が書いた本や、知り合いが書いた本には格別の愛着がある。

しかし、ひとたびその本を手放すことになったり、あるいは絶版になっている本を購入したいと思ったときには、古本の値段は重大な問題になってくる。たとえば『우리말본』の初版本は노마드북で500,000원の値段が付いていたし、その後刷られた改訂前の版も、80,000원から300,000원もする。『한글갈』も、昨日(2010年2月6日)부산の보수동にある고서점という古本屋のサイトで、70,000원で買った。本当は、その改訂版である『고친 한글갈』の方が安いので(20,000원~30,000원ぐらいのようだ)、そっちを買いたいと思ったのだけれど、それはどこも売り切れになっていて手に入れられなかった。かといって、初版本は300,000원もする。それで、初版と改訂版の間に刷られたものを買った。

そういう現実に触れていれば、古本の値段というものを無視しているわけにはいかなくなる。ずっと保有していて、今後も保有し続ける本については、まあ知らなくていいかもしれないけれど、いざ手に入れようと思ったときには困ったことになる。たとえば、『우리말본』のような本だったら、いくらでも手に入るけれど、서정수の『수정 증보판 국어문법』(한양대학교 출판원、1996)のような本は、かなり手に入りにくい。専門書にはそのような本が多くて、本屋に出ているときに買っておけばよかったと後悔することが多い。たぶん、そういう本が古本屋に出たらけっこうな値段が付けられるのだろう。

で、今日は次の2冊を選んだ。

 『우리는 어떻게 살아가야하는가』(金亨錫著、自由文學社、1987年新装初版)
 『희망과 사랑이 있는 공간』(金亨錫著、自由文學社、1987年重版)

奥付を見ると、発行年が明かされていなかった。著者の前書きにも日付が記されていない。巻末の広告を見ると、有名な著者たちの本が出ているけれど、こういう書誌情報の不完全な奥付を見ると、なんとなくいんちき臭い出版社という印象を受けてしまう。なぜ発行年を伏せるのか。

あとで調べてみた。『우리는 어떻게 살아가야하는가』は、序文によると、もともと『겨레의 장례를 생각하면서』という題で出されたそうだ。その名前で検索してみると、디지털자료실지원센터というサイトに唯一出ていて、それを見ると、1982年に자유문학사から出たとなっている。『희망과 사랑이 있는 공간』は、광주대학 도서관、관동대학교 중앙도서관、고래서점、영록서점、아단문고、고서점などで、1983年に자유문학사から発行されたと記録されている。だから、たぶん1983年が初版なのだろう。

뿌리서점で『三國遺事』を買い控えたので、うちの本棚にある『三國遺事』がどんな本か、調べてみた。そうしたら、同じ本だったことが分かった。『修正版 譯註幷原文 三國遺事』(李丙燾訳注、廣曺出版社、1984)。訳注者の名も本の構成も同じだ。買わなくてよかった。

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2010年2月12日、金曜日。知人の김완일氏と교보문고で会ったあと、各自の車で뿌리서점へ向かった。19時30分頃店に着いたとき、小雪がぱらついていた。店の前の雛壇には、今日入手された本が積んであった。見ると、目を引く本がけっこうある。その中から、次の4冊を選んだ。

 『나는 야한 여자가 좋다』(마광수著、自由文學社、1989。同年5版)
 『한비야의 중국견문록』(한비야著、푸른숲、2001。2003年20刷)
 『내 인생을 바꾼 이 한 권의 책』(月刊朝鮮社編、2007)
 『재테크 바이블』(연합뉴스編、2008。同年2刷)

『나는 야한 여자가 좋다』は、마광수氏の最初のエッセイ集だという。1989年1月15日に出て、同年5月25日に5版だから、1ヶ月に1版ずつ刷られたことになる。かなりの売れ行きだ。そんなわけで、昔はこのタイトルが若者たちの口に上っていたけれど、私は関心がなかった。この無関心を反省して、この本を手元におきたいと思った。ページを開くと、扉に赤ん坊が書いたと思われる、ボールペンの落書きがある。この意味不明なエネルギーの発散はなぜか、常識からの解放のために闘う마광수氏の本にはよく調和しそうな気がした。

『한비야의 중국견문록』は、旅行記作家한비야氏が中国に語学研修で滞在していたときの記録だと聞いている。活動的で、文章も肉声が聞こえてくるような親しみを感じさせるので、人気がある作家だ。2001年8月24日に出て2003年1月15日に20刷という点を見ても、この本の人気振りが分かる。

『내 인생을 바꾼 이 한 권의 책』は、タイトルの上に「月刊朝鮮 2007년 8월호 별책부록」と出ている。だから、単行本ではなく、雑誌の付録として出された冊子だ。総170ページに、이명박氏や박근혜氏をはじめとする41人の著名人が、自分の人生を変えた本について書いている。その本も、「聖書」や「論語」などの有名な本から、「남자나이50」や「사라진 데쳄버 이야기」のように、私の知らない本まで多様だ。これはちょっとした見ものかもしれない。

『재테크 바이블』には、「38인의 PB가 말하는 부자가 되기 51계명」という副題が付いている。これも新聞社で出した本で、面白いことに、前書きも後書きもない。PBというのは何の略号なのか分からなかったので、帰宅後インターネットで調べてみると、“Private Banker”らしいけれど、“Personal Banker”の略号でもあるらしい。

私が着いてから20分ほどして、김완일氏も뿌리서점に着いた。私を見つけると、道がすごく混んでいましたねと言った。今日は旧正月直前の金曜日だったせいか、私も교보문고から용산の뿌리서점まで30分ぐらいかかっけれど、김완일氏は50分もかかったわけだ。本当に大変だったと思う。

뿌리서점の主人が私たちに、日本の服飾の本だといって、大判で薄めの本を見せてくれた。前の持ち主がいい加減な扱い方をしていたらしく、本がいびつに反り、埃がこびり付いているけれど、開いてみると、公家の正装や、貴族女性の豪華な着物、武将が身に付けるような鎧兜などの写真が、最高の印刷技術で刷られていた。出版元は文化服飾学園。値段が印刷されていなかったので、非売品らしい。ただでもらったという気安さから、前の持ち主は、この本を軽く見ていたようだ。しかし、決して軽く見ていいような本ではない。日本文化に興味のある김완일氏は、その本を買うことにした。

김완일氏は、韓国語の文法に関する本も買いたいと言っていたので、一緒に探した。なかなか見つからなかったけれど、金敏洙の『國語文法論』と、허웅の『국어음운학』があったので、この2冊を勧めた。『국어음운학』は音声の本ではなく、言葉の単位となる音素についての研究で、音素は文法に関わってくるものだから、その知識は必要だと説明した。でも、少し分厚いし、難しくないだろうかと心配していたから、そんなことはないと言った。허웅氏の文章はとても分かりやすく、難しいはずの内容を、何でもないことのように分かりやすく説明してくれるのだ。

김완일氏の選んだ本は、全部で15,000원だった。日本の服飾の本が高かったらしい。私の選んだ4冊の本は、全部で7,000원だった。定価だと、雑誌の付録を除いて21,300원になる計算だ。もしこの4冊がすべて単行本で、最近出た本だったとしたら、その定価は合計3万ウォンを超えているはずだ。뿌리서점がどれだけ安く売ってくれるかが分かる。

本代の支払いをするとき、主人はいなかった。それで私たちは、おばさんと3人で雑談をした。最近は子供たちの躾をする文化が崩壊してしまったという話になった。たとえば、中学生がタバコを吸っていたのをある婦人がとがめたところ、話を聞かなかったので叩いたという。ところがその中学生たちは、その婦人を袋叩きにした。警官が仲裁に入ったけれど、そのぼんくら警官は、なんと婦人に対して、中学生に跪いて謝れと要求し、仕方なく婦人は中学生たちに跪いて謝ったと言う。もう10年ほど前の話だそうだけれど、当時世論は警官に対し非難囂々だったそうだ。

おばさんは、韓国はもともと年長者を立てる文化だということを強調した。ただし、제주島は特殊で、年長者は息子夫婦に안방を譲り、自分たちは문간방で自炊するという。おばさんの話では、それは韓国では特殊な風習だといっていたけれど、宋の孫穆が「鷄林類事」で証言している高麗時代の韓国人の風習は、現在の韓国よりも、むしろ제주島に近いかもしれない。たとえば、「父母病閉于室中穴一孔與藥餌死不送」(古今圖書集成所載本による)というから、それに比べれば、今の제주島の老人は幸せだ。高麗時代から見たら、朝鮮時代以降の韓国は、まったく別世界といえる。だから、제주島がもともとの韓国の風習に近いのでしょうと言ったけれど、おばさんは納得できない表情だった。

本当は、今晩も古本や古本屋について主人から話が聞きたかったのだけれど、ちょうど食事に帰っていて、話は聞けなかった。時刻は20時30分ごろ。遅い夕食だ。

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2010年2月20日、土曜日。유빈이네책방を訪れた帰りに、뿌리서점へちょっと立ち寄った。店先の雛壇に積んである本を覗いてみると、なかなか面白そうな本がある。でも、いけない。本を処分しなければならないのに、すでに本が膨れ上がっている状況だ。主人のおじさんとしばらく雑談したあと、では失礼しますといってお暇しようとした。

そのとき、あとで売る本を持ってこようと思って、本を買い取ってくれるのは何時までですかと聞くと、営業時間と勘違いして、夜中の1時過ぎまでやっていると答えた。けれどもつらつら考えてみると、そうやって遅くまで店を開けているのもよくないのではないかと思わせられるできごとがあった、と言った。

昨日のことだが、午前1時過ぎごろ、店先に柄の悪い高校生数人がたむろしていた。そのうち一人が、おじさん、商売儲かってますか(아저씨, 장사 잘 돼요?)と尋ねた。主人は、古本屋が儲かるわけないだろう(헌책방이 무슨 장사가 잘 돼?)と答えた。

それからしばらくして、地下の売り場にその仲間の一人が下りてきて、終電が終わってしまったので交通費をくれませんか、と頼んだ。背が高くハンサムな男だったが、目が据わっていた(눈동자가 움직이지 않았더라고)。家はどこかと聞くと、引っ越したばかりなので、地名がわからないという。不審だ。3千ウォンを渡し、これで帰りなと言うと、黙って去っていった。

私と一緒に話を聞いていた中年男性の客は、最近の柄の悪い高校生は、犯行の下見(사전 답사)をすることもあるんだってさ、と人事のように言って、帰って行った。

主人が言うには、さいわいなことに、そのとき店内に自分の他にも客がいたので心強かったといっていた。主人は強盗に遭ったときの対処法を身に着けているそうで、それは2人までは対処できるそうだけれど、そのとき店内に入ってきた高校生は、3人だったそうだ。3人だとかなり困るらしい。さらに、そうやって格闘した結果、自分が傷つくこともあるし、間違って相手をあやめてしまうことだってありうる。そうなれば、いくら正当防衛だとしても、牢屋(영창)に入らなければならない。どっちに転んでも、いいことはないと言っていた。

뿌리서점のある裏通りには、他に店が1軒もない。以前は警官がよく巡回に来ていたし、自分の差し出すコーヒーが目当てで毎日警官が店に来ていた。ところが、交番の中でコーヒーが飲めるように機械が設置されてから、警官が姿を見せなくなってしまったという。ひょええ、なんと現金な警官たちだ。それで主人は、警官たちに毎日見回ってくれるように頼まなければいけないと、深刻な表情で言っていた。
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by ijustat | 2010-02-07 14:03 | Bookshops


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