뿌리서점2

뿌리서점の記事に話を付け足していったら、とうとう字数がオーバーしたというので、新たに記事を立てることにした。

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2009年12月30日。夜仕事をした帰りに立ち寄った。3日前に来たとき、手書きの本があるのが目に付いて、今度来たときまだあったら買おうと思っていたのだ。今夜は店頭に本が少しばかり積んであった。でも、ひどく寒い上に、身を切るような風が吹いていて、というてい外で本を見ていられない。急いで中に入った。

その本を見つけた棚の前に行くと、さいわい売られずに残っていた。その他、何冊かの本を選んだ。

夜中の0時に近かったけれど、お客が数人いて、主人と一緒に議論に花を咲かせていた。国民年金の話から始まって、経済や政治の話を声高に話していた。최종규氏は、こういう客がいると古本屋で静かに本選びができないといって、そのマナーのなさをそれとなく批判していたけれど、뿌리서점の魅力は、このように主人と客とが一緒になって声高に議論をする、一種のサロン的な雰囲気にある。でも、彼らの議論よりも、ラジオの音の方が甲高かった。

최종규氏が、写真集についても書いていたので、自分も写真を見る目があったらいいかもしれないと思い、写真集のある棚に行ってみた。しかし、初めて見る写真家の名と、目慣れないテーマが並んでいる上に、どれもサイズの大きな本ばかりだ。大きい本は負担になる。たまたま積んである本のいちばん上にあったものを開いてみたら、観光案内用の写真集のようだった。他のお客たちが議論をしているストーブの前は暖かいけれど、ここは冷凍庫のように寒い。本を手に取る気も起きなくて、そのままストーブの前に戻った。

今夜選んだ本は次の通り。

『꽃들에게 희망을』(트리나 포올러스著・김영무訳、분도출판사、1975。1976年重版)
『子女를 富者로 만드는 金錢敎育』(邱永漢著、韓國經濟新聞社、1986。同年再版)
『국어학서설』(노대규・김영희・이상복・임용기・성날수・최기호共著、정음사、1987。初版本)
いくらですかと聞くと、寒い中を来てくれたからねえと言って、5,000원にしてくれた。

『꽃들에게 희망을』は、くだんの手書きの本だ。あまり上手な字ではないけれど、手書き独自の味わいがある。それに、最近は手書きの本なんか出す出版社は滅多にないだろうから、これは私にとっては貴重な1冊だ。

『子女를 富者로 만드는 金錢敎育』は、邱永漢の本だ。私はこの人の著作が好きだけれど、そのおびただしい著作の多くは絶版になっていて、韓国では手に入れにくい。翻訳でも手に入れられればさいわいだ。

後ろの見返しに、他の本の広告が刷られている。どれも日本の本を訳したものらしい。いちばん上は謝世輝氏の本で、『日本이 美國을 추월하고 韓國에 지게 되는 理由』と題されている。そして、広告文にはこう書かれている。

2010년 드디어 韓國이 日本을 능가한다. 23년전 이미 美・日의 經濟逆轉을 예고, 적중시킨 臺灣 출신 文明史家 謝世輝 박사의 자신에 찬 診断. 한국의 歷史, 哲學, 政治, 經濟 등 광범위한 資料 분석을 통해 밝힌 이 놀라운 예언은 桎梏의 역사를 털고 일어서는 韓國人의 저력에 바탕을 둔 것이다.
2010年は、もう目と鼻の先だけれど、はたして謝世輝氏が言うように、韓国が日本を超えるのだろうか。そうなれば、私もいろいろ助かるのだけれど、現実にはぜんぜんそんな風に見えない。アメリカはその後巻き返したし、日本はがたついたままずっと悪戦苦闘している。韓国は失速したままなかなか立ち直れずにもがき続け、ずるずると下り道をさがっている感じだ。「놀라운 예언」と書いているけれど、書くだけだったら何でも書けるというのが実際のところか。

謝世輝氏については、若い頃『人間はここまで強くなれる』(知的生きかた文庫、1990)を読んで、ずいぶん勇気付けられた。強い人間にはならなかったけれど、勇気付けられることは、大切なことだ。最近では、2006年10月9日に『信念の魔術』(謝世輝著、KKロングセラーズ、1982)という本を뿌리서점で見つけて読み、若者の人生を祝福したいと願う著者の思いに感銘を受けた。その本のあとがきには、次の言葉が引用されている。

May there be enough clouds in your life to make a beautiful sunset.
(207ページ)
ここで言う“clouds”とは、おそらく数々の試練のことだろう。そして、“sunset”は人生の終焉。謝世輝氏は、人生における試練を、このように美しい言葉で肯定している。その人の「놀라운 예언」が外れてしまったようなので、ちょっと残念だ。

『국어학서설』は、연세대出身の国語学者たちが書いた韓国語学の入門書だ。私も持っていて、音韻論のところは読んだけれど、そのままになっている。その初版本があったので選んだ。初版本の何がいいのか分からないけれど(改訂版の方がいいではないか。少なくとも著者はそう思っているはずだ)、あまりに人々が初版本について騒ぐので、初版本を見ると私の胸も騒ぐのだ。これは、洗脳ではないか……。

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2010年1月3日、家族で食事に行った帰り、夜の9時半ごろ立ち寄った。長男が英単語の本をほしいといったからだ。

今夜は店の前の雛壇の上に、本が山積みになっていた。その中に分厚く高級そうに見える本があった。『晩悟洪震全集』と書いてある。出版元は、なんと국회도서관。図書館が本を出版することもあるのか。パラパラとめくってみると、様々な影印資料が載っていて、冒頭の解題をめくると、「임시정부」という単語が目に入った。

それからすぐに店に入り、英単語の本を探した。長男は、あまり勉強をしないけれど、しかし本を選ぶ基準はずいぶんうるさい。それで、なかなか決まらなかった。

そこへ、主人のおじさんが来て、しばらくいるかと聞いた。なぜですかと尋ねると、コーヒー用の水が無くなったので、家に取りに行かなければならないという。自分がいない間、店を見ていてほしいということだ。妻に、まだしばらくいてもいいかと聞くと、寒いからもう帰るという。そのあと5分ぐらいだったか、長男と一緒にいろいろ悩んだあげく、何も決められずに帰ることにした。

妻と次男はそれぞれ選んだ本があったので、お金を払おうと思ったら、主人は店にいなかった。他の客が2人いるだけだった。それで、とりあえず家族を家に送り、また店に戻って来た。

店に戻ると、客たちが、主人はどこへ行ったと言い合っていた。戸惑っているようで、普段なら主人はいなくてもおばさんが店番しているのに、と不満そうに言っていた。そこへ、主人が戻ってきて、威勢のいい声でお客たちに、새해 복 많이 받으세요!(明けましておめでとう)と挨拶をした。

私はしばらく本を見て、自分が長男に教えられそうな本を探した。英語がほとんどできなくて、勉強する習慣もあまりない長男だけれど、多少なりとも助けになってあげたいという、親心というか、余計なお節介というか、そういう気持ちで本を選んでいた。

本棚から戻ると、主人がさっきの『晩悟洪震全集』を見ていた。それで、この本を主人と一緒に検討しながら話し合った。洪震(홍진)という人は、大韓民国臨時政府で김구とともに要職にあった人物だということが分かった。主人も私もこの人のことを知らなかったけれど、主人は初めて見る名前だから、そんなに有名な人物ではないという。まあ、確かにそうだろう。しかし、一般に知られていないだけで、この人の韓国史における位置は、決して小さくなさそうだった。私はこの資料は大変貴重なものに違いないと言った。

結局、この本は20,000원で売るという。私は、そんなに安くしたら、あっという間に売れてしまいますよと言ったけれど、主人は、いやなかなか売れませんよと答えた。近代史に関心がある人は、大急ぎで뿌리서점へ行くことだ。

今夜買ったのは、次男の選んだ漫画本1冊と、妻の選んだ信仰書2冊のほかに、次の3冊。

『금융영어회화 1』(한국금융연수원 통신연수부著、한국금융연수원、1996。2002年7版<非売品>)
『민병철기초생활영어 1』(민병철著、민병철생활영어사、1984。同年重版)
『SIDE BY SIDE : English Through Guided Conversations 1A, 원문+주해서』(Molinsky・Bliss著、조은문화사、1994。同年2刷)
いくらですかと聞くと、全部で7,000원でいいという。本当にありがたいことだ。

帰宅後、『晩悟洪震全集』についてもう少し調べてみた。著者は晩悟洪震全集刊行委員會。2006年に국회도서관から出版されていて、総933ページ。古本サイトで調べると、신고서점で40,000원、남문서점で50,000원、북코아で60,000원、OldBooks고서점で100,000원だった。뿌리서점の20,000원は、それらに比べると格段に安い。

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2009年1月7日。今これを病院のベッドの上で書いている。4日の夜に腰を痛め、今朝になって近所の중앙대학교용산병원に入院した。

今日は、知人の김완일氏が見舞いに来てくれた。見舞いだけの目的で来た彼に、いろいろ助けてもらってしまった。彼には助けの賜物があるらしい。

その김완일氏といろいろな話をしながら、뿌리서점に홍진という人の全集があることを話した。その本は歴史的に重要な意味を持つ資料が影印本で収録されており、近代史を学ぶ人にとっては重要な意味のある本だし、その価値も決して低くはなさそうだ。それにもかかわらず뿌리서점の主人はたったの20,000원という値段をつけた。そんな内容を話した。すると、関心を持ったらしく、帰りに뿌리서점に寄ってみると言っていた。

しかし、あとで文字メッセージが来て、その中で「…그리고홍진전집은안타깝게도벌써팔렸더군요…」と言い、『晩悟洪震全集』がすでに売れてしまったことを伝えていた。日曜日に入ってきて、月曜日から売り始めて木曜日にはすでにないのだから、かなり早く売れたと思う。やはり見る目がある人はいるものだ。ちょっと残念だったけれど、古本屋と客との目に見えないやり取りが、そこに表れているような気がした。

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2010年1月19日。知人の김완일氏と교보문고で会い、一緒に뿌리서점に来た。そのとき、売ろうと思っているペーパーバックの英書を6冊持ってきていて、見てもらった。すると、全部引き取ってくれて、4,000원くれた。この買い値は、とてもいい。それに、6冊全部が売れたというのは、テストで言えば100点満点ではないか。

김완일氏は、『성공하는 사람들의 7가지 습관』と、もう一冊選んだ。『성공하는 사람들의 7가지 습관』は、スティーヴン・コヴィーの代表作で、日本では『7つの習慣』という名で出ている。彼は、この本を友人に貸したら返してもらえなかったので、ここで見つけたのを機会に買うことにしたそうだ。それからもう一冊の方は、書名を忘れたけれど、これは探していた本だそうで、主人に本の名前を言ったら、出してきてくれたそうだ。

私はそのときトイレに行きたかったので、本をゆっくり選んでいられる気分ではなかった。それで、私は何も買わないで店を出た。(뿌리서점には、その近所も含めて、使用できるトイレがない)

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2010年1月27日。知り合いでイラストレーターの이정일氏を誘って뿌리서점へ来た。彼は謙遜で熱心な人だけれど、運悪くその謙遜さを利用する人にぶつかることが多く、苦労が多かった。しかし、最近はイラストの仕事をやめ、健康食品の店を始めた。昨日一つ買ったら、今日プレゼントを持ってきてくれた。そこで、せっかくだからと思い、本を買ってあげようと思った。

용산駅の近くにいい古本屋があるけれど、一緒に行ってみませんかと言うと、ぜひ行きますと答えたので、車で一緒に行った。何もない裏通りの一角で裸電球が燦々と輝き、その下に店頭の本が照らし出されているのを見て、小さな声で「おお」と感嘆していた。そして、階段を下りて広い売り場に本がぎっしりと並んでいるのを見てまた驚いていた。

私は彼に、商売を始めたなら、金持ちになるための本をたくさん読む必要があると言った。貧乏人と金持ちとは、非常に異なる精神世界の中で暮らしている。ほとんど毎日のように付き合っていても、貧乏人は金持ちの精神世界が理解できないし、そんなものがあるということにも気づかない。その証拠に、金持ちが経済的なアドバイスをしても、貧乏人はその言葉に重要な秘密が込められていることすら理解せず、たいていは聞き流してしまうものだ。だから、金持ちになるための本を読み、金持ちの考え方を身につける必要がある。

とはいえ、新刊書は高い。そして私たちは、新刊書を大量に買えるほど経済的に豊かでないことが多い。特に彼の場合はそうだ。だから暇ができるたびに古本屋を回ってみる必要がある。その中でも뿌리서점は必ずチェックしておくべき店だ。何しろ、本は多いし、主人は安く売ってくれる。

主人のおじさんは、이정일氏を見ると私に、この方はどなたですかと聞いた。それで、この人はイラストレーターで、以前私が日本語の教材を作ったとき、その挿絵を書いてくれた人ですと答えると、では画伯ですな(그럼, 화백이군요!)と言った。이정일氏はそれを聞いてびっくりし、照れてしまったので私が代りに、ええ、画伯です(네, 화백 맞습니다)と答えた。

이정일氏は本を4冊選んだ。その中には、パスカルの「随想録(Pansée)」と、自分が今回始めたビジネス形態に関する本が含まれていた。棚を見ると、「随想録」は2冊あり、1冊は『팡세』、もう1冊は『瞑想錄』という書名になっていた。

詩集の棚にある1冊を이정일氏が指差し、この詩人は才能のある人だけれど、恐ろしく高慢な人物だと言った。それで、どんな詩を書くんですかと尋ねると、片思いの愛を告白する詩に、君が両手を広げて僕を嫌いだと表現するその空間の残りのすべての空間が、僕が君を愛する大きさだという内容の詩が、人口に膾炙したことがあるという。なるほど、いい言葉だ。この詩集にその詩が含まれているかどうかはわからないけれど、読んでみようと思って選んだ。他に、김태길氏の随筆集も1冊選んだ。

私が選んだのは、次の2冊。

 『빛이 그리운 생각들』(金泰吉著、三中堂、1965。同年重版)
 『넌 가끔가다 내 생각을 하지 난 가끔가다 딴 생각을 해』(원태연著、영운기획、1992。同年重版)

이정일氏の選んだ4冊分の値段も私が払ってあげた。それで、合計6冊で10,000원。2,000원を에누리(割引)してくれて、合計8,000원。彼は驚いて恐縮していたけれど、私も大したプレゼントができなくて、申し訳ないと内心思った。でも、本の価値は値段ではないし、彼自身が選んだ本だから、本人にとっての価値は大きいだろうと思う。

帰宅後、『빛이 그리운 생각들』がかなり汚れていたので、ウェットティッシュでよく拭いた。丁寧に拭くと、ウェットティッシュは鼠色になり、本の汚れはまあいちおう落ちた。

それにしても、韓国の古本は保管状態のひどいものが多い。水に濡れた痕があるものが多く、中にはカビが生えているものさえある。それでも、読みたい本がそれしかなければ買うしかない。汚れだけでなく、本の傷みが激しい場合も多い。表紙がボロボロでページが取れそうなもの、奥付がはがれて無くなっているもの、ページが外れてしまい、やっとのことで失われずに保っているものなども多く、中には本の途中から先がすべて失われているものもある。

韓国の本の持ち主は、本に一体どんな仕打ちをしているのだろうか。ものを言わないからといって、散々な目に遭わせているとしか思えない。それで、古本を買ってくるたびに、こうやって丁寧に汚れを落としたり、壊れたところを修繕したりしなければならない。表紙が反っているハードカバーは、他の本を重石にして、まっすぐに伸びるまで置いておく。

私も本に書き込みをしたりページの端を折ったりするけれど、本がひどく汚れたり壊れたりするような状態にまではしない。ページを破り取ることだって、ほとんどしない(雑誌はする)。この『빛이 그리운 생각들』も、どうやら屋外の劣悪な環境で数年間(たぶん10年以上)放置されていたのではないだろうか。気の毒なことよ。

買ってきた本を捲ってみた。『빛이 그리운 생각들』は、4部に分かれていて、第1部が「體驗」、第2部は「隨想」と名付けられた随筆集で、第3部は断想集、第4部は「小論」と名付けられた評論集。序文で著者は言っている。

「수필」이라는 이름을 머리에 두고 글을 쓰기 시작한 지도 어언 십년이 가까와 온다. 처음부터 어떤 理論의 배경을 지고 시작한 것은 아니었다. 그러나 거기에는 항상 「붓장난」이상의 정열이 있었던 것같이 기억한다. 내 딴에는 이것을 취미로서 살리고 생활의 일부로서 대접하려는 적극적인 의도가 있었다. (1쪽)
なるほど。この人の随筆には、独特な味わいがあるけれど、それはこの序文に滲み出ている、表現することへの情熱からも伺われる。

各作品の末尾には、発表された日付がある。それを見ると、60年に書かれたものがいちばん古いようだ。その中には、昔読んで非常に印象的だった「새벽」という作品も含まれている。

もう1冊の『넌 가끔가다 내 생각을 하지 난 가끔가다 딴 생각을 해』は、長いタイトルだ。원태연という詩人は、이정일氏の説明からも感じられたけれど、タイトルを見ても、奇抜で新鮮な発想が豊からしいことが分かる。最初の「Ⅰ 지루한 행복」という題の詩を引用しよう。

초컬릿보다 달콤하고
과일보다 상큼하며
담배보다 끊기 힘들다는

사고는 싶은데
파는 곳을 알 수 없는
아! 싸랑이여
これを著者は詩に入れていない。「Ⅰ 지루한 행복」というのも、詩の題ではなく、詩集を4部に分けた最初の部の表題で、引用したのは、その下に書かれた短い言葉だ。でも、これが詩でなくて何だろう。

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2010年1月31日。21時ごろ、뿌리서점に寄った。この日も主人が数人の客と一緒に雑談に興じていた。いつものインスタントコーヒーをもらい、他のお客さんが差し入れてきた홍삼벌꿀Dまでもらった。

主人に、책방진호へ行って来た話をした。すると、책방진호の主人は今日も来たと言っていた。私も今日、책방진호へ行ってきたけれど、ということは、そのあと한강고수부지に車を止めて、知人と一緒に文法の話に興じている間に、뿌리서점に来たのだろう。

책방진호の主人が호산방の主人박대헌氏の批判をしていた話をした。値段を吊り上げて売ることに対する批判だ。それに対し、뿌리서점の主人は、호산방の社会に貢献した意義を力説した。古書の値段を適切に調節したおかげで、古書の海外流出を減らすことができたのだという。それにもかかわらず、書画に比べれば、古書の値段はまだまだ安いとのことだ。

そして、박대헌氏には著書もある、古本屋の主人が本を書くのは立派なことだ、と言った。著書のある古本屋の主人には、호산방の박대헌氏を含め、통문관の이겸노氏と공씨책방の공진석氏がいるくらいで、他にはほとんどいない。

私は、박대헌氏の『古書 이야기』は読んだけれど、이겸노氏の『通文館 책방비화』と、공진석氏の『옛책 그 언저리에서』は、インターネットや古本屋を探しても出てこないという話をした。すると、『通文館 책방비화』は以前何度か扱ったことがあり、이겸노翁が健在だった頃は、客がその本を求めると、相好をくずしてサインまでしてくれたという。いやあ、うらやましい話だ。私が古本屋に関心を持ち始めたのは去年の秋だから、そのときにはすでにみな過ぎ去った話になっていた。今は、その本を手に入れることすら難しい。

それで、私も他の客も、뿌리서점の主人にぜひ本を書いてくださいよと言った。뿌리서점の主人が語る古本の話なら、きっと面白いはずだ。すると、自分はあと60年古本屋をやったあと、120歳になったらそんな本を書くといった。120歳だなんて。私もそうだろうけれど、そんな歳まで生きていられるはずがない。書くならそのときになって書き始めるのでなく、今から書き溜めていったほうがいいと私は言った。

すると、いや自分は結婚するまで書き溜めてきた日記があったのだという。その日記は、ベトナム戦争に行っていたときに受け取った手紙などと一緒に保管されていた。けれども、店の上の方の棚に置いておいたら、知らない間に盗まれてしまったのだそうだ。そのあとは、その話で持ちきりになった。

今の売り場に引っ越してきてからのことだけれど、トラックに乗ってくる客がいたそうだ。その客は、本のことはよく知らないただの商売人かと思っていたけれど、ある日、自分が店を空けている隙に、上の奥まった棚――通路の上の本棚と本棚の間に板を渡して本を置けるようにしてある棚――にしまっておいた本の束を降ろしていた。主人が、それは売り物じゃないと言うと、そうですか、知りませんでしたと言って、束を置いて帰って行ったそうだ。ところが、あとで見ると、箱の中にいれて保管しておいた日記帳やら手紙やらが、箱ごとなくなっていたのだった。その後、その客は姿を現さないという。

それに対し、一緒にいた一人の客は、高価な古書が入っていると勘違いしたのだろうから、もう捨ててしまっただろうと言う。それに対し私は、いや、日記というのはいわゆる唯一本で、歴史の生き証人のようなものだから、価値の分かる人に売ったか、あるいは自分で持っているのではないかと言った。뿌리서점の主人は、あの日記は家に置いておけなかったから店に置いておいたのだけれど、秘密の倉庫に鍵をかけて保管しておかなかった自分が愚かだったといって、顔をしかめた。

私は、その日記が出てくることを期待している。김재욱氏の뿌리서점日記。ソウルに出てきてから古書の仲買人を始め、店舗を持って結婚するまでの歴史の証人。何とも興味深いではないか。

しかし、それ以上に、そのような本泥棒に遭う苦い経験など自体が、読者にはとても興味深い話だろうし、それを書くことによって、主人も大きな慰めを得ることができるはずだ。そういう点からも、뿌리서점の主人には、ぜひ古本屋経営の体験談を書いてほしいと思う。

ふと見上げると、その薄暗い天井桟敷で身を寄せ合っている本たちが、妖しい光を放っていた。主人はその後、客がそれらの本に手を触れないように、古本屋にとって必需品である脚立を、私たちの知らないところへ片付けてしまった。

ちなみに、この日は3時間近く話に興じたあげく、1冊も本を買わないで店を出た。
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by ijustat | 2009-12-31 22:55 | Bookshops


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