신촌헌책방

2009年12月20日。공씨책방を初めて訪れたついでに、その右隣のブロックにある신촌헌책방へ行ってみた。ここも今回初めての訪問だ。

c0019613_2254178.jpg雑居ビルの薄暗い階段を上ると、2階に신촌헌책방があった。ガラスの扉を開けると、入り口の左側に主人がいた。カウンターの向こうの小さな座敷の上で、肘を突いて上身を起こし、脚には毛布を掛けて、テレビを見ていた。私と知人の顔を見ると、いらっしゃい(어서 오세요)と声を掛けたので、こんにちは(안녕하세요?)と返事をした。

そして、二言目に主人は、もうすぐ店をたたむから何でも選んできなさい、安く売ってあげるから、と言った。私は耳を疑った。

「店をたたむって、店をやめてしまうってことですか」
「そうです、店をやめます」
「いつですか」
「だから、もうすぐだってば!」

c0019613_23430100.jpgもうすぐというのは、知人があとで質問したところによると、あさってということらしかった。

店の中は荒廃していた。本棚の前に積み上げられていた本が崩れ、床を埋めている所もあった。そして、気づいてみると、店の中はひどく寒いのだった。暖房を使っていないうえに、向こう側の窓が少し開いているので、外から身を切る風が吹き込んで来る。

安くするって言うけどいくらですか、と知人が尋ねると、「たくさん買えば1冊2,000원、1冊なら4,000원!」と叫んだ。

まず知人が数冊選んで持って行った。すると、「これしか買わないんですか。安く売るって言っているのに!」と詰る。客を詰るとは、ほとんど自暴自棄だ。

本棚を見回ってみると、けっこういい本が多かった。この人は、自分の選書に誇りを持っているに違いない。そして、その店内の荒廃ぶりから、その努力が報われずに消費者に見捨てられた、絶望と怒りのようなものが、ひしひしと伝わってきた。

私は、韓国語学関係の本を探し、辞書類の棚を見回して、関心があっても普段はあまり手が出ないものを選ぶことにした。でも、辞書は少し大きいし、韓国では古本を目方で売る。それで、辞書も2,000원なんですかと聞くと、辞書は3,000원だと言った。特に大型の辞書は4,000원だという。それで少し慎重に選ぼうと思ったのだけれど、店内があまりに寒いので、落ち着いて本を選んでいられない。まるで肉屋かレストランの冷凍庫の中で本選びをしている気分だ。

c0019613_2455320.jpg私がぶるぶる震えていると向こうで、ずいぶん寒がりなようですねえ(추위를 많이 타시나 봐요)と、主人の驚き混じりの声が聞こえた。私に言ったのでなく、私の知人に向かって言ったのだった。もう客もへったくれもないといった態度だ。

奥の方には、韓国の昔の和綴じ本が積まれてあった。1冊2,000원だというので、そこからも数冊選んで持って行った。すると、これしか買わないんですか、とまた詰る。インテリアに使えるではないかというのだ。韓国の食堂などでは、昔の本を買ってきて、壁紙代わりに使うことがよくある。それはなかなか味なインテリアだけれど、それによって人類の貴重な財産が失われることも多いと聞いていた。もちろんそのことをおじさんも知っているだろう。にもかかわらず、わざわざそういうことを口にするとは、なんてことだ!

外とまったく変わらない冷え切った店内と、主人の冷え切った言葉! そして、半ば廃墟のように荒れ果てた、本の散らばる店内!

結局、次の本を買った。1冊分おまけしてくれて、合計22,000원。

 『七言唐音 上』(筆写本、書誌情報不明)
 『合六十首』(著者不明、丁巳年3月10日筆写)
 『中庸正文・撃蒙要訣』(李?、癸丑6月6日筆写)
 『花山先生逸稿 一』(木版本、書誌情報不明)
 『佛說夢受經常念 佛說高王觀世音經 佛說天地八陽經 卷之合部』(筆写本、?精舍、庚寅8月5日謄抄)
 『新稿國語學史』(兪昌均著、螢雪出版社、1969。1973年再販)
 『現代葡韓辭典』(鄭圭浩編著、松山出版社、1975。初版本)
 『le bon usage』(Grevisse 著、Duculot、1975年改定10版)
 『泰韓辭典』(한국외국어대학교 태국어과編、한국외국어대학교 출판부、1993。2000年改訂版)

なんとも脈絡のない買い物をしたものだ。でも仕方ない。寒くてたまらなかったのだから。

往時の신촌헌책방については、임종업記者が2005年8月4日付の「헌책방순례」で次のように書いている。

신촌헌책방(02-3141-5843)은 책이 많다. 북아현동 추계예술대 앞에서 신촌으로 옮겨올 때 1t 트럭 열네 대 분량이었다. 지금은 더 늘어 책방인지 창고인지 구분이 되지 않는다. 100권이 들어오면 20~30권이 팔린다는 주인 오응(64)씨의 말이 사실이라면 이곳은 책방으로 시작해 창고로 변하는 중이다.
http://www.hani.co.kr/kisa/section-paperspcl/book/2005/08/000000000200508041714878.html
これを読むと、私たちが訪れたときも本が多かったけれど、2005年の当時はもっと多かったことが伺われる。そして、「30평 넓이의 이곳은 사방벽과 책꽂이에서 넘쳐난 책들이 책꽂이 위에, 바닥에 마구 쌓여있다. 최소한의 손길만 주기로 한 것인가, 책의 쌓임도 되는대로다」と描写しているところから見て、本の扱いが雑だったのは、今に始まったことではないらしい。

その来歴について、『모든 책은 헌책이다』の著者최종규氏は、それに先立つ2004年6月29日の記事で、次のように紹介している。

서울 신촌에 새로운 헌책방 한 곳이 문을 열었습니다. 지난 5월 첫머리에 열었다고 합니다. 그런데 옹글게 새로 연 곳이라고는 할 수 없습니다. 책방 이름은 <신촌헌책방>인데, 이곳은 지난날 서울 북아현동에서 <책방 책사랑>으로 헌책방 살림을 꾸리던 분이 옮겨와서 새롭게 연 곳이에요.

아현동에 있던 <대성서점> 아저씨도 헌책방 살림을 함께 꾸립니다. ……
http://www.ohmynews.com/NWS_Web/view/at_pg.aspx?CNTN_CD=A0000194652
つまり、북아현동にあった「책방 책사랑」と아현동にあった「대성서점」が、2004年に一緒にここ신촌で古本屋を始めたというわけだ。この主人はどっちの店の人か分からないけれど、古本屋を10年間やってきたと声を振り絞るように言っていたので、아현동か북아현동で99年から店を始めたということか。

임종업記者はこの2人について、「주인 오씨는 하품을 뻑뻑하고 있었고, 젊은 동업자 김창수(48)씨는 넓은 창턱에 누워 있었다」と書いている。だから、私たちが会ったのは김창수という名の人だ。「넓은 창턱에 누워 있었다」というのも、私たちが会ったときと同じだ。김창수氏は、当時の記事から4年たっているので、今は52歳か。かなり若く見える。私たちと話をしたとき、故郷は강릉だと言った。知人はその人に、言葉を聞いてその辺の人だろうと思っていましたと言っていた。詰られた仕返しか。何気なくイケズをやっている。

本代を支払いながら、この仕事をやめたら今度は何をするんですか、と尋ねると、私の顔を見るばかりで答えなかった。その表情には、当惑と苦悩が入り混じっていた。聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がして、今度はお金持ちになれたらいいですね、というと、そうさ、お金持ちにならなきゃ、と呟くように答えた。

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2010年1月24日。何時間もかけて、西暦に十干十二支と日本の年号と韓国の年号を対照させた表を作った。7世紀の後半から今年までで、A4の紙に2段組で20枚になった。それを使って、先日買った本がいつ書かれたのかを調べてみた。

まず最初に、比較的新しそうな『佛說夢受經常念 佛說高王觀世音經 佛說天地八陽經 卷之合部』(筆写本、立石(?)精舍、庚寅8月5日謄抄)を見てみた。「庚寅」とあるけれど、今年は庚寅だ。去年買った本が今年書かれるわけがないので、いちばん新しいのは1950年。その前は1890年だ。

でも、この本は土地台帳のような用紙の裏紙に書かれている。その用紙の予備がページの間に束になって挟まっているので、その一枚を開いてみると、原稿用紙のような紙で、中央に「権利者名簿(乙) 全羅南道」と印刷されている。そして、それぞれのマスに、鉛筆書きで漢字と数字が書き込まれていて、その数字はたとえば「九四〇八」のように、ゼロを「〇」で書く漢数字が用いられている。

時代考証する知識はないけれど、鉛筆書きといい、ゼロを「〇」と書く点といい、甲午更張(1894年)以前の1890年の用紙とは考えがたい。ということは、『佛說夢受經常念 佛說高王觀世音經 佛說天地八陽經 卷之合部』は1950年に書かれたものと思われる。1950年といえば、朝鮮戦争の真っ最中だ。その頃韓国で出た本は、ほとんどなく、希少価値が高いのだけれど、筆写本はいかに。

なお、この本の手本となった本は、ずっと古いもののようだ。漢字の右脇にハングルの読みが書かれているけれど、その綴りは「한글 마춤법 통일안」公布(1933年)以前のものが用いられている。

次に、『合六十首』(著者不明、丁巳年3月10日筆写)だ。これは表紙に「丁巳三月初十日自京做南陽/合六十首」と書いてあるので、「丁巳」に書かれたのだろうと推定してみた。丁巳は、いちばん近いのが1977年だけれど、紙の状態からいって、そんなに新しくはなさそうだ。その前は1917年で、その前は1857年。しかし、私はこれを紙の質からいずれに書かれたのか判断することはできない。ただ不審なのは、その左横に、同じ筆跡の横書きで、「丁巳」と書かれているように見える点だ。1857年当時、現在のような左横書きはなかったのではないかと思うから、1917年に書かれた可能性が高いと思われる。

ところで、上の表紙の覚書にある「自京做南陽」はどういう意味だろうか。もしかしたら、「做」に“行く”というような意味があるのだろうかと思って『新字源』を引いてみたけれど、そういうような意味は載っていなかった。そこで考えたのは、「自京」とあるのは「於京」の誤りではないかということだ。韓国語では、「何処で」というときの「で」の意味に助詞「-에서」を用いるけれど、この「-에서」は、「何処から」というときの「から」の意味でも用いる。それで、「한양에서 '남양'을 지었다」という意味でうっかり「自」という字を使ってしまったのではないかと思う。

次に、『中庸正文・撃蒙要訣』(李?、癸丑6月6日筆写)。これも筆写本だ。「癸丑」とあり、癸丑を新しい順から見ていくと、1973年、1913年、1853年、もう一声かければ1793年だ。紙はかなり古く、叩いたら家中がほこりだらけになりそうだ。신촌헌책방で買った筆写本の中で、いちばん筆跡がましなものだけれど、立派というほどではない。今で言えば高校生から大学生ぐらいの少年(少女?)が書いたものと思われる。

それはともかく、書誌情報を得る糸口となるものは見つからない。表紙を開いた扉の部分に「癸丑六月也」と躍るような字で書いてあり、本文の最後には「六月六日終」と書いてあるけれど、それがいつのことなのかを明らかにする糸口は、残念ながら出てこない。たぶんこれを筆写したのは1853年ではないかと思うけれど、保存状態が悪ければ、1913年でもこのぐらい薄汚れるかもしれない。

それから、『七言唐音 上』(筆写本、書誌情報不明)だけれど、これは書誌情報がない上に、よく見たら字が下手だ。たぶん小学生高学年か中学生ぐらいの子供が書き写したのだろう。字にまとまりがない。いくらたったの2,000원とはいえ、何でこんなものを買ってしまったのかと後悔した。誰かに、これは朝鮮時代のすごい本だと偽って、ただであげてしまおうか。

最後の『花山先生逸稿 一』(木版本、書誌情報不明)は、書誌情報はないけれど、著者は權柱という人らしい。インターネットで名前を調べると、「안동넷」というサイトに「화산(花山) 권주(權柱)」(김성규 객원기자)という記事があり、そこに次の一節がある。

세조 丁丑(정축:1457)년에 선생이 나시니 태어날 때부터 남다른 자질이 있고 총명했으며 특히 기억력의 뛰어남이 남들과 달랐다.
http://www.andong.net/news-2007/view.asp?seq=3991
これによれば、權柱という人は、1457年に生まれたということだ。

신촌헌책방で買った『花山先生逸稿 一』の後ろの部分には、「攷證(考証)」とあって、そこの最初の「詩因讒親讎以下四篇」について「按實錄己未年十二月十四日承 命製進」とあり、次の「謚冊」について「按實錄燕山君記四券~」とあるから、燕山君年間の己未といえば、燕山君5年で、1499年のことだ。「詩因讒親讎」を初めとする数編の詩は、權柱という人が、たぶん満42歳のときに書いた文章というわけだ。

국가지식포털」というサイトで検索すると、「花山先生逸稿」は1798年に発行されているそうだ。抄録には「이 책은 안동권씨 정남문고에서 소장하던 『화산선생일고(花山先生逸稿)』이다. 권주(權柱, 1457~1505)의 시문들을 총1책으로 엮어 1798년 목판본으로 간행하였다」とあり、この本が1冊になっていると説明されている。

しかし、私が持っているものは書名の下に「一」とあるから、分冊になっているわけだ。それに、紙の状態もよく、縫い閉じた糸もしっかりしている上に、大部分の頁の版型は横向きに無数の筋が入っていて、所々の版型は新しい(花山先生逸稿の1~3, 7, 13, 15, 16, 24~28, 39, 44, 47頁、讀四宰權公逸稿の4, 7頁)。古い方の版型は、刷った当時も優に百年以上は経っていたのではないかと推測するけれど、専門家が私の話を聞いたら舌を出すだろう。たぶん日帝期かそれ以前に刷ったものだろうとは思うけれど、紙の状態がいいので、100年以上経っているようには思えない。

というわけで、私の頼りない書誌鑑定であった。

これらの本は、박대헌氏の言う「섭치(安物の古書)」に違いない。「지금의 섭치는 영원히 섭치다」(古書 이야기, 63쪽)と言っている意味も分かるような気がする。今後これらの古書が何か学問的な価値を持つようになるとは、ちょっと考えられないからだ。
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by ijustat | 2009-12-21 02:19 | Bookshops


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