합서점

今はやっていない古本屋だ。その建物は、가회동にある「中央高等學校」正門の左隣にぴったりと寄り添う形で佇んでいた。

c0019613_17323240.jpg今日(2009年12月19日)初めて行ってみると、店があるはずの建物には看板もなく、窓は閉ざされて中が見えなくなっていた。通りの向かいにはペ・ヨンジュンのグッズを売る店が2軒できていて、そのうち1軒は、합서점の真向かいにあった。私が呆然と합서점があったはずの建物を眺めていると、背後で日本人女性客と主人とが日本語で話すのが聞こえた。

彼女たちはペ・ヨンジュンに関心があり、ここに古本屋があったことなんて知らないだろう。一方私は、古本屋に関心があってここへ来た。同じ日本人が、同じ場所に、まったく異なる脈絡で存在するのが奇妙に感じられた。

日本人客が去ったあと、まだ店の前に出ていた主人に聞いた。「여기는 합서점 맞죠?(ここは確かに합서점ですよね)」「네. 안 한 지 오래 됐어요.(ええ。もうやめてからずいぶん経ちますよ)」「언제 쯤 그만뒀어요?(いつやめたんですか)」「한 삼사 년은 됐어요. 아주머니는 아직 계시는데요.(2~3年は経ってますよ。おばさんはまだいますけどね)」

でも、私はその会ったことのないおばさんに関心があるわけではないので、気のない返事をしたら、その店の主人は静かに中へ入っていった。

c0019613_174854.jpg최종규氏の『모든 책은 헌책이다』(그물코、2004)では、「'모아 준다'는 뜻에서 '합(合)'서점이라 이름을 붙였다지요. 책을 모으고 사람 마음을 모으고 뜻을 모은다는 생각에서요.」(277쪽)と、「합(合)」という店名の由来を説明ている。(右の写真は、최종규氏が撮ったもので、『모든 책은 헌책이다』の278頁に載っている。この写真の載っているオリジナルの記事は2002年12月8日に오마이뉴스に書き込まれているから、おそらく2002年の晩秋に撮ったものだろう。この写真は、「합서점」と入力して検索すれば、インターネットでも見ることができる。)

この古本屋は、배용준氏の出演するドラマに背景としてカメラに捉えられたこともあるそうで、その情緒ある建物の雰囲気も印象的だ。それに、「合서점」と細い明朝体で布の庇に書かれた店名も、いい感じだ。この店の主人であるおばさんも、とてもいい人らしい。최종규氏は書いている。

<합서점> 아주머니는 오랜만에 찾아온 책손임에도 얼굴을 떠올려 주십니다. 당신은 따님과 늦은 낮밥을 드시는 듯한데, 밥을 안 먹고 돌아다니는 것 같다며 저에게도 너구리를 한 봉지 끓여 주십니다. 어른이 해 주시는 건 사양하기 어려워 라면을 받고 마침 옆에 눈에 띄는 책이 있어 집어들고 천천히 보면서 국물까지 후루룩 하나도 남기지 않고 다 비웁니다.(279쪽)
しかし、そういう합서점も、本の仕入れが困難なこともあって、経営は苦しかったらしい。店じまいしてしまったのも、それが理由になっているのではないだろうか。

こんないい店が姿を消してしまうのは残念だけれど、韓国の古本屋事情はかなり厳しいらしい。韓国にいてつくづく感じるのは、文化がちぐはぐだということだ。私の目には、いいなあ、これは本物だなあと思うものを粗末に扱い、これは物まねだなあ、うすっぴらだなあと思うものを珍重する。まあ、日本もそうかもしれない。

帰宅後、もう一度調べてみたら、최종규氏が오마이뉴스に「가회동 중앙고등학교 옆에는 간판은 그대로 남은 헌책방 〈합서점〉이 버티고 있습니다」(http://www.ohmynews.com/NWS_Web/view/at_pg.aspx?CNTN_CD=A0001166134)と書いて、합서점がまだ健在だということを知らせたのが、今から半年前の2009年6月28日だ。一方、向かいの店の主人は、3~4年前に店じまいしたと言っている。

いずれにしても、看板はもうないし、営業もしていないのだから、やめたのが4年前でも数ヶ月前でも、同じことかもしれない。何だかとても残念な気分になった。
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by ijustat | 2009-12-19 17:26 | Bookshops


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