글벗서점

글벗서점は、신촌로터리方面から向かって右側、동교동삼거리の100メートルほど手前にある。2年ほど前、バスに乗っていたとき、そこに古本屋があるのを見つけたけれど、その後すっかり忘れていた。

c0019613_0464819.jpg今回(2009年11月5日)、古本屋巡礼を始めようと思い立ち、숨어있는책と온고당서점を見つけた。そのあと、아름다운가게を探したけれど、車からだと見つからなかった。それで、아름다운가게はあきらめて、もう1箇所行ってみようと思った。持ってきた地図帳には、신촌로の北側に、글벗서점、공씨책방、신촌헌책방が書き込んである。しかし、양화로から동교동삼거리で신촌로へ右折して、신촌장로교회の前でUターンすると、すぐに行き着くのは글벗서점だ。それで、글벗서점へ行くことにした。

店の前に車を止めると、中から主人と見られる50代くらいの女性が出てきて、そこに止めるとスティッカーを貼られますよと言われた。店の右脇の裏通りは6時から取り締まらないけれど、店の前の大通りは9時まで取り締まるということだった。裏通りは市で取り締まっていて、表通りは警察で取り締まっているという。そのときまだ5時だったけれど、裏通りに止めた。見ると、店の脇にも書棚があって、本がぎっしり詰まっていた。

店の中はとても広かった。三方は天井まで書棚が覆っていて、中央は高さ150センチほどの書棚が数列に並んでいる。入り口の右側に計算台があって、その前後は辞書や聖書などが並んでいた。皮製の聖書から出る匂いで、まるで鞄売り場のような雰囲気だった。

店内には客も多く、高校生もいた。そして、計算台の前は、選んだ本を会計してもらいに来る人が、ほとんど絶えなかった。店の中の活気ある雰囲気が、何だか景気のよかった90年代前半を彷彿とさせた。

歩きながら書棚を眺めていると、大型の本がたくさん目に付いた。そして、奥の書棚に日本の本が、数は多くないけれど、並んでいた。團伊玖磨の随筆集『パイプのけむり』シリーズが8冊あった。これは、あとで調べてみると、全27冊にもなるそうだ。よくそんなにたくさん書けたものだと驚くばかりだ。で、その8冊を買うことにした。1冊4,000원で、合計32,000원。

今日買ったのは、次の通り。

 『パイプのけむり』(團伊玖磨著、朝日新聞社、1965)
 『続パイプのけむり』(團伊玖磨著、朝日新聞社、1967)
 『続々パイプのけむり』(團伊玖磨著、朝日新聞社、1968)
 『又パイプのけむり』(團伊玖磨著、朝日新聞社、1969)
 『まだパイプのけむり』(團伊玖磨著、朝日新聞社、1972)
 『まだまだパイプのけむり』(團伊玖磨著、朝日新聞社、1973)
 『も一つパイプのけむり』(團伊玖磨著、朝日新聞社、1975)
 『なおなおパイプのけむり』(團伊玖磨著、朝日新聞社、1978)

支払いするときおばさんが、この本は値打ちがありそうなんだけど、情報がなくて安い値段しか付けられないと言っていた。まあ、安い値段を付けておいて正解だったようだ。むしろ、揃っていない本なのだから(5巻目と9巻目が抜けていて、11巻目以降もない)、1冊4,000원という値段は不当に高かったといえる。

支払いを済ませると、おばさんが、2階にも売り場があって、そこにも日本の本がありますよ、という。それで、買った本は保管しておいてもらい、2階に行ってみた。店を出てから建物の右側にあるビルの入り口から階段を上がると、踊り場の左側に2階の売り場の入り口があった。入ると右側に計算台があり、その後ろに古い本が並んでいた。そして正面の中央には応接セットがあり、その後ろに図書館のような書架が並んでいた。すごい古本屋だ。

見渡してみると、『李光洙全集』もあった。全部で何巻あるのか数えなかったけれど、韓国で個人の全集を見ることは、ほとんどない。だからこそ、전작주의という考え方が、特殊なものとして浮かび上がってくるのだと思う。

2階の売り場で店番をしていた40代くらいの女性に、この店はいつできたんですかと尋ねると、1階の売り場は4年前に始めて、2階の売り場は今年8月に、倉庫を開放したのだという。なるほど、ここは倉庫だったのか。それにしても、これだけ広い空間を贅沢に使えるのは、もしかしたら、この不動産は自分の持ち物なのかもしれない。

帰宅後、今日買った『パイプのけむり』を読んでみた。面白い内容もあるにはあるけれど、月並みな話が多いのには驚いた。1965年に出た最初の本だけれど、その当時はこのような話がもてはやされていたのか。何しろその年に読売文学賞という賞まで取っているのだから。

そういえば、ちょうど同じ頃韓国で出た『韓国随筆文学全集』(全5巻 国際文化社)も、錚々たる文化人が編纂したにもかかわらず、大部分は陳腐な話で占められていた。

そんな謎を解く鍵のような言葉が、本の帯にあった。帯には、「軽妙な筆致でえぐり出した現代世相の死角」と書いてあったのだ。なるほど、時代によって、人々が見ている部分と見ていない部分とがある。あれから45年たった今では、すでに陳腐になってしまった見方も、当時は考え付く人すら稀だった。それを言ってのけたものだから、読者たちは驚いたというわけだ。

ということは、團伊玖磨を鑑賞するためには、当時の雰囲気を知る必要があるわけだけれど、最初の随筆が発表された当時、私はまだ生まれていなかったし、本になって出たとき、まだ私は這い這いをしていた頃だった。自分の記憶からそれを理解したくても、まず無理なことだ。

このシリーズは27冊まで出たというから、それを読んでいけば、團伊玖磨の視点の変化から、世相の変化が見えてくるかもしれない。このシリーズは『さよならパイプのけむり』で終わっていて、それが2000年12月だ。なんと、このシリーズは35年間も続いていたわけだ。「パイプのけむり」シリーズについては、以下のサイトで調べることができる。

 http://t-webcity.com/~pipedan/

随筆には、今ならインターネットですぐに調べられることも、いずれ調べてみたいと書いてあり、もどかしく感じた。まあ、仕方のないことだ。書いている時代と、読んでいる時代が違うのだから。現在が情報基盤社会であることを、身にしみて感じさせられる。逆に言えば、今の文章作法では、一般的な知識について、いずれ調べてみるなんて書いてはいけないわけだ。案外そんなところに、この謎の答えがあるかもしれない。

글벗서점の所在地は、서울시 서대문구 창천동 503-13。電話番号は、02-333-1382。夜12時までやっているとのことだ。

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2009年11月28日、次男を連れて교보문고へ行ったとき、ついでに足を伸ばし、글벗서점へ立ち寄った。신촌로がとても込んでいて、교보を出たのは21時30分ごろだったけれど、글벗서점に着いたのは22時を過ぎていた。

主人のおばさんは、私のことを覚えていた。記憶力のいい人だ。

허웅の『언어학』はありますかと尋ねると、2階にあるという。今日は2階を店番する人が少し前に帰ったけれど、開けてあげるから見て来ますかと言われた。いや、今度にしますと答えたけれど、次男が漫画を見たいといい、漫画も2階にあるということで、結局一緒に2階へ行くことになった。おばさんから鍵を渡され、これで売場の錠前を開けなさい、電気のスイッチはどこそこにあります、と言われた。私は小さい頃から、こうやって見ず知らずの店で、主人に鍵を貸してもらったり、主人がしばらく店を空けている間、代りに店番をしたりすることが時々ある。

次男と一緒に薄暗い階段を上り、苦労して扉を開けたあと、また苦労して電気のスイッチを見つけた。そして、本を探した。広い店の中は、ひっそりと静まり返っていて、外の通りを行き交う車の音だけが聞こえている。他の客どころか、店員すらいない。そんな中で、ずいぶん長い時間、本を物色した。

次男は中央の応接セットに座り、漫画に読み耽っていた。見ると、「괴짜가족」という気色悪い漫画だ。くすくす笑いながら読んでいた。

허웅の『언어학』はすぐに見つかったけれど、開いてみたら、残念なことに、赤ペンで乱雑に書き込みがしてあった。もう少しきれいに書き込めばいいのにと思ったけれど、まあそれは持ち主の勝手だから仕方がない。2,000원とけっこう安かったけれど、買うのはやめにした。そして、他の本を物色した。

結局、選んだのは次の本。

 『金九自叙傳 白凡逸志』(金九著、白凡金九先生記念事業協會、1947。1968年7版再組版)
 『國語學論文集』(南廣祐著、一宇社、1962。初版本)
 『밤에쓴 人生論』(朴木月著、三中堂、1966。1967年重版)

これらは全部で15,000원だった。『白凡逸志』は、現在あちこちの出版社から出されているけれど、このテキストは김구(金九)の生存時に出されたもので、本人の序文が載っている。『國語學論文集』は、家にあるかなとも思ったけれど、買ってみたら、案の定あった。まあいいや、こっちが初版だから。それから『밤에쓴 人生論』は、韓国へ来る前に読んだことがあったような気がするけれど、この人の詩情あふれる文章をまた読みたくなって買った。

それにしても、タイトルが漢字だらけだ。こういうのは、今の韓国の若者にとっては読みにくいものだけれど、私にはかえって読みやすい。……と思って中身をもう一度見ると、中身も漢字だらけなのは『國語學論文集』だけで、あとの2冊は、一部の漢字語の後ろに括弧付きで漢字を入れている。

次男は、「ポケットモンスター」の韓国語版の中から、持っていないものを10冊選んだ。全部で10,000원だった。

鍵を返してお金を払っていたとき、高校生ぐらいの女の子たちが来て、探している漫画があると言った。でも、おばさんは、漫画は2階だけれど、今日はもう終わってしまったから明日来てね、と言っていた。

店を出たのは、23時30分過ぎ。アパートに着いたところで00時の時報が鳴った。

ところで、韓国の古い本は、あまりよくない紙を使っていることが多く、40年代後半から70年代までに出た本は、慎重な扱いが必要だ。『國語學論文集』は、良質の紙を使っているけれど、表紙が風化しかけている。『白凡逸志』は、縁がこげ茶色に変色している。それに、最初の数ページには、カーボンの粉のようなものが付いていた。これは消しゴムで気をつけながら擦り取った。『밤에쓴 人生論』は、右側の表紙が本体から外れていた。これはゴムボンドで修繕した。

本の修繕には、皮などを接着するのに使う黄色いゴムボンドがちょうどいい。乾いたあとも弾力性が保たれて、本が扱いやすい。以前、木工用ボンドを使ってみたことがあったけれど、あれはひどかった。乾いたあと、接着した部分が固まってしまい、本がちゃんと開かなくなってしまったのだ。ゴムボンドだったら、そんなことはないし、紙との相性もいいようで、修繕したあと特に気をつけて扱わなくても、またページが取れてしまうようなことは、あまりない。

こんな風に、古本によっては、汚れを落としたり、修繕したりする必要のあるものがある。

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2009年12月4日金曜日。次男と一緒に우리동네책방へ行ったあと、ここ글벗서점に来た。우리동네책방には小学校5年生の次男が楽しめる漫画本があまりなかったのだ。はじめ、今まで一度も行ったことのない공씨책방へ行ってみようと言ってみたけれど、공씨책방はどんな店か分からないので、글벗서점の方がいいという。

子供を先に降ろして車を店の脇に止めたあと、売り場へ行くと、おばさんが、息子さんは2階へ行きましたよと言った。それで、じゃあ1階の売り場を回ってから2階へ行きますと答え、1階の売り場で本の物色をした。国語学関係の書籍がある棚を見ると、허웅の『국어학』があった。それで、『언어학』もあるかなと思ったけれど、この間おばさんが1階にはないと言ったとおり、やはりなかった。

日本の本がある棚を見ると、面白そうな本が入っていた。そこで、次の2冊を選んだ。

 『英会話学校に行かない人ほど、うまくなる』(古市幸雄著、ダイヤモンド社、2006)
 『無理なく続けられる年収10倍アップ勉強法』(勝間和代著、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2007)

『英会話学校に行かない人ほど、うまくなる』は、私が語学教師で関心があることと、著者の古市幸雄氏が、『「1日30分」を続けなさい!』という本でいい印象を受けていたので、買うことにした。それから、『無理なく続けられる年収10倍アップ勉強法』は、勝間和代氏の代表作と聞いていたけれど、まだ読んだことがなかったので、買うことにした。蛍光ペンで汚く印を付けながら読んだあとがあるけれど、まあいいだろう。

で、値段を聞くと、10,000원という。うっひゃあ、高い! でも、まあいいか。

話しついでに、インターネットで강남にも글벗서점があるのを見たけれど、同じ店ですかと尋ねると、ソウルに글벗서점という名の店は数箇所あるのだそうだ。それらはうちとは関係ありません、ということだった。ああそうですか。じゃあ、ここに店を出す前は、どこにいらっしゃったんですか、と尋ねると、온고당서점だという。

驚いた。온고당って、あの홍대앞のですか、と聞くと、そうだという。今そこにいる人は、一緒に働いていた人で、自分たちがこちらへ移って来るときに、인수인계(引継ぎ)をしたのだという。

その2冊を買ってから、2階の売り場へ行った。2階では、おばさんのご主人が勘定台のところでテレビを見ていた。テレビのニュースが気を引いたので、見に行くと、せっかく休んでいたおじさんが、身を起こした。いや、横になっていてくださいと言ったけれど、やはり気になるらしかった。そして、この本見ますか、今日仕入れてきたんです、という。古いけれど、古書というほどではないという。

見ると、1929年に出た朝鮮農業何とかという難しい本を初め、50年代と60年代の本が中心になっていた。『言語學概論』(許雄著、正音社)もあった。この本は読んだことがあるけれど、お勧めの1冊だ。古い本だけれど、まるで一般向けの本のように興味深く読めるのだ。でも、持っている本を買うことはないので、別の本を選んだ。

 『人文科學資料叢書5 申在孝판소리全集』(申在孝撰著・姜漢永解題、人文科學研究所・延世大學校、1969)

これは、신재효(1812~1884)という劇歌作家の作品の肉筆本を、影印本で出したものだ。ただし、自筆ではないようで、いくつかの筆跡が見られる。筆写本だろうか。後ろに解題が付いている。

おじさんに値段を聞くと、20,000원だという。高いと文句を言ったら、おじさんはその何倍もの量の言葉で、この値段が妥当なことを主張した。この本に関しては、他に当たってみるということもできないし、この値段だったら買っても悪くないので、買うことにした。買うといったら、顔をほころばせた。

次男は、今回も「괴짜가족」を読みながら声を立てて笑っていた。おじさんが、そんなに面白いのかい、と言った。おじさんが次男にみかんをくれた。そうしたら「할아버지가 귤 주신데(おじいさんがみかんくれるんだって)」と私に言うので、おじさんが「할아버지라고? 아직 할아버지가 아니야!(おじいさんだって? まだおじいさんじゃないぞ)」と言った。

で、次男の買った漫画本と合わせ、合計22,000원。漫画本は値引きできても、私の選んだ本は値引きできないと言っていた。
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by ijustat | 2009-11-06 00:10 | Bookshops


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