뿌리서점

私が最も頻繁に行く古本屋だ。2005年5月19日(木曜日)の夜遅くに偶然見つけ、それからこの店によく行くようになった。

c0019613_1624874.jpgこの古本屋は、용산駅付近の裏通りにあり、狭い入り口が1階にあるけれど、店の本体は地下にある。この写真はその地下にある店内だ。店内と呼ぶにはあまりにも雑然としていて、狭い階段を下りて初めてこの店の内部を見たとき、くまのプーさんが狭い木の穴から広くてはちみつがたっぷりある空洞に入り込んだような感動を覚えた。

特に、店の前の通りは、ほとんど何もないので、夜になると全体が薄暗く、뿌리서점の店頭だけが、明るく裸電球に照らされている。そんなところでよく商売が成り立つものだと不思議に感じるけれど、夜中の10時ごろまでは、来客が絶えない。

c0019613_1631461.jpg뿌리서점の特徴は、とにかく安いことだ。他の古本屋の半額ぐらいだろうか。安い本に関しては、他の古本屋と大差ないけれど、価値のある本も、高くは売らないので、そういうものの中に掘り出し物が時々ある。それでもおじさんは、高く売らない。薄利多売がスタンスらしい。

それでか、持って行った本も、他の古本屋よりもたくさん引き取ってくれる。今夜も、우리동네책방で売れ残った本を持っていって、ずいぶんたくさん買ってくれた。両方の古本屋で、手放そうと思った本の半分近くが売れた。残った本は、もうどこも引き取ってくれそうもないものばかりだ。

よく引き取ってくれるのだけれど、だからといってよく捌けているわけではない。倉庫にしまってある本が増えすぎて、時々파지상(古紙回収屋)に売っているのだという。最近は古紙の値段が10キログラム当たり800원ぐらいだから、只で渡しているのとあまり変わらない。もったいないけれど、古本を買おうとする人が減っているので、どうしようもないのだ。

c0019613_1641260.jpg뿌리서점のもう一つの特徴は、夜遅くまでやっていることだ。最近は午前2時ぐらいまでやっているという。2、3年前には、明け方4時ぐらいまでやっていた。でも、それでは健康に支障をきたす。それで、最近は少し早めに店を閉めるようにしているのだという。

さらに、主人のおじさんが独特だ。お喋り好きで、根拠もへったくれもない政治論や文化論、歴史論をかますので、最初は当惑した。他の客から誤解を正されたり、反論されたりしても、かまわず持論を熱く語るのだけれど、それがまたこの人の面白さになっている。そのうえ、お客さんにいつもインスタントコーヒーやジュースなどを出してくれる。こんな古本屋は、世界中でもそうめったにあるものではないだろう。

奥さんも感じのいい人で、主人がいないときには、奥さんがお客の相手をしている。夫婦そろっての気さくさが、お客をひきつけているようだ。(ただし、お客が持ってきた本の値踏みは、奥さんはやらない)

そういうわけでか、読書に関する本を読んでいると、교보문고ほど頻繁ではないけれど、뿌리서점がたまに登場してくる。つい最近も、『한국의 책쟁이들』(임종업著、청림출판、2009)の序章に、主人の言葉が引用されていた。

서울 용산의 헌책방 뿌리서점 주인은 말한다. 돈에 욕심을 냈더라면 빌딩을 여러 채 샀을 거라고. 그는 "국민의 이름으로" 책값을 눅인다. 그가 사람사는 세상에 얼마만큼의 보시를 했는지 헤아릴 수 없다. (10쪽)
たまたま鞄の中に本があったので、主人にこのページを見せると、おお、と言って喜びながらその箇所をじっと見ていた。そして、表紙で著者の名前を確かめ、この人は以前よく来てましたよ(이 양반은 한 때 자주 왔었어요.)と懐かしそうに言った。

뿌리서점の住所は、서울시 용산구 한강로3가 40-427 한국여성단체협회빌딩。電話番号は、02-797-4459。グーグルなどで「뿌리서점 용산」と入力して検索すれば、関連する記事がたくさん出てくる。

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2009年11月18日。청계천の古本屋を見に行ってきた話をしに立ち寄った。

初めは청계천の話だったのが、だんだん私が話が逸れていって、随筆の話になった。それは、私が書棚の奥から김형석の随筆集を引っ張り出してきたからだ。韓国で20年ぐらい前まで人気のあった随筆家に、김형석と안병욱がいる。どちらも哲学者で、大変な人気を誇っていたが、今ではもう古くなってしまったという。

私は안병욱氏の文章は、どうしても好きになれなかった。思索の細かい襞が感じられなくて、読んでいるとだんだん腹が立ってくるのだ。それに比べて、김형석氏の随筆は、物事や自分自身をじっと見詰めながら静かに考えをめぐらせている姿に、魅力を感じる。日本人好みの文章なのかもしれない。

私が好きな古い随筆家に、김태길氏もいるという話をすると、あの人も哲学者でしたよね(그 양반도 철학자였죠?)という。そういえばそうだ。韓国では随筆の上手な哲学者が多いらしい。김태길氏のエッセイは、そこはかとなくユーモアが感じられて親しみが持てる上に、発想に奇抜なところがあって、読んでいて面白い。

この日は、김형석の『金亨錫代表에세이集 : 하늘의 별처럼 들의 꽃처럼』(主婦生活社、1979)の初版本を買った。1,000원。後ろの見返しが破り取られている。何か、以前の持ち主にとって恥ずかしい言葉が書かれていたにちがいない。

店を出るとき、階段の途中に積み上げられている本の間に、カタカナで「リンガフォン」と書かれたビニールのケースが見えたので、取り出してもらった。見ると、韓国語コースで、中身は新品同様で、全然手を付けられていない。テープも透明のビニール袋に入ったままだ。しかも、1984年に出た初版本のようだ。いくらですかと聞くと、5,000원だというので、その場で買った。

帰ってから、ケースの下側に付いたコンクリートの粉を拭い落としながら、この教材の来歴についてあれこれ想像した。教材の奥付を見ると、연세대학교が開発に協力している。ということは、もしかしたら、これは開発協力をした연세대학교にリンガフォンが寄贈した教材の一つで、もらったはいいけれど使い道がないために事務室の床に放置されていたのを、事務室を引っ越すときに、いらないから持っていきなさいと責任者が部下の先生にあげ、その先生も家に持って帰って来たはいいけれど、使い道がなかったので何年か所持した末に、この뿌리서점に持ってきたのではないだろうか。

そんな話を私がしていると、妻は、よくそんなつまらないこと一生懸命考えられるわねえ、と呆れていた。

2009年12月3日に、そのリンガフォンの教材を少し調べてみた。箱の高さ228ミリ、幅323ミリ、厚さ85ミリの箱に入っていて、中身は本とカセットと発泡スチロール。本の厚さは18ミリ、カセットの台の厚さは13ミリ、そして、発泡スチロールの厚さが、なんと40ミリ! これは、もしかしたら教材史に残る底上げの例かもしれない。発泡スチロールさえなければ、韓国語コースの箱は、厚さ45ミリに抑えられたのに、残念ながら、こうやって無様に狭い家の空間を取っている。箱を捨てたくても、テープの処置ができないので、箱は捨てるに捨てられない。白水社の語学入門のようにシンプルな箱に入ればよかったのに。

教材自体は悪くない。自然な会話だし、無理なく修得できるような構成になっている。規則的な作りで、暗記しやすそうだ。解説の部分に学習の手順が示してあるのも、画期的だ。ただし、学習書が本文冊と解説書に分かれているのは不便だ。狭い机の上に2冊の本を広げるのも不便だし、あるいは2冊の本を取っかえ引っかえ見るというのも面倒だ。そうするよりは、テキストに解説をさしはさんで、上下2巻に分けた方が勉強しやすいだろう。

カセットは本文テープが4本で、それプラス「発音指導用テープ」が1本ある。本文テープの4本目を聞いてみた。今まで誰もビニールを開けていなくて、私が初めて封を切ることになった。1984年に作られたテープを、2009年に開封したわけだ。その間に四半世紀の歳月が流れている。

で、そのカセットを聴いてみると、声の美しいアナウンサーが、非常に正確な発音で会話を朗読している。あまりに正確すぎて、何の表情もない。妻が、気持ち悪いからそれ消して!と怒鳴った。たしかに、こんな調子で話す人がいたら、薄気味悪いだろう。それから、話す速度も少し遅すぎるようだ。4本目なのだから、もう少し速くしてもいいだろう。それから、これは四半世紀前に作られたのだから当然だけれど、聞き流していると、内容はいかにも80年代の様子を伝えるもので、「5원짜리 동전」や「버스토큰」が出てきたり、じゃが芋が한 근(600グラム)200원だったりして、聞く人を驚かせる。

今も同じテキストを売っているのだろうか。それは分からないけれど、カセット付きのリンガフォン韓国語コースの値段をインターネットで検索してみると、47040円 (税込)と出ている。私の考えでは、カセット1本につき2500円取ったとして、5本で1万2500円。テキストと解説書に3000円ずつ取ったとして、カセットとあわせて1万8500円。そして、ワークブックに1000円取ったとして、合計1万9500円。切りのいい値段にすれば2万円で、お得感のある値段にすれば、1万9800円だ。でも、同じ内容の教材を一般の出版社が開発した場合、たぶん1万円ぐらいしか取れないのではないだろうか。韓国で販売する場合は、たぶん5万ウォンがせいぜいと言ったところかもしれない。5万ウォンというのは、今のレートでは、4000円にもならない。

まあ、47040円出したい人は、出してください。高い値段というのも、自腹を切るならば、確かに学習効果を高める要素になるから。なんなら、10万円払ってもいいかも。

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2009年12月6日の夜遅く、自転車で뿌리서점に行った。今日は気温が下がっていたけれど、近いので自転車で行けばあまり寒さを感じないだろうと高を括ったのだった。しかし、家を出てみると、かなり寒かった。

今日行った目的は、長男が勉強するのに程よい英作文の教材を探すためだった。日本語では水谷信子教授の書いたいい本を持っているのだけれど、残念ながら、長男は日本語の本を読むのが苦手だ。それで、韓国の本を探すことにしたわけだ。

ずいぶん時間をかけて探したけれど、結局選んだのは、すごく古い教材で、長男には少し水準の高いものだった。

私が教材を選んでいるとき、主人はお客さんと韓国の歴史について声高に話していた。中国の東北地方で8千年前の金石文が発見され、そこに「조선」と書かれていたという。どこから仕入れてきた話なのだろうか。

大体本を選んだので、お金を払いに行くと、私も話の中に巻き込まれた。そして、ウラル・アルタイ語族の話になり、私も好き勝手な話をすることになった。あまりに適当なことを言ったので、ここに書くのははばかられるけれど、一緒にいたお客さんから、にこやかながらもかなり鋭い質問をされ、さらに適当な話の上塗りをした。その人と挨拶を交わした。마상영氏という。

その人が帰ったあと、마という苗字は珍しいという話になった。もう一人お客さんがいたけれど、どちらも마という苗字の有名人は마광수教授しか思い浮かばなかった。私が韓国の代表的なエスペランティストに마영태という人がいると言ったけれど、あまり関心を示さなかった。

そのお客さんも帰ったあと、마광수教授についての話になった。たいていの人にとって마광수と言えば作家だけれど、私にはあの人は学者だ。私は文学が専攻ではないし、あの人の授業を取ったこともないけれど、あの人の短い論文は読んだことがある。それは迫力のあるものだった。

主人が、韓国では日本の官能小説家で도미시마 다케오という人が有名だと言った。私はその人を知らなかった。それで、あとで調べると約束した。(帰ってから調べると、けっこう有名な人だということが分かった。日本語では「富島健夫」と書くことも分かった。)

主人の話を聞きながら、김태길のエッセイ集が2冊あるのを見つけ、手に取った。漢字で「金泰吉」と書いてあった。漢字の名前を見るのは初めてだ。

今日買ったのは、次の5冊。全部で13,000원。

『英作文研究』(孔貞浩著、受験社、1965。初版本)
『행정용어순화편람 1992』(총무처 능률국 사무개선과編、대한민국정부 정간위、1992)
『韓國文學史』(張德順著、同和文化社、1975。1993年9版)
『金泰吉 신작에세이 껍데기와 알맹이』(金泰吉著、철학과 현실사、1988。1991年重版)
『金泰吉 장편에세이 흐르지않는 세월』(金泰吉著、철학과 현실사、1988。初版本)
先日대오서점という古本屋に行ってきたという話をした。そして、その店について話をすると、へえ、そんな古本屋があったのかと驚いていた。有名だとは言うけれど、우리동네책방でも뿌리서점でも대오서점のことを知らないということは、古本屋の仲間では知られていないのかもしれない。

代りに、통문관(通文館)という인사동にある古本屋のことを教えてくれた。教えてくれたというより、私が통문관を知らないことを知って驚いていた。この古本屋は、普通の古本屋ではなく、고서점(古書店)で、初代店主は이겸노(李謙魯:1909~2006)という“書誌学者”だったそうだ。뿌리서점の主人は、중간상인をしていた1970年代、古書を手に入れたら이겸노翁のところへ行ったということだった。彼は이겸노翁を「헌책방의 대부」または「헌책방의 원로」と呼び、心から尊敬している。

통문관には、いつ行っても日本人の客がいたという。70年代の当時は、主人の話では日本の国力が強く、日本人の客は古書をたくさん買って行ったということだった。それだけ信頼されていたわけだ。

帰宅後もう少し調べてみた。すると、2006年10月16日付けの조선일보コラム「만물상」で이겸노翁の逝去を扱っていた。そこには翁の経歴が紹介されていて、「1934년 통문관 전신인 금항당(金港堂)을 연 이래 70년 넘게 서점을 꾸려 온 우리 고서의 산 증인이다」ということだった。それだけではない。そこに来る客も錚々たる人々だ。

고전문학과 역사를 공부하는 학자치고 통문관 문턱을 넘나들지 않은 이가 드물었다. 국어학자 이희승, 미술사학자 고유섭, 국립박물관장 최순우 들이 단골이었고, 이승만 대통령도 가끔씩 책 구경하러 들렀다.
http://news.chosun.com/site/data/html_dir/2006/10/16/2006101660527.html
そういう華やかな交流だけでなく、「그는 “아이든 어른이든 속이지 않는다. 값을 두 번 말하지 않는다”는 원칙으로 신용을 쌓았다」という正直な態度からも、その人柄の立派さが分かる。そして、「월인석보와 월인천강지곡 같은 보물이 그를 통해 세상에 나왔다」という実績。なるほど、뿌리서점の主人が尊敬するわけだ。このコラムを書いた김기철 · 논설위원も、「말초적 볼거리만 좇는 얄팍한 세상이라 ‘인사동 대감’의 빈 자리가 더욱 크게 느껴질 것 같다」と結び、その存在感ある人物の死を惜しんでいる。

이겸노翁が1988年に出した「通文館 책방비화」(民學會)という本がある。ぜひ手に入れて読んでみたいと思い、調べてみたけれど、難しそうだ。現在絶版で、古本のサイトでも品切れなのだ。代りに、この人の『문방사우(빛깔있는 책들 22)』(이겸노著、대원사、1989)という本がまだ出ているのを見つけ、교보문고のサイトで購入した。

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c0019613_044233.jpg2009年12月13日。夜中に立ち寄った。この日は、語学書の棚で、ちょっとおぞましいものを発見した。その名も「あたらしいにはんごのかいわ」。書誌情報はここに明かさない。というより、驚きのあまり、本の中身を見るのも忘れてしまった。

主人が売り場に下りてきてから、헌책방 오거서に行って来た話をした。主人も헌책방 오거서のことはよく知っていたけれど、홍익대학교の近くにあるという、大変古い知識だった。その後2000年には상수동に移り、現在は망원동にあるということは、知らなかった。

私が、その古本屋は質の高い本だけを売っていたという話をすると、そのような古本屋が他にもあることを教えてくれた。その一つは호산방(壺山房)。この店は、安売りがモットーだった韓国の古本文化の中でただ一人、本の価値を見極めた上で、高価買入と高価販売を掲げて有名になったという。

それからもう一つは、연신내にある문화당。そこも質の高い本を扱っているという。

それから、노량진にある책방 진호に行ってみたかと聞かれた。名前は知っているけれど、まだ行っていないと答えると、そこの主人も本の価値を知っていて、特に日本の本を見極める目に優れていると言っていた。

この間紹介してくれた통문관には行ってみたかと聞かれた。正直に、まだですと答えた。インターネットで調べたらホームページがあり、そこで扱っている本を見ると、なんと百万ウォンを超える本がずらりと並んでいたという話をすると、そうか、最近は高い値段で売るんだなあと言った。そして、たぶんインターネットに出していない本も行けばたくさんあると思いますよ、と付け加えた。

私が、통문관の主人が書いた『통문관 책방비화』は現在絶版で、古本サイトでも品切れになっていると言うと、もしよかったら、10日間ぐらい貸しましょうかと言われた。しかし、私は自分が人に本を貸すことを極度に嫌うので、人が本を貸してくれると言うと、その勇気に気圧されてしまう。恐れ多くて、とても「貸してください」とは言えないのだ。それで、その本は自分で探すつもりですけれど、どうしても見つからなかったら、そのときは読ませてくださいと答えた。

話はそこから최종규記者の内容に移った。インターネットで読める최종규記者の記事を読んでいくと、記者は뿌리서점を気に入っているようだ。뿌리서점の主人も、최종규記者が自分の店を紹介してくれることを大変感謝していて、立派な人物であるとほめていた。そして、今日もらったといって、최종규記者がサイン入りで置いていった本3冊を見せてくれた。書名は、『말은 삶이다』と『생각하는 글쓰기』と『책홀림길에서』。コンパクトなサイズだ。帰宅後調べてみたら、それらの本は非売品らしい。ただし、1冊は알라딘で扱っていた。

최종규記者が2004年に出した『모든 책은 헌책이다』は、今では品切れになっていて、手に入れにくい。私は実は今日の夕方、알라딘で扱っていることを知り、その場で注文した。そのことを話すと、そうかと言って、少しさびしそうな表情になった。この本がそうやって消えかけていることを、残念がっているようだった。

今日は、本当は何も買わないつもりだったのだけれど、次の2冊を見つけて買った。

『國文學大系 春香傳』(李家源注釈、正音社、1968。初版本)
『존대법의 연구』(서정수著、한신문화사、1984。初版本)
合計8,000원。この安さが、뿌리서점の魅力だ。

(『존대법의 연구』は、家に帰って本棚を見ると、新しい版のものが家にあった。そのうえ、この初版本は、一箇所が切り抜かれていた。それで、切り抜かれた部分を白紙で塞ぎ、その紙の両面に、新しい版を見ながら、抜けている部分を書き加えた。けっこう面倒な作業だったけれど、これで一応ちゃんと読める本に戻った。)

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2009年12月27日。本格的な雪が降った。今日は午後대치동で用事があったけれど、雪で車道まで白く覆われていたので、車を使わずバスと地下鉄で移動した。その帰り、신용산駅で降りたついでに뿌리서점に寄った。

おじさんが、同じ建物の自分の店でない場所の雪掻きをしていた。そこまで雪掻きするんですかと聞くと、あとで凍ると危ないからと答えた。

今夜は、入り口の左にある雛壇のような階段に本は陳列されていなかった。しかし、今日入手したと思われる本が、端の方に数冊だけ積んであった。その一番下に、『가게・물건・상호 상품 이름 연구』という変わったタイトルがあるのが目に入った。何だろうと思ってよく見ると、「국어 순화와 말글 정책을 위하여」という副題が付いていた。これは言語政策についての研究書だ。その本を手に取って、階段を降りた。店内にはお客さんがけっこうたくさんいた。

しばらくしておじさんが降りてきたので、先日공씨책방と신촌헌책방へ行った話をした。おじさんは신촌헌책방という店があることを知らなかった。まあ、知らなくていい店かもしれない。本は多くても、わりと短命な古本屋だった。

それから、ひとしきり호산방の話で盛り上がった。私は호산방には行ったことがなく、店主の書いた『古書 이야기』(박대헌著、열화당、2008)を読んでいるだけなので、詳しい来歴などについてはよく分からないけれど、この人の文章は目から鼻へ抜けるように明晰で、しかも読者を夢中にさせるような面白さがある。本の内容を思い出しながら뿌리서점の主人の話を聞くと、なかなか面白い。

私は、호산방の主人が私より少しだけ年上かと思い込んでいたけれど、考えてみれば、53年生まれなのだから、56歳だ。若いのにずいぶん淡々と重みある文章を書くと思っていたけれど、年齢相応の文体だったようだ。

おじさんが夢中で話をしているとき、お客の一人が本を持ってきて、会計してもらおうと差し出した。しかし、おじさんは話をやめない。そのお客も心得ているらしく、片手で本を差し出したまま苦笑いしていた。私が、お客が本を会計しに来た、と再三手振りで知らせると、やっとお客の方に振り向いた。これでも文句を言う人が(たぶん)いないのは、おじさんが人情深く、お客には必ずコーヒーを振る舞い、本の値段も安くしてくれるからに違いない。

今日も新しい古本屋の知識を得た。동묘にキリスト教書籍を中心とする、경안서점という店があるという。そこの主人は本のことをよく知っている人だと言っていた。帰宅後調べてみると、正しい名前は경안서림で、現在は청량리にあることが分かった。2006年5月18日の「헌책방 순례」ではすでに청량리にあったから、おじさんが言った동묘というのは、たぶんそれ以前のことなのだろう。

今日は、次の本を買った。

『가게・물건・상호 상품 이름 연구―국어 순화와 말글 정책을 위하여―』(김윤학・김지권・안유풍・박정숙著、과학사、1988。初版本)
ところで、뿌리서점の主人の名前は김재욱氏。年齢は63歳。年よりも若く見える。1974年に원효3가で古本屋を始め、その後何度か場所を変えながら現在に至っている。
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by ijustat | 2009-10-28 02:40 | Bookshops


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