우리동네책방

日本に住んでいる人には役に立たない話かもしれないけれど、ソウルの古本屋のことを書いてみようかと思う。

c0019613_19333442.jpgその第1弾は、우리동네책방。この店には初めて行った。自宅から学校へ通勤するとき、通り過ぎるところにある。양화대교の北端から신촌の方へ向かい、동교동삼거리の直前の右手に、去年頃だったか、忽然と現れた。大通りのあまり広くない歩道に面している。

しかし、私は特にこの古本屋に関心を持たなかった。なぜなら、この店が大通りに面していて車が止められなかったし、交差点の間近にあるため、行きは左の車線に寄せてしまって店に近づけず、帰りは동교동삼거리から신촌로터리の方へ曲がってしまうために、この店が視界に入ってこないからだ。

それだけではない。この古本屋は、看板に「책(本)」と大きく書いてあるけれど、肝心の店名は、いちばん下の左寄りのところに、小さな緑色の字で書いてあるだけなのだ。右下の写真では、字が小さすぎてどこに店名があるのかすら分からない。その店名だって、「우리동네책방(うちの町内の本屋)」だ。これでは名前という感じがしない。私はこの店を訪問するまで、「우리동네책방」が店名だということに気づかなかった。そういう印象の薄い店は、私の経験では、中古の学習参考書ばかり溢れ返っていることが多い。

c0019613_2032160.jpgしかし、ちょうど1週間前(2009年10月14日水曜日)の夕方、妻があの古本屋に寄ってみたいという。私が目をつけないところに、妻は目をつける。そこで、その店のある区域の裏通りに車を止めて、行ってみた。

店内に入ってみると、初め予測していたのとは違い、結構いい本があった。“揃っている”とまでは言えないまでも、多少珍しい本もいくつかあった。たとえば、中国語の逆引き辞典。字母の配列は普通の中国語辞典で、その字母を用いる熟語が逆引きになっている。結局買わなかったけれど、そういう面白い本も入ってくる店だというわけだ。

もっとも、古本屋の紹介に、これこれこういう本があると書くのは、道順を教えるときに、住宅街をまっすぐ行くと、道路に白のデボネアが止めてあって、ボンネットの上でニャジラが日向ぼっこをしていたけれど、その手前の路地を左に入る、なんて説明するようなものだ。そんなものを目印にしたら、目的地に辿り着けないだろう。우리동네책방に行ったのは、もう1週間も前の話だ。私が見つけた本を目当てに行けば、そんな本ないじゃないか、とういことになるだろう。

店内は、比較的書棚をきちんと整えていた。書架は二重になっていて、手前の書架にはレールが付いている。いいなあ。私もこんな書架が自分の家に持てたらと思う。もっとも、전세住まいでは無理な話だけれど。

店の主人と少し話をした。歳は40前後といったところか。元気そうに日焼けしていて、スポーツ好きといった感じだ。活動的な読書家といったタイプだろうか。以前は서강대교付近で店を出していたという。そこに比べてここは本がよく売れますかと聞くと、まあそうだと答えていた。

本はわりときれいに並んでいる。これを全部自分で整理しているんですかと尋ねると、大体自分でやるけれど、妻にも手伝ってもらっていますという。それに、ちゃんと整理しているわけではないという。大体大雑把に、似たような内容の本を近くに集めているだけだということだった。本は店舗内だけでなく、倉庫にもあると言っていた。

私が、実は車の中に古本屋に売りたい本があるんですけど、店にある本を見ると、引き取ってもらえそうなものはなさそうですねえと言うと、いいから持ってきてみてください、車は店の前に止めればいいから、という。そこで、車を店の前まで持ってきた。そして、段ボール箱2つに入っていた本を見せたけれど、しばらく検討した後、いやあ全部ダメですねえ(살 책이 없네요.)と、苦笑いした。

それでも、戦前に日本の春秋社から出た思想書5冊を買ってくれた。それで3,000원もらった。たぶん、初めて来たお客ということで、サービスしてくれたに違いない。なぜなら、ダンボールに入っていたのは、その前に2つの古本屋を回って引き取ってくれた本の残りだったのだ。そこに古本屋の触手を動かすようなものは、もうあるはずがなかった。

妻はこの店で、堀辰雄の『風立ちぬ・美しい村』(新潮文庫)を選んだ。1,000원だった。本を売って得た3,000원から払った。

우리동네책방の所在地は、서울시 마포구 동교동 173-14 대영빌딩 1층。동교동삼거리の、홍익대학교側の角にある(名刺には、「2호선 홍대전철 4번출구」と説明されている。そうそう、名刺をもらって初めて、「우리동네책방」が店名だということに気づいた)。電話番号は、02-326-1187。携帯は019-699-9499。

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2009年10月27日に、家にある本のなかから処分する本を持って行った。主人は慎重に本を選び、10冊近い本を抜きだして、5,000원くれた。

それから、いい本が出たら連絡してくださいよ(좋은 책이 나오면 연락 주세요)と言うので、それは難しいと答えた。なぜなら、自分の書棚の本のなかから、自分にとって比較的価値の低い本を選んでは処分しているので、それが“いい本”である可能性はもともと低いからだ。すると、それでもこうやって引き取った本があるじゃないですか、と言われた。たしかにそうなのだけれど……。

ところで、件の中国語の逆引き辞書、まだあるかと思って見てみると、あった。中国語の辞書は、なかなか捌けないのだそうだ。そういうわけで、私が持ってきた中国の小学生用の字典は引き取ってもらえなかった。逆引き辞書の値段を尋ねると、7,000원だけれど、5,000원にしましょうという。それで、本を売ってもらった代金でその逆引き辞書を買った。

書名は『倒序現代漢語詞典』(中国社会科学院語言研究所詞典編輯室編、商務院書館、1986)。表紙が折れていたけれど、隙間に接着剤を流し込んで固定しておいたら、きれいになった。

というわけで、その逆引き辞書は、もう우리동네책방にはない。

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2009年11月3日、夜の授業が終わってから、ぶらりと本を物色しに行った。ちょうど、学生からもらったペットボトルのお茶があったので、主人にあげた。最初は遠慮したけれど、学生からもらったものだから、遠慮しないでくださいと言うと、それではと言って、受け取った。

今日買ったのは、『풀빛 판화 시선 5 : 노동의 새벽』(박노해著、풀빛、1984)の初版本(2,000원)と、『現代中国語辞典』(香坂順一編著、光生館、1982)(6,000원)。

박노해の名前は以前ずいぶん騒がれていたけれど、私は彼が詩人で労働者を代弁する人物としか認識していなかった。それで、彼の詩はきっと、闘争とか、怒りとか、そんなものを扱っているのだろうと勝手に想像していた。だから、手に取った理由も、興味本位でしかなかった。しかし、最初の詩は衝撃的だった。

우리 세 식구의 밥줄을 쥐고 있는 사장님은
나의 하늘이다

프레스에 찍힌 손을 부여안고
병원으로 갔을 때
손을 붙일 수도 병신을 만들 수도 있는 의사 선생님은
나의 하늘이다
……
<하늘>(13쪽)
労働者たちが対峙し、嫉んでいる権力者たちを、“하늘”と表現しているのだ。彼の詩は、簡単な言葉を使っているけれど、ずしっと心に響いてくる。そして、読んでいると、不思議と自分の心の中のわだかまりや、抑圧された思いなどが慰められるのだった。すごい詩人だ。

現代中国語辞典』は、大学生の頃から中文学科の先生や学生たちが、優れた辞書とほめているのを聞いていたけれど、6,000円という値段のせいで、ずっと手に入れずにいたものだ。主人に値段を聞くと、6,000원だというので、飛びつくように買った。

家に帰ってあとがきを読んでみると、この辞書は多くの人々の助けは得ているけれど、事実上一人で作った辞書だった。それも、長年にかけて中国の新聞などを読みながら、新語を拾い集め、用例から適切な訳語をあてていくという、根気のある作業の上に成り立っている辞書だった。編著者はそれを、「退屈なしかし興味の失せない仕事」(あとがき3ページ)と述懐している。

ただ、たまたま「蜊子」(牡蠣)の発音を調べてみようと思ったら、「蜊」の字が載っていなかった。そんなはずはないと思って索引も見てみたけれど、やっぱり載っていなかった。『倒序現代漢語詞典』や(1024ページ)、『辞彙』(767ページ)には載っていた。『新華字典』には、字母では載っていなかったけれど、167ページの「蛤」という項目に「蛤蜊」の用例で載っていることが、索引から分かった。それで、「蛤」の字を『現代中国語辞典』で引いてみると、用例に「蛤蜊」が載っていた。どれもこの字に“牡蠣”の意味を表すという説明はなかった。とういことは、「蜊子」というのは方言なのかもしれない。

主人が、本を整理していい本が出たら、持ってきてくださいと言った。本の選定自体はかなり厳しいのだけれど、古本を見ることに対しては、いたって積極的だ。この積極的な態度は、대양서점とは対照的だ。日本書籍もOKだという。買っていく人はけっこう多いとのことだった。日本書籍OKというのも、대양서점とは対照的だ。

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2009年12月4日金曜日、整理する本を持って、次男と一緒に行った。持って行ったのは、学会の発表要旨集をはじめ、睡眠に関する本数冊と、昔のフランス語の教材、韓国語の語源に関して非専門家が書いた本などで、家を出るとき、妻が日本語版「リビングライフ」のバックナンバーも持って行ってというので、段ボール箱に一緒に入れて家を出た。

この店の主人は本の選定が厳しいから、たくさん残るだろうと予想していたら、意外にも主だった本はごっそり選び出し、「リビングライフ」まで選んだ。ただし、値段は10,000원という。ちょっとショックだった。売れないリスクまで犯して無理に値切って買おうとすることはないのに。私は知っている古本屋が何箇所かあるから、ここで売れ残ったら他で売ればいいのだ。でも、そういうことを言うのも、何だか自分まで本の売買を商売にしているようで自分には合わないなと思い、言われたとおり、10,000원に同意した。

主人に、昨日대오서점という古本屋へ行ってみたという話をすると、興味を持ったようだった。私には売れ残りの本にしか見えないけれど、主人の話しでは、ひょっとしたら、買う価値のある本があるかもしれないという。そうかもしれない。一般の本好きと、古本の専門家とは、見る目が違うのだから。電話番号は分かりますかというので、このブログのURLを教えてあげた。

それから本を物色し、『伊韓辭典』(韓國外國語大學校伊太利語科編、韓國外國語大學校出版部、1965)を買うことにした。そして、次男が選んだ本と一緒にして値段を聞くと、10,000원だという。主人が、さっき1万ウォン差し上げましたっけと聞いた。私はもらった覚えがないので、もらっていないと答えた。ところが、いや差し上げたはずだという。ひょっとして、ポケットを確かめてもらえませんかと言うので、胸のポケットを見たら、あった! 主人が私にお金を渡したとき、私はたぶん呆然となっていたのだろう。全然覚えがない。今も、そのときお金をもらった覚えがないし、胸のポケットにお金を入れた覚えもない。

まあ、そういうこともあるさ……。

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2009年12月20日。まもなく廃業しようとしている신촌헌책방に行ったあと、우리동네책방立ち寄った。何かの役に立てればと思って、신촌헌책방がまもなく店じまいすることを知らせた。そして、本を安く売っていることを話した。

私は、このあいだ대오서점の話をしたとき主人はその店の本に関心を示したから、今回もそれを聞いてきっと目を輝かせるだろうと思っていた。ところが、主人も奥さんも、私の話を聞くと、憂愁に沈んだ表情になった。「そうか、夏から店を売りに出していたけど、もうやめるのか……」と、寂しさと心配との入り混じったような表情で、うなじをたれた。そして、「古本屋をやめても、また本に関係ある仕事を始められるだろう」と言って、その人の前途まで案じていた。

私は、何かの役に立てればと思って知らせたわけだけれど、かえって暗い気分にさせてしまったようで、申し訳なかった。
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by ijustat | 2009-10-21 20:03 | Bookshops


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