『우리말 띄어쓰기 길잡이』

문태식編、도서출판 세진사、2003年。ISBN: 9788971216361

c0019613_22452665.jpg最近、韓国語を書きながら、分かち書きをもう少し“正しく”行えるようになりたいと思い、この本を買った。

もともと私は“正しい言葉遣い”というのが好きではない。その基準はいかにも任意のものが多く、それが、本当におかしなもの、論理的に狂っているものと、ごちゃ混ぜだからだ。判断に異論が生じうる用法でも、十分納得できる根拠も提示せずに、偉そうに断罪しているのは、見ていて気分が悪くなってくる。

これは日本語だけに限ったことでなく、韓国語でも事情はまったく同じだ。本当に、こういう本を読んだあと、日本の本を読んだのか韓国の本を読んだのか、思い出せなくなってしまうくらい、語り口はよく似ている。

でも、韓国語は自分にとって他所の言葉なので、自分の家のように横柄な顔をしているわけにはいかない。そこで、ちょっと謙虚になって、専門家のご意見に従おうと思ったわけだ。(とはいえ、私は日本語の文章を書くときも、国語辞典やインターネットなどで、使用状況をしょっちゅう参照している。実は日本語を書くのもあまり自信がないのだ。)

맞춤법(綴字法)もそうだけれど、띄어쓰기(分かち書き)というのは、いかにもおぞましい世界だ。分かち書きする基準は、確かにほとんどが合理的な基準に基いているけれど、時にはなぜそうなるのか、はっきりした基準の見えないものもある。たとえば、「~어(語)」の分かち書きは、漢字語の場合は付け(例:일본어)、それ以外の場合は、原則的には離して書く(例:라티 어~라틴어)。こういうのは、何だかあまり意味のある基準には見えない。

もっとすごいのは、「다음 주」は離すけれど、「지난주」は付けて書くということだ(この本には「이번 주」が載ってない)。こんなのを正確に使い分けられたからといって、何になるんだろうと思ってしまいがちだけれど、これが規範ならば、従っておいた方が無難だ。

c0019613_2345292.jpg「띄어쓰기 용례」の中には、맞춤법に焦点を当てた用例もあった。そして、驚いたことに、字母順にずらずらと並んでいる用例の中には、誤用例や非標準語も含まれていて、脚注の方に“~의 잘못”などと書かれている。うっかり屋は、脚注を見ないで、その用例が標準語だと勘違いしてしまうだろうに……。

たとえば、「몹씨」なんていうのが用例に挙がっていて、脚注に「'몹시'의 잘못」と書かれている。こういうのを用例に載せる意味があるのだろうか。「몹시」とうい形だけを載せておけば十分なはずだ。誤用例は、正用例の脚注に挙げて注意を促すだけで、用は足りる。

また、「우뢰」という用例があって、そのページの脚注には、「'우레'의 잘못」と出ていた。でもねえ、우레って우뢰から来た言葉ではないかしらん。漢字語を固有語に置き換えようとする運動があるけれど、우레は漢字語から独自に変形しているし、朝鮮時代から使われている語でもある。たぶん、そういう理由から、우레を천둥と並べていちおう標準語にし、우뢰を非標準語に落としたのだと思われる。『동아 새국어사전』を見ても、우뢰は우레の「비표준어」としてあり、「잘못」とは書かれていない。

「비표준어」ならば納得できるけれど、우뢰を「잘못」と言い切るのはどんなものだろうか。こういう風に、「あなた、その言い方は間違いですよ」とご親切にも教えてくれる人は、日本にもいっぱいいるけれど、その意見に従うべきかどうかという段になると、自分で考えなければならない。ともかく、우뢰が「잘못」であるという考えには納得しかねる。

この本に対する印象がだんだん悪くなってきてしまったけれど、そのうえ「머리말」に書かれた次の言葉を見て、頼りなさを感じた。

이 책의 내용은 국립 국어 연구원에서 발간한 「표준국어대사전」 표제어와 초등학교・중학교・고등학교 국정 교과서를 중심으로 편집하였기에 큰 오류는 없을 것으로 생각한다. (IVページ)
それに、쉽게 찾는 띄어쓰기の部で、先ほど「~어」(393~394ページ)を見ていたとき、その中に「편히쉬어」と「마른오징어」が入っていて、「그리스 어」は2つ並んでいた。「편히쉬어」と「마른오징어」が漢字語なら、「히」「쉬」「른」はどう書く漢字なのだろう。この項目が魚の「~어」を扱っていないことは、마른오징어以外に「어」で終わる語がないことでも明らかだ。

さらに、この本の第2部に当たる「우리말 바로 쓰기」をめくっていたら、「까지 / 미만 / 보다 / 부터 / 이상 / 이하」の項目にあった「보다」の用例に、「(수학에서) 8보다 큰 수(8, 9, 10, …).」(415ページ)とあった。8より大きな数に8が含まれるなんて、なんと新鮮な考えだろう。

そんなわけで、この本に対する印象はひどいものになってしまった。このような本を書く人は、鬼のように細かい性格であるべきだ。でなければ、絶えず人に襲い掛かってくる誤謬の攻撃に、簡単にやられてしまうからだ。まあ、分かち書きの用例集を作るという大変な作業は私にはできないけれど、その作業によって提示された基準に従うかどうかということになると、とたんに態度が大きくなってしまうのが人情だ。

でもまあ、参考にということで、この本を座右に置いておくことにしよう。寛大なわけではない。12,000원も出して買ったのだ。そのまま古本屋へ持っていくには、もったいなすぎる。
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by ijustat | 2009-09-27 23:33 | Korean


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