読みさした……

書名をタイトルにするのは作家に対して申し訳ないので控えることにして、読みさしたことをタイトルにした。でも、名前は明かしておこう。

その本は、『외국어를 공부하는 시간』(오현종著、문학동네、2009)。タイトルに「외국어」の3文字があったので、興味を覚えて買った。でも、私には合わなかった。

これは、著者の自伝的な小説で、舞台は1989年の外国語高校。優秀な学生たちが入る高校だ。でも、小説家の視点は平凡な女子高生そのもので、彼女の観察も、ごく常識的な線を脱していない。

小説の文の中に何らかの非凡な点が見えないと、読んでいて退屈だ。非凡な見識を語る必要はないのだけれど、その作家の目で捉えた状況に、作家の非凡さが現れている必要を感じた。

あるいは、この作家は言葉が多すぎるのかもしれない。ある状況だけを叙述するだけに止めておけば、結構面白い話になったかもしれない。けれども、それに対してあれこれ意見を並べ立てる。それがあまりに月並みなのだ。

主人公は、周囲に批判的な目を向けているけれど、高校生の視点から批判的な書き方をするのは、小説では難しいのかもしれない。あまりに非凡な目を向けると、それでは高校生らしくない。だからといって、高校生らしい目で世界を見ると、よくある話になってしまう。作家は後者を選んだようだ。

しかし、そこに興味深い点も見られた。それは、80年代後半の、韓国における時代性や考え方が垣間見られるということだ。あまりにも平凡すぎることが、かえってその韓国の時代のにおいを感じさせる。そこで、そんな記述を探してみた。たとえば……、

…병실 안 텔레비전에 동전을 넣어 틀어주겠지. (40ページ)
나는 홀어머니와 아내 사이에 끼어 이러지도 저러지도 못하는 우유부단한 새신랑 꼴이었다. (45ページ)
한 동네에서 오래 산다는 건 인사해야 할 어른들의 숫자만 많아지는 것이었다. (73ページ)
어른들은 "예"라고 하거나, 그렇지 않으면 입을 다물고 있는 아이를 좋아했다. (99ページ)
공무원은 원래 현실성이 없고, 법은 조금씩 어기라고 만들어진 것이니…. (108ページ)
누가 너희들에게 영어 배우랬지 쓰레기 같은 사대주의부터 배우랬냐? 응? (111ページ)
この中には、今の韓国でも通用する考え方はあるけれど、私たちには奇妙に感じるものだ。

「컴퓨터」を「콤퓨터」(70ページ)というのも、そういえば昔、見たことがある。

でも、納得しがたい部分もある。たとえば、「왕따」という言葉だ。こんな風に出てくる。

나는 "그럼 미란이 너도 왕따였니? 너네 학교에도 왕따가 있었니?" 하고 묻고 싶었지만 차마 그러지 못했다. (55ページ)
私の記憶では、この語は90年代の後半に出てきたと思うのだけれど、89年を舞台にして主人公はこの言葉を使っている。

それから、「세계화」という言葉が出てくる。舞台は89年度の2学期だ。

이 나라 교육이 우습다는 거지. 여기서 이까짓 것 아옹다옹해봤자다, 앞으로는 세계화시대니까 영어 쓰는 데 가서 공부해라, 그거겠지. (103ページ)
この言葉は、1993年に김영삼氏が大統領に就任したあとでキャッチフレーズのように使われるようになったけれど、その前は聞いたこともない。高校生が使うには、あまりにも特殊な単語に思える。

そういうことが、とてもこの小説を読みにくくした。私は韓国語を読むのが遅いので、けっこう堪えるものがある。それで、この辺で適当に読むのを休んで、いずれ興味を感じたらまた読むか、あるいは永遠に読みさしたままにすることにした。
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by ijustat | 2009-09-10 15:24 | Books


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