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CASIO EX-word DATAPLUS 4, XD-SF7600

この電子辞書は、知人が自分の兄から譲り受けたものを昨日、つまり2010年1月30日に、私が預かったものだ。

c0019613_1305776.jpg彼の兄はソウルでタクシーの運転手をしているそうだ。ある日、乗客がこの電子辞書を置き忘れて行ったけれど、その人の連絡先も分からないし、日本の電子辞書だったので、日本語が少しできる自分の弟、つまり私の知り合いに譲った。

譲り受けたあと、彼は持ち主を探すために、慣れない日本語でカシオの本社に連絡したりして手を尽くしたけれど、ついに見つけられなかったという。それで、持ち主を見つけることはあきらめて、電池を入れ替え、日本人の知り合いである私にくれたというわけだ。

しかし私も、できればこの電子辞書を持ち主のもとへ返してあげたい。それで、持ち主探しのバトンタッチを受けたことにして、このブログに載せて知らせることにした。

機種はタイトル通りで、製品名を検索して調べてみると、去年の2月20日に発売されている。コンテンツの特徴としては、膨大な量の一般的辞書コンテンツの他に、日本語のアクセント辞典と、3種の韓国語辞典が収録されている。中国の工場で生産されたもので、買ってまだ間もないか、または持ち主が丁寧に扱っていたのだろう。ほとんど新品同様だ。

もし心当たりのある方は、ご連絡いただければと思う。コメント欄に、製品番号(Product Number)か、または電子辞書に付帯していた何らかの特徴、それから、どこでどのようになくしたかなどを、具体的に教えてくだされば、こちらで把握している事実と照合して返事をさしあげたい。(そうそう、メールアドレスも残してください)

もし韓国に住んでおられて、手渡しで返すことができればいちばんいいけれど、もし日本におられる場合でも、こちらからなるべく安全な郵送方法でお送りするつもりである。送料などはこちらで持つので心配しなくても構わない。ただし、代わりに、持ち主が見つかるまでは、大切に使わせていただくことにしよう。その点は大目に見ていただきたい。

2年でも3年でも待つつもりだ。でも、10年までは待てるかどうか自信ないし、エキサイトのブログサービスがいつまで存続するかも未知数だけれど、とにかく頑張ってみよう。
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by ijustat | 2010-01-31 02:05 | Life

책방진호

뿌리서점の主人から、ぜひ책방진호へ行ってみるといいと勧められていた。임종업氏の記事や최종규氏の記事を読んでも、책방진호はけっこうしっかりした人が経営していることが分かる。それに、どうもこの店は、사육신묘の斜向かいにあったときに何度か行ったことがあるようだ。それも確かめたいと思っていた。

c0019613_1722650.jpg노량진から장승배기길に入り、동작구청側の通り沿いの店をくまなく探したけれど、책방진호は見つからなかった。たまたま문화서점の前に出たので、そこに寄ってみたあと、장승배기길をさっきとは逆方向に走り、通り沿いの店をくまなく探してみた。すると、ほとんど노량진삼거리まであと150メートルぐらいまで来たところに、大きく「책」という文字が見えた。そして、看板を見上げると、「책방진호」と出ていた。そこで、近くの裏通りに車を止め、店に入ってみた。

もっとも、あとで최종규氏の記事を読むと、場所に関する説明があった。

이제는 동작구청 바로 건너편, 그러니까 노량진에 있는 '대성학원' 건너편이기도 한 그곳으로 헌책방 살림을 다시 꾸렸습니다.
http://www.ohmynews.com/NWS_Web/view/at_pg.aspx?CNTN_CD=A0000081286
ちゃんと、동작구청の真向かいにあると書いてある。それを読んでおかないで、最初は동작구청のある側を一生懸命探していたのだった。こういう周到さに欠ける態度は、私の悪い点だ。

店に入ると、正方形に近い店構えの三方が床から天井まで本棚になっていて、中央はがらんとした空間になっている。そして、主人のいる机は右側の隅にあった。入り口の方には参考書が多いけれど、奥へ行くと、徐々に専門的な本が多くなっていく。主人の机の後ろには古い本が集めてあって、さらに、奥の部屋があり、そこには日本書籍・中国書籍・洋書などがあった。

店の中は、クラシック音楽が流れていた。音楽が終わると、이루마氏の静かで暖かい話し声が聞こえてきた。私の好きな「세상의 모든 음악」という番組だ。KBS클래식FMを聞いていたのだ。主人に親しみを覚えた。

私が本を見ている間に、若い学生風の女性たちが本を探しに来た。そのあとまた若い男女が本を探しに来た。本を買ったかどうかは注意していなかったので、覚えていないけれど、その中の一人が参考書の名前を言った。それに対して主人は、その本は最近は入ってこないと答えていた。

そのとき、主人は出前で取った食事をしていた。店の中は美味しそうな匂いが漂っていた。私は、一度見た棚をもう一度見、それからまた見回しながら、置いてある本に目を慣らしていた。奥の部屋を見直していると、『増補・改訂 新約ギリシヤ語逆引辞典』(岩隈直監修、山本書店、1977)があった。こういう本があることは知っていたけれど、ここで出会うとは。喜びながら、手に取った。

食事が終わった主人に、뿌리서점の主人にぜひ行ってみるように勧められて来ましたと言うと、そうですかと言い、私も뿌리서점には1週間に2度ぐらい行っているんですよと言った。私が、あの店は本を安く売るだけでなく、買い取るときも割りといい値段で買い取ってくれると言うと、뿌리서점の主人は本当にすばらしい人です、とほめていた。

そして、自分と뿌리서점の主人は同年輩だと言った。あとでインターネットの記事を探してみると、뿌리서점の主人は現在63歳で、책방진호の主人は61歳らしいことが分かった。満か数え年か分からないから、大雑把に“同じ”と思っているのが無難だろう。

この店が以前何度か来たことある店かどうかを確認した。今から20年近く前に、수산시장から出てくる道の反対側に古本屋があって、そこに何度か行ったことがあるけれど、そのお店ですかと尋ねると、そうだという。その場所で20年近く店を構えていたのだそうだ。

私が、その店にはいい本が置いてあって、当時、1910年代に出た英和対照新約聖書を5,000원で買い、それから『큰사전』全6巻もそこで買ったというと、それを買った日本人客のことを自分は覚えているような気がすると言った。私が値段まで覚えていて、主人が当時5,000원というのは安い値段ではなかったでしょうと言ったことに対し、それでもその本が5,000원というのは高かったと思わないと答えると、表情がとてもにこやかになった。

実際、뿌리서점の主人がこの店を推薦してくれたのも、日本の本の価値を見分けられる古本屋というのが理由だったし、최종규氏も先の記事で「'일본책 통'이라는 소리를 들을 만큼 책을 잘 알고 책을 아낄 줄 알뿐 아니라 책이 지닌 값어치를 소중히 여기는 참 멋진 곳입니다」と書いているように、책방진호の本棚にある日本書籍をよく探してみると、なかなか珍しい良い本が目に付く。そうやって私はずいぶん昔、今の文語聖書より古い訳の新約聖書を手に入れたのだった。

主人は、古本屋に来る客のことを「희귀 손님」と言っていた。稀に来る大事なお客様というわけだ。“희귀하다”という形容詞は、古本に使えば、ほしい人は多いけれど、手に入りにくい本のことを言う。大事なお客様といわれていい気分だったけれど、その一方で、お客が古本屋にあまり足を向けないことが残念に思われた。

ところで、その本が희귀본(稀少本)かどうかは、自分が持っていると分からないけれど、ほしかったり必要だったりして探し始めると、とてもよく分かる。同じ稀少本でも、高い値段で出回っているものもあれば、インターネットで検索し続けても在り処が分からないものもある。私がほしいと思っているのは、たいてい後者で、グーグルで検索したり、古本サイトの中を検索して回ったりしても、ずっと無しのつぶてだ。

同じように探し回っている人たちがいるのだから、出版社も再版してくれればいいのにと思うのだけれど、それに似たもどかしさを、책방진호の主人も感じているのかもしれない。もっとお客さんが来てくれればいいのに、と。だからこそ、自分の店に足を運んでくれる客を「희귀 손님」と呼ぶのだろう。

私が選んだ本の中に、일조각から出た이기문の「속담사전」があった。主人は、それを買うなら、同じ本の初版本はどうですかという。민중서관から出たものだ。値段を聞くと、일조각から出たものは7,000원だけれど、민중서관から出た初版本は2倍の値段だという。14,000원か。じゃあ買いますと答えると、主人は顔をほころばせた。私の考えでは、いい方の本が店から出て行ってしまうのは、古本屋の主人にとってもったいなはずだ。もっとも、そんな本があったら、店には出さないかもしれない。私が古本屋なら。

今日買った本は、次の3冊。

 『俗談辞典』(李基文著、民衆書舘、1962。初版本)
 『増補・改訂 新約ギリシヤ語逆引辞典』(岩隈直監修、山本書店、1977。1989年増訂3版)
 『呂氏郷約諺觧(東洋學叢書 第五輯)』(檀國大學校附設 東洋學硏究所、1976。1984年2刷)

『俗談辞典』は韓国のことわざ辞典。この本には、なんと帯が残っている。そして、そこには「옛 祖上들의 입에서 입으로 傳承되어 내려온 우리 말의 精粹인 俗談 7,000餘를 5年餘에 걸쳐 全國的으로 蒐集하였다」と書かれている。

『増補・改訂 新約ギリシヤ語逆引辞典』は、ギリシア語聖書の全活用形が載っている単語集だ。基本的にアルファベット順の配列になっていて、活用形から原型を探すという意味での「逆引き」らしい。意味の説明はなく、数字だけが載っているけれど、その数字はこの辞書ではなく、『新約ギリシヤ語辞典』のページ数だそうだ。小口に各字母の見出しが付いている。ただし、この見出しのうちエプシロン(Ε, ε)の項が、クシー(Ξ, ξ)になっているのには驚いた。クシーの項を見たら、そこはちゃんとクシーになっている。

『呂氏郷約諺觧』は、1518年に경상도で出た本の影印本で、安秉禧氏の解題によると、「여기 影印하는 朱子增損呂氏鄕約諺解는 一五一八年(中宗 十三) 當時 慶尙道觀察使인 金安國이 慶尙道에서 처음으로 刊行한 책이다. 民衆의 敎化와 地方民의 相扶相助의 規約을 勸奬하는 國家施策으로 말미암아, 이 책은 그뒤로 여러번 重刊되었다」という。民衆教化のためだろう。漢文の原文に当時の韓国語訳が付されている。内容はまあ面白くないだろうけれど、貴重な韓国語資料の一つだ。この1冊の本に、数種類の版本が収録されている。

ことわざ辞典14,000원と、残りの2冊18,000원の両方で、32,000원だった。帰り際に名刺をいただいた。

책방진호の名前の由来について、임종업記者が2005年10月27日付の「헌책방 순례」に書いている。

책방이름 진호는 철진, 철호 두 아들 이름의 끝자를 땄다. 아무렇게나 책방을 운영하지 않겠다는 시작할 때의 다짐이다.
http://www.hani.co.kr/arti/SERIES/20/74940.html
その経歴も、けっこう長い。임종업記者の同じ記事に「팔리는 책과 팔리지 않는 책, 팔리지 않아도 좋은 책과 그렇지 않은 책은 금방 구별된다. 34년동안 밝힌 눈이다」とあり、「34년동안」と書かれているので、1971年頃に古本屋を始めたことがわかる。

それから、2002年7月13日に書かれた최종규氏の上の記事によると、「열아홉 해째가 되던 지난해 여름, 건물임자가 건물을 새로 지어야 한다고 하여 <진호서적>은 그 자리에 있던 역사를 접고 그곳에서 조금 떨어진 노량진초등학교 옆으로 가게를 옮겼습니다」とあるから、1984年に사육신묘の前に店を構え、2001年の夏に、その場所を引き払ったことになる。私はもっと前にその古本屋がなくなったと思っていたけれど、けっこう長らくそこにあったわけだ。私の記憶はなんといい加減なのだろう。

ところで、たった今引用した최종규氏の記事に、「진호서적」と出ている。これが現在の「책방진호」になったのは、2001年に引っ越してから1年も経たないうちにまた引越しを余儀なくされ、現在の場所に移ったときのことだそうだ。だから、たぶん2002年頃から今の名前を使っているわけだ。そのいきさつに関しても、최종규氏の記事に詳しい。

책방진호の住所は、서울시 동작구 노량진 1동 50-2。電話番号は、02-815-9363。メールアドレスは、booklove9363@hanmail.net。

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主人からもらった名刺には、インターネットの카페(コミュニティ)の住所がある。住所は以下の通りだ。

http://cafe.daum.net/jinho9363
入ってみると、「冊房진호 카페입니다☞ ^^」という挨拶文が、右から左へ流れている。そして、その下に店名が漢字で「冊房眞浩」と出ている。なるほど、「진호」は漢字で「眞浩」と書くのか。

このサイトの「소장목록」というコーナーを見ると、「◐日書◑」とあって、日本の本ばかりが出ている。そこから目に付いたものを、登録日時が新しいものから順に、途中まで拾ってみた。

 ダンテと其時代. 黑田正利. 警醒社書店.
 近代英文學雜考. 富田彬. 著. 健文社.
 日本繪畵史の硏究. 澤村專太郞.
 石濤. 井上靖. 新潮社.
 南總里見八犬傳 ①~④ 瀧澤馬琴. 作. <國民文庫刊行會>
 造型美論. 高村光太郞 <筑摩書房>
 古書七夕大入札會目錄. <明治古典會>
 日本の名隨筆 別卷 12. "古書" 紀田順一郞 編 (作品社)
 日本の名隨筆 別卷 34. "蒐集" 奧本大三郞 編 (作品社)
 書誌學の回廊. 林望. (日本經濟新聞社)
 本屋通いのビタミン劑. 井狩春男 (筑摩書房)
 生涯を賭けた一冊. 紀田順一郞 (新潮社)
 古本屋の蘊蓄. 高橋輝次. 編者 (燃燒社)

ただ、これらの本が今も店にあるかどうかは分からない。いちばん新しい『ダンテと其時代』が2009年の5月で、最後の『古本屋の蘊蓄』は2007年の4月だ。古書に関する本が数冊あるのが目に付く。いいなあ。まあ、たぶんもうないだろうけれど、今度行ったら探してみよう。

『南總里見八犬傳』は、私は博文館で1913年に出た初版本を持っている。しかし、全3巻で3千ページ近くになるこの超大作を、第1巻の100ページぐらいまで読んで挫折した。何といっても、1話ごとにほとんど改行なく文章が続いている上に、人名が立て続けに出てくるので、そのうち誰が何をしたのかこんがらかってしまって、わけが分からなくなってしまったのだ。久々に取り出して開いてみると、186ページと187ページの間に栞が挟まっていた。本当に自分はここまで読んだのだろうか。

古本には、古本であることによる一種独特の風格というか、味わいがある。新刊書とは、まず紙の色が違い(色褪せてくる)、印刷が違い(活版印刷が多い)、製本が違い(背を縫い合わせた製本が多い)、もっと古くなると、表記も違う(旧漢字と歴史的仮名遣いになり、もっと古いと変体仮名が使われている。このぐらいになると、紙の劣化が激しくて取り扱いに気を使う)。岡崎武志氏がこんなことを書いている。

今回、文庫化してもらえるということで、ひさしぶりに元本の『古本病のかかり方』をひっぱり出してきたが、刊行から七年を経て、本文用紙がうっすらと退色している。変な話だが、なんだか古本っぽくなってきた。
(『古本病のかかり方』岡崎武志著、ちくま文庫、2007。p.262)
古本にはまった話をたっぷり綴ったあげくに、文庫本のあとがきに書いているものだ。岡崎氏の古本に対する溺愛ぶりが窺われる。

もう何年か前になるけれど、93.1MHz のKBS클래식FMで18時から20時までやっている「세상의 모든 음악」で、当時進行役をしていた김미숙氏が、新刊書として買った本も、年月を経るうちに本の古びていく匂い(책이 삭아가는 냄새)を漂わせ始めると話しているのを、運転中に聞いたことがある。김미숙氏の言葉なのか、放送作家の言葉なのかは分からないけれど、本好きたちの情緒を刺激するいい話だ。私も、自分の部屋の扉を開けた瞬間にこの香りをふっと感じると、幸せな気分になる。

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2010年1月31日。知人の김완일氏と一緒に책방진호に来た。先日この店の인터넷카페で見た本があるかどうかを確かめたいと思ったのだ。ただ、ずいぶん時間がたっているので、たぶんないだろうなあと予想した。実際、日本の本のある棚を見ると、ほしいと思っていた本は1冊もなかった。そのうえ、この店は本の回転が早いようだ。前回来たときと、本の顔ぶれが少し違っていた。

前回は目に入らなかった『An Introduction to Modern Japanese』(Osamu Mizutani・Nobuko Mizutani共著、The Japan Times、1977。1989年35刷)があった。私はこの本の海賊版を、1993年2月25日(木曜日)に、신촌문고で買っている。でも、ここに本物があるので、私の本棚の海賊版と置き換えることにした。

本の底に「8」と書いてあるので、8,000원ですかと尋ねると、そうです。7,000원でさしあげましょうと言う。感謝。

主人の机のところで座って本を読んでいる初老の女性がいた。奥さんかと思って、その後ろにある昔の本は何ですかと尋ねると、私は客です(저는 손님이에요)という。申し訳ないことに、その女性はそのあと椅子を立ち、その脇にしゃがんで本を読み始めた。

入り口近くで参考書の棚の整理をしていた主人に、あの本は何ですかと聞くと、下ろして結わいてあった紐を解き、見せてくれた。主に日帝時代(植民地時代)に筆写されたり刷られたりしたした、和綴じ本だ。ハングルで綴られた、何だか読めない書きなぐりの肉筆本もあった。김완일氏も、判読できいない文字が多くて内容把握ができなかった。中には、非常に美しい筆跡で書かれた漢文の筆写本もあった。ある筆写本は表紙に「庚寅」を「寅庚」と書き誤り、矢印で修正していた。今年が「庚寅」だから、ちょうど60年前か、または120年前に筆写されたものらしい。

古書を見たついでに、主人は昭和6年(1931年)に刊行された『三國史記』の翻刻本を見せてくれた。朝鮮総督府で刊行したものだと言う。全9巻で、そのうち1冊に欠落したページがあるので、それを修復して600,000원で売る予定だと言っていた。日本ではこの本は、ばらで(낱권으로)売られていることが多いという。ばら売りでは意味がないではありませんかと答えると、その通りだと言った。でもまあ、ばらでも捨てずに売っていれば、篤志家は何とかそれを買い集めて全巻揃えることも、不可能ではないだろう。そういう意味で、ばら売りにも意義はありそうだ。

主人が『三國史記』を600,000원で売るといったことから、私の関心がある韓国語学関係の本に関する話をした。최현배の『우리말본』初版が、노마드북で500,000원だったという話をしたら、不当に高い値段(바가지)だと非難した。しかし、解放前に出た『우리말본』の値段は、安くて150,000원から高いもので300,000원だ。その中で初版が500,000원というのは、あながち不当でもないのではないかと思うといったけれど、たぶんずっと売れないでしょうよと言う。(それから2日後の2月2日に노마드북のサイトに入ってみると、この初版本はすでに売れていた)

もっとも、노마드북がいつも高いわけではなく、허웅の『國語音韻論』は대방헌책で20,000원だけれど、노마드북ではそれより状態のよいものが10,000원だったというと、あれはいわば“쓰레기”で、そのようなものにそんな値段を付けるのは間違っているといった。

私はそれを聞き、まず、たいていの古本屋で見かける『국어음운학』と混同しているらしいと思った。そして、本を流通するモノとしては認識するけれど、学問的な価値については認識していないことを強く感じた。허웅の『國語音韻論』が“쓰레기”なら、古本屋で珍重している“쓰레기”はたくさんあるだろう。(もっとも、本のモノとしての価値とコンテンツとしての価値の違いを책방진호の主人が心得ていることは重々承知だ。ただ、古本屋の主人として、需要と供給の関係から、モノとして本を捉える態度に徹しているのだ。客はそれを理解して聞く必要がある)

値段が高いといえば、박대헌氏の호산방がある。その話をすると、彼は30年後を見据えて値段を考えると言うけれど、私の考えでは自分勝手に値段をつけているとしか思えませんね、と言って、かなり悪く言っていた。

ここでも私の発見した“法則”が当てはまっていた。商売の仕方が異なる古本屋について話をすると、たいていその古本屋を激しく批判するのだった。自分とは違うやり方の古本屋を批判せずに、その価値を認めようとするのは、뿌리서점の主人ぐらいだ。実に私は、この同業者批判を聞くことで、韓国の古本屋の多様さを学んでいる。

私が인터넷카페で見た本が店頭になかったという話をすると、その本は別の場所に保管してあるのだという。そうか。売れてしまったかもしれないけれど、今度来るときは、目をつけておいた本の目録を持っていってみようと思う。

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2010年3月20日、土曜日。달마헌책방へ行った帰りに、책방진호に立ち寄った。

まず主人に、インターネットに出ている本のうち、ほしいと思った数冊の目録を見せて、これはまだ買えますかと尋ねた。見せた目録は、次の通り。

 『日本の名随筆 別卷12「古書」』(紀田順一郞編、作品社)
 『日本の名随筆 別卷34「蒐集」』(奧本大三郞編、作品社)
 『書誌学の回廊』(林望、日本経済新聞社)
 『本屋通いのビタミン剤』(井狩春男、筑摩書房)
 『生涯を賭けた一冊』(紀田順一郞、新潮社)
 『古本屋の蘊蓄』(高橋輝次編者、燃焼社)

しかし、これらの本は、そのようにバラでは売らず、目録にある500冊を一緒に売るのだという。500冊だったら、すごい値段だ。それだけでなく、本を処分・整理しているというのに、そこへいっぺんに500冊も買い入れたら、家の中は収拾が付かなくなる。読んでみたい本だけれど、あきらめるしかない。

先日亡くなった僧侶の随筆家、법정스님の話をした。彼は死の前に、自分が書いたものをすべて絶版にせよという遺言を残したという。それについて책방진호の主人は、感情的になって吐いた言葉だと言い、その態度は不適切だったと主張した。

ちょうどそのとき、散歩帰りの老人が店に入ってきて、私がかばんを置いている椅子の上にどっこいしょと腰かけ、主人の話に加勢した。歯がないのか、私はその老人の言葉がまったく聞き取れなかった。

僧侶が死の前に自分の著作をすべて焼却したり破棄したりすることは、一つの伝統のようなものになっている。だから법정스님の態度が感情的なものかどうかは分からないけれど、彼の著作が韓国の読書人たちにしっかりと根を下ろし、出版界にも多大な利益を与えているだけでなく、韓国語の宝ともいえるものだということを考えてみれば、出版会に混乱を招き、読書人を狂乱させたその処置は、彼の人生の“아름다운 마무리(美しい仕上げ)”に染みをつけたといえる。

この日は、横溝利一の『實いまだ熟せず』(實業之日本社、1939)を買った。この本は1940年に刷られた40版だ。パラフィン紙で丁寧に覆われていて、後ろの見返しには、左肩に「京城本町光文堂書店」と刷られたシールが張ってある。主人に値段を聞くと、2,000원という。
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by ijustat | 2010-01-20 22:09 | Bookshops

문화서점

2002年頃から2005年頃にかけて、バスでこの店の前を幾度となく通り過ぎた。そのたびに、一度寄ってみたいと思っていたけれど、ものぐさな私はついにバスを降りることがなかった。それから状況が変わってバスでその道を通ることがなくなり、この店の前を通る機会もなくなってしまった。

その後、최종규氏のインターネット記事や著書で、문화서점のことを扱っているのを読んだ。よく読んでみると、バスで何度も前を通り過ぎていた古本屋だ。この店を知らないまま終わってしまうのはもったいない。そう思うようになった。

今日(2010年1月20日)の夕方、妻を반포のアパートまで送った帰り、책방진호を探すために노량진へ足を伸ばした。노량진駅の先にある丁字路(노량진삼거리)を左に曲がり、장승배기の方へ向かいながら、道路沿いにあるという책방진호を探したけれど、ついに見つからなかった。장승배기の交差点に出てしまったので、右折して문화서점の前に出た。문화서점はまだちゃんとあって、中は電気が点いていた。それで、すぐ脇の裏道に入って車を止められる場所を探し、웨딩커틀만남부페の前に車を止めた。

店の中は、驚くほど狭かった。최종규氏が2004年3月17日の記事で「두 평쯤 되는 넓이에 책이 빼곡하게 들어차 있습니다(http://www.ohmynews.com/NWS_Web/view/at_pg.aspx?CNTN_CD=A0000175489)」と書いていて、その広さを2坪と見積もっているけれど、私には1坪ぐらいに感じられる。入り口を入ると売り場の通路は右に伸び、その奥に主人が座っている。そして、入り口のすぐ左のちょっと奥まった棚にはテレビがあって、主人はそのテレビを見ていた。

私が、もう何年も前にバスでこの店の前を何度か通り過ぎたことがあり、ずっと気になっていたけれど、今日やっと訪問できたと言うと、以前はすぐ右隣に店を開いていたけれど、追い出されて隣に移ったのだと言っていた。そして、店もこんなに小さいし、客も少ないので、家賃も払えないとこぼした。何だか、声にも覇気がなかったし、その表情にも脱力感がにじみ出ていた。

ソウルにある多くの古本屋と同じく、この店も、本棚の前にうずたかく本の山が築かれていて、その奥にある本が見られない。特に、入り口の左側は本の山が何重にもなっていて、もはや本探しは絶望的だ。この狭さでこの本の量だと、どう見ても空間の使い方が悪い。むしろ、売れそうにない本は思い切って파지상(古紙回収業者)なり샛장수(古本の仲買人)なりに売ってしまった方が、客はよほど効率よく本を探せるはずだ。

ざっと見回してみたところ、私が関心を持っている言語関係の本は、なさそうだった。まあ、あるのかもしれないけれど、もしあったとしても、この本の山の奥深くにひっそりと、客に見つからないように隠れていることだろう。けれども、本の山は隣の本の山と噛み合っているし、通路もものすごく狭いので、とうてい山を崩して奥の本を探せるような状態ではない。それに、通路の右端にいる主人が、左端にあるテレビを見ているので、それを邪魔してしまうのも申し訳なかった。

私が本を物色しているときに、労働者風の中年男性が店に入ってきた。どう見ても文字を読んだり勉強したりする人には見えなかった。そんな人がじっと本棚を眺めている姿に、何か崇高なものを感じ、感銘を覚えた。どのような境遇にあっても、学び続けようとする姿勢はすばらしいものだ。

結局、次の2冊を選んだ。合計6,000원。

 『공부 9단 오기 10단』(박원희著、김영사、2004、2008年85刷)
 『부모들이 반드시 기억해야 할 쓴소리』(문용린著、갤리온、2006、2007年15刷)

『공부 9단 오기 10단』は、出てからずいぶん長い間교보문고で平積みされていた本だ。著者は美しい少女で、表紙に載っている写真の美貌で売り出そうとしている魂胆が見えるようだから、これまでほとんど関心が持てなかったけれど、副題に「하버드, 프린스턴, 스탠퍼드, 코넬 등 미국 10개 명문대학게 동시합격한 17실의 승부사 박원희」と出ているのが目を引いた。奥付を見ると、2008年の時点で85刷にもなっているから、すごい売れ行きだ。古本ということもあって、買ってみることにした。

『부모들이 반드시 기억해야 할 쓴소리』は、서울대학교教授が書いた、学齢期の子供を持つ親向けの教育の本で、子供にどんな態度で接しなければならないかを説いている。この本も、2007年の時点で15刷というから、すごいものだ。

主人に、名刺があったらいただけますかと尋ねると、名刺はないらしい。それで、住所を教えてもらった。

문화서점の住所は、서울시 동작구 상도2동 366-26。専門書はほとんどないけれど、本の状態は良好なものが多い。
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by ijustat | 2010-01-20 21:04 | Bookshops

文章

つくづく嫌気が差すのは、私は文章が下手だということだ。まず、つぎはぎで修正していくために、流れが悪い。そして、ぎこちない言い回しが多い。さらに、魅力に欠ける。そうやって自分の文章の欠点をあげつらったあげく、私の文章が下手なのは、父が下手糞な文章を書いて自己満足しているからだと、人のせいにし始める。でもまあ、自分の現実が自覚できるだけでも救いかもしれない。

それでも、あとで読み返してみて、まあまあ良く書けていると思うことも、たまにある。これは、闇雲に撃ちまくった鉄砲が、たまに的に中ったようなものだ。そこで、自分はどんな文章が書けたときに満足するのだろうか。そんなことを考えてみた。

まず、複眼的に書けたときに満足するようだ。どんな事象でも、いろいろな側面がある。そのすべてを見ることはできないとしても、いくつかの側面からは見ることができるだろう。しかし、私は往々にして、一面から物事を見てしまいやすい。そうならずに、少なくとも二つの側面から見ながら書けたとき、満足するようだ。

次に、よい思想が文章に込められたとき。よい思想というのは、思いやりや、人を大切にする態度だ。自分に本当にそういう思いがあるかどうかは疑わしいけれど、もし疑わしいからといって、この思いやりや人を大切にする態度を否定してしまったら、自分自身を害するだけでなく、私の書いたものを読んだ人にも悪い影響を与えるかもしれない。よい思想が私の腹の中から出てくるのを待つのではなく、私がよい思想に服従し、そのしもべになるべきだ。

そういうわけで、大事なのは器よりも器に盛る中身、つまり、形式よりも内容だ。だから、始めはとにかく書くことにしている。そのためといっては何だけれど、最初に書きあがったものは、構成がかなり乱れている。整わない構成ばかりか、不適格な言葉、しっくり来ない言葉、舌足らずな部分、無駄な言葉が乱舞する。それらは仕方がない。書き終わってから時間を置き、あとで校正する。時間がたつと、自分の文章も他人の目で見られるようになる。そして、時間を置いて何度も見直すことで、数人のチェックを受けるのと似たような効果を得ることができる。もちろん、数人とはいっても、書いたときの自分の水準を超えるものではないけれど、岡目八目といって、傍から見れば、ああすればいいのに、こうすればいいのにといった修正案が思い浮かびやすい。もっとも、見るたびに不自然な表現が目に付くのは困り者だ。一つの段落が全部不要ということも、必ずといっていいほどある。こういう形式的な不完全さが、私をいちばん悩ませる。

形式といえば、文は短い方がいいのだろうか。原則としては、そうだろう。自分の文章を読み返したとき、だらだらと長く続いていることがよくある。それは、しまりがなく、見苦しくも感じられる。とはいえ、だからといって、すべて短く書かなければならないとも思えない。はんなりした雰囲気、煮え切らない気分などを表したいとき、簡潔な文章では、うまく表現できない。それに、文が短いほど、語調は強くなるし、時にはぶっきらぼうにもなる。優しさを伝えたいとき、そんなごつごつした、箱にじゃが芋が詰まっているような文章では、気持ちも伝わらないだろう。だから、文章の長さは絶えず自覚している必要がある。そして、あるときは長く、あるときは短く、意識的に文章の長さを調節するわけだ。

同じように、断定口調がいいのか。それとも、婉曲な言い回しがいいのか。これに関しては、誠実であるべきだというのが、私の意見だ。ある人は、断定できないことは書くなと言っていたような気がする。それは無理だ。断定を避ける様々な表現は、自分と情報との関係を正確に表すためにあるのだ。見たことや聞いたことは、断定できても、そこから引き出される自分の考えは、手放しに断定できないことが多い。語尾は断定形だったとしても、文の前に、「その範囲で言えば」のような限定表現を付けて、断定を回避することもある。もしそのような安全装置をつけないで、限られた情報から、無理やり結論を導き出して断定するなら、読み手はどう思うだろうか。たとえば、ある外国人が、「尾崎さんはピーマンが好きだそうです。田中さんもピーマンが好きだと言っていました。だから、日本人はピーマンがすきなんです」なんて断定したら、この人はちょっと曲者かもしれないと思うだろう。けれども、「ということは、ひょっとして日本人は、ピーマンがすきなのかも知れませんね」と言うのだったら、まあ許せる。誰でもそういう疑念は心をよぎるだろうから。

でも、文章を本当に価値あるものにするのは、形式ではない。それは基本的に身に着けておくべきもので、それができて文章が優れたものになるわけでもない。立派な語彙と整った形式で表現されたものが、月並みな思想、型にはまった観察だったら、価値ある文章だとは言えないだろう。本当に価値ある文章にするのは、内容なのだけれど、「内容」という言葉では言い表し切れない、そこに込められた、あるいは、しみ込んだ“何か”が、文章の価値を高めているらしい。それが何なのかが分かればいいのだけれど、その“何か”は、なかなか本性を現さないし、それを探し出す公式もなさそうだ。何しろ、価値ある文章というのは、千差万別なのだから。ただ、すばらしい、魅力的な文章に接するたびに、その秘密が分からなくて歯がゆい思いをするばかりだ。一生懸命悩み続けるしかないのかもしれない。

それでも、悩んでいると、悩むツボを教えてくれる言葉に出会うことがある。以下は私の出会った言葉。出会った順に紹介しよう。(出会いはしたけれど、ふと気づくと、それらはまったく身についていなかった……)

●板坂元氏は、「わたくしは、名著といわれる本や、一世を風靡したベストセラーなどを、内容をはなれて、情動的なレベルではどういう状態になっているか、を黄色のダーマトグラフで線を引いて調べることがよくある」(『考える技術・書く技術』講談社現代新書、1973、p.131)と言っている。そうやって得た氏のノウハウ(同書、p.130~162)は、なんと魅力的なことか。それはともかく、自分から名著やベストセラーを研究するのがいちばんいいようだ。

●한비야氏は、自著が世代を超えて人気を博している秘訣について問われたとき、「만만한 거죠. 저는 독자들을 가르치려고 하지 않으니까요. 제 눈높이가 바로 젊은 독자들 눈높이예요. 전성기를 향해 항상 진행형이라는 게 젊은이들과 같은 거죠. 나이 들면 사람들은 세상 다 산 것처럼 ‘돌아보니 이렇더라’고 쓰기 십상인데 저는 반 발짝 앞에서 제가 목격한 세상을 보여주면서 선택의 폭을 넓혀주는 거예요. 멀리 떨어져 훌륭한 일을 하는 사람이 아니라 똑같이 누군가를 욕하기도 하고, 깨져도 앞으로 조금씩 나가려고 무진 애를 쓰는 언니, 누나로 보는 거지요.」(2008年1月『한겨레』とのインタビュー;『한국의 글쟁이들』구본준著、한겨레출판、2008、p.59~60)と答えている。

●関口存男氏は、「まず自分の考えていることを一抉り、二抉り、三抉り、右から抉って届かなかったところは左から抉って掘り下げ、左から抉って抉り足りなかった所は右からメスを廻して底を衝くといったようなあんばいに、誰が考えてももはやこれより以上は考えられないというところまで考え到った上でなければ、ほんとうの表現ができるものではない」(「ひねれ」『基礎ドイツ語』1956年12月号;『関口存男の障害と業績』三修社、1959、p.310)といい、さらに「ひねった上に、更にもう一ひねりひねれ! 指先だけでひねり足りなければ、全身でひねれ! はらわたの体操になる。全身でひねってもまだひねり足りなければ、こんどはモウやむを得ない、いよいよ本腰を据えて“全人”でひねれ!」(同書、p.312~313)と言っている。
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by ijustat | 2010-01-20 09:06 | Life

대방헌책

この古本屋は、『모든 책은 헌책이다』(최종규著、그물코、2004)で紹介されていて知った。そこに載っていたこの店のサイトを去年の暮れに見て、品揃えのわりといい点と、値段の安い点が気に入った。サイトには、店までの行き方の説明があるので、近々訪問してみようと考えていた。

ところが、年末から年始にかけて、本格的な雪が2度降り、私も腰を2度痛めて入院までしたために、行くことができなかった。そして今日(2010年1月18日)、ようやく調子もよくなり、妻を仕事に車で送る用もあったので、ついでに訪問してみようと思いたち、電話をしてみた。

中年女性が電話をに出た。訪問したいのだけれど何時までやってますかと尋ねると、「인터넷에서 주문하셨어요?」と聞く。何のことか分からないまま、「인터넷에서 책을 보고 찾아갈까 했는데요」と答えると、語気を強めて「그러면 못 찾아요」と言った。そして、訪問されたら迷惑だといわんばかりに「인터넷으로 사세요」と言い、さらに「인터넷으로만 해요」と言った。

なんという高飛車な物言い! 忙しいのか何なのか分からないけれど、電話をされたのが邪魔そうな感じだった。こっちだって、もちろん気分がいいはずない。なにしろ、サイトには「서점 소개」のページがあって、そこには詳細な地図とともに交通手段まで具体的に書いてあるのだから、インターネットで買えと言い放つのは、いかにも不親切な応対だ。

しかし、ここは捨て置ける古本屋ではないのだ。なにしろ、語文学が専攻の人間にとっては品揃えは悪くないし、なおかつ値段も他のサイトに比べて安い。平均的な値段の半額といったところか。(もちろん、平均的にはということで、わりと稀少な本の値段になると、高めの古本サイトの方がずっと安いこともある。たとえば허웅の『國語音韻論』。)

そこで、訪問するのは断念し、目をつけていた本をこのサイトで購入することにした。目を付けておいたのが雪の降る前だから、もう3週間ぐらい経っている。売れてしまったかもしれないと思ってサイト内を検索したら、さいわいまだ売れていなかった。

택배비(宅配代)は、30,000원以上買えば無料になるという。そこで、初期画面に出ていたアイヌ語の研究書も選んだ。そうやって、今日買ったのは、次の6冊。

 『국어사연구』김형규著、일조각、1982。4,000원。
 『언어학』허웅著、샘문학사、1986。5,000원。
 『국어학사의 기본 이해』김민수著、집문당、1987。5,000원。
 『언어과학이란무엇인가』이정민他2人著、문학과지성사、1987。3,000원。
 『國語學史論攷』김종훈他2人著、집문당、1993。4,000원。
 『아이누어 연구』한국문화사、2000。10,000원。

これで、合計金額は31,000원。

대방헌책방について최종규氏が『모든 책은 헌책이다』に書いた内容は、오마이뉴스の2003年12月4日の記事に加筆・修正したものだ。오마이뉴스の記事から引用しよう。この頃は、まだインターネットでの販売を始めて日が浅かったようだ。けっこう苦労している様子が伺われる。

인터넷 헌책방을 꾸린다는 일도 퍽 버거운 일입니다. 주인 아저씨와 아주머니가 손수 책 목록을 넣기 어려워 다른 사람을 써야 하는데, 그렇게 쓰는 일부터 주문을 받고 책을 싸고 부치고, 입금 계좌 살피고…. 세상 어느 일과 장사가 쉽겠느냐만, 헌책방 장사도 참으로 힘든 일이다 싶습니다. 그저 그런 헌책방 살림을 꾸리면서도 좋은 책 한 권을 좋은 사람들이 좋게좋게 찾아내어 즐거이 사가고, 좋은 마음으로 좋게 읽어서 좋게 나눌 수 있다면 그보다 더 나은 보람은 없으리라 생각해요.
http://www.ohmynews.com/NWS_Web/view/at_pg.aspx?CNTN_CD=A0000157309
そのように、手間も費用もかかる仕事だけれど、それでもインターネットでの販売の方が実入りがいいのだろうか。최종규氏が「<대방 헌책방>은 퍽 외진 자리에 있습니다. 그래서 어느 날은 책손이 찾아오지 않는 날도 있더랍니다」と書いているように、地図を見ると、대방헌책방は住宅街の奥まった場所にある。商売にはあまり適さない場所だ。

そんな場所に店を構えてしまったわけは、「옛날 자리는 건물임자가 새 건물을 짓는다고 해서 지금 자리로 옮겨야 했습니다. 그래서 부랴부랴 서둘러 자리를 알아보았고, 썩 좋은 자리가 아니었지만 지금 자리로 왔답니다」とあるように、以前いた場所は、家主から出て行けといわれ、仕方なく大急ぎで今の場所に落ち着いたのだ。「부랴부랴 서둘러 자리를 알아보았고」というから、立地条件をじっくり考える余裕もなかったに違いない。

一方、最近書き込まれたサイトの「공지사항」を見ると、

책 주문 10,000원이상 받습니다
일손이 바빠 주문 못 받습니다
이점 널리 양해 부탁드립니다
と出ていた。등록일が2009年9月11日の書き込みだ。気持ちは分かるけれど、電話と同じくつっけんどんな語調だ。でもまあ、それだけインターネットでの実入りがいいということだろう。古本屋が繁盛するのはいいことだ。

そういう諸々の理由があって、インターネット販売専用に切り替えたというわけか。

だけど、この店は、主人が売り惜しむ本のある店なのだ。「책값을 셈하던 <대방 헌책방> 아주머니 손길이 잠깐 멈춥니다. <인간 문화재>를 보시더니 "이 책은 아저씨(<대방 헌책방> 주인 아저씨)가 팔기 아깝다고 한 책인데…" "그래도 어쩌겠어요" 하면서 책값을 셈하십니다」と書いているではないか。その棚は店の奥まったところにあり、けっこういい値段が付いているらしい。최종규氏はこの『인간 문화재』という本に、40,000원も払った。(その頃私はお金がなくて、40,000원の『윤동주 육필 시고전집』を買いそびれてしまった。)だから、そういう本が置いてあるあやしげな棚を、この目で見てみたいと思っていた。

そういう直接本を見ながら買いたいという客には、素っ気ないことこのうえない。これも、あやしげな棚を守るためか。

대방헌책のサイトは、http://www.oldbook8949.co.kr/。ぜひチェックしておくことをお勧めする。

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2010年1月20日。一昨日このサイトで買った本が届いた。正確な書名などは次の通り。

 『增補 國語史硏究』金亨奎著、一潮閣、1962。1982年重版)
 『言語科學이란 무엇인가』李廷玟他2人著、文學과知性社、1977。1991年14刷)
 『언어학―그 대상과 방법―』(허웅著、샘문학사、1981。1986年重版)
 『國語學史論攷』(金鍾塤他2人著、집문당、1986。1993年2版)
 『國語學史의 基本 理解』(金敏洙著、集文堂、1987。初版本)
 『아이누語 硏究―韓・日語와의 비교의 관점에서―』(김공칠著、한국문화사、2000。初版本)

書名の漢字使用や、出版年度など、대방헌책はずいぶんいい加減に処理していることを、つくづく感じた。特に、本の刊行年度でなく、その本を刷った年度を書いているのも驚いたけれど、『言語科學이란 무엇인가』では、刊行年度でもその本を刷った年度でもなく、1987年と記載されていた。

本の質に関しては、全体的に良好だった。허웅の『언어학』も、書き込みはあったけれど、目障りなほどではなかった。ただ、『增補 國語史硏究』の書き込みは、私が不快感を覚える書き方をしている。メモを右上がりに書いているのだ。韓国の専門書には、そのような斜め書きのメモが多い。こんなメモの仕方はいかにも浮ついていて、学術的な本とは調和しない。

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2010年3月13日、土曜日。「최현배」で古本サイトを検索していたら、대방헌책に『朝鮮民族更生의道』という本が10,000원で出ていた。1971年版だ。「1930版翻刻本」と説明されている。それで、ためらわずに購入した。本は3月16日、火曜日に届いた。届いた本の書誌情報は、次の通り。

 『朝鮮民族更生의道(1930版翻刻本)』(최현배著、정음사、1971年初版本)

小包を開けて驚いたのは、この本がハードカバーだったことだ。대방헌책のサイトでは、デザインの施された表紙の写真が載っているけれど、この本にはカバーが付いていない。中身がよければいいとはいえ、何となく印象が良くない。

c0019613_19595788.jpgそれに、とても不可解なのは、表紙と背文字の筆書きのタイトルだ。力強い筆跡ではあるけれど、稚拙で無骨な印象を与える。しかも、「族」の「方」扁の書き順が、左から右になっている。それから、「道」は、えんにょうの上に点が打ってある。

昔、남기심先生から聞いた話では、최현배は漢字の点画一つにもうるさく、答案に書いた「成」という字で、「刀」を現す部分を「フ」のように払っただけで70点に減点されたという。その話と、この書体は、とても相容れるものではないと思った。一体誰が書いたものなのだろう。

この本は、최현배が逝去した翌年に出されたものなので、その表紙のデザインについて、著者は何も言える立場になかったはずだ。かといって、誰かが勝手に揮毫するだろうか。

この1冊しか見ていないので、謎は深まるばかりだ。
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by ijustat | 2010-01-18 23:16 | Bookshops

『한국을 찾아와서』

堀井野生夫著、사회문화연구소、1993。ISBN : 8973870173。

c0019613_5275711.jpg少年時代を韓国で過ごした著者の、韓国語による韓国滞在記。著者自身が「詩 같은 것」と繰り返し述べているように、本文は詩のような形式で書かれている。故郷であるソウルで暮らしながら、幼少時代の頃を思い出し、また、韓国人との文化の違いに戸惑ったり、様々な経験をしながら考えたことなどが、叙情的な筆致で描かれている。

원래 중리천은 논밭 사이를 꼬불꼬불
낮게 고요히 흐르고 있었다.
풀이 우거지는 작은 모래밭.
맑은 물에 노는 새끼 물고기때.

자아! 난지도는 가까웠다고
벼랑 길을 뛰어 내려가
맨발로 걸어 건넜던
풋풋한 풀숲의 열기, 그 속에서의 물의 시원함.
발바닥 간질거리는 모래의 감촉.
(「中里川」에서. 11쪽)
중리천というのは、タイトルの脇に「수색에 있는 작은 천」という説明があるから、불광천のことだろう。今は街の中を流れている。最近はソウル市内の川の狭い河川敷に散歩道を作って公園のようにしているけれど、著者の堀井さんが韓国を訪れた82年の当時は、たぶんドブ川のような状態だったろう。

난지도も、今では하늘공원として生まれ変り、市民の憩いの場となっているけれど、82年ごろには悪臭を放つ広大なゴミの丘陵だったはずだ。「위키백과」で「난지도」を検索すると、「1970년대 후반에 그 주변에 제방이 둘러쳐지고 난지도는 서울의 공식 쓰레기 매립지가 되었다. 1978년 이후 15년 동안 난지도는 거대한 쓰레기 산이 되었는데 그 크기는 98m 높이에 2,715,900㎡에 달했다」と出ている。쓰레기 매립지になる直前までは、「땅콩과 수수가 재배되던 한강 어귀의 낮은 평지」であり、「알려진 신혼여행지」だったそうだ。小さなホテルがあったという話も聞いたことがある。

いずれも、著者の少年時代の美しかった面影はなく、辺りは荒涼とした灰色に包まれて、悪臭と騒音が漲っていたに違いない。醜く変わり果てた중리천に語りかけるように、著者は「아주 변해버린 너를 본 밤에 / 목욕하면서 엉엉 울었다」(「中里川」에서. 12쪽)と、その悲しみを吐露している。

著者の堀井野生夫さんは、1924年に秋田県で生まれ、1932年に家族に連れられて現在のソウルに移住し、そこで小学校、中学校、高校を卒業し、終戦後の1946年に日本へ引き上げた。しかし、少年時代から青春時代までを送った韓国は、堀井さんにとって故郷に違いない。82年の訪韓を皮切りに何度か訪韓したあと、1989年に연세대학교 국문과に入学した。

私が堀井さんに初めて会ったのは、1990年の10月頃。当時私は연세대학교 어학당の韓国語コースに通っていた。ある日、인문관(現在の외솔관)の横にあった평화의집でクラスメートと一緒に食事をしていると、年配の日本人が隣のテーブルで、韓国人の女子学生と一緒に食事をしていた。どちらが先に声を掛けたのかは覚えていないけれど、気さくな人で、すぐに親しくなった。국문학を専攻していると言っていた。一緒にいた女子学生も、국문과の学生だった。(その女子学生には、あとで윤동주の詩を読むのを助けてもらった。それなのに、本当に申し訳ないことに、名前を思い出せない。)その後私は1年間신촌を離れ、92年に연세대학교 어학당へまた戻ってきた。今度は日本語教師として。

c0019613_528339.jpgそんなある日、어학당の建物を出て세브란스병원の方へ向かって歩いていたとき、今の동문수퍼があるあたりで、堀井さんと偶然会った。そのとき堀井さんが、実は韓国で本を出版したのだけれど、今日製本が上がって数冊受け取ってきたところだといい、かばんから1冊取り出して、その場でサインをして私に下さった。それが、この『한국을 찾아와서』だ。奥付によると、この本が発行されたのは1993年11月30日だから、私が堀井さんに会ったのは、だいたいその頃だろう。

久々に本を開くと、1993年12月6日付の東亞日報の切抜きがページの間から出てきた。「韓-日간 이해 도움됐으면…:69세 延世大 국문과 졸업, 한글詩集펴낸 日人 堀井씨」というタイトルで、その記事には「그는 이책에서 유학생활수기와 함께 한국의 자연과 도시생활등에 대해 일본인이 느끼는 소회를 서정어린 필치로 그리고 있다」と書いてあった。そのように、この本は手記であり、叙情的な文章だ。文章は詩の形式を取っているけれど、著者自身が「詩 같은 것」と言っているように、大部分の行は詩ではない。でも、所々詩のように美しい箇所も見られる。繊細で、内省的で、思索的で、不思議な感じの文章だ。

なかなかいい感じの文章がある。「목도리」(22~23쪽)という題の文だ。長いけれど、全文を引用してしまおう。

광보관실에서의 공부를 마치고
어느 다방의 한쪽 방에서의 점심.
마사노 씨한테 얻은 샌드위치.
K양의 알루미늄 도시락.
근처에서 산 고기만두, 사과, 커피, 우유.
서로가 나누어 맛보는
즐거운 점심 한나절
한국어 그리고 일본어의
네 사람의 회화가 생생하다.

들어갔을 때 그 방은 차가웠다.
“선생님, 이것을...”하고 K양은
스르르 목도리를 풀러 나에게 내민다.
“아니야, 그건 안 되요. 당신이 추워”라고 내가 말했다.
K양은 눈을 내리뜨고 중얼거린다.
“우리들은 친하게 됐다고 생각했는데 아직 아니였군요.”

그렇지 않다.
순간 마음에 떠오르는 다방에서의 공부.
열심히 말하는 진지한 눈동자.
지긋이 듣는 맺힌 입가.
서로가 학생이고 선생으로 있고
끝난 후의 기지에 찬 담소.
돌아갈 때 버스 속에서 얼굴을 맞대고 한 대화.
나의 아픈 배를 치료코자 약을 사러 뛰어간 모습.
우리들은 친하다. 이미 충분히......

그러니 목언저리는 떡 벌리고
앞가슴까지 으스스 추워 보여.

그 목도리는 목을 두르고 끝을 앞가슴에 넣어 두고 있었다.
사람의 마음을 간직하는 그 가슴에.

그것을 내가 두르고 가슴에 넣으면
그것은 아가씨의 가슴에 닿는 것이 아닌가!
아가씨의 가슴에 닿아서는 안 된다.

그러나 이것은 나의 지나친 생각일 것이다.
늙은이가 무얼 지나치게 마음을 쓰냐.
그것은 단지 노인을 돌보려는
순한 마음일 뿐인데.

그러나 가령 가슴이 서로 닿는다면
얼마나 마음이 고동치는 환상일까.
벌써 마르고 시들어 가는 나에게도.

그러나 가령 가슴이 서로 닿는다 할지라도
그것은 표면만의 일이 아닌가?
말은 가슴 속 깊히 꿰뚫어 또 침투한다.
いいなあ。何という胸ときめかせるロマンだろう。これを読むと、やっぱり堀井さんは詩人かもしれないと思う。

ところで、読みながら気づいた人もいると思うけれど、これらの韓国語の文章はぎこちなく、たとえば「지긋이 듣는 맺힌 입가」や「말은 가슴 속 깊히 꿰뚫어 또 침투한다」のように、意味のよく通らない部分すらある。それについて、著者は「序文」で述べている。

……그러나 물론 오류나 이상한 곳이 많이 나오기 마련이었습니다만 다행히도 친구의 따님인 용승희 양이 고쳐 주었습니다. 그러나 골격은 어떻게 할 수 없는 것이고, 또한 승희 양이 너무 많이 고치면 문장이 매끈하게는 되겠지만 작자의 시각이나 심정의 모습이 바뀔 것 같으므로 거북함이 있더라도 분명한 오역이나 의미의 부정확한 것이 없으면 가능한 한 그대로 두는 것을 권했기에 보시다시피 이러한 책으로 되었습니다. (4쪽)
このように、ネイティブチェックはしてもらったけれど、作者の視角や心情の様子を生かすために、あまり自然な言葉に直すことは控えたらしい。堀井さんは数年前に『自己論』という本を書かれ、その序文がアマゾンで読めるけれど、その整った明晰な日本語に比べ、この整わず不明瞭で、文脈に合わない言い回しがごろごろしている韓国語が、本当に“作者の視角や心情の様子”なのかどうかは疑わしい。

けれども、この本は出版されたのだから、出版元の사회문화연구소では違った考え方をしていたはずだ。幼少時代を韓国で過ごし、韓国が故郷である外国人が、その故郷の地で使われている言葉を年老いてから学び、ぎこちない言い回しで切々と語る様は、ある種の哀調を帯びて迫ってくる。著者の意図とは無関係に、独特な効果が表れている。それに、内容自体はとても意味あるものだ。それら諸々の意義があって、この本は出版されたのだと思う。

『한국을 찾아와서』は、現在でも古本サイトなどでかろうじて手に入れることができる。数冊しか出回っていないようなので、関心のある人は、なるべく早く購入することをお勧めする。
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by ijustat | 2010-01-11 06:29 | Books

『추억 같은 미래』

구로기 료지著、카피바라북스、2002。ISBN : 8995251824

c0019613_18265596.jpgこの詩集は、韓国に在住する日本人が共同で製作した作品だ。こういう企画は、おそらく韓国では初めてだろうし、今後もまず出ないだろう。카피바라북스はいい仕事をした。写真ではよく見えないけれど、表紙の下の方を見ると、製作者たちの名前が次のように紹介されている。

재한 일본인교수들이 만든 콜라보레이션 시집
시:구로기 료지(黒木了二)
번역:요시모토 하지메(吉本一)
사진:후쓰카이치 소(二日市荘)
북 디자인:하야시 에리코(林恵理子)
발행:카피바라북스
それから、表紙には名前が出てこないけれど、表紙の美しい絵を描いた人は、도야마 야스오(外山康雄)という。なぜか後ろの見返りに名前が刷られている。ただし、この人の場合は顔写真まで入っているので、格別な扱いらしい。外山康雄氏は、野の花館というギャラリーを運営しておられるそうだ。

本の体裁は、3ページから101ページまでが本文で、韓国語訳の詩が載っている。そして、付録として、105ページから176ページまでが、日本語の原詩となっている。その1編を紹介しよう。8ページに載っている「메아리 치는 미래」という最初の詩だ。

어디에선가
소리가 난다
침묵의 밑바닥에서
들려오는 소리

지워져 있었던
소리가 난다
그리운 대지의
확고한 울림

실개천이 속삭이는
물소리와 같이
심장의 힘찬
고동과 같이

그리운 미래
미래는
추억 같은 울림과 함께
다가온다
そして、付録の106ページに載っている原詩「こだまする未来」。

どこからともなく
音がする
沈黙のそこから
響いてくる音

消し去られていた
音がする
懐かしい大地の
確かな響きが

小川のささやく
せせらぎにも似た
心臓の力強い
鼓動にも似た

なつかしい未来
未来は追憶のような
響きを伴い
やってくる
本書がこのような形で出版されることになった動機について、著者は「남기는 말」で次のように語っている。

나는 시 쓰기를 좋아해서 15살 때쯤부터 지금까지 약 15년 동안 취미로 시를 써 왔다. 그리고 가끔 내가 지은 시를 한국어로 번역하고 아는 사람들에게 개인적으로 보여 주곤 하였다. 이 시집을 출간하기에 있어서도 처음에는 내가 모든 시를 한국어로 번역하려고 하였다. 그러나 막상 일을 시작해 보니 어려움에 부닥쳤다. 외국어로 시를 쓴다는 것이 쉬운 일이 아니고 정식으로 출판을 하려면 어느 정도 수준이 요구된다. 그런데 지금 내 한국어 실력으로는 너무 부족한 것 같아 걱정이 되고 불안해졌다. (98쪽)
それによると、著者は自分の書いた詩を時々韓国語に訳して知人に見せていたが、いざ詩集として出版する段になったとき、自分の韓国語の実力では出版に耐える訳はできないと考えたそうだ。そこで、「부득이하게 동국대학교의 요시모토 하지메(吉本一) 교수님께 도움을 요청하였다」と、翻訳を他の人に依頼した経緯を明かしている。

c0019613_23432964.jpg私が持っているのは、2002年の12月に出たとき、著者から贈られたものだ。その当時、著者の黒木先生は吉本一先生他数人と一緒に、他にも다락원という出版社で日本語教材の開発に携わっていて、開発者の一員で当時私の同僚だったワトソン・ジョイ先生が、言付かってきた。

ワトソン先生が、黒木先生がぜひ感想を聞かせてくださいと仰ってましたと言うので、私は感想を述べる代わりに、「こだまする未来」をはじめ、詩集の中の短くて印象的な詩6編に曲を付け、それをワトソン先生に渡し、黒木先生に差し上げてくださいと頼んだ。

あとで話を聞くと、黒木先生と吉本先生は楽譜を見ながら、二人で「どんな曲なんだろうねえ」と言っていたそうだ。誰も楽譜を読める人がいなかったのだ。

翌2003年の8月19日、黒木先生がもうすぐ帰国することを聞いた。それで、ワトソン先生から電話番号を教えてもらい、初めて電話をかけた。そのとき、それらの曲を下手な歌と下手なギター伴奏とで歌った。電話口コンサートだ。

歌は聞き苦しかったろうけれど、曲は気に入ってもらえて、自分の葬式の時にはこの曲をかけてもらおうと思いますと言ってくれた。

c0019613_233544.jpgその翌年、黒木先生がまた韓国に戻ってきて地方の大学に就職し、そこで個人コンサートを開いてその曲を歌ったということを、当時同僚だった徳間先生から伝え聞いた。

去年、黒木先生は韓国人の女性と結婚した。彼女も日本文学を専攻し、現在は大学で教えている。文学者夫婦だ。奥さんが美しい人なので、黒木さんにはもったいないという人がいるという。なんと失礼な。

結婚式のとき、黒木先生は「こだまする未来」を出席者たちの前で歌ったそうだ。伴奏はギターの上手な人に頼んで。

昨日(2010年1月2日)、黒木先生と奥さんと동부이촌동で会い、話に花が咲いた。それで、この詩集のことを思い出し、ブログに書いてみた。

『추억 같은 미래』は、2010年1月3日現在、まだインターネット書店でかろうじて手に入る。気になる人は、ぜひ購入を。
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by ijustat | 2010-01-03 18:08 | Books

『金九自叙傳 白凡逸志』

金九著、集文堂、1994年。ISBN : 9788930302319

c0019613_21151048.jpg市場から姿を消し始めた後でほしくなる本がけっこうある。というより、ほしいと思ったとき、すでにその本が手に入れにくくなっていることが多いのだ。この本もその一つだった。

「白凡逸志」は、日本が朝鮮を植民地支配していたとき、中国で大韓民国臨時政府の主席を務めていた김구の自叙伝だ。当時윤봉길「義士」が上海で投弾「義挙」に成功したとき、その指揮者であった김구は、自分は生きて故国の土は踏めないだろうと覚悟し、朝鮮に残してきた2人の息子のために、遺書のつもりで書いたという。

特にこの本は、タイトルに「親筆을 原色影印한」と冠されている。つまり、김구の手書き原稿だ。韓国のことを理解しようと思ったなら、たとえ歴史に関心の薄い人でも、歴史を証言する生の声に触れておく必要があるだろう。手書き原稿は、その生の声のさらに生の状態だ。だから、ぜひ手に入れたいと思っていた。しかし、そう思うようになってから、この本は長らく入手できなかった。それが、YES24というサイトでまだ売られていることを知り、注文して、今日受け取った。

胸躍らせながら包みを開け、ページを開いた。けれども、喜びは一瞬にして苦悩に変わった。読めない! いや、ぜんぜん読めないわけではないのだけれど、これを読み通すのは、至難の業だ。

その理由は、第一に、分かち書きも句読点も改行もなく、原稿用紙にびっしりと文字が埋めてある。第二に、その達筆な筆跡と自由奔放な綴り字。それだけではない。第三に、最初の数ページは下の部分が腐って失われていて読めない。第四に、全体が残っているページも所々水に濡れて滲んでいる。以前、『声に出して読みたい日本語』というすばらしい本を読んだことがあるけれど、これは、“声に出さないと読めない韓国語”だ。

それでも、この影印本は、鮮明なカラー印刷なので、著者の筆遣いがよく分かるだけでなく、濡れて滲んだ部分や文字のかすんだ箇所も、克明に観察することができる。これは何よりもの救いだ。韓国で出ている影印本は、たいていゼロックスでコピーしたような状態なので、筆遣いが分からず読みにくい。そういうものとは比べものにならない良質の印刷だ。

原稿の保存状態が悪い点について、子息の김신(金信)氏が「後記」で次のように明かしている。

이 影印本을 出版하게 된 동기는 六・二五戰亂 때 전전하면서 保管하다보니 濕氣를 받아 紙面이 번져 文章 自體가 희미해져 가는가 하면 用紙도 六十餘年이나 지난 지금, 날이 갈수록 磨滅되어 가, 永久保存이 어려워 影印本을 出版하기로 하였다. (218쪽)
たとえ保存状態が悪いとはいえ、朝鮮戦争で多くの文献資料が失われた中、「白凡逸志」の直筆原稿が残ったことは、幸いと言わざるを得ない。なぜなら、この原稿が公表されたとき、それまで出ていた多くの「白凡逸志」が、実は原稿を3分の2に縮めたものであったことが明らかになったからだ。

なお、この本は驚いたことに、1994年6月26日に発行された初版本だ。何部刷ったのかは知らないけれど、初版を捌くのに10年以上かかっているわけだ。「白凡逸志」はいろいろな出版社から出ているロングセラーだけれど、その原典ともいえる直筆原稿の影印本は、あまり売れなかったらしい。やっぱり、こういう本を買うのは歴史学者や研究所だけなのだろうか。
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by ijustat | 2010-01-02 21:07 | Books