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動詞だけの復習(現代ギリシア語)

昨日、また애오개にある韓国正教会へ行って来た。장로교신학대학교(長老教神学大学校)の学生たちが성찬예배(聖体礼儀)に招かれ、そのついでに私も一緒に呼ばれたのだ。

c0019613_3155228.jpg韓国正教会の大主教を勤めておられる Αριστοτέλης(アリストテリス)神父さんは、エキュメニカル運動のメンバーで、おそらくその一環としてだと思うけれど、プロテスタント教会の神学者や神学生を招いて、正教会の礼拝を見学させたり、正教会の教理について講義をしたりしている。だから、正教会の人たちも、私のようなプロテスタント教会の信徒に対しても、屈託なく接してくれる。

前回の土曜日に神父さんに会ったときは、ギリシア語が口から出てこなくて大いに当惑した。まあ、ずっと怠けていたから悪いのだけれど。

そこで一念発起して、『現代ギリシア語の入門』(荒木英世著、白水社、1990)から動詞だけを抜き出し、そこからさらに、エッセンシャルだと思われる動詞88語を選んで、現在形と接続法とアオリストの過去形を覚えた。

日本語を見てギリシア語で言ってみたり、現在形を見て他の変化形を言ってみたり、手を動かして書いてみたり、その動詞で自分の知っている名詞と一緒に文を作ってみたりした。もたもたしているけれども、何とか言える。1週間で、ゼロから「初級の中」まで一気に上がった感じだ。

c0019613_3162841.jpgそして、いよいよ今日、正教会へ行った。午前9時から11時まで、2時間の礼拝が終わったあと、선교관(宣教館)地下のセミナー室で、正教会の礼拝についての講義を Αριστοτέλης 神父さんがされた。さすがにほとんど聞き取れないのは先週と同じだけれど、覚えた基本動詞は耳に入った。韓国語の通訳を聞いてメモを取った。

この教会には、神父さんと同じくギリシアから来た Αθανασία(アサナシア)さんというおばあさんがいる。英語が堪能で、とても優しくて親切な人だ。早速、“Το ευδομάδα, έμαθα ελληνικά ρήματα.(今週、ギリシア語の動詞を覚えました)”と言ってみた。すると、驚いて“Γιατί έμαθες ρήματα;(なんで動詞を覚えたの?)”と――たぶん、そう言ったのではないかと思う――聞くので、“Για να μιλήσω τα ελληνικά.(ギリシア語で話そうと思って)”と答えた。もちろん、すごくたどたどしいギリシア語でだ。

これは、実は5年以上前まで神父さんからギリシア語を習っていたときに比べると、大きな進歩だったのだ。当時は動詞の変化形をこんな風にして覚えてしまうような勉強方法は考えてもいなかったし、今よりずっと記憶力が悪かった。そのために、口頭では自力で文章を組み立てることがなかなかできなかったのだ。今回は、いわば自転車の補助輪をはずして乗るのに成功したようなものだ。

장로교신학대학교の学生たちが帰って行ったあと、神父さんに挨拶をして帰ろうとすると、一緒に食事をしていきなさいと言われた。それで、教会の聖歌隊の人たちと一緒に食事をご馳走になった。焼き鯖の定食で、韓国の庶民料理だけれど、日本風な感じがしてとても美味しかった。Αθανασία さんが“Μου αρέσει κορεάτικο φαγητό.(韓国の料理が好き)”と言った。私も、英語交じりではあったけれど、ギリシア語で簡単な話をした。

ところで、神父さんは2年ぐらい前から、教会の人たちにギリシア語のレッスンをしているそうだ。金曜日の夕方やっているということなので、私も加わりたいと言ったら、今学期はアメリカに行ったりして休んでいるけれど、また始める予定だから、そうしたら呼んであげると言われた。

神父さんのギリシア語のクラスに出ているという聖歌隊員に、どの辺まで進んでいるんですかと尋ねると、会話教材で勉強しているのだけれど、2年間やって5課まで進んだとのことだった。もしかして、以前いただいたテサロニケの大学で出したギリシア語教材のコピー版だとしたら、5課まで進んだというのは結構な分量だ。あの本は研究室にあるから、持って帰ってきて読んでおかなければ。

1週間の動詞集中学習は、何とか功を奏したようだ。動詞が時制ごとに人称変化できると、一応何とか話ができることを確認した。もちろん、初めて学ぶ外国語ではこういうことは無理だけれど、中途半端に習得したまま錆び付いてしまった外国語は、このようにすれば息を吹き返すし、やめた時点よりも幾分前に進める。

勉強は、ほんのちょっとしたコツが結果の違いとなって表れるということを、身をもって感じた。
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by ijustat | 2009-11-22 02:56 | Greek

아름다운가게

この店の存在はインターネットで知った。まるで山小屋風レストランのような内装の、なかなか洒落た古本屋だ。

c0019613_2023043.jpg今日(2009年11月20日)は、이화여자대학교で사랑의교회(サラン教会)の伝道師さんが始めた日本語バイブルスタディーに初めて参加し、終わったあと、みんなを誘って一緒にこの店を訪れた。

ブログなどを見ると、路地にあって探しにくいと書いてあるけれど、本当に探しにくい。国鉄신촌駅の正面から出ている通りの右側の最初の裏通りに入り、突き当りの三叉路の、右側の上り坂になっている道の入り口のところに、さらに右に入る細い路地があって、아름다운가게はその右奥にひそんでいる。まるでフラクタルのような構造だ。

最初は見つからなくて、地図に記した地点を見ながら、左の方へ行ってしまった。しかし、ビルの駐車管理をしているおじさんに、この近くに古本屋はありませんか、と尋ねると、古本屋かどうかは分からないけれど、あっちの方によくトラックが本を積んで来ると教えてくれたので、行ってみると、本当にその本屋があった。路地の入り口から中を覗くと、奥の方に「책방」と赤い字で書かれた丸い小さな看板が目に入った。一行は、「わあ、マニアック!」とか、「商売する気あるのかしら」などと言って驚いていた。

しかし、中に入ると古本屋としてはなかなかしゃれた雰囲気だ。店内の様子は「イメージ検索」で見てほしい。家屋の構造をうまく利用して、いい雰囲気をかもし出している。

本の品揃えは、大学生や大学院生たちが売った本で占められているようだ。大学生が読むような本が多かった。その他、小説の類もかなりたくさんあった。外国語の辞書は、英語や日本語、中国語ばかりだった。重厚な英英辞典が少し多いのが、大学の近いこの地域の特徴かもしれない。この近くには、まず이화여자대학교があり、それから少し離れて연세대학교、それから서강대학교がある。

本をきちんと整理しているわけではないのは、他の古本屋と同様だ。韓国語学の書籍を探したら、棚の中央に1冊、下の段に1冊、左隣の本棚の上の方に1冊、その2つ左の本棚の上の方に1冊、といった具合だった。残念ながら、ほしいと思った本はなかった。

店では40代の女性と、20代後半の女性が店番をしていた。この店はいつからやってるんですかと尋ねると、2005年、つまり4年前に始めたとのことだった。お客さんは多いですかと聞くと、どうしても常連のお客が多いとのことだった。まあ、場所が場所だから。普通に신촌あたりをうろついていたら、一生お目にかかる機会のないところに、この店はある。この店にお客がやって来るのは、インターネットのおかげに違いない。

『그레고리오聖歌理論』(韓國殉敎福者修道會著、台林出版社、1981)という本があった。それを見ると、グレゴリオ聖歌の楽譜の読み方が載っている。これはいいと思い、レジに持っていって値段を聞くと、なんとたったの2,000원だった。

本の後ろの表紙の裏に「86. 6. 14 대한음악사. 이 베드루 용성. (아내 마리아가 남편 베드루에게 드립니다.」と書いてある。括弧の後ろは、勇ましい筆跡だ。括弧が閉じてないのは、書いてある通りに写したから。

なぜこの本を買ったかというと、実は2007年9月21日に뿌리서점でグレゴリオ聖歌の楽譜『CANTUS GREGORIANUS』(「가톨릭 대학 신학부 편집」という以外の書誌情報なし。http://www.singoro.co.kr/ によると、「이탈리아 악보를 그대로 영인발행한 듯」とのこと)を買ったのだけれど、現在の楽譜と違うので、どんなメロディーなのか分からなかった。CDを聞きながら読めばよかったのだけれど、天性のものぐさからか、それをしなかった。それで、ずっと謎のままだったのだ。その読み方を説明した本があったので、これはいいと思って買ったわけだ。

支払いをしながら、店の人に営業時間を尋ねた。11時から19時までやっているとのことだった。

아름다운가게は、別名「뿌리와 새싹」。他に「아름다운 책방」という名もあるけれど、レシートに打たれていた事業者名は「아름다운가게 신촌책방」。何でこんなにたくさん名前があるのだろう。

この店の所在地は、서울시 서대문구 대현동 110-12。電話番号は、02-392-6004。
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by ijustat | 2009-11-20 19:51 | Bookshops

평화시장

평화시장は、청계천の南岸に面している。この並びに、古本屋の集まった場所がある。21年前の1988年3月に来たとき、高架道路の下にあったこの商店街全体が古本屋で占められている様子は、それは壮観だった。

c0019613_23172673.jpgしかし、それから数年後、バスに乗って通り過ぎたとき、半分ぐらいが服屋などに取って代わられていたのには驚いた。それからさらに数年後、近くに車で来たついでにそのあたりに足を伸ばし、多少気をつけて探したけれど、古本屋が目に入らなかった。それで、私は평화시장の古本屋は消滅したのだと思っていた。

しかし、まだ청계천の古本屋は残っているということを、本だったかインターネットだったかで知り、今日(2009年11月18日)午後、時間を作り、自転車で行ってみた。

自転車で行った理由は、第一に、車では探しにくいからで、第二に、私の住んでいる용산から10キロほどしかないので、すぐに行って来られると思ったからだ。第一の理由は当たっていたけれど、第二の理由は、みごとに外れた。ソウルの町は、自転車で移動するにはあまりに不親切だ。きちんと信号を守り、自分の安全も守っていくと、うまく行かなければ大変な回り道をしてしまうのだ。そのため、行くだけで、なんと1時間半もかかってしまった。古本屋を見て回った時間は、たぶん20分かそこらだったろう。午後1時少し前に家を出て、帰宅したとき、エレベーターの中で4時の時報が鳴った。ひどいものだ。しかも、今日は何という寒さ!

近所で何度か道に迷った挙句、평화시장に辿り着いた。迷ったけれど、何ということはない。청계천の道路沿いに面したところに、古本屋が並んでいた。でも、半分以上は服屋などで、古本屋は一部に残っているだけだった。これでは車から見つからなくても仕方ない。

それでも店先に並ぶ本の山を見られたのがうれしくて、写真を撮っていると、中から人が出てきて、険しい表情で「왜 사진 찍어요(どうして写真撮るの)」と言う。むやみに写真を撮られたら不愉快だというのだ。それで、용산からわざわざ来たことを話し、この本の山を見たのがうれしくて写真を撮っているのだと説明すると、分かってくれた。

商店街の風景を“むやみに撮影する(무턱대고 사진 찍는다)”という考え方は、私には理解しにくいけれど、プライベートな世界を撮られるという感覚なのだろう。でも、理由を説明すると納得してくれるのもまた、私には理解しにくいことだ。でも、これは韓国ではごく普通のことのようだ。この間読んだ本でも、そういう場面があった。その人も、写真を撮っていたら、何で写真を撮ると怒鳴られたが、説明をすると分かってもらえた。私の場合も、まったく同じだった。

その人とは、しばらく立ち話をした。以前はここも120軒ぐらいの古本屋があったけれど、今では40軒ぐらいしかないという話や、高架道路を取り壊してから客足が遠のいたという話などを聞いた。そして、ここでは店の中を見てもこの通り本が埋まっているので、求めている本があったら、お客が自分で探すより、店の人に聞いたほうが早いということを教えられた。ついでに、今日の気温が氷点下4度だということも、この人から聞いた。風が吹いているので体感温度はもっと低い、ということも付け加えて。

その店もそうだったけれど、どの店もたいてい扉はなく、店先まで本の山がはみ出している。そして、ある店は、驚いたことに、本でぎっしり埋まってしまっていて、間口の中央の、ほんのわずかに凹んだ所に、主人が座っている店もある。失礼だけれど、あれではまるでホームレスだ。そして、この身を切る風! 見るからに痛ましかった。

早速、最初の店で教えられたとおり、捜し求めている本の名前を聞きながら回ってみた。店ごとに、「윤동주 자필시고 전집」はありませんかと尋ねた。たいていは、私が店の中を覗き込むと、奥にいる主人がこちらに向かって無愛想に「뭐 찾으세요?(何探してるんですか)」と聞く。本の名前を言うと、まるで、へっ、そんなものは無いね、というような表情で「없어요(ありません)」という。まあないのが当然なのだけれど、最後の店までそれをやったら、少し疲れた。

意外だったのは、半分くらいの店の主人の年齢が、30代から40代ぐらいだったことだ。古本屋の2世なのかもしれない。この過酷な環境での仕事は、年配者には堪えるからか、市内に散在する古本屋とはだいぶ違う印象だった。

평화시장の古本屋は、長い通りの2箇所に集まっていた。わずかに命脈を保っているといった感じだ。神田の古本屋街のようなものを想像して来たら、大いに失望すること請け合いだ。落ち着いて本が見られそうな店は、何箇所もなかった。

それにしても、この違和感はなんだろうか。おそらく、本というものと苛酷な環境とが、自分の意識の中で相容れないものだから、この청계천の古本屋にえもいえぬ不調和を感じるのかもしれない。それに、落ち着いて本を物色するような雰囲気でもない。そりゃもちろん、店先で本を選んでいる客を追い払うような店はないだろうけれど、騒音の鳴り響く、通り沿いのせわしい雰囲気の中で、静かな気分で本を眺めるというのは、よほど本に没頭していないとできないことだ。

夕方用事があり、それを済ませた帰りに뿌리서점に寄って、평화시장へ行って来たことを話した。いろいろ気になることがあったからだ。さすがに古本屋を30年来やっている主人だけあって、평화시장のことはよく知っていた。

뿌리서점の主人の話では、そこは本の回転が速いので、客が店でもたもた本を見ていたり、だらだらと話しかけてきたりすると、仕事の邪魔になることが多いのだそうだ。だから、店の前に立ったらほしい本の名前を言い、なかったら次の店に行くという買い物の仕方をするのがいいという。

そのような売り方をしているために、両端の店は本がよく売れて賃貸料が高く、中央の店は本があまり売れずに賃貸料が安い。賃貸料は安いけれど、両端の店と同じものを売っていたら本が捌けないので、高級な本や特殊な本を扱ったりして差別化をはかり、生き残っているのだそうだ。

私が、ある店は本で埋め尽くされていて、中に何があるか見えないどころか、中に入ることすらできない状態だったことを話し、そんな状態では必要な本も探せないだろうと言うと、そんなことはないという。彼らはどの本がどこにあるのか、ちゃんと把握しているのだそうだ。本で埋め尽くされていても、すぐに取り出す準備ができているのだという。本当だろうか。信じられない。あれで奥の本がちゃんと取り出せたなら、魔法使いだ。

そうやって、평화시장を見て理解できなかったことを、뿌리서점で教えてもらった。そこは私にはあまり魅力のない場所だったけれど、뿌리서점の主人は평화시장の古本屋街を尊敬していた。そして、その古本屋街が消えて無くなろうとしていることを、大変残念に思っていた。

평화시장は、청계천沿いの방산동から을지로6가にかけて続く、全長600メートルほどの商店街だ。1988年の3月にここへ来たときは、中央にある路地の入り口を境にして、東半分の을지로6가は古本屋が完全に占領していて、そこからあふれ出るようにして、西半分の방산동の方にも古本屋が10件ぐらいあった。

以前そこは高架道路の下だったけれど、今は청계천の川に面している。空を塞いでいた高架道路がなくなって明るくなっていたけれど、本屋の特性上、北側を向いているので、冬は寒いことこの上ない。
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by ijustat | 2009-11-18 23:12 | Bookshops

대양서점 1매장

看板には書いてないのに、なぜ“1매장”と呼ばれているか。それは、息子さんが近所に同じ“대양서점”の名で古本屋を始め、“2매장”と名乗ったためだ。これは、韓国の古本マニアたちの間では有名な話である。

この店については、思い出がある。2、3年ほど前、電気科の先生に案内されて、この店に初めて来た。実は、その日の朝、私は古本屋の夢を見ていた。そこには、20年以上は経っている古い本がたくさんあって、天井の低い落ち着いた雰囲気は、書架のあいだに佇んでいるだけで幸せな気分になるようなものだった。そして、その日に訪問したこの古本屋は、ちょうどそんな雰囲気だった。

それから私はこの店を訪れることがなかった。しかし忘れなかったのは、この店が古本マニアの間で有名な本屋で、その前を車で時々通り過ぎていたからだ。

今日(2009年11月17日)は、대양서점 2매장に行ったあと、車を裏通りに止めたまま、足を伸ばしてここまで来た。そして、じっくりと本を眺めた。60歳ぐらいの優しそうなおやじさんが、「어서 오세요」と挨拶をした。

今日はとても寒かったけれど、中央の書架の手前をくりぬいたところに石油ストーブがあって、それで店の中は暖かかった。その上の本は大丈夫なのだろうかと心配になるような場所に、ストーブがあるけれど、特に問題はないようだ。店を入って右側の少し高いところに小さなテレビがあり、おやじさんはそれを見ていた。

本の品揃えはといえば、年配の本好きを対象としたものが多く、80年代の本が大部分に見えた。辞書類は、英語や日本語、中国語だけでなく、フランス語、ドイツ語、エスペラント語、スペイン語などもある。知的な関心がない人には別世界のような辞書だろう。特にエスペラント語は。

狭い店内の奥の方には、日本の本もあった。やはり古い本ばかりだ。若者が読むような本はあまりない。中には戦前に出たものもあった。

その中から、『にごりえ・たけくらべ』(樋口一葉著、岩波文庫、1927)を取り出した。これは第18刷で、1938年に刷られたものだ。表紙は横組みだけれど、右から左に読むようになっている。一番上は「庫文波岩」となっていて、その下に「32」という数字があり、それから表題が、

え り ご に
べ ら く け た
となっている。著者名は「著葉一口樋」。出版社名だって、「店書波岩」だ。もちろん、これらは数字を除いては、左から右に読んではいけない。現在の出版物で、こういう書字方向を取るものは、たぶんないだろう。これが、なんとも言えずいい感じだ。(だからといって、私が右横書きのアラビア文字にすぐ慣れたわけではない。あれは本当に大変だ!)

私はどういうわけか、オリジナルにこだわる癖があって、近代文学も、戦後の変えられた表記で読むのではなく、出た当時の表記で読んだ方が満足するのだ。その傾向を助長したのは、集英社の『直筆で読む「坊つちやん」』と『直筆で読む「人間失格」』だ。「坊つちやん」の方は骨が折れたけれど、「人間失格」はよかった。

私は初版本にこだわっているわけでもないし、歴史的仮名遣を礼賛しているわけでもないけれど、オリジナルがどうなっているのかということは、とても気になる。最近韓国では、有名な詩人の作品の原本が写真版や翻刻版で出されていて、それは私の興味を十分に満足させてくれている。

「にごりえ」の扉の裏には、「「にごりえ」は一葉全集初版に據つた」と書いてあり、「たけくらべ」の扉には、「「たけくらべ」は專ら一葉の眞筆版に據つた。著者の癖と思はれるあて字・誤字等はすべてそのまゝ保存し、假名遣ひの誤り・不統一等も改めなかつた。但し同一文字を重ねたる等の明瞭な誤記は踏襲せず、殊に振假名と送り假名の重複・不足はそれぞれ振假名の方を省き或は補つた。また變體假名は普通の平假名に改めた」と書かれている。この処置は、現在の本ではできない忠実さだ。何しろ今は表記を変えてしまうのだから。

そういうこともあって、この戦前に出た『にごりえ・たけくらべ』は、とても気に入った。

つぶさに本を眺めていると、静かで穏やかな声で、「뭐 찾는 책이 있으세요?(何かお探しの本でも?)」と聞かれた。それで、以前から探している「윤동주 자필시고 전집」はありますかと尋ねると、それはありませんねえと言われてしまった。まあ、小さい古本屋だから、なかなかそういう本は入ってこないのだろう。大きい古本屋でも、入ってこないようだから。

で、もう少し何か喋ろうとしたとき、携帯に電話が入った。出ると「차 좀 빼셔야 할 것 같은데요(車どかしてもらえませんか)」という。거주자우선주차장(居住者優先駐車場)に止めておいたので、出て行ってくれというのだ。「지금 바로 갈게요(すぐ行きます)」と答えて電話を切った。

で、結局『にごりえ・たけくらべ』を買った。なんと、たった1,000원だった。店頭に出ている本でなく、店の奥の書架に立ててある本が1,000원というのは、ちょっと意外な感じがしたけれど、まあ韓国の古本屋は目方売りするから、そんなものなのかもしれない。

もっとも、こういう本は日本でだって珍しいものではない。古本屋の店頭で50円とか100円とかで売られることもあるから、それを考えれば似たようなものだ。ただ、韓国の古本屋では、客の目を引いたり、在庫を処分したりする目的もなく、日本の本を韓国の本に比べて安価に売ることが多い。それは、買う人が限られていることと、本に関する情報がないことによる。ともかく、韓国に住む日本人にとっては、うれしいことだ。

대양서점 1매장の所在地は、서울시 서대문구 홍제1동 330-48。電話番号は02-394-2511。

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2010年3月27日、土曜日。그랜드힐튼 호텔(グランドヒルトンホテル)から出て홍제사거리を右折し、독립문の方へ向かっているとき、대양서점の前を通り過ぎるので、その様子を見ようと思ったら、店があるはずの場所に見つからない。

どうなったのか聞こうと思い、2매장へ寄ろうと思ったら、店の前には大きな車がでんと構えていて、車を停められる空間がなかった。少し離れたところに居住者優先の駐車空間が一つ空いていたけれど、歩かなければならなかったので、停める気がしなかった。

裏通りを回ってもう一度、대양서점の前に来てみたけれど、店があったと思われる場所には楽器屋が構えていて、古本屋は跡形もない。店を閉じてしまったのだろうか。それとも、引っ越したのか。

帰宅後、インターネットで記事を調べてみたけれど、それに関する内容は見つからなかった。
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by ijustat | 2009-11-17 23:14 | Bookshops

現代ギリシア語

昨日、韓国正教会へ行って来た。ずいぶん以前私にギリシア語を教えてくださった韓国正教会の Αριστοτέλης 神父さんが、学会の発表を教会でするということで、招かれたのだ。それで、애오개にある성 니콜라스 성당(聖ニコラス聖堂)に行って来た。大変な出不精の私が、こうやって呼ばれると必ず行くのは、私が神父さんをどれだけ尊敬しているかという表れだ。これには自分でも驚く。

私が現代ギリシア語を勉強していたのは、もう6年ぐらい前のことになる。今でも、辞書を引けば何とか文の意味を取ることはできるけれど、会話もできないし、簡単な挨拶もだいぶ忘れてしまった。困ったけれど、付け焼刃はできないので、そのまま教会へ行った。

神父さんに会ったのは、2年ぶりだろうか。私の来訪を喜んでくださった。しかし、神父さんのギリシア語は聞き取れても、口からギリシア語が出てこない。とっさに出たのは、なんと英語! “Ναι.”と答えようとして、“Yes.”という言葉が口から出てきた。その間ギリシア語はほとんどやっていなかったのだ。

学会というのは、교부학회(教父学会)というキリスト教神学の学会で、そこで神父さんが「성 바실리오스의 수도운동(聖バシリオスの修道運動)」という題で発表したのだった。発表は、神父さんがギリシア語で話し、韓国人の요한さんが韓国語に通訳するという形で行った。内容はすばらしいもので、しかも実践的な価値もある話だった。通訳を通しての発表がいいのは、メモを取りやすいことだ。片方が話しているときは、メモをする立場では、空白の時間になるから、新しく発せられる言葉に悩ませられることなく、余裕を持ってメモをすることができる。

発表のあと、質疑応答の時間があった。そのとき、서울신학대학교の주승민教授という人が、なんと流暢なギリシア語で質問をした。だみ声だけれどよどみなく話されるそのギリシア語は、いやあ格好よかった。それを聞きながら、自分の不勉強を猛省した。

発表会に参加したのは、みなプロテスタント神学を専攻する人たちで、教父時代の神学を研究したり、それに関心を持っていたりする人たちだった。つまり、古典ギリシア語が読める人たちだ。韓国にはギリシア語が読める牧会者が驚くほど少ないのだけれど、ここに来た人たちは、例外だ。

学会については、まあ私の関心とは少し違うけれど、発表の内容は心に残ったし、ギリシア語に関しても、大いに刺激を受けた。

帰宅後、現代ギリシア語の入門書から、動詞だけをノートに抜き出した。ただし、抽象的な動詞は除いて、「食べる」とか「話す」というような、身近な動作を表す動詞だ。みんなもう知っている単語だけれど、すっかり錆び付いて、口から全然出てこなくなっているし、半分以上の動詞は活用すらおぼつかない。それらの動詞の錆取りをしようと思ったわけだ。

なぜ動詞かといえば、動詞は文の要だから、それがしっかりしていないと文が作れないのだ。逆に言えば、動詞さえしっかりすれば、名詞やその他の単語は、その周りに付けていけばいい。動詞がしっかりすれば、名詞だって覚え甲斐がある。

ところが、めぼしい動詞を書き出したところで、眠ってしまった。不勉強を猛省しておきながら、勉強を始めるや否や、眠気に襲われたのだ。
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by ijustat | 2009-11-15 01:39 | Greek

<알귀쉬운 아랍어 기초 문법>

アラビア語に手を付けてみて、それが思った以上に学習困難な言語だということを知った。その理由は複合的だ。

第一に、文字の体系が身近でない。文字の「形」ではない。「体系」だ。子音字だけで構成されていること、語頭形・語中形・語末形があることばかりか、語中にあっても、後ろに続く文字と続かない文字がある。だから、文字と音との結びつきに慣れるのに苦労する。また、同じ音素なのに先行する文字によって形が変わってしまうため、文法の規則性がなかなか見えないのも学習者泣かせだ。

第二に、発音が難しい。外国語なのだから、難しい発音があるのは当たり前なのだが、喉音が多いのが、滑らかな発音練習を困難にする。この発音の困難さが、文字の印象の薄さをさらにひどくしている。文字と発音は、語彙と文法の土台になるものだから、この困難さはアラビア語学習において致命的だ。

第三に、形態論が特殊だ。これだって、慣れの問題なのだけれど、人称変化で何度もノックアウトされながら、先週やっと規則動詞の過去形(完了形)と現在形(未完了形)を覚えるのに成功した。なんと1ヶ月もかかった。その理由は、上の2つの理由もあるけれど、さらに、過去形を先に覚え、次に現在形という、学習の順序としては信じがたい順番で提示されているのと、3つの人称に男女の区別があり、さらに単数・複数の他に双数というものまであって、それらを覚える順序も、3人称から覚えていくというのが、西洋語の文法学習に慣れた私たちとしては、衝撃的なことだ。

第四に、単語が覚えにくい。その理由は、文字と発音の困難さがある上に、音節の母音構造が似ていて、記憶の中で子音がどんどん入れ替わってしまうのだ。これは恐ろしい現象だ! このようにアラビア語の単語がなかなか覚えられないという現象を前にして私が考えたのは、自分は今まで母音を軸にして単語を覚えていたのではないかということだ。アラビア語は、子音が軸になっている上に、母音は /a/, /i/, /u/ の3種類しかない。取り付く島もない。

アラビア語を習得した人の話によると、そのような困難が何十種類も控えていて、その学習は大変な道のりだという。それをすんなりと学習できる人は、よほどの秀才か、よほど恵まれた環境で身に付けた人に違いない。

その上で、私の受けたアラビア語入門教育と、私が手にした教材は、さらに学習を困難なものにした。

まず、入門教育は悲惨だった。なだれのような新出事項に押されて、結局ほとんど身に付かないまま終わった。何かの本にそのようなことが書いてあったけれど、まったくその通りだった。もっとも、文字だけは何とか身に付いたからよかったけれど、それだけでは、子音字だけで書かれる通常のアラビア語テキストを音読すらできない。(교보문고に『한국어-아랍어 사전』があったけれど、開いてみたら、アラビア語には母音記号が付いていなかった!)

説明も、よくないことが多かった。子音の説明も、調音点を指摘してくれなかったので、CDで何度も聞いて確かめるまで、喉音の正確な調音点などについてはずっと不明だった。(母音は3つしかないので簡単だ。)また、文法の説明も、あまり詳しく教えてくれなかった。詳しく説明すると受講生が嫌がると思っていたようだ。

さらに、私が手に入れた教材は、会話中心で、やはり文法の説明が不足していた。それがどんな問題を起こすかというと、テキストに出てきた語形の単語は、その文脈での使い方しか分からず、人称を入れ替えたとき、どう使ったらいいか分からなくなってしまうのだ。覚えるだけで応用不可という例文を記憶しておくのは、非常に困難だ。

言葉の構造には、横の関係(syntagmatic relation)と縦の関係(paradigmatic relation)がある。横の関係とは、文の流れの中での前後の関係、縦の関係とは、第一に、ある文中の語と入れ替え可能な他の語群との関係、第二に、文中の語が他の文脈でどのように使えるかという関係だ。この縦の関係を表すのが、いわゆる文法と呼ばれている形態論だ。

会話中心の教材は、横の関係には強いけれど、縦の関係がおろそかになりやすい。だから、例文は理解できても、それを構成する各語の構造が理解できないので、中途半端な理解になってしまい、記憶しにくいし、なんとか記憶はできても、意味をおろそかにした記憶になってしまいやすい。意味がおろそかだと、せっかく例文を覚えても、しばらくするとすっかり忘れてしまう。もちろん、その逆も問題だ。極端な例で言えば、変化形の訓練だけで例文すらない教材は、その変化させた語が文中にどう置かれるかが分からないので、変化形は覚えても覚えても忘れてしまう。そういう教材は、たいてい形態論の部では例文なしで行き、そのあとでいきなり原文を読ませる。たとえば、『고트어』(한국외국어대학교 출판부)や『고대 교회 슬라브어』(한국외국어대학교 출판부)などがこれにあたり、日本で出たもので言えば、『新約聖書のギリシア語文法』(教友社)がそれに近いだろう。いい本だけれど、一人で学習するのは至難の業だ。

私のアラビア語学習の問題は、後者でなく、前者だった。つまり、縦の関係で躓いていたのだ。

それで、文法を中心に教えてくれる教材がどうしても必要になり、교보문고に行ってみた。そこで見つけたのが、この『알기쉬운 아랍어 기초 문법 (김종도 아랍어 시리즈 III)』(김종도著、명지출판사、2000。ISBN:9788931107456)だ。分量も適当(230ページ)で、分厚くもなく、かといって少なすぎもしない。分量が多すぎると説明が煩雑になって学習者を混乱させることがあるし、少な過ぎるものは、概して説明をはしょるため、難解になったり、時には学習者を路頭に迷わせることすらある。しかし、この本は、しっかりと説明してくれているけれど簡潔で、煩雑にもなっていない。

また、すべての例文にローマ字で読みが添えられている。アラビア語は母音記号がついていても読みが難しい。だから、文法を理解するところで読みにかかずらわっていると、肝心の文法が分からなくなってしまう。それに対し、この本では、文法説明の例文には、最初から最後まで読みがついていて、さらに、練習問題の前に提示されている語句にも読みがついている。これは、学習を大変容易にさせてくれる。

しかし、練習問題にはローマ字が添えられていない。これは、かえって都合がいい。文字に集中できるので、文字と意味との連合が容易になる。実によく考えられている。

文字と発音の課を読んでみると、アクセントの説明があった。実は、私の持っていた本や会話集には、アクセントについての説明がなかったのだ。アクセントがあることすら言及されていない。アラビア語には確かにアクセントがあるのだけれど、その規則がはっきりせず、読むときに困っていた。しかし、この本では、「영어처럼 중요시되는 것은 아니다」と但し書きをした上で、アクセントの規則が5項目にまとめられている。これはとても親切に感じられた。

まだ第1課「명사와 관사」しか読んでいないけれど、細かい点をはしょらずに、丁寧に説明しているので、とても分かりやすい。たしかに、会話中心の教材でここまで細かく説明すると、紙数がオーバーしてしまうだろう。学習書を作る難しさだ。その点、『알귀쉬운 아랍어 기초 문법』は紙数の制約に悩まされることなく、懇切丁寧に説明してくれている。

各課内の構成は、文法説明をしたあと単語を提示し、その単語で訳読練習をするという、純粋に伝統的な文法訳読式の形式を取っている。形態論の単純な言語では、会話中心に学習しても困難は感じないけれど、形態論が複雑で、なおかつそれまでに学んだことのある外国語とまったく違う外国語を学ぶときには、このような文法教材も必要だということを実感した。

もちろん、これだけではつまらない。何しろ練習問題の例文は、「公正な王」「そのパンは良い」「古い城」「その男は有名だ」「その少年は背が高いか」「新しい師はどこか」といった感じだ。重要な語彙が用いられているけれど、何しろ面白みがない。会話中心の学習書と一緒に読んで行かないと、退屈かもしれない。

とはいえ、この学習書はとてもよくできている。今後この本を読み進めていく過程で、どのような問題にぶつかるかは分からないけれど、初めの書き出しは、なかなかいい。
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by ijustat | 2009-11-14 23:55 | Language Learning

에스페란토문화원

厳密には書店とはいえないかもしれない。しかし、本を販売してはいるので、ここも書店に入れよう。

c0019613_163790.jpg数日前、숨어있는책で『에스페란토-한국어 대사전』を見つけてから、エスペラント語に対する興味が再燃した。それで、インターネットで韓国のエスペラント書籍販売サイトを探していたところ、この에스페란토문화원が見つかった。

エスペラント語というのは、けっこう関心はもたれているし、書店に行けば教材や辞書は簡単に手に入る。ところが、そのあとが問題で、何か面白い読み物が読みたいと思っても、本屋では手に入らないのだ。それでも一般書店で『エスペラント語文法』と『訓民正音』のエスペラント語版を手に入れたことはあったけれど、面白い読み物ではないこともあって、積ん読になってしまった。

会員登録をしようとしたら、外国人登録番号ではできなかったので、直接赴いて書籍を購入できないかというメールを出したら、返事が来た。木曜日(2009年11月12日)は午後3時から勤務しているという。メールをくれた人の名前は“이중기”となっていた。私はこの人のエスペラント語教本を持っている。簡単で実際的な、いい教材だ。サインをしてもらおうと思い、鞄に入れて家を出た。

에스페란토문화원がどんな場所だったかは、『新東亞』(2008.10)の記事に代りに述べてもらおう。

어느 6층 건물의 옥상. 엘리베이터가 없어 계단으로 올라갔더니 무더위 탓에 비지땀이 쏟아진다. 널찍한 공간과 푹신한 소파를 갖춘 여느 문화원과는 달리 자그마한 방 하나가 전부였다.(<만국공통어 에스페란토, 올해 노벨평화상 받을까> 고승철 기자)
記者は6階建てのビルと書いているけれど、5階建てビルの屋上に立てられたレンガ造りの建物の、せいぜい5坪程度の狭い部屋だった。私は、現代的なビルの一角で少なくとも30坪くらいの広さはあるだろうと想像していたので、あまりの小ささに、一瞬言葉を失いそうになった。院長の이중기先生から「누추하죠?」と言われたとき、どう返事をしたか、覚えていない。

しかし、その狭小な書斎兼書店は、魅力的な場所だった。書架にはエスペラント語で書かれた本が、数は多くないものの、ずらりと並んでいた。私はエスペラント語が自由に読めるわけではないので、話を聞いてもらいながら、本を選んでもらった。そして、昔からほしかった、エスペラント語の聖書と、エスペラント語をエスペラント語で説明した辞書を手に入れ、その他あまり難しくないという読み物も手に入れた。予算は50,000원だったけれど、かなりオーバーして、68,000원も使った。エスペラント語の書籍は専門書並みの値段だ。いかに売れない本かということが、値段からもわかる。エスペランティストなら、読まなくてもエスペラント語の本を買うべきだ。

今日買った本は、次の通り。

 BIBLIO, Kava-Pech刊, Freiburg (Germanio), 出版年月日不明(30,000원)
 Ilustrita Oficiala Radikaro Esperanta por Lernanto, Luiz Portella著, Eldonejo Pentuvio刊, Braziljo 2008(7,000원)
 Korea Antologio de Noveloj, Korea Esperanto-Asocio刊, Seulo 1999(15,000원)
 RATETO VOLAS EDZINIĜI, Ĉina Esperanto-Eldonejo刊, Pekino 1995(4,000원)
 NEĜULINO 백설 공주, 에스페란토 문화원, 書誌情報なし(2,000원)
 MAJA PLUVO, Julian Modest著, Fonto刊, Brazilo 1984(10,000원)

“BIBLIO”は聖書で、ずいぶん以前からほしかったもの。念願かなって手に入った。訳者は、旧約が Zamenhof、アポクリファは Gerrit Berveling、そして、新約は Brita Komitato で訳している。“Ilustrita ~”は、エス・エス小辞典で、収録語数は3000語ぐらい。その中になんと500もの挿絵が使われている。“Korea ~”は韓国代表短編小説選。その中で韓国にエスペラント語を本格的に伝えた김억の作品を이중기先生が訳している。“RATETO ~”は、中国の小話集。読みやすいという。“NEĜULINO”は、エスペラント語初期の翻訳物語で、その流麗な文体で有名な作品だという。最後の“MAJA PLUVO”は、エスペラント語で書かれたオリジナル小説で、Zamenhof の文体を生かしていることで定評があるそうだ。

直接訪れた甲斐あってか、いろいろといただきものをした。

まず、『新東亞』(2008.10)の記事「만국공통어 에스페란토, 올해 노벨평화상 받을까」をコピーしたもの。この記事は面白い。「2008년 노벨평화상 수상자는 누구일까. 여러 후보 가운데 세계에스페란토협회(UEA・Universala Esperanto-Asocio)가 유력시된다」という出だしで始まる。エスペラント協会は、残念ながら受賞しなかったけれども、이중기先生の話では、何度もその候補に挙がっているととのことだ。あのジョージ・ソロスがエスペランティストであるという次の逸話も興味深い。

소로스가 청년일 때 헝가리는 공산체제여서 해외여행 허가를 얻기가 어려웠다. 헝가리 정부는 세계에스페란토 대회에 참가하는 사람에겐 여행허가를 비교적 쉽게 내주었다. 소로스는 1946년 스위스에서 열린 대회에 참가했다가 영국으로 망명해 대학에 다녔다. 에스페란토가 그의 인생을 바꾼 셈이다.
それから、『国際語展望5』(<財>日本エスペラント学会、1984)。こんな古い貴重な本をいただいてもいいんですかと言うと、まだあるからという。帰ってから読んでみると、興味深い3つの発表論文を、エスペラント語と日本語の対訳で載せていた。

1編目の「入門教育学から見たエスペラントの価値」(ヘルマー・フランク、山川修一訳)では、エスペラント語をまず学んでから外国語を学ぶと、学習効果が高くなるということを、ハンガリーとドイツの中学校での実験で明らかにしている。特に、質疑応答の部分で「学習が順調な生徒よりも学習が困難な生徒にとって大きな助けになる」(19ページ)と述べているのは印象的だった。

2編目の「多言語国家・インドにおける語学教授の実際」(プロバル・ダシグプト、菊島和子訳)では、インドでは、「公式な場での使用のために英語を学ぶと同時に日常生活のためにはヒンディー語を受け入れるということへの動機づけが、大きくなってきている」(32ページ)と紹介している。ただ、両言語の将来について、「ヒンディー語は、実際に、英語の勢力をくつがえしてしまうでしょう」(34ページ)と言っていることについては、本当にそうなっているのだろうか。

3編目の「言語類型論と言語学の関係」(ダン・マクスウェル、後藤斉訳)では、「どの言語にしても学習の容易さは、その学習者が持つ予備知識に依存します」(42ページ)という一般的な意見とともに、「学習される言語と一般的な人間の能力との間の関係から見ることも必要です(同)と述べている。そして、「もし学習される言語の性質が、世界を代表する諸言語に全然見られないとしたならば、それは偶然によるものではなく、その性質が人間の能力の限界に近づいているのだと仮定できる」(43ページ)と指摘している。そして、困難さの例として、「英語には多くの場合、まったく異なる形を使って関係ある意味を表わす」(44ページ)ことがあり、「一つの意味を表わすのにいろいろな接尾辞を使う」(45ページ)ことに触れているのは、英語使用者の意見としては立派だ。ただ、マクスウェル氏は英語を学びやすい言語だと内心思っているように感じられる。

そのような、わりと刺激的な発表が3点紹介されているのだった。

それから、『Por mondpaco per Esperanto ESPERANTO』と表紙に書かれた、無地の分厚いノートもいただいた。縦175mm、横125mm、幅30mm。いつかエスペラント語で日記でも書こうか。

それから、이중기先生のエスペラント語教本をいただいた。実は、帰り際に、サインしてもらおうと思って持ってきた『인터넷 시대의 국제어 에스페란토 입문』(이중기著、삼지사、2001)を鞄から取り出すと、ほう、そんな昔の本を持っているんですか、それはもう古いから、新しいのを上げましょうといって、くださったのだ。書名は同じく『인터넷 시대의 국제어 에스페란토 입문』。2008年の改訂版で、出版元は에스페판토문화원となっている。一般書店では販売されていない。大学や個人で教えるのに使っているそうだ。

에스페란토문화원の所在地は、서울시 중구 충무로 2가 12-3 동북빌딩 601호。電話番号は02-777-5881。ウェブサイトはwww.esperanto.co.krまたは、www.esperanto.name(書籍)。1人で運営しておられるので、ウェブサイトに紹介されているメールアドレスで、連絡を取ってから訪問した方がいい。

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2009年11月13日。お礼にメールを送った。返信で誤用を直して下さったので、記念に掲載しておこう。ただ、間違いは直してあったけれど、今見直してみると、「追伸」に当たる言葉も入れ忘れているし、拙い繰り返しなどもそのままなので、文章としてはいまいちに違いない。

Mi dankas vin pro tio, ke vi donis tempon paroli kun mi.

La libreto kiun vi donis al mi estas interesa.
Kaj mi trovis ke via pli nova kursolibro estas pli bona ol via malnova kursolibro en desegno.
Mi tre dankas vin, kaj mi lernos la lingvon diligente, kaj fariĝos vera Esperantisto!

Sincere
Ozaki Tatsuji

Mi skribis pri hodiaŭa vizito sur mia blogo.
La adreso estas malsupre :
http://ijustat.exblog.jp/

Kaj la adreso de la artikolo estas malsupre :
http://ijustat.exblog.jp/12936855/

Mi volas ke iu, kiu legas ĝin, aĉetos librojn ĉe via retpaĝo.
※今日、先日교보문고で注文しておいた『エスペラント――異端の言語』(田中克彦著、岩波新書、2007)が届いたので、取りに行った。読んでみると、なかなか面白い内容だ。田中克彦は思い切ったことを書くので反対者も多いし、反対意見は正しいのだろうけれども、それでも私はこの人の書いたものが好きだ。
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by ijustat | 2009-11-12 20:55 | Bookshops

글벗서점

글벗서점は、신촌로터리方面から向かって右側、동교동삼거리の100メートルほど手前にある。2年ほど前、バスに乗っていたとき、そこに古本屋があるのを見つけたけれど、その後すっかり忘れていた。

c0019613_0464819.jpg今回(2009年11月5日)、古本屋巡礼を始めようと思い立ち、숨어있는책と온고당서점を見つけた。そのあと、아름다운가게を探したけれど、車からだと見つからなかった。それで、아름다운가게はあきらめて、もう1箇所行ってみようと思った。持ってきた地図帳には、신촌로の北側に、글벗서점、공씨책방、신촌헌책방が書き込んである。しかし、양화로から동교동삼거리で신촌로へ右折して、신촌장로교회の前でUターンすると、すぐに行き着くのは글벗서점だ。それで、글벗서점へ行くことにした。

店の前に車を止めると、中から主人と見られる50代くらいの女性が出てきて、そこに止めるとスティッカーを貼られますよと言われた。店の右脇の裏通りは6時から取り締まらないけれど、店の前の大通りは9時まで取り締まるということだった。裏通りは市で取り締まっていて、表通りは警察で取り締まっているという。そのときまだ5時だったけれど、裏通りに止めた。見ると、店の脇にも書棚があって、本がぎっしり詰まっていた。

店の中はとても広かった。三方は天井まで書棚が覆っていて、中央は高さ150センチほどの書棚が数列に並んでいる。入り口の右側に計算台があって、その前後は辞書や聖書などが並んでいた。皮製の聖書から出る匂いで、まるで鞄売り場のような雰囲気だった。

店内には客も多く、高校生もいた。そして、計算台の前は、選んだ本を会計してもらいに来る人が、ほとんど絶えなかった。店の中の活気ある雰囲気が、何だか景気のよかった90年代前半を彷彿とさせた。

歩きながら書棚を眺めていると、大型の本がたくさん目に付いた。そして、奥の書棚に日本の本が、数は多くないけれど、並んでいた。團伊玖磨の随筆集『パイプのけむり』シリーズが8冊あった。これは、あとで調べてみると、全27冊にもなるそうだ。よくそんなにたくさん書けたものだと驚くばかりだ。で、その8冊を買うことにした。1冊4,000원で、合計32,000원。

今日買ったのは、次の通り。

 『パイプのけむり』(團伊玖磨著、朝日新聞社、1965)
 『続パイプのけむり』(團伊玖磨著、朝日新聞社、1967)
 『続々パイプのけむり』(團伊玖磨著、朝日新聞社、1968)
 『又パイプのけむり』(團伊玖磨著、朝日新聞社、1969)
 『まだパイプのけむり』(團伊玖磨著、朝日新聞社、1972)
 『まだまだパイプのけむり』(團伊玖磨著、朝日新聞社、1973)
 『も一つパイプのけむり』(團伊玖磨著、朝日新聞社、1975)
 『なおなおパイプのけむり』(團伊玖磨著、朝日新聞社、1978)

支払いするときおばさんが、この本は値打ちがありそうなんだけど、情報がなくて安い値段しか付けられないと言っていた。まあ、安い値段を付けておいて正解だったようだ。むしろ、揃っていない本なのだから(5巻目と9巻目が抜けていて、11巻目以降もない)、1冊4,000원という値段は不当に高かったといえる。

支払いを済ませると、おばさんが、2階にも売り場があって、そこにも日本の本がありますよ、という。それで、買った本は保管しておいてもらい、2階に行ってみた。店を出てから建物の右側にあるビルの入り口から階段を上がると、踊り場の左側に2階の売り場の入り口があった。入ると右側に計算台があり、その後ろに古い本が並んでいた。そして正面の中央には応接セットがあり、その後ろに図書館のような書架が並んでいた。すごい古本屋だ。

見渡してみると、『李光洙全集』もあった。全部で何巻あるのか数えなかったけれど、韓国で個人の全集を見ることは、ほとんどない。だからこそ、전작주의という考え方が、特殊なものとして浮かび上がってくるのだと思う。

2階の売り場で店番をしていた40代くらいの女性に、この店はいつできたんですかと尋ねると、1階の売り場は4年前に始めて、2階の売り場は今年8月に、倉庫を開放したのだという。なるほど、ここは倉庫だったのか。それにしても、これだけ広い空間を贅沢に使えるのは、もしかしたら、この不動産は自分の持ち物なのかもしれない。

帰宅後、今日買った『パイプのけむり』を読んでみた。面白い内容もあるにはあるけれど、月並みな話が多いのには驚いた。1965年に出た最初の本だけれど、その当時はこのような話がもてはやされていたのか。何しろその年に読売文学賞という賞まで取っているのだから。

そういえば、ちょうど同じ頃韓国で出た『韓国随筆文学全集』(全5巻 国際文化社)も、錚々たる文化人が編纂したにもかかわらず、大部分は陳腐な話で占められていた。

そんな謎を解く鍵のような言葉が、本の帯にあった。帯には、「軽妙な筆致でえぐり出した現代世相の死角」と書いてあったのだ。なるほど、時代によって、人々が見ている部分と見ていない部分とがある。あれから45年たった今では、すでに陳腐になってしまった見方も、当時は考え付く人すら稀だった。それを言ってのけたものだから、読者たちは驚いたというわけだ。

ということは、團伊玖磨を鑑賞するためには、当時の雰囲気を知る必要があるわけだけれど、最初の随筆が発表された当時、私はまだ生まれていなかったし、本になって出たとき、まだ私は這い這いをしていた頃だった。自分の記憶からそれを理解したくても、まず無理なことだ。

このシリーズは27冊まで出たというから、それを読んでいけば、團伊玖磨の視点の変化から、世相の変化が見えてくるかもしれない。このシリーズは『さよならパイプのけむり』で終わっていて、それが2000年12月だ。なんと、このシリーズは35年間も続いていたわけだ。「パイプのけむり」シリーズについては、以下のサイトで調べることができる。

 http://t-webcity.com/~pipedan/

随筆には、今ならインターネットですぐに調べられることも、いずれ調べてみたいと書いてあり、もどかしく感じた。まあ、仕方のないことだ。書いている時代と、読んでいる時代が違うのだから。現在が情報基盤社会であることを、身にしみて感じさせられる。逆に言えば、今の文章作法では、一般的な知識について、いずれ調べてみるなんて書いてはいけないわけだ。案外そんなところに、この謎の答えがあるかもしれない。

글벗서점の所在地は、서울시 서대문구 창천동 503-13。電話番号は、02-333-1382。夜12時までやっているとのことだ。

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2009年11月28日、次男を連れて교보문고へ行ったとき、ついでに足を伸ばし、글벗서점へ立ち寄った。신촌로がとても込んでいて、교보を出たのは21時30分ごろだったけれど、글벗서점に着いたのは22時を過ぎていた。

主人のおばさんは、私のことを覚えていた。記憶力のいい人だ。

허웅の『언어학』はありますかと尋ねると、2階にあるという。今日は2階を店番する人が少し前に帰ったけれど、開けてあげるから見て来ますかと言われた。いや、今度にしますと答えたけれど、次男が漫画を見たいといい、漫画も2階にあるということで、結局一緒に2階へ行くことになった。おばさんから鍵を渡され、これで売場の錠前を開けなさい、電気のスイッチはどこそこにあります、と言われた。私は小さい頃から、こうやって見ず知らずの店で、主人に鍵を貸してもらったり、主人がしばらく店を空けている間、代りに店番をしたりすることが時々ある。

次男と一緒に薄暗い階段を上り、苦労して扉を開けたあと、また苦労して電気のスイッチを見つけた。そして、本を探した。広い店の中は、ひっそりと静まり返っていて、外の通りを行き交う車の音だけが聞こえている。他の客どころか、店員すらいない。そんな中で、ずいぶん長い時間、本を物色した。

次男は中央の応接セットに座り、漫画に読み耽っていた。見ると、「괴짜가족」という気色悪い漫画だ。くすくす笑いながら読んでいた。

허웅の『언어학』はすぐに見つかったけれど、開いてみたら、残念なことに、赤ペンで乱雑に書き込みがしてあった。もう少しきれいに書き込めばいいのにと思ったけれど、まあそれは持ち主の勝手だから仕方がない。2,000원とけっこう安かったけれど、買うのはやめにした。そして、他の本を物色した。

結局、選んだのは次の本。

 『金九自叙傳 白凡逸志』(金九著、白凡金九先生記念事業協會、1947。1968年7版再組版)
 『國語學論文集』(南廣祐著、一宇社、1962。初版本)
 『밤에쓴 人生論』(朴木月著、三中堂、1966。1967年重版)

これらは全部で15,000원だった。『白凡逸志』は、現在あちこちの出版社から出されているけれど、このテキストは김구(金九)の生存時に出されたもので、本人の序文が載っている。『國語學論文集』は、家にあるかなとも思ったけれど、買ってみたら、案の定あった。まあいいや、こっちが初版だから。それから『밤에쓴 人生論』は、韓国へ来る前に読んだことがあったような気がするけれど、この人の詩情あふれる文章をまた読みたくなって買った。

それにしても、タイトルが漢字だらけだ。こういうのは、今の韓国の若者にとっては読みにくいものだけれど、私にはかえって読みやすい。……と思って中身をもう一度見ると、中身も漢字だらけなのは『國語學論文集』だけで、あとの2冊は、一部の漢字語の後ろに括弧付きで漢字を入れている。

次男は、「ポケットモンスター」の韓国語版の中から、持っていないものを10冊選んだ。全部で10,000원だった。

鍵を返してお金を払っていたとき、高校生ぐらいの女の子たちが来て、探している漫画があると言った。でも、おばさんは、漫画は2階だけれど、今日はもう終わってしまったから明日来てね、と言っていた。

店を出たのは、23時30分過ぎ。アパートに着いたところで00時の時報が鳴った。

ところで、韓国の古い本は、あまりよくない紙を使っていることが多く、40年代後半から70年代までに出た本は、慎重な扱いが必要だ。『國語學論文集』は、良質の紙を使っているけれど、表紙が風化しかけている。『白凡逸志』は、縁がこげ茶色に変色している。それに、最初の数ページには、カーボンの粉のようなものが付いていた。これは消しゴムで気をつけながら擦り取った。『밤에쓴 人生論』は、右側の表紙が本体から外れていた。これはゴムボンドで修繕した。

本の修繕には、皮などを接着するのに使う黄色いゴムボンドがちょうどいい。乾いたあとも弾力性が保たれて、本が扱いやすい。以前、木工用ボンドを使ってみたことがあったけれど、あれはひどかった。乾いたあと、接着した部分が固まってしまい、本がちゃんと開かなくなってしまったのだ。ゴムボンドだったら、そんなことはないし、紙との相性もいいようで、修繕したあと特に気をつけて扱わなくても、またページが取れてしまうようなことは、あまりない。

こんな風に、古本によっては、汚れを落としたり、修繕したりする必要のあるものがある。

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2009年12月4日金曜日。次男と一緒に우리동네책방へ行ったあと、ここ글벗서점に来た。우리동네책방には小学校5年生の次男が楽しめる漫画本があまりなかったのだ。はじめ、今まで一度も行ったことのない공씨책방へ行ってみようと言ってみたけれど、공씨책방はどんな店か分からないので、글벗서점の方がいいという。

子供を先に降ろして車を店の脇に止めたあと、売り場へ行くと、おばさんが、息子さんは2階へ行きましたよと言った。それで、じゃあ1階の売り場を回ってから2階へ行きますと答え、1階の売り場で本の物色をした。国語学関係の書籍がある棚を見ると、허웅の『국어학』があった。それで、『언어학』もあるかなと思ったけれど、この間おばさんが1階にはないと言ったとおり、やはりなかった。

日本の本がある棚を見ると、面白そうな本が入っていた。そこで、次の2冊を選んだ。

 『英会話学校に行かない人ほど、うまくなる』(古市幸雄著、ダイヤモンド社、2006)
 『無理なく続けられる年収10倍アップ勉強法』(勝間和代著、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2007)

『英会話学校に行かない人ほど、うまくなる』は、私が語学教師で関心があることと、著者の古市幸雄氏が、『「1日30分」を続けなさい!』という本でいい印象を受けていたので、買うことにした。それから、『無理なく続けられる年収10倍アップ勉強法』は、勝間和代氏の代表作と聞いていたけれど、まだ読んだことがなかったので、買うことにした。蛍光ペンで汚く印を付けながら読んだあとがあるけれど、まあいいだろう。

で、値段を聞くと、10,000원という。うっひゃあ、高い! でも、まあいいか。

話しついでに、インターネットで강남にも글벗서점があるのを見たけれど、同じ店ですかと尋ねると、ソウルに글벗서점という名の店は数箇所あるのだそうだ。それらはうちとは関係ありません、ということだった。ああそうですか。じゃあ、ここに店を出す前は、どこにいらっしゃったんですか、と尋ねると、온고당서점だという。

驚いた。온고당って、あの홍대앞のですか、と聞くと、そうだという。今そこにいる人は、一緒に働いていた人で、自分たちがこちらへ移って来るときに、인수인계(引継ぎ)をしたのだという。

その2冊を買ってから、2階の売り場へ行った。2階では、おばさんのご主人が勘定台のところでテレビを見ていた。テレビのニュースが気を引いたので、見に行くと、せっかく休んでいたおじさんが、身を起こした。いや、横になっていてくださいと言ったけれど、やはり気になるらしかった。そして、この本見ますか、今日仕入れてきたんです、という。古いけれど、古書というほどではないという。

見ると、1929年に出た朝鮮農業何とかという難しい本を初め、50年代と60年代の本が中心になっていた。『言語學概論』(許雄著、正音社)もあった。この本は読んだことがあるけれど、お勧めの1冊だ。古い本だけれど、まるで一般向けの本のように興味深く読めるのだ。でも、持っている本を買うことはないので、別の本を選んだ。

 『人文科學資料叢書5 申在孝판소리全集』(申在孝撰著・姜漢永解題、人文科學研究所・延世大學校、1969)

これは、신재효(1812~1884)という劇歌作家の作品の肉筆本を、影印本で出したものだ。ただし、自筆ではないようで、いくつかの筆跡が見られる。筆写本だろうか。後ろに解題が付いている。

おじさんに値段を聞くと、20,000원だという。高いと文句を言ったら、おじさんはその何倍もの量の言葉で、この値段が妥当なことを主張した。この本に関しては、他に当たってみるということもできないし、この値段だったら買っても悪くないので、買うことにした。買うといったら、顔をほころばせた。

次男は、今回も「괴짜가족」を読みながら声を立てて笑っていた。おじさんが、そんなに面白いのかい、と言った。おじさんが次男にみかんをくれた。そうしたら「할아버지가 귤 주신데(おじいさんがみかんくれるんだって)」と私に言うので、おじさんが「할아버지라고? 아직 할아버지가 아니야!(おじいさんだって? まだおじいさんじゃないぞ)」と言った。

で、次男の買った漫画本と合わせ、合計22,000원。漫画本は値引きできても、私の選んだ本は値引きできないと言っていた。
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by ijustat | 2009-11-06 00:10 | Bookshops

온고당서점

2009年11月5日。숨어있는책を出てから裏通りを西へ進み、와우산길に出たら左折してまっすぐ行くと、홍익대학교正門前に至る直前の、通りの右側に、온고당서점はある。

外から見たとき、新刊書店かと思ったぐらい、きれいな店だ。店はガラス張りで、店頭に台を出してその上に本をきれいに並べている。

店に入ると、40代くらいの男性から、どんな本をお探しですか、と尋ねられた。この店の主人だ。インターネットで名前を見つけて探してきたんですけど、全体を見渡して、好きな本があったら買おうかと思ってと答えると、特に関心のある分野は何ですかと聞くので、言語学や文学などが主な関心分野ですと答えると、右の方の書架の奥にそれらの本があると教えてくれた。

棚を見舞わずと、それほどめぼしい本があるわけではないけれど、『눈뫼 허 웅 선생의 삶』(한글학회編、한글학회、2005)という本が目に付いた。私はずいぶん以前、『20세기 우리말 형태론』が出たとき、연세대학교に석좌교수として1年間来ていた허웅先生の授業を、登録もせずに聞いたことがある。その허웅先生の追悼文集だ。そこには、김계곤, 김승곤, 김차균, 고영근, 권재일, 김석득, 김슬옹, 남기심, 백봉자, 하치근など、67人の学者が追悼の文章を寄せている。

この店は、売り場が左と右に分かれていて、左側は高さ150センチぐらいの低い書架が2列並び、右側は天井までの書架が2列並んでいる。そして、3方の壁面を書架が覆っている。

右側の、2列の書架の間には、日本書籍と英書が並んでいた。日本書籍の半分は、童話などの子供用の本だった。店の左側は、ファッション雑誌やデザイン系の書籍が並んでいた。なるほどいかにも홍대입구前の本屋らしい品揃えだ。

ところが、主人の話を聞いて、驚いた。来店する客のほとんどは30代以上で、大学生はあまり来ないのだそうだ。でも、デザイン関係の本が多いから、学生が買い求めに来るのだろうと思ったのですけど、と答えると、美術関係の書籍を探しに来る客は、たいていは卒業生なのだと言っていた。

この店はまるで新刊書店のようにきれいな本ばかりが並んでいるし、陳列も見栄えよく整っているので、それを言うと、そのようにしなければ、お客は本を十分に見ることができないという。私は、뿌리서점によく行くけれど、あそこは本が雑然と山のようになっているというと、大変不機嫌そうに、あの店は本を1万冊所有していると広告を出して自慢しているけれど、あんなふうに積んでしまったら、奥にある本は見られないのだから、結局本がないも同然だと言った。

面白いことに、きれいに整頓されている古本屋ほど、뿌리서점のやり方を不快に思っている。そして、あれも一つのやり方とは考えない。とはいえ、きれいに整えたほうが本を探しやすいし、選びやすいことは確かだ。

先ほどの、허웅先生の追悼文集を、5,000원で買った。

それから、私は日本から来たのだけれど、韓国にいる間にソウルの古本屋を見て回りたいと思うようになったのだと言うと、日本の古本屋は特徴があるでしょうと言う。いえいえ、田舎の古本屋はどこもあまり特徴がありません、ただ、東京の神保町にある古書店街には、専門の古書を扱う特徴ある古本屋がたくさんあって、たいていの本は手に入りますと答えた。ちょっと月並みな返事だったかもしれない。

온고당서점の所在地は、서울시 마포구 서교동 343-7。電話番号は、02-332-9313。夜9時まで営業しているそうだ。
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by ijustat | 2009-11-05 21:54 | Bookshops

숨어있는책

今日(2009年11月5日)、やっとこの古本屋を探し出した。

c0019613_063073.jpgこの店は、『전작주의자의 꿈』(조희봉著、함께읽는책、2003)で紹介されているのを読んで、その後ずっと気になっていたのだけれど、今まで見つけられずにいた。それでも3年ほど前、一度신촌界隈を歩き回って探したことがある。でも、結局見つけられずじまいだった。なにしろ조희봉氏は住所も書いてくれず、ただこんな風に漠然とした記述をしていたのだ。

신촌역에서 나와 복잡한 거리를 한동안 걷다가 골목길로 들어서면 언제 그랬나 싶게 고즈넉한 길이 나오는데 그 골목 끝 구석에 이름처럼 <숨어있는책>이 있다. (전작주의자의 꿈, 257쪽)
つい最近まで、インターネットで検索しても、古本屋が所在する番地を見つけることもできなかったし、まして略図のようなものはなかった。そんなわけだから、私はぜんぜん見当違いな場所を探し回っていたのだった。

この店の由来について、조희봉氏は次のように紹介している。

미술 관련 출판사에 근무하던 젊은 주인이 부인과 함께 3년 전 엉뚱하게 헌책방을 열면서 처음에 자신의 개인서재를 그대로 털어서 내 놓았고 그 소문이 퍼지면서 헌책방 마니아들이 양손 가득, 수도 없이 책을 가지고 갔다는 헌책방계의 유명한 일화가 전해지는 곳이다. (256쪽)
そんな有名な古本屋ではあるけれど、名前の通り、どこにあるのか見つけるのに骨が折れる。インターネットに紹介されていた地図を見て、ソウル市内の精密地図に印をつけて行ったから見つけられたものの、そうでなければ1日中探し回っても見つからなかっただろう。

車を店の前に止めて入ると、店の中は静かな管弦楽曲が流れていた。

入り口の両脇に、辞書類が下から上まで並んでいた。学習辞典のようなものは半分にも満たず、英英辞典や露露辞典、フランス語、イタリア語、インドネシア語、ベトナム語など、韓国では一般人がほとんど興味を示さない言語の辞書が並んでいた。その中でも特に、ロシアで出た辞書がたくさんあった。

その他にも、人文書などが多く、ずっと見ていても飽きないくらいだ。ただ、조희봉氏の紹介する店の雰囲気とはずいぶん違っている。

<숨어있는책>에 들어서면 정말 헌책방인가 싶게 깨끗하게 정리된 서점 안에 형님이든 형수님이든 비슷한 모습으로 다소곳이 앉아 책을 손질하고 계신다. 살갑게 정을 표현하지 않아도 차를 권하는 조용한 목소리에서 따뜻한 마음이 고스란히 전해온다. (257쪽)
조희봉氏はそう書いているけれど、店内はごく普通の古本屋で、品揃えがいいということ以外は、目立った特長はない。奥さんと思われる人が店番をしていた。

他の客に、もう一つ売り場があることを話していた。それで、その客が出て行ったあと、どこにあるんですかと尋ねると、파주の출판단지内にあるという。最近進出したのだそうだ。でも파주はちょっと遠すぎる。

今回は、たくさんある珍しい辞書の中から、『에스페란토-한국어 대사전』(마영태編著、덕수출판사、1994)を買った。8,000원。緒言で「이 사전은, SAT 본부의 허락을 얻어 세계에서 가장 권위 있는 에스페란토-에스페란토 대사전(PIV: Plena Ilustrita Vortaro de Esperanto)의 채재와 내용에 준하여 편찬되었으며, 일반적인 단어는 물론 학술 용어, 신어(新語) 및 속담, 관용구 등을 최대한 수록하였다」(x쪽)と説明されている。用例が豊富で、人造語の辞書とは思えないくらい内容が豊かだ。誕生から100年ほどとはいえ、エスペラント語の歴史を感じさせる。

숨어있는책の所在地は、서울시 마포구 노고산동 56-43。電話番号は02-333-1041。

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2010年4月6日、火曜日。前回行ったとき、いろいろな外国語の辞書が置いてあったので、ひょっとしたらモンゴル語の辞書があるかもしれないと思い、行ってみた。

店に入ると、マーラーの管弦楽曲が静かに流れていた。交響曲のようだけれど、私が聞いたことのない曲だ。美しい。

今回は、主人と見られる男性が店番をしていた。芸術関連のインテリといった感じの雰囲気の人で、読書に没頭していた。

残念ながら、モンゴル語の辞書はなかった。キリル文字を使っているのはロシア語の辞書ばかりで、他にも「漢俄詞典」とあるのは、日本式に言えば「中露辞典」だ。ロシア語にも関心はあるけれど、いま学ぶ言葉ではないし、今月はお金もないので、必要以上の本を買うわけにはいかない。

主人のいる机からみて正面の本棚の一部が壁のようになっていた。そこに、地図が書いてある。見ると、최종규氏の『모든 책은 헌책이다』に出てくるソウルの古本屋地図だ。その上から鉛筆で新しくできた古本屋が書き込まれていたり、最初に書いたときにあった古本屋が店じまいしたり移転したりしたときは、そのことが書き込んである。面白いのは、地図の回りを埋めるように、いくつもの古本屋の名刺が貼ってある点だ。行ったことのある古本屋のものもあれば、行ったことのない店のもあるし、私の知らない古本屋の名刺も貼ってあった。その中に、이상한 나라의 헌책방の名刺もあった。숨어있는책の主人は、최종규氏とも親しいようだけれど、이사한 나라의 헌책방の主人윤성근氏とも親しい。しかし、この二人は面識がないばかりか、ぎこちない関係にある。

主人のいる椅子の後ろの、隣の部屋への入り口の上の棚に、古い本が並んでいた。それを見上げていると、『李朝國語史研究』という本が目に付いた。著者は劉昌惇(유창돈)。『李朝語辞典』で有名な人だ。1964年10月10日に発行された初版本で、宣明文化社という所から出されている。表紙を開くと、最初の遊び紙に「金鎮壽先生恵鑑 著者」と几帳面な美しい行書で献辞が書かれていて、その下に印鑑が押してある。当時としては良質の紙で印刷された本だけれど、惜しいかな、水を含んで本が多少ゆがみ、著者のサインも一部滲んでいる。

主人に、これはいくらですかと尋ねると、5,000원だという。ひょっとして2万ウォンとか言われたらどうしようと思っていたので、この値段はうれしかった。それで、これを買った。

主人に話しかけた。自分はこの店を、7年ほど前『전작주의자의 꿈』という本で読んで、신촌にあるというので探したけれど、ついに見つけられなかったと言った。すると、ちょっと気前悪そうに、まあ“숨어 있는 책”ですから、と答えた。まさにこの店は、この見つけにくいところにあるという点が、かえって特徴になっているのだ。ただ、さいわいなことに、去年この店の場所を地図上で示してくれるブログを見つけたので、すぐに訪問したのだ。

もう少し主人の話を聞けたらいいなあと思った矢先に、妻から電話が来た。私が12年前に書いた『회화식일본어 입문』(다락원)を取り寄せようとしたら、絶版になってしまっていたという話だった。妻は面倒くさそうな声で、ねえ早く帰ってきてよと言う。今度古本屋に行くときは、携帯電話の電源を切ってから店の中に入ろうと決心した。

主人はとても感じのいい人だった。営業時間を尋ねると、2時から10時までで、月曜日は休みだという。今度来たとき、もう少し話ができればと思う。
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by ijustat | 2009-11-05 20:27 | Bookshops