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낙락(樂樂)

この日は、最初は회덮밥(刺身と生野菜のビビンバ)が食べたかったのだけれど、入った일식집(日本料理屋)で案内されたのは、調理場の前のカウンター席。薄暗く、奥は生ビールのタンクや従業員の服などで雑然としていた。こんな席しかないんですかと聞くと、そうですというので、店を出た。

それで、やっぱり연희동の中華料理屋で炒飯でも食べようと思い、연희동の通りをずっと南下して行った。しかし、入ったことのない店を探しているうちに、そのまま연희동を通り過ぎてしまった。そして、연남동で目に入ったのが、この店。

c0019613_1432287.jpg연남동は、少し高級そうな店の並ぶ연희동とは一転して、庶民的な雰囲気の店が並んでいる。とはいえ、値段はそれほど違うわけではない。

例によって、삼선볶음밥(三鮮炒飯)を頼んだ。そのメニュー1つで店の何かが分かるわけではないのだけれど、それでもなんとなく分かるような気がする。値段は6,000원。それがこの界隈での相場らしい。

量は今まで연희동で食べたどの店よりも多かった。蝦もちゃんと入っている。いや、いっぱい入っていた。味もまあまあいける。ただ、ご飯が少し柔らかかった。日本の、ちょっと疲れたおやじさんがやっているラーメン屋の炒飯、といった味だ。짜장소스は別に器に入れられていて、片栗粉でとろみが付けられている。ついてきたスープは짬뽕수프だった。

この店も、従業員たちは中国語で話していた。それを聞きながら、ああいう話が聞き取れるようになったらいいなあと思った。

낙락の電話番号は、02-326-1671。所在地は、서울시 마포구 연남동 224-26 대웅빌딩 1층。
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by ijustat | 2009-10-29 14:43 | Restaurants

元祖 국수집

ソウルの郊外にある道路沿いの국수집(素麺屋)だ。

c0019613_13552110.jpgこの店は、화정にある명지병원(明知病院)に行った帰りにいつも通っていたのだが、いつもたくさんの客がいるので気になっていた。今日は、妻がそこで국수(素麺)を食べたいと言ったので、行ってみることにした。

現在この店は、道路沿いの本館が内装工事中で、奥まったところへ100メートルほど行った場所にある別館で営業していた。その一帯に似たような국수집が何軒かあって、入り口の当たりは車で混雑していた。私たちは、本館の駐車場に車を止めて、別館へ行った。

店に着くと、人がごった返していた。すごいお客の数だ。私たちは잔치국수を2人分注文した。なんと、1杯3,000원だという。お金を出すと、レシートもくれない。店内は従業員たちが忙しそうに往来している。

しばらくして出てきた국수を見て驚いた。すごい分量だ。初めは2人前かと思ったほどだ。でも店員が、すぐにもう1杯お持ちしますという。初めは聞き間違えたかと思った。しかし、まもなくもう1杯やってきたので、これで本当に1人前だということが分かった。味はそこそこに美味しいけれど、この量が感動的だ。

c0019613_14121272.jpgこの店は、잔치국수の他には、비빔국수しかやっていない。たった2種類のメニューで、どちらも3,000원だ。テーブルには잔치국수用の다대기(薬味)と、비빔국수用の초장(酢味噌:酢入りの唐辛子味噌)の他に、箸が置いてあるだけで、匙がない。妻が店員を呼んで「수저 주세요」と言うと、「수저 없어요」。器を両手で抱えてスープを飲んだ。

レシートをくれないので、店の電話番号や所在地が分からなかった。それで、店を出るとき「명함 같은 게 없어요?」と聞くと、「명함은 없어요」という。それで、インターネットで調べてみた。元祖 국수집の電話番号は、031-974-7228。所在地は、경기도 고양시 덕양구 행주내동 138-3
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by ijustat | 2009-10-29 14:14 | Restaurants

뿌리서점

私が最も頻繁に行く古本屋だ。2005年5月19日(木曜日)の夜遅くに偶然見つけ、それからこの店によく行くようになった。

c0019613_1624874.jpgこの古本屋は、용산駅付近の裏通りにあり、狭い入り口が1階にあるけれど、店の本体は地下にある。この写真はその地下にある店内だ。店内と呼ぶにはあまりにも雑然としていて、狭い階段を下りて初めてこの店の内部を見たとき、くまのプーさんが狭い木の穴から広くてはちみつがたっぷりある空洞に入り込んだような感動を覚えた。

特に、店の前の通りは、ほとんど何もないので、夜になると全体が薄暗く、뿌리서점の店頭だけが、明るく裸電球に照らされている。そんなところでよく商売が成り立つものだと不思議に感じるけれど、夜中の10時ごろまでは、来客が絶えない。

c0019613_1631461.jpg뿌리서점の特徴は、とにかく安いことだ。他の古本屋の半額ぐらいだろうか。安い本に関しては、他の古本屋と大差ないけれど、価値のある本も、高くは売らないので、そういうものの中に掘り出し物が時々ある。それでもおじさんは、高く売らない。薄利多売がスタンスらしい。

それでか、持って行った本も、他の古本屋よりもたくさん引き取ってくれる。今夜も、우리동네책방で売れ残った本を持っていって、ずいぶんたくさん買ってくれた。両方の古本屋で、手放そうと思った本の半分近くが売れた。残った本は、もうどこも引き取ってくれそうもないものばかりだ。

よく引き取ってくれるのだけれど、だからといってよく捌けているわけではない。倉庫にしまってある本が増えすぎて、時々파지상(古紙回収屋)に売っているのだという。最近は古紙の値段が10キログラム当たり800원ぐらいだから、只で渡しているのとあまり変わらない。もったいないけれど、古本を買おうとする人が減っているので、どうしようもないのだ。

c0019613_1641260.jpg뿌리서점のもう一つの特徴は、夜遅くまでやっていることだ。最近は午前2時ぐらいまでやっているという。2、3年前には、明け方4時ぐらいまでやっていた。でも、それでは健康に支障をきたす。それで、最近は少し早めに店を閉めるようにしているのだという。

さらに、主人のおじさんが独特だ。お喋り好きで、根拠もへったくれもない政治論や文化論、歴史論をかますので、最初は当惑した。他の客から誤解を正されたり、反論されたりしても、かまわず持論を熱く語るのだけれど、それがまたこの人の面白さになっている。そのうえ、お客さんにいつもインスタントコーヒーやジュースなどを出してくれる。こんな古本屋は、世界中でもそうめったにあるものではないだろう。

奥さんも感じのいい人で、主人がいないときには、奥さんがお客の相手をしている。夫婦そろっての気さくさが、お客をひきつけているようだ。(ただし、お客が持ってきた本の値踏みは、奥さんはやらない)

そういうわけでか、読書に関する本を読んでいると、교보문고ほど頻繁ではないけれど、뿌리서점がたまに登場してくる。つい最近も、『한국의 책쟁이들』(임종업著、청림출판、2009)の序章に、主人の言葉が引用されていた。

서울 용산의 헌책방 뿌리서점 주인은 말한다. 돈에 욕심을 냈더라면 빌딩을 여러 채 샀을 거라고. 그는 "국민의 이름으로" 책값을 눅인다. 그가 사람사는 세상에 얼마만큼의 보시를 했는지 헤아릴 수 없다. (10쪽)
たまたま鞄の中に本があったので、主人にこのページを見せると、おお、と言って喜びながらその箇所をじっと見ていた。そして、表紙で著者の名前を確かめ、この人は以前よく来てましたよ(이 양반은 한 때 자주 왔었어요.)と懐かしそうに言った。

뿌리서점の住所は、서울시 용산구 한강로3가 40-427 한국여성단체협회빌딩。電話番号は、02-797-4459。グーグルなどで「뿌리서점 용산」と入力して検索すれば、関連する記事がたくさん出てくる。

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2009年11月18日。청계천の古本屋を見に行ってきた話をしに立ち寄った。

初めは청계천の話だったのが、だんだん私が話が逸れていって、随筆の話になった。それは、私が書棚の奥から김형석の随筆集を引っ張り出してきたからだ。韓国で20年ぐらい前まで人気のあった随筆家に、김형석と안병욱がいる。どちらも哲学者で、大変な人気を誇っていたが、今ではもう古くなってしまったという。

私は안병욱氏の文章は、どうしても好きになれなかった。思索の細かい襞が感じられなくて、読んでいるとだんだん腹が立ってくるのだ。それに比べて、김형석氏の随筆は、物事や自分自身をじっと見詰めながら静かに考えをめぐらせている姿に、魅力を感じる。日本人好みの文章なのかもしれない。

私が好きな古い随筆家に、김태길氏もいるという話をすると、あの人も哲学者でしたよね(그 양반도 철학자였죠?)という。そういえばそうだ。韓国では随筆の上手な哲学者が多いらしい。김태길氏のエッセイは、そこはかとなくユーモアが感じられて親しみが持てる上に、発想に奇抜なところがあって、読んでいて面白い。

この日は、김형석の『金亨錫代表에세이集 : 하늘의 별처럼 들의 꽃처럼』(主婦生活社、1979)の初版本を買った。1,000원。後ろの見返しが破り取られている。何か、以前の持ち主にとって恥ずかしい言葉が書かれていたにちがいない。

店を出るとき、階段の途中に積み上げられている本の間に、カタカナで「リンガフォン」と書かれたビニールのケースが見えたので、取り出してもらった。見ると、韓国語コースで、中身は新品同様で、全然手を付けられていない。テープも透明のビニール袋に入ったままだ。しかも、1984年に出た初版本のようだ。いくらですかと聞くと、5,000원だというので、その場で買った。

帰ってから、ケースの下側に付いたコンクリートの粉を拭い落としながら、この教材の来歴についてあれこれ想像した。教材の奥付を見ると、연세대학교が開発に協力している。ということは、もしかしたら、これは開発協力をした연세대학교にリンガフォンが寄贈した教材の一つで、もらったはいいけれど使い道がないために事務室の床に放置されていたのを、事務室を引っ越すときに、いらないから持っていきなさいと責任者が部下の先生にあげ、その先生も家に持って帰って来たはいいけれど、使い道がなかったので何年か所持した末に、この뿌리서점に持ってきたのではないだろうか。

そんな話を私がしていると、妻は、よくそんなつまらないこと一生懸命考えられるわねえ、と呆れていた。

2009年12月3日に、そのリンガフォンの教材を少し調べてみた。箱の高さ228ミリ、幅323ミリ、厚さ85ミリの箱に入っていて、中身は本とカセットと発泡スチロール。本の厚さは18ミリ、カセットの台の厚さは13ミリ、そして、発泡スチロールの厚さが、なんと40ミリ! これは、もしかしたら教材史に残る底上げの例かもしれない。発泡スチロールさえなければ、韓国語コースの箱は、厚さ45ミリに抑えられたのに、残念ながら、こうやって無様に狭い家の空間を取っている。箱を捨てたくても、テープの処置ができないので、箱は捨てるに捨てられない。白水社の語学入門のようにシンプルな箱に入ればよかったのに。

教材自体は悪くない。自然な会話だし、無理なく修得できるような構成になっている。規則的な作りで、暗記しやすそうだ。解説の部分に学習の手順が示してあるのも、画期的だ。ただし、学習書が本文冊と解説書に分かれているのは不便だ。狭い机の上に2冊の本を広げるのも不便だし、あるいは2冊の本を取っかえ引っかえ見るというのも面倒だ。そうするよりは、テキストに解説をさしはさんで、上下2巻に分けた方が勉強しやすいだろう。

カセットは本文テープが4本で、それプラス「発音指導用テープ」が1本ある。本文テープの4本目を聞いてみた。今まで誰もビニールを開けていなくて、私が初めて封を切ることになった。1984年に作られたテープを、2009年に開封したわけだ。その間に四半世紀の歳月が流れている。

で、そのカセットを聴いてみると、声の美しいアナウンサーが、非常に正確な発音で会話を朗読している。あまりに正確すぎて、何の表情もない。妻が、気持ち悪いからそれ消して!と怒鳴った。たしかに、こんな調子で話す人がいたら、薄気味悪いだろう。それから、話す速度も少し遅すぎるようだ。4本目なのだから、もう少し速くしてもいいだろう。それから、これは四半世紀前に作られたのだから当然だけれど、聞き流していると、内容はいかにも80年代の様子を伝えるもので、「5원짜리 동전」や「버스토큰」が出てきたり、じゃが芋が한 근(600グラム)200원だったりして、聞く人を驚かせる。

今も同じテキストを売っているのだろうか。それは分からないけれど、カセット付きのリンガフォン韓国語コースの値段をインターネットで検索してみると、47040円 (税込)と出ている。私の考えでは、カセット1本につき2500円取ったとして、5本で1万2500円。テキストと解説書に3000円ずつ取ったとして、カセットとあわせて1万8500円。そして、ワークブックに1000円取ったとして、合計1万9500円。切りのいい値段にすれば2万円で、お得感のある値段にすれば、1万9800円だ。でも、同じ内容の教材を一般の出版社が開発した場合、たぶん1万円ぐらいしか取れないのではないだろうか。韓国で販売する場合は、たぶん5万ウォンがせいぜいと言ったところかもしれない。5万ウォンというのは、今のレートでは、4000円にもならない。

まあ、47040円出したい人は、出してください。高い値段というのも、自腹を切るならば、確かに学習効果を高める要素になるから。なんなら、10万円払ってもいいかも。

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2009年12月6日の夜遅く、自転車で뿌리서점に行った。今日は気温が下がっていたけれど、近いので自転車で行けばあまり寒さを感じないだろうと高を括ったのだった。しかし、家を出てみると、かなり寒かった。

今日行った目的は、長男が勉強するのに程よい英作文の教材を探すためだった。日本語では水谷信子教授の書いたいい本を持っているのだけれど、残念ながら、長男は日本語の本を読むのが苦手だ。それで、韓国の本を探すことにしたわけだ。

ずいぶん時間をかけて探したけれど、結局選んだのは、すごく古い教材で、長男には少し水準の高いものだった。

私が教材を選んでいるとき、主人はお客さんと韓国の歴史について声高に話していた。中国の東北地方で8千年前の金石文が発見され、そこに「조선」と書かれていたという。どこから仕入れてきた話なのだろうか。

大体本を選んだので、お金を払いに行くと、私も話の中に巻き込まれた。そして、ウラル・アルタイ語族の話になり、私も好き勝手な話をすることになった。あまりに適当なことを言ったので、ここに書くのははばかられるけれど、一緒にいたお客さんから、にこやかながらもかなり鋭い質問をされ、さらに適当な話の上塗りをした。その人と挨拶を交わした。마상영氏という。

その人が帰ったあと、마という苗字は珍しいという話になった。もう一人お客さんがいたけれど、どちらも마という苗字の有名人は마광수教授しか思い浮かばなかった。私が韓国の代表的なエスペランティストに마영태という人がいると言ったけれど、あまり関心を示さなかった。

そのお客さんも帰ったあと、마광수教授についての話になった。たいていの人にとって마광수と言えば作家だけれど、私にはあの人は学者だ。私は文学が専攻ではないし、あの人の授業を取ったこともないけれど、あの人の短い論文は読んだことがある。それは迫力のあるものだった。

主人が、韓国では日本の官能小説家で도미시마 다케오という人が有名だと言った。私はその人を知らなかった。それで、あとで調べると約束した。(帰ってから調べると、けっこう有名な人だということが分かった。日本語では「富島健夫」と書くことも分かった。)

主人の話を聞きながら、김태길のエッセイ集が2冊あるのを見つけ、手に取った。漢字で「金泰吉」と書いてあった。漢字の名前を見るのは初めてだ。

今日買ったのは、次の5冊。全部で13,000원。

『英作文研究』(孔貞浩著、受験社、1965。初版本)
『행정용어순화편람 1992』(총무처 능률국 사무개선과編、대한민국정부 정간위、1992)
『韓國文學史』(張德順著、同和文化社、1975。1993年9版)
『金泰吉 신작에세이 껍데기와 알맹이』(金泰吉著、철학과 현실사、1988。1991年重版)
『金泰吉 장편에세이 흐르지않는 세월』(金泰吉著、철학과 현실사、1988。初版本)
先日대오서점という古本屋に行ってきたという話をした。そして、その店について話をすると、へえ、そんな古本屋があったのかと驚いていた。有名だとは言うけれど、우리동네책방でも뿌리서점でも대오서점のことを知らないということは、古本屋の仲間では知られていないのかもしれない。

代りに、통문관(通文館)という인사동にある古本屋のことを教えてくれた。教えてくれたというより、私が통문관を知らないことを知って驚いていた。この古本屋は、普通の古本屋ではなく、고서점(古書店)で、初代店主は이겸노(李謙魯:1909~2006)という“書誌学者”だったそうだ。뿌리서점の主人は、중간상인をしていた1970年代、古書を手に入れたら이겸노翁のところへ行ったということだった。彼は이겸노翁を「헌책방의 대부」または「헌책방의 원로」と呼び、心から尊敬している。

통문관には、いつ行っても日本人の客がいたという。70年代の当時は、主人の話では日本の国力が強く、日本人の客は古書をたくさん買って行ったということだった。それだけ信頼されていたわけだ。

帰宅後もう少し調べてみた。すると、2006年10月16日付けの조선일보コラム「만물상」で이겸노翁の逝去を扱っていた。そこには翁の経歴が紹介されていて、「1934년 통문관 전신인 금항당(金港堂)을 연 이래 70년 넘게 서점을 꾸려 온 우리 고서의 산 증인이다」ということだった。それだけではない。そこに来る客も錚々たる人々だ。

고전문학과 역사를 공부하는 학자치고 통문관 문턱을 넘나들지 않은 이가 드물었다. 국어학자 이희승, 미술사학자 고유섭, 국립박물관장 최순우 들이 단골이었고, 이승만 대통령도 가끔씩 책 구경하러 들렀다.
http://news.chosun.com/site/data/html_dir/2006/10/16/2006101660527.html
そういう華やかな交流だけでなく、「그는 “아이든 어른이든 속이지 않는다. 값을 두 번 말하지 않는다”는 원칙으로 신용을 쌓았다」という正直な態度からも、その人柄の立派さが分かる。そして、「월인석보와 월인천강지곡 같은 보물이 그를 통해 세상에 나왔다」という実績。なるほど、뿌리서점の主人が尊敬するわけだ。このコラムを書いた김기철 · 논설위원も、「말초적 볼거리만 좇는 얄팍한 세상이라 ‘인사동 대감’의 빈 자리가 더욱 크게 느껴질 것 같다」と結び、その存在感ある人物の死を惜しんでいる。

이겸노翁が1988年に出した「通文館 책방비화」(民學會)という本がある。ぜひ手に入れて読んでみたいと思い、調べてみたけれど、難しそうだ。現在絶版で、古本のサイトでも品切れなのだ。代りに、この人の『문방사우(빛깔있는 책들 22)』(이겸노著、대원사、1989)という本がまだ出ているのを見つけ、교보문고のサイトで購入した。

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c0019613_044233.jpg2009年12月13日。夜中に立ち寄った。この日は、語学書の棚で、ちょっとおぞましいものを発見した。その名も「あたらしいにはんごのかいわ」。書誌情報はここに明かさない。というより、驚きのあまり、本の中身を見るのも忘れてしまった。

主人が売り場に下りてきてから、헌책방 오거서に行って来た話をした。主人も헌책방 오거서のことはよく知っていたけれど、홍익대학교の近くにあるという、大変古い知識だった。その後2000年には상수동に移り、現在は망원동にあるということは、知らなかった。

私が、その古本屋は質の高い本だけを売っていたという話をすると、そのような古本屋が他にもあることを教えてくれた。その一つは호산방(壺山房)。この店は、安売りがモットーだった韓国の古本文化の中でただ一人、本の価値を見極めた上で、高価買入と高価販売を掲げて有名になったという。

それからもう一つは、연신내にある문화당。そこも質の高い本を扱っているという。

それから、노량진にある책방 진호に行ってみたかと聞かれた。名前は知っているけれど、まだ行っていないと答えると、そこの主人も本の価値を知っていて、特に日本の本を見極める目に優れていると言っていた。

この間紹介してくれた통문관には行ってみたかと聞かれた。正直に、まだですと答えた。インターネットで調べたらホームページがあり、そこで扱っている本を見ると、なんと百万ウォンを超える本がずらりと並んでいたという話をすると、そうか、最近は高い値段で売るんだなあと言った。そして、たぶんインターネットに出していない本も行けばたくさんあると思いますよ、と付け加えた。

私が、통문관の主人が書いた『통문관 책방비화』は現在絶版で、古本サイトでも品切れになっていると言うと、もしよかったら、10日間ぐらい貸しましょうかと言われた。しかし、私は自分が人に本を貸すことを極度に嫌うので、人が本を貸してくれると言うと、その勇気に気圧されてしまう。恐れ多くて、とても「貸してください」とは言えないのだ。それで、その本は自分で探すつもりですけれど、どうしても見つからなかったら、そのときは読ませてくださいと答えた。

話はそこから최종규記者の内容に移った。インターネットで読める최종규記者の記事を読んでいくと、記者は뿌리서점を気に入っているようだ。뿌리서점の主人も、최종규記者が自分の店を紹介してくれることを大変感謝していて、立派な人物であるとほめていた。そして、今日もらったといって、최종규記者がサイン入りで置いていった本3冊を見せてくれた。書名は、『말은 삶이다』と『생각하는 글쓰기』と『책홀림길에서』。コンパクトなサイズだ。帰宅後調べてみたら、それらの本は非売品らしい。ただし、1冊は알라딘で扱っていた。

최종규記者が2004年に出した『모든 책은 헌책이다』は、今では品切れになっていて、手に入れにくい。私は実は今日の夕方、알라딘で扱っていることを知り、その場で注文した。そのことを話すと、そうかと言って、少しさびしそうな表情になった。この本がそうやって消えかけていることを、残念がっているようだった。

今日は、本当は何も買わないつもりだったのだけれど、次の2冊を見つけて買った。

『國文學大系 春香傳』(李家源注釈、正音社、1968。初版本)
『존대법의 연구』(서정수著、한신문화사、1984。初版本)
合計8,000원。この安さが、뿌리서점の魅力だ。

(『존대법의 연구』は、家に帰って本棚を見ると、新しい版のものが家にあった。そのうえ、この初版本は、一箇所が切り抜かれていた。それで、切り抜かれた部分を白紙で塞ぎ、その紙の両面に、新しい版を見ながら、抜けている部分を書き加えた。けっこう面倒な作業だったけれど、これで一応ちゃんと読める本に戻った。)

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2009年12月27日。本格的な雪が降った。今日は午後대치동で用事があったけれど、雪で車道まで白く覆われていたので、車を使わずバスと地下鉄で移動した。その帰り、신용산駅で降りたついでに뿌리서점に寄った。

おじさんが、同じ建物の自分の店でない場所の雪掻きをしていた。そこまで雪掻きするんですかと聞くと、あとで凍ると危ないからと答えた。

今夜は、入り口の左にある雛壇のような階段に本は陳列されていなかった。しかし、今日入手したと思われる本が、端の方に数冊だけ積んであった。その一番下に、『가게・물건・상호 상품 이름 연구』という変わったタイトルがあるのが目に入った。何だろうと思ってよく見ると、「국어 순화와 말글 정책을 위하여」という副題が付いていた。これは言語政策についての研究書だ。その本を手に取って、階段を降りた。店内にはお客さんがけっこうたくさんいた。

しばらくしておじさんが降りてきたので、先日공씨책방と신촌헌책방へ行った話をした。おじさんは신촌헌책방という店があることを知らなかった。まあ、知らなくていい店かもしれない。本は多くても、わりと短命な古本屋だった。

それから、ひとしきり호산방の話で盛り上がった。私は호산방には行ったことがなく、店主の書いた『古書 이야기』(박대헌著、열화당、2008)を読んでいるだけなので、詳しい来歴などについてはよく分からないけれど、この人の文章は目から鼻へ抜けるように明晰で、しかも読者を夢中にさせるような面白さがある。本の内容を思い出しながら뿌리서점の主人の話を聞くと、なかなか面白い。

私は、호산방の主人が私より少しだけ年上かと思い込んでいたけれど、考えてみれば、53年生まれなのだから、56歳だ。若いのにずいぶん淡々と重みある文章を書くと思っていたけれど、年齢相応の文体だったようだ。

おじさんが夢中で話をしているとき、お客の一人が本を持ってきて、会計してもらおうと差し出した。しかし、おじさんは話をやめない。そのお客も心得ているらしく、片手で本を差し出したまま苦笑いしていた。私が、お客が本を会計しに来た、と再三手振りで知らせると、やっとお客の方に振り向いた。これでも文句を言う人が(たぶん)いないのは、おじさんが人情深く、お客には必ずコーヒーを振る舞い、本の値段も安くしてくれるからに違いない。

今日も新しい古本屋の知識を得た。동묘にキリスト教書籍を中心とする、경안서점という店があるという。そこの主人は本のことをよく知っている人だと言っていた。帰宅後調べてみると、正しい名前は경안서림で、現在は청량리にあることが分かった。2006年5月18日の「헌책방 순례」ではすでに청량리にあったから、おじさんが言った동묘というのは、たぶんそれ以前のことなのだろう。

今日は、次の本を買った。

『가게・물건・상호 상품 이름 연구―국어 순화와 말글 정책을 위하여―』(김윤학・김지권・안유풍・박정숙著、과학사、1988。初版本)
ところで、뿌리서점の主人の名前は김재욱氏。年齢は63歳。年よりも若く見える。1974年に원효3가で古本屋を始め、その後何度か場所を変えながら現在に至っている。
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by ijustat | 2009-10-28 02:40 | Bookshops

교보문고(敎保文庫)

古本屋ではないけれど、私がよく行く本屋に교보문고がある。

この店はおそらく韓国で最大の本屋で、私が行く광화문の本店だけでなく、ソウル市内にも数箇所支店があり、全国に支店網が広がっている。オンラインとオフラインを通じ、日本で最大の本屋といったら、たぶんアマゾンと紀伊国屋だろうけれど、韓国では알라딘と교보문고と言ったらいいだろうか。알라딘はオンライン専門で、교보문고はオンラインとオフラインのどちらも扱っている。

교보문고は本屋の代表格で、新聞社などでは、どのような本がよく売れているかという調査を自分たちではせず、たいていは、교보문고の販売統計を利用しているようだ。出版界の動向などに関する話題になると、良くも悪くも교보문고が登場する。

だから、奇妙なのは、교보문고で買った本が교보문고に言及していることがとても多く、私が教材などを書くために資料を교보문고で買い、その教材は교보문고にも並ぶ。もしかしたら、有名な著者たちも、교보문고で本を買っているかもしれない。もしかしたら、何度もすれ違ったことがあるかもしれない。

そう思うと、何だかずいぶん狭い世界に住んでいるような気がする。なにしろ、自分が今いる場所から半径10キロメートル以内が舞台になる本ばかり読んでいるのだから。たとえば、京都の人たちは、古典文学を読むとき慣れ親しんだ地名が出てきて理解しやすい、という話を聞いたことがある。もちろん、古文が読めればの話だけれど、関東地方の人間には、古文は読めても地名は地図で確認するしかないのだから、その地名はぜんぜん生き生きと伝わってこない。しかし、ソウルに住んでソウルで書かれた本を読んでいると、出てくる地名は親しみを持って伝わってくる。

c0019613_20445151.jpg実際に、作家に会うこともある。漫画家の이현세のサイン会を見たし、ベルナール・ベルベルのサイン会も見た。でも、私はあまりサイン会に関心があるわけではないので、その列に並んだことはなかった。でも、先週の土曜日(2009年10月24日)、たまたま조정래のサイン会があるのを通りがかりに見かけた。

조정래は、韓国を代表する作家の一人だけれど、私は重い文学があまり肌に合わないのと、作家の作品は大作ばかりでとうてい読みきれそうにないのとで、手を出したこともなかった。しかし、そのサイン会は、『황홀한 글감옥』(참언론 시사IN북, 2009)というエッセイ集の出版を記念するもので、それは単行本だった。そこで、本を買ってサインをもらいたいという気が起こった。

手前のテーブルに並べてあった本を手に取り、作家の傍に立っていたお弟子さんらしき人に、今、会計してきますから、私もサインをもらいたいですというと、サイン会はもうすぐ終わってしまうから、まずサインをもらってから会計してくださいという。そうすることにした。

c0019613_205220100.jpgサインをしてもらうとき、まず名前を付箋に書く。私が書くのでなく、担当の人が書いてくれて、本に貼って待つ。私の順番になったとき、その人が、こちらは日本の方です(이 분은 일본분이에요)と言った。ほう、という表情でこちらを見上げたので、私がこの本を読んだら조정래先生は私の韓国語の先生になります(제가 이 책을 읽으면 조정래 선생님은 제 한국어 선생님이 됩니다)と、愛想めいたことを言いながら、サインしてもらうために本を渡した。

サインをもらってから、一緒に写真を撮った。撮影してくれたのは、김완일氏(だから、この2枚の写真の著作権は、김완일氏にある)。こうやって並んで撮られた写真を見ると、何だか顔がよく似ている。眉毛の辺りとか、目つきとか……。何だか奇妙な気分だ。

교보문고は、ある種の韓国文化の中心になっていて、連日大勢の来客があり、特に週末や休日は、店内はお祭りのようにごった返している。それを見ていたら、韓国人は本好きな人々だと誤解をしかねない。でも、私の推測では、교보문고に来る人たちはごく一部の本好きたちだ。実際には、韓国の本屋は苦戦を強いられているという話をよく聞く。その苦戦をさらに悪化させているのも、교보문고など大型書店の進出だという。私はそれに一役買っているというわけか。そういうわけで、一般の本屋には申し訳ないのだけれど、どういうわけか私のほしがる本は、半分以上が大型書店にしかないのだ。

교보문고のURLは、www.kyobobook.co.kr
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by ijustat | 2009-10-26 20:56 | Bookshops

이화원(梨花苑)

この店は、先日行った진보の隣にある。ここも初めて入ってみた。

c0019613_1912574.jpg연희동の多くの店がそうだけれど、店の周辺には狭い駐車空間があって、駐車管理人が車を止めてくれる。この店もそうだった。

階段を上って扉を開け、店に入ると、右側にカウンターがあって、主人と見られる30ぐらいのハンサムな男性が、なにやら計算をしていた。私が入ってきた気配に気づき、ちらりとこちらを見た。一人です(혼잔데요)と言うと、あちらへどうぞ(이쪽으로 가세요)と、ほとんど私を見ないで奥の方を指差した。なんと愛想のない店だろう。

c0019613_19234928.jpg奥へ行くと、そこは狭い部屋だった。一人で来た客に個室をあてがうので、少々当惑した。何だか適当に部屋へ放り込まれたという感じだ。とはいえ、テーブルも椅子も年季が入っていて、なかなか落ち着いたいい感じだ。窓の外の緑も美しい。注文をとりに来た女子店員に、この店は雰囲気がいいですねえと言うと、部屋によって雰囲気が違うんですよ(방마다 분위기가 달라요)という。

삼선볶음밥(什綿炒飯)を頼んだ。炒飯が食べたかったし、美味しい炒飯の店を探すのも意味あることと思ったのだ。

注文したあと本を読んでいると、炒飯が運ばれてきた。食べてみると、ご飯は硬めで炒めた香ばしさがある。添えられている짜장소스も美味しい。さらに、玉子スープもとても美味しかった。これは、韓国で今まで食べた中で、いちばん美味しい炒飯だ。

先日の진보で、夕べ炒飯を食べてみた。あそこの炒飯も美味しかった。十分に満足できる味だった。でも、이화원の炒飯は、さらに美味しかった。スープまでちょっとした感動を覚える味わいだった。

先ほどのカウンターで勘定を払うとき、主人の背後に家族の写真が飾られているのを見た。ものすごく古いものまである。100年ぐらいはたっているだろうか。そして、見るとずいぶん古くから中華料理屋をやっているようだった。

この店はずいぶん古い店みたいですねえ、と言うと、ええ、まあ昔からやってますよ、と愛想のない返事。

이화원の所在地は、서울시 서대문구 연희1동 189-8。電話番号は、02-334-1888と02-334-8770。もらった名刺に「맛과 정성이 특별한 집」と書いてあった。それには同意する。でも、名刺の裏に「이화원은 가까운 곳에 있습니다.」と書いてあるのは、意味不明だ。

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2009年11月4日。同僚の先生たちと一緒にこの店を訪れた。先生たちは肉絲麵(ròusīmiàn)を頼み、私は蜊子炒馬麺(lízi chăomămiàn)を頼んだ。店の人が、それぞれ少しずつ取り分けて、みんなが両方の味を見られるようにしてくれた。食べてみて、蜊子炒馬麺もとても美味しかったのだけれど、肉絲麵の美味しさは、すばらしかった。
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by ijustat | 2009-10-26 19:34 | Restaurants

우리동네책방

日本に住んでいる人には役に立たない話かもしれないけれど、ソウルの古本屋のことを書いてみようかと思う。

c0019613_19333442.jpgその第1弾は、우리동네책방。この店には初めて行った。自宅から学校へ通勤するとき、通り過ぎるところにある。양화대교の北端から신촌の方へ向かい、동교동삼거리の直前の右手に、去年頃だったか、忽然と現れた。大通りのあまり広くない歩道に面している。

しかし、私は特にこの古本屋に関心を持たなかった。なぜなら、この店が大通りに面していて車が止められなかったし、交差点の間近にあるため、行きは左の車線に寄せてしまって店に近づけず、帰りは동교동삼거리から신촌로터리の方へ曲がってしまうために、この店が視界に入ってこないからだ。

それだけではない。この古本屋は、看板に「책(本)」と大きく書いてあるけれど、肝心の店名は、いちばん下の左寄りのところに、小さな緑色の字で書いてあるだけなのだ。右下の写真では、字が小さすぎてどこに店名があるのかすら分からない。その店名だって、「우리동네책방(うちの町内の本屋)」だ。これでは名前という感じがしない。私はこの店を訪問するまで、「우리동네책방」が店名だということに気づかなかった。そういう印象の薄い店は、私の経験では、中古の学習参考書ばかり溢れ返っていることが多い。

c0019613_2032160.jpgしかし、ちょうど1週間前(2009年10月14日水曜日)の夕方、妻があの古本屋に寄ってみたいという。私が目をつけないところに、妻は目をつける。そこで、その店のある区域の裏通りに車を止めて、行ってみた。

店内に入ってみると、初め予測していたのとは違い、結構いい本があった。“揃っている”とまでは言えないまでも、多少珍しい本もいくつかあった。たとえば、中国語の逆引き辞典。字母の配列は普通の中国語辞典で、その字母を用いる熟語が逆引きになっている。結局買わなかったけれど、そういう面白い本も入ってくる店だというわけだ。

もっとも、古本屋の紹介に、これこれこういう本があると書くのは、道順を教えるときに、住宅街をまっすぐ行くと、道路に白のデボネアが止めてあって、ボンネットの上でニャジラが日向ぼっこをしていたけれど、その手前の路地を左に入る、なんて説明するようなものだ。そんなものを目印にしたら、目的地に辿り着けないだろう。우리동네책방に行ったのは、もう1週間も前の話だ。私が見つけた本を目当てに行けば、そんな本ないじゃないか、とういことになるだろう。

店内は、比較的書棚をきちんと整えていた。書架は二重になっていて、手前の書架にはレールが付いている。いいなあ。私もこんな書架が自分の家に持てたらと思う。もっとも、전세住まいでは無理な話だけれど。

店の主人と少し話をした。歳は40前後といったところか。元気そうに日焼けしていて、スポーツ好きといった感じだ。活動的な読書家といったタイプだろうか。以前は서강대교付近で店を出していたという。そこに比べてここは本がよく売れますかと聞くと、まあそうだと答えていた。

本はわりときれいに並んでいる。これを全部自分で整理しているんですかと尋ねると、大体自分でやるけれど、妻にも手伝ってもらっていますという。それに、ちゃんと整理しているわけではないという。大体大雑把に、似たような内容の本を近くに集めているだけだということだった。本は店舗内だけでなく、倉庫にもあると言っていた。

私が、実は車の中に古本屋に売りたい本があるんですけど、店にある本を見ると、引き取ってもらえそうなものはなさそうですねえと言うと、いいから持ってきてみてください、車は店の前に止めればいいから、という。そこで、車を店の前まで持ってきた。そして、段ボール箱2つに入っていた本を見せたけれど、しばらく検討した後、いやあ全部ダメですねえ(살 책이 없네요.)と、苦笑いした。

それでも、戦前に日本の春秋社から出た思想書5冊を買ってくれた。それで3,000원もらった。たぶん、初めて来たお客ということで、サービスしてくれたに違いない。なぜなら、ダンボールに入っていたのは、その前に2つの古本屋を回って引き取ってくれた本の残りだったのだ。そこに古本屋の触手を動かすようなものは、もうあるはずがなかった。

妻はこの店で、堀辰雄の『風立ちぬ・美しい村』(新潮文庫)を選んだ。1,000원だった。本を売って得た3,000원から払った。

우리동네책방の所在地は、서울시 마포구 동교동 173-14 대영빌딩 1층。동교동삼거리の、홍익대학교側の角にある(名刺には、「2호선 홍대전철 4번출구」と説明されている。そうそう、名刺をもらって初めて、「우리동네책방」が店名だということに気づいた)。電話番号は、02-326-1187。携帯は019-699-9499。

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2009年10月27日に、家にある本のなかから処分する本を持って行った。主人は慎重に本を選び、10冊近い本を抜きだして、5,000원くれた。

それから、いい本が出たら連絡してくださいよ(좋은 책이 나오면 연락 주세요)と言うので、それは難しいと答えた。なぜなら、自分の書棚の本のなかから、自分にとって比較的価値の低い本を選んでは処分しているので、それが“いい本”である可能性はもともと低いからだ。すると、それでもこうやって引き取った本があるじゃないですか、と言われた。たしかにそうなのだけれど……。

ところで、件の中国語の逆引き辞書、まだあるかと思って見てみると、あった。中国語の辞書は、なかなか捌けないのだそうだ。そういうわけで、私が持ってきた中国の小学生用の字典は引き取ってもらえなかった。逆引き辞書の値段を尋ねると、7,000원だけれど、5,000원にしましょうという。それで、本を売ってもらった代金でその逆引き辞書を買った。

書名は『倒序現代漢語詞典』(中国社会科学院語言研究所詞典編輯室編、商務院書館、1986)。表紙が折れていたけれど、隙間に接着剤を流し込んで固定しておいたら、きれいになった。

というわけで、その逆引き辞書は、もう우리동네책방にはない。

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2009年11月3日、夜の授業が終わってから、ぶらりと本を物色しに行った。ちょうど、学生からもらったペットボトルのお茶があったので、主人にあげた。最初は遠慮したけれど、学生からもらったものだから、遠慮しないでくださいと言うと、それではと言って、受け取った。

今日買ったのは、『풀빛 판화 시선 5 : 노동의 새벽』(박노해著、풀빛、1984)の初版本(2,000원)と、『現代中国語辞典』(香坂順一編著、光生館、1982)(6,000원)。

박노해の名前は以前ずいぶん騒がれていたけれど、私は彼が詩人で労働者を代弁する人物としか認識していなかった。それで、彼の詩はきっと、闘争とか、怒りとか、そんなものを扱っているのだろうと勝手に想像していた。だから、手に取った理由も、興味本位でしかなかった。しかし、最初の詩は衝撃的だった。

우리 세 식구의 밥줄을 쥐고 있는 사장님은
나의 하늘이다

프레스에 찍힌 손을 부여안고
병원으로 갔을 때
손을 붙일 수도 병신을 만들 수도 있는 의사 선생님은
나의 하늘이다
……
<하늘>(13쪽)
労働者たちが対峙し、嫉んでいる権力者たちを、“하늘”と表現しているのだ。彼の詩は、簡単な言葉を使っているけれど、ずしっと心に響いてくる。そして、読んでいると、不思議と自分の心の中のわだかまりや、抑圧された思いなどが慰められるのだった。すごい詩人だ。

現代中国語辞典』は、大学生の頃から中文学科の先生や学生たちが、優れた辞書とほめているのを聞いていたけれど、6,000円という値段のせいで、ずっと手に入れずにいたものだ。主人に値段を聞くと、6,000원だというので、飛びつくように買った。

家に帰ってあとがきを読んでみると、この辞書は多くの人々の助けは得ているけれど、事実上一人で作った辞書だった。それも、長年にかけて中国の新聞などを読みながら、新語を拾い集め、用例から適切な訳語をあてていくという、根気のある作業の上に成り立っている辞書だった。編著者はそれを、「退屈なしかし興味の失せない仕事」(あとがき3ページ)と述懐している。

ただ、たまたま「蜊子」(牡蠣)の発音を調べてみようと思ったら、「蜊」の字が載っていなかった。そんなはずはないと思って索引も見てみたけれど、やっぱり載っていなかった。『倒序現代漢語詞典』や(1024ページ)、『辞彙』(767ページ)には載っていた。『新華字典』には、字母では載っていなかったけれど、167ページの「蛤」という項目に「蛤蜊」の用例で載っていることが、索引から分かった。それで、「蛤」の字を『現代中国語辞典』で引いてみると、用例に「蛤蜊」が載っていた。どれもこの字に“牡蠣”の意味を表すという説明はなかった。とういことは、「蜊子」というのは方言なのかもしれない。

主人が、本を整理していい本が出たら、持ってきてくださいと言った。本の選定自体はかなり厳しいのだけれど、古本を見ることに対しては、いたって積極的だ。この積極的な態度は、대양서점とは対照的だ。日本書籍もOKだという。買っていく人はけっこう多いとのことだった。日本書籍OKというのも、대양서점とは対照的だ。

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2009年12月4日金曜日、整理する本を持って、次男と一緒に行った。持って行ったのは、学会の発表要旨集をはじめ、睡眠に関する本数冊と、昔のフランス語の教材、韓国語の語源に関して非専門家が書いた本などで、家を出るとき、妻が日本語版「リビングライフ」のバックナンバーも持って行ってというので、段ボール箱に一緒に入れて家を出た。

この店の主人は本の選定が厳しいから、たくさん残るだろうと予想していたら、意外にも主だった本はごっそり選び出し、「リビングライフ」まで選んだ。ただし、値段は10,000원という。ちょっとショックだった。売れないリスクまで犯して無理に値切って買おうとすることはないのに。私は知っている古本屋が何箇所かあるから、ここで売れ残ったら他で売ればいいのだ。でも、そういうことを言うのも、何だか自分まで本の売買を商売にしているようで自分には合わないなと思い、言われたとおり、10,000원に同意した。

主人に、昨日대오서점という古本屋へ行ってみたという話をすると、興味を持ったようだった。私には売れ残りの本にしか見えないけれど、主人の話しでは、ひょっとしたら、買う価値のある本があるかもしれないという。そうかもしれない。一般の本好きと、古本の専門家とは、見る目が違うのだから。電話番号は分かりますかというので、このブログのURLを教えてあげた。

それから本を物色し、『伊韓辭典』(韓國外國語大學校伊太利語科編、韓國外國語大學校出版部、1965)を買うことにした。そして、次男が選んだ本と一緒にして値段を聞くと、10,000원だという。主人が、さっき1万ウォン差し上げましたっけと聞いた。私はもらった覚えがないので、もらっていないと答えた。ところが、いや差し上げたはずだという。ひょっとして、ポケットを確かめてもらえませんかと言うので、胸のポケットを見たら、あった! 主人が私にお金を渡したとき、私はたぶん呆然となっていたのだろう。全然覚えがない。今も、そのときお金をもらった覚えがないし、胸のポケットにお金を入れた覚えもない。

まあ、そういうこともあるさ……。

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2009年12月20日。まもなく廃業しようとしている신촌헌책방に行ったあと、우리동네책방立ち寄った。何かの役に立てればと思って、신촌헌책방がまもなく店じまいすることを知らせた。そして、本を安く売っていることを話した。

私は、このあいだ대오서점の話をしたとき主人はその店の本に関心を示したから、今回もそれを聞いてきっと目を輝かせるだろうと思っていた。ところが、主人も奥さんも、私の話を聞くと、憂愁に沈んだ表情になった。「そうか、夏から店を売りに出していたけど、もうやめるのか……」と、寂しさと心配との入り混じったような表情で、うなじをたれた。そして、「古本屋をやめても、また本に関係ある仕事を始められるだろう」と言って、その人の前途まで案じていた。

私は、何かの役に立てればと思って知らせたわけだけれど、かえって暗い気分にさせてしまったようで、申し訳なかった。
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by ijustat | 2009-10-21 20:03 | Bookshops

진보(珍寶)

연희동にある中華料理屋だ。

c0019613_18304969.jpg今日は久しぶりに、午前中の授業が終わったあと、午後他の用事があって、昼を外で食べた。朝食抜きで授業をしたのでとてもおなかが空いていて、いちばん手っ取り早く満腹感を味わえる炒飯が食べたいと思った。しかし、今まで行った店の中で炒飯が美味しかったのは、초유향と딘타이펑ぐらいだ。どちらも、今日行くところと方向が違う。それで、연희동の通りにある中華料理屋の中で良さそうなところを開拓してみることにした。

そこで入ったのが、この진보(珍寶)という店。漢字を見ると、何だか奇妙な感じがするけれど、それは日本式に考えるからいけないのであって、韓国語で考えれば、別に何ということはない。(とはいえ、서대문にあった CHINKO というレストランや、홍제동にあった UNNCCO という服屋は、やっぱり変な名前だ。それらの店は、しばらくして消えたけれど。)

初め、炒飯を頼もうと思っていたのだけれど、メニューの水炒麺(수초면:7,000원)に目が行き、それが食べたくなった。従業員の女の人が注文を取りに来たので、メニューを見ながら“shuĭ chăo miàn”と言ってみると、すぐに理解した。あとで、店の主人と思われる初老の男性が、その女の人にものすごく速い中国語で何か言っているのを聞いた。もちろん、何を言ったのかは分からない。速すぎて全然聞き取れなかった。

出てきた水炒麺は、今まで食べた中でいちばん美味しかった。ちょうど食欲の季節だから美味しく感じたのかもしれないけれど、油で炒めた香りが食欲をそそった。(麺は、少し細めで柔らかかった。澱粉質の弾力が多少強かったかもしれない。)

それと、付け合せの酢醤油玉葱(名前が分からないので、そう呼んでおく)。写真を見ると、たくあんの右側にあるのがそれだ。甘酸っぱい酢醤油に、切ったばかりの玉葱が浸かっている。これがまた、料理によく合った。

진보(珍寶)の所在地は、서울시 서대문구 연희1동 189-10。電話番号は、02-338-2897~8。사러가쇼핑の並びの南寄りで、向かいに해지연(海之宴)という中華料理屋がある。

勘定を払うとき、血色のよい若い女性の従業員が(いや、もしかしたら、この人が主人だったのかもしれない)、ぜひ予約もしてください。2階にも席がありますからと言った。まあ、そんな大人数で来店することがあるかどうか分からないし、一行がお酒を頼んでこの店を潤してあげられるかどうかも分からないけれど、味はよかったので、いつか知り合いや同僚と一緒に来てもいいかもしれない。
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by ijustat | 2009-10-21 18:47 | Restaurants

해적선 조개구이

妻と一緒に인천(仁川)の월미도(月尾島)へ行った。

c0019613_2561069.jpg3日の夜、せっかく추석なんだから、인천までドライブして刺身でも食べたいと妻に言われた。

でも、인천の地理はほとんど分からない。ソウルの街を地図で見ると、大体どこがどんな街で、どんなものがあってどんな人が住んでいるということがイメージできる。だから、地図だけ見て、どの辺に食事に行こうかなどと考えることも可能だ。ところが、인천の地図を開いてみると、そこには網の目のように道が敷かれていて、至る所に施設物の表示があるだけで、その街がどんな街なのか、いくら目を凝らして眺めていても、何もイメージできなかった。

そうしているうちに、ふと思い出したのが、월미도だった。월미도は、まだ大学生だった1988年、たまたま1ヶ月の韓国旅行に来たときに、当時인천に住んでいた友達に案内されて行ったきりだ。そのとき、헤밍웨이という窓の広い洋食屋で、午後の光にきらめく海を眺めながら、際限なく雑談に興じたことを思い出す。しかし、どうやってそこへ到り、どうやって帰ってきたのか、まったく思い出せない。その不完全な記憶だけを手がかりに、월미도へ行ってみることにしたのだ。

インターネットで월미도について簡単に調べたあと、地図で道を確認して、夜中の10時過ぎに家を出た。인천の地理をほとんど知らないのだから、ほとんど破れかぶれの気分で出発した。

서강대교(西江大橋)を渡ったあと、경인고속도로(京仁高速道路)まで、道はまっすぐだ。驚いたことに、この道は、신촌로터리(新村ロータリー)から경인고속도로を経て인천항(仁川港)の正門に至るまで、一直線だ。월미도はそこから右へ曲がって港沿いにずっと行けば辿り着く。地図で見ると複雑だけれど、行ってみると、単純な道順だった。それでも、월미도に入ってから、私は道に迷った。

추석の夜だというのに、道は混んでいた。私たちの進行方向には稲妻の閃光が時々見えていた。それが、경인고속도로に入って長い地下車道を抜けたとき、外は激しい雨が降っていた。川端康成式に言えば、国境の長いトンネルを越えると大雨だった。夜の底が水しぶきを上げていた。

高速道路を走る間、激しい雨が続き、そのために標識がよく見えず、料金所で하이패스(ETCのような、ノンストップ自動料金収受システム)用の通路に入ってしまった。その原因の一つは、行き先の表示板が車線ごとに出ていて、인천は1車線になっていたのだけれど、料金所では、そこが하이패스用の車線だったのだ。実際には、どの車線も인천行きだった。出来損ないの文章みたいな表示板だ。

c0019613_2261179.jpg料金所を過ぎてしばらくすると、雨足は徐々に弱まってきて、인천に着いた頃は、すでに雨も上がっていた。そして、월미도に着いた頃には、夜空高く、雲の切れ間に満月が皓々と輝いていた。少し前までの雷雨が嘘のようだった。地面が濡れていることだけが、雨が止んだばかりであることを物語っていた。

海岸へ行って영종도(永宗島)を眺めた。海から吹き付ける強い風に正面から当たっていると、息をするのが苦しいほどだった。妻は海の夜景に関心がないようで、写真を撮る私の後ろから、「早く行こう」と言った。

c0019613_2432168.jpg월미도は、とても真夜中とは思えない賑わいだった。월미도놀이공원という遊園地があって、深夜まで営業している。場内から、けたたましいアナウンスの声が鳴り響いていた。

c0019613_246145.jpg出店も出ていて、通りには友達連れや恋人たちが、楽しそうな表情で往来している。周辺の地域はすでに深い眠りに入っているのに、この地域だけがこのよう浮き上がっているのは、異様な雰囲気だ。

私はどうも、千と千尋の神隠しを見たあと、いたるところでそれを髣髴とさせる光景に出くわす。よっぽどあのアニメが印象深かったのだろう。真夜中の闇に取り囲まれた環境の中で、こうやって狂乱にも似た不夜城のにぎやかさを眺めていると、往来する人々が、あのアニメに出てくる魑魅魍魎とダブってしまうのだ。もっとも、往来する人々の中には、私たちの姿を見てそう思った人も、いるかもしれない。

c0019613_2521254.jpgこの해적선 조개구이という店は、たまたま通りがかりに妻が入ろうと決めた。看板に大きく出ている「조개구이」の4文字と、水槽の中の新鮮そうな魚が気を引いたようだ。

해적선というのは海賊船のことで、조개は貝、구이は焼いたもの。店の中は、海賊船を思わせる調度品で飾られている。その安っぽさは、いかにも観光地といった風情だ。何でもかんでも写真に撮る私が、その気色悪い調度品をあとで見るのが嫌で、写真に撮らなかった。船長の顔がたこの胴体で、髭がたこの足というのは、グロテスクだ。

私たちは、上の写真にある조개구이(중짜: 40,000원)を食べた。最初メニューを渡されたとき、その値段を見て私は怯んだ。メニューの内容は、조개구이の大が50,000원で中が40,000원、광어 막회が30,000원、우렁 막회が30,000원、멍게 막회が20,000원、개불 막회が20,000원、두부 김치が10,000원、해물 파전が10,000원……。しかし、せっかく来たのだし、ここで諦めてはもったいない。それで、조개구이を頼むことにした。(妻が2万ウォン出してくれた!)

c0019613_385850.jpg店の人が、조개구이は2人で食べて十分だと言ったけれど、それは本当だった。満腹でもう食べきれないというぐらい食べた。妻は途中で「もう食べられない」と言い、店員に「포장해 주세요(包んでください)」と言った。しかし、店員は、포장(包装)はできないと答え、「불을 빼 드릴 테니까 천천히 드세요(炭火をお下げしますから、ゆっくり召し上がってください)」と言った。

料理の味付けもよかった。最初に出たムール貝のスープは、塩で味付けされているだけなのに、とても美味しかった。貝も新鮮だ。私は食材について詳しいことは分からないけれど、質のいい貝を仕入れているのだろう。

c0019613_3153246.jpgそれから、一緒に出てくる계란찜(茶碗蒸しのようなもの)も美味しかった。私は食堂で出される계란찜を、そんなに美味しいとは思わないのだけれど、この店のは玉子の味が香ばしく、食事の合間合間に食べると、程よい箸安めになった。

c0019613_3203334.jpgしかし何といっても、この店の隠れた目玉は、ソースにある。ごく普通に出される초장(酢で練った唐辛子味噌)や고추냉이간장(わさび醤油)、쌈장(なめ味噌)の他に、特別のソースがある。これは、金網の上で煮ながら貝を入れて食べるもので、ベースは초장とピザ用のチーズ。そして、そこに玉葱、輪切りの青唐辛子、細かく切った人参などが入っている。無国籍的な取り合わせだけれど、なんとも言えずいい味だ。左の写真はまだ火入れする前の状態で、火入れされた状態は、最初の写真の左寄りにある。

貝を焼くのを手伝ってくれた女子店員の胸に懸かっていた、名前がデザインされたペンダントを妻が見て、「이름이 초록이라고 해요?」と言った。ペンダントは金のレリーフで「金初緑」と形作られていた。その子は、漢字を見て名前を読んでくれる客に会ったことがないらしく、大いに驚いていた。高校3年生だという。卒業したら就職するのだと言っていた。

観光地で食べる料理は、たいてい量はともかく味がいまいちなので、妻も私もあまり期待していなかったのだけれど、この店は思いがけず美味しかった。

해적선 조개구이の所在地は、인천광역시 중구 북성동1가 79-230번지 1층。電話番号は、032-763-8292。遊園地のある通りの、海岸に近い裏通りにあって、手前が야구장(バッティングセンター)になっている。できてまだあまり経っていない店だからなのか、宣伝が下手なのか、それとも宣伝する必要がないのか、この店を紹介する記事はインターネットに一つもなかった。この店のことを言及していたのは、一つだけ、モーテルの紹介記事に、周囲にある店として、出ているだけだった。

あとで調べてみると、このあたりには조개구이の店がたくさんあるそうだから、探せばもっと美味しい店が見つかるかもしれない。
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by ijustat | 2009-10-04 02:21 | Restaurants

삼청수제비

김영삼(金泳三)大統領が청와대(靑瓦臺)からこの店に수제비を注文したことで、有名になったとか。私は数年前初めて来て、特に感動の味というわけではないけれど、その後何度か足を運んでいる。やっぱり美味しいのだ。

c0019613_18253394.jpg今日は、妻と一緒に가회동(嘉會洞)の한옥마을(韓国伝統家屋密集地)を散歩したあと、この店に来た。そして、この店の目玉である수제비(6,000원)を食べた。

수제비に似た日本の食べ物は、すいとんだ。小麦粉をこねて、手でちぎりながら沸き立った鍋に入れていく。ただ、私は韓国に来る前、すいとんが好きではなかった。外ですいとんを食べたことはないけれど、家で食べるすいとんは、小麦粉の塊が大きくて粉っぽく、口の中でもこもこして決して美味しい食べ物ではなかった。すいとんにするなら、もう少し頑張って生地を麺棒で伸ばし、細く切ってうどんにした方がずっと美味しいと思っていた。

c0019613_18305477.jpgしかし、수제비はたいてい、ひらひらに伸した小麦粉の生地をちぎる。写真で見るように、厨房でこうやって、布巾のように薄く伸した生地を、ちぎっては鍋の中に入れている。この店は客が多いので、3人ですごいスピードで生地を入れている。

このように、生地をひらひらに延ばしたものをちぎっているので、少しも粉っぽくなく、ひらひらとして柔らかい。これなら私も好きだ。

韓国に来たばかりのころ、ある韓国の人が私にご馳走してくれたとき、「すいとんを食べに行きませんか」と聞かれた。内心、嫌だなと思ったけれど、せっかく好意でご馳走してくれるのだから、文句を言わずに喜んで付いて行った。ところが、出されたものを食べてみると、日本で食べていたすいとんとは似ても似つかない、ずっと美味しいものだった。嫌だと言わなくて、本当によかった。

だから、韓国の人から日本語で「すいとん」だとか「おから」だとかをご馳走しますと言われたとき、日本語でイメージして断らない方がいい。思わぬ美味しい食べ物にありつく機会を失ってしまうかもしれないから。こういうことが起こるのは、辞書を編纂した人たちにも責任があるかもしれないけれど、たしかに材料や作り方の一部は同じなのだから、仕方がないことだ。

c0019613_18363775.jpg수제비を食べたあと、감자전(6,000원)を食べた。감자전というのは、じゃが芋のお焼きのようなものだ。「감자」は「じゃが芋」、「전」は「チジミ」だ。最近日本では、「チヂミ」と書いているようだけれど、このカタカナの書き方は、変だ。こういう書き方を野放しにしておくのは、好ましいこととは思えない。

この감자전は、じゃが芋の香りと、澱粉による弾力性のある歯ごたえが美味しい。

この店の他のメニューは、찹쌀수제비(7,000원)、파전(10,000원)、녹두전(10,000원)、쭈꾸미볶음(12,000원)、동동주(반되: 3,000원)。語釈をするなら、찹쌀は餅米、파は葱、녹두は学名が Phaseolus radiatus で該当する日本語はリョクトウ(緑豆)、쭈꾸미は学名が Octopus ocellatus で該当する日本語はイイダコ(飯蛸)、볶음は炒め物、동동주は米粒の浮いたどぶろく、반は半分、되は1升(=約1.8ℓ)。

ところで、この店の名前にある삼청についてだけれど、これはこの地域が삼청동(三清洞)であることから付けられた名前だ。삼청(三清)というのは、「산이 맑은 산청(山清), 물이 맑은 수청(水清), 사람의 마음이 맑은 인청(人清)」から名付けられているとのこと。삼청동は、경복궁(慶福宮)と창덕궁(昌德宮)に挟まれた북촌(北村)と呼ばれる区域の北部にあり、半分は山の中だ。북촌というのは、朝鮮時代のころ、支配階級の人々が住んでいた所だ。

삼청수제비の所在地は、서울시 종로구 삼청동 102。電話番号は 02-735-2965。通りのはす向かいに専用の駐車場もある。
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by ijustat | 2009-10-02 18:18 | Restaurants