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過去の文

http://twitpic.com/a2ox36/full というページにあった写真。

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バツが付けられてるけど、合ってるんじゃないかなあ。

ちなみに、私が学生のころは、「過去の文」を“過去のことを陳述する文”という意味では使わなかったと思う。「過去の文」といったら、「昔の文」、「以前の文」と似た意味だった。だから、「過去の文」と言ったら、“過去のことを陳述する文”という意味以外にも、“過去に書いた文”、“過去の視点で書いた文”という意味でも通用しそうな気がするのだ。

格助詞「の」の多義性というか、「の」が前後の名詞を、論理的関係を表さないで、つなげてしまう特徴のために、「過去の文」という連語が曖昧に響く。

ああ、そういえば、中学生の時の英語の教科書に、「江戸」は“Edo”でなく“Yedo”と出ていたのを思い出した。ということは、「江戸」を“Edo”と書くのは日本式表記ということで、そのために、この答案はバツになっているのかもしれない。
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by ijustat | 2012-07-06 07:44 | English

Boys, be ambitious! …の続き

札幌農学校に8ヶ月間(1876年7月~1877年5月)赴任した William Smith Clerk が離日の際に発したとされる“Boys, be ambitious!”ということば。

このことばには続く言葉があったという説が昔から知られている。まだインターネットがなかったころ、短大の英文科に入った従姉から“Boys, be ambitious”には“like this old man”ということばが続くと聞いたことがある。当時はこの説ひとつしか知らなかった。

しかし、最近になってウィキペディアをはじめとするインターネットを調べてみると、以下のようにずいぶんたくさんの説が集められる。
Boys, be ambitious in God.
Boys, be ambitious in Christ.
Boys, be ambitious for Christ.
Boys, be ambitious for the things of Christ.
Boys, be ambitous! Be ambitious not for money or for selfish aggrandizement ...
Boys, be ambitious for the attainment of all that a man ought to be.
Boys, be ambitious of learning about knowledge of Jesus Christ.
ウィキペディアではさらに、「『Boys, be ambitious』は、クラークの創作ではなく、当時、彼の出身地のニューイングランド地方でよく使われた別れの挨拶(「元気でな」の意)だったという説もある」とも指摘している。もしこの説が本当だとすれば、この言葉をクラーク博士は札幌農学校の学生たちの前で何度か口にしていたかもしれない。

“Boys, be ambitious”ということば自体が疑われたこともあった。ウィキペディアの記事では、一期生の大島正健がクラーク博士との離別を描いた漢詩に、「青年奮起立功名」とあることから、“Boys, be ambitious”はこれを逆翻訳したものと言われていた時期もあったと述べている。

その漢詩について、大島正健の孫であられる大島智夫氏は、馬上でクラーク博士がいった言葉を詩にしたものであると述べている。その漢詩の全文が大島氏の文章に引用されている。内容は以下の通り。
(http://www2.cubemagic.co.jp/hokudai/elm/elm/41/ooshima.html)
青年奮起立功名
馬上遺言籠熱誠
別路春寒島松驛
一鞭直蹴雪泥行
この漢詩について大島氏は、「祖父は日記をつけるように漢詩をよむ習慣がありましたから、この詩も後の作でなく、その時の即吟なのです」と述べている。

ところで、先ほどの“Boys, be ambitious like this old man.”は一期生の人たちにも確認を取られているというから、他の諸説よりは信憑性が高そうだ。先ほどの大島氏の文章に、以下のように記述されている。
 北大百年史通説に秋月俊幸氏が「交友会誌からみた札幌農学校の校風論」という論文を寄稿されています。それによると明治25年に学生が創立15年になるのに札幌農学校には明確な校風がない事を憂えて予科主任大島正健教授に「我が先師ウイリアム・クラーク氏」という題の講演を依頼し、大島は全校生徒を前に慷概熱心な語調で講演したとの記事があります。大島正健に私淑していた予科生安東幾三郎は、その時の感激をまとめ、祖父が札幌を去った後の明治27年から28年にかけて、同窓会雑誌「恵林」に11~16号に「ウイリアム・クラーク」の題で連続投稿をしました。その13号にクラーク博士は島松の別れに際し馬上より“Boys, be ambitious like this old man”と叫ばれたとの祖父の言葉が引用されていたのです。この資料は本来、高倉新一郎氏が見つけられたもので、昭和47年の学士会報715号に紹介されました。クラーク博士の別離の言葉が公表されたのはこれが最初です。安東は当時札幌にいた一期生佐藤昌介、伊藤一隆、内田瀞らを尋ねてこれを確かめて同意を得ているので、この言葉がクラーク博士の別離の言葉であった事は間違いありません。

 祖父は後に内村鑑三の求めに応じて内村の編集していた英文雑誌 Japan Christian Intelligencer, Vol.1,No.2 に“Reminiscence of Dr.W.Clark”と題して寄稿し、その中で「He mounted again on horse back and taking rein in one hand, and a whip in the other looked back toward us, and called aloud: “Boys, be ambitious like this old man”. He gave one whip to his horse, and straightly went off.」と述べました。文中のクラークの言葉は上記の安東の記録と一致しています。
つまり大島氏は、“Boys, be ambitious”ということばが本当にクラーク博士の口から出たということと、その言葉には“like this old man”ということばが後続していたことを述べている。

この名言がミステリアスになったいきさつ――このことばがその後忘れられ、のちに再び日の目を見るようになり、さらに後半の部分が切り捨てられたいきさつについては、大島氏の文章に詳しく記されている。

いずれにしても一次資料が存在しないことから、この名言の続きがどうだったのかはミステリアスなままだ。ただし、信頼性という点から見れは、これがいちばん取り上げるべき文献といえる。つまり、“... like this old man”説を無視して他の説を挙げるのは妥当ではないわけだ。

結局、昔知っていた説一つで十分なのかもしれない。
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by ijustat | 2012-06-26 19:05 | English

"Old Sophie," she added, ...

“Howl's Moving Castle”を45ページまで読んだ。試しに『熟語本位英和中辞典』を引きながら読んでみると、結構読みやすかった。一つ、訳語が古すぎてか、訳語に当てられている日本語が理解できないのがあった。しかし、大体において使いやすい辞書だと思った。齋藤秀三郎は、50年以上後に書かれる英文の語彙をもほぼ正確に予測できている。そのため、この古い辞書を用いても理解に困らない。すごいことだ。
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by ijustat | 2005-07-28 13:53 | English

英語の難しさ

“Howl's Moving Castle”を読み始めて思うのは、英語には群動詞が多く、それが熟語として登録されている時もあるけれど、そうでないときもあるということだ。

動詞と、前置詞かまたはそれが副詞化したものとが結合する形は、日本語話者には馴染みが薄い。英語では、動詞の意味と前置詞/副詞の意味との結合によって、多様な表現を作り出していくようだろうけれど、“Howl's Moving Castle”を読みながら辞書で調べたものはほとんど載っていなかった。“POD”はもともと熟語には弱いようだけれど、『熟語本位英和中辞典』にもないものがほとんどだ。

でも、これが理解できないと、英語の文中を流れる論理的筋道がはっきり分からなくなってしまう。あとで、前置詞の意味を勉強しなおさなければいけないかもしれない。
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by ijustat | 2005-07-25 11:52 | English

“Howl's Moving Castle”

昨日“The Alchemist”を読み終わったので、今度は“Howl's Moving Castle”を読むことにした。大学生の頃から新書派だった自分にとって、英語もそのような本がいいのではと思っていたけれど、あまり難しくない小説を読むのが英語の学習としては楽だということが分かったので、今度はファンタジー小説を読むことにした。

ただ、読み始めて分かったのは、“The Alchemist”は翻訳だからか表現が平易で、癖のある難しい構文がほとんどなかったのに対し、オリジナルの“Howl's Moving Castle”は、子供向けの話であるにもかかわらず、分かりにくい文型がちょこちょこと出てくることだ。ということは、“The Alchemist”も原文のポルトガル語では難しいのかもしれない。

冒頭の部分で次の表現が難しい。

“She was not even the child of a poor woodcutter, which might have given her some chance of success.”(p.9)…“which”が“She”を指しているのか“the child”を指しているのか迷う。文脈上“the child”だとは思うけれど。

“Her parents were well to do and kept a ladies' hat shop in the prosperous town of Market Chipping.”(p.9)…“be well to do”は“よくしてくれた”という意味のようだけれど、どうやって調べてみたらいいのか分からないし、熟語集などを見ても見つからなかった。

“Lettie was by no means resigned to being the one who, next to Sophie, was bound to be the least successful.”(p.10)…成功者になりたくなかったと言っているように読んでしまうのだけれど、まさかそんな意味だとは思えない。

To which Martha always retorted that she would end up disgustingly rich without having to marry anybody.”(p.10)…“to which”にはお手上げ。この関係代名詞はどこに繋がっているのだろうか。

As time went on, whe made clothes for her sisters too.”(p.10)…“時が流れていくとき”というのは、“長い間には”のような意味か。

こんな調子だから、自分の英語学習は前途多難だ。韓国語の学習でもそんな時があったのかもしれないけれど、発想が日本語と似ているので、こんなに苦労はしなかったように思う。そういえば、今日礼拝の説教で 유안진 の『지란지교를 꿈꾸며』を引用していたけれど、今は耳で聞いてそのまま理解できる短いエッセイを、韓国語の勉強を始めて2、3年目くらいの時には辞書を引きまくって丸一日かけて読んだ。それでも理解できなくて、韓国人の留学生にどういう意味か聞いた。あの時の苦労に比べたら、今の“Howl's Moving Castle”の方がずっと楽なのだろうけれど、それでも英語というのは私たちから遠く離れた言語だ。分からない部分には、韓国語では感じなかった高く厚い壁を感じる。

ところで、何ヶ月か前に“뿌리서점”という古本屋を見つけてから、時々行っては古本を買っているけれど、今日も礼拝が終わってからその足で“뿌리서점”まで本を物色しに行った。

その一つの理由は、昨日の日記で“Randam House English Dictionary”と書いた辞書の正しい名前を確かめようと思ったからだけれども、日本へ行く前にずっとあったその辞書が、今日見たときにはなくなっていた。古本というのはこういうことがよくある。買うか買うまいか何日も迷った挙句、買う決心をして行くと、誰かに買われてしまっていたり、棚が整理されてなくなっていたりする。すでにそうやって手に入れそこねた本が何冊もある。まあ、今日は本を買うつもりで行ったのではないけれど、それでも日本の本を2冊買ってきた。

夜、“Howl's Moving Castle”を、難しいと思った表現をノートにメモしながら読んだ。18ページまで読んで寝た。今夜もとても暑いので、扇風機をかけたまま寝た。扇風機は身体に悪いと言うけれど、顔にさえ風がかからなければ快適に寝られる。
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by ijustat | 2005-07-25 00:19 | English

スリムな“POD”

昨日は昼間自転車でダイエーの鶴ヶ島店へ行った。前回来たのがいつだったか忘れたけれど、店内の様子がだいぶ変わっていたので驚いた。なんとなく華やかだった雰囲気がどことなく薄れ、大雑把な雰囲気になっていた。何よりも驚いたのは、3階の書籍コーナーや文具コーナーがあった辺りにブックオフが入っていたことだった。ダイエーに古本屋が入るなら、空港内の商店街に古本屋が入ったっておかしくないと思った。

ブックオフでは、“The Pocket Oxford Dictionary”の第8版で、とても薄い革装版が売られていた。2,350円もするけれど、定価は4,500円もする。これはチャンスかもしれないと思って、意を決して買った。実は同じ版の辞書を持っているのだけれど、紙が厚いのか、厚さが5.7センチもあり、携帯に不便だった。しかし、引きやすく読みやすかったので、家では使っていたのだった。それがここに売られている革装版は、厚さが2.8ミリしかなく、とてもスリムだ。革装なので手にしっくりなじむし、ページのめくり具合もいい。

それを買って帰り、“The Alchemist”を読みながら使ってみると、“Random House English Dictionary”よりも読みやすかった。日本の家では、机の上に置いてあったその辞書を使っていたのだけれど、語釈のうち特に難しい単語に限ってか、堂々巡りをしていることが多くて、使いにくさを感じていたのだった。

同じ単語を“POD”で試してみたら、うまい具合に堂々巡りの連鎖が続かないようになっていた。それに、もともと持っていた“POD”と違って、机の上で開いたまま使える。韓国で買って使っていた分厚い“POD”は、手を離すと閉じてしまうので、文字通り“辞書を片手に”読まなければならなかった。手を離してもページが閉じないというのは、辞書を選ぶときの条件になるくらい重要なことだ。

他にも、開拓社の『オックスフォード現代英英辞典』があった。これは高校生の頃買って使っていたけれど、実は半分くらいしか理解できなかった。それでも頑固に使っていたけれど、それが英語学習の足を引っ張ったことは確かだ。しかし、今その辞書を手に取ってページをめくると、初めてその辞書に出会ったときの喜びが甦ってくる。驚いたことに、音声記号に長音符号が付いていない。母音を長短よりも音価として捉えるというかなり斬新な方法を取っていたのだった。実際英語の長母音と短母音は長さで区別できないことが多いから、これは正しい方法なのだけれど、長母音の方が短母音より長くなりやすいから、そこまでラディカルに長音符号を省いてしまうのは思い切りすぎているように思える。実際、その後の版ではこの辞書は長音符号をまた入れるようになった。で、自分が使っていたものもこれと同じだったろうか。今は段ボール箱に詰め込まれて物置の奥にあるので取り出すこともできずにいるから確認もできない。

洋服ダンスばかりある部屋から旺文社の『英語基本単語集』(赤尾好夫著)が出てきた。通称“豆単”と呼ばれているけれど、“豆辞書”といった体裁の本だ。昔はこれで単語を覚えようとするのが普通だった。自分にも、こんなものを読んで語彙が増やせると無邪気に信じていた時代があったのだ。もちろん、無邪気だったのは私だけでなく、多くの受験生がそうだったし、著者の故赤尾好夫氏こそ、最も無邪気だったといえるかもしれない。しかし、重要度別に配列してベストセラーになった、通称“でる単”と呼ばれている『試験に出る英単語』(森一郎著、青春出版社)も、内容は同じようなものだ。『豆単』は廃れたけれど、『でる単』は今も健在だ。受験には受からなくても、せめて英文が読めるくらいにはなりたいものだと思うのだけれど、こういうタイプの単語集が今も多くの人の英語学習を妨げているように思えてならない。まあ、受験生が知るべき単語をチェックするという点では役に立つのかもしれない。そういうことが必要なときもあるだろう。でも、こういう教材で語彙力を増強できると期待するのは、宝くじが当たるだろうと期待するようなものだ。

今日は、帰りの飛行機の中で“The Alchemist”を読み終わった。もともと英文を読むのが遅い上に、読んだり読まなかったりを繰り返したので、ずいぶん時間がかかってしまった。実はこれが自分が英文の内容を理解しながら通読した最初の本だった。もちろん教材として作られた読み物などは通読したことがあるけれど、教材でない本は初めてだ。そういう意味で、自分にとって記念すべき瞬間だった。で、これを読む時も、“POD”を片手に読んだ。狭い座席で辞書を左手に読むのは楽ではなかった。半分は発音を確かめながらだったけれど、時々発音の表記がない項目もあるのがちょっと困った。しかし、どうやらこれが自分にとって一番合う辞書になりかけているようだ。
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by ijustat | 2005-07-24 01:23 | English

Maktub.

"The Alchemist"を75ページまで、ロングマンの辞書を引きながら読んだ。少年は十分にお金をためたので、クリスタル商をやめ、Al-Fayoum へと向かう隊商の一行に加わってピラミッドへの旅に立つ。そこで少年は、錬金術を研究しているイギリス人に出会い、旅を共にする。

固有名詞の発音は依然として謎だらけだ。Tangier は“タェンア”だということが分かったけれど、Tarifa と Al-Fayoum の英語読みはまだ分からない。

『イギリス英語日常会話表現集』は、231ページの“It's dangerous if you just leave them all over the floor.”という表現がすごく聞き取りにくい。その理由は、このセンテンスがとても早いし長いということと、“if”が /ik/ のように聞こえることによるようだ。

この部分だけ“Sound it!”で切り取って何十回も聞いたけれど、何度練習しても口がついていけないので、野口悠紀雄式に、80%原則に従うことにした。つまり、この部分の口真似をあきらめた。それでも、一応は聞き取れるようになったから、今年の英語学習の目標には到達したといえる。

“if”が /ik/ のように聞こえる理由は、多分グロッタルストップ(声門閉塞音)のせいかもしれない。
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by ijustat | 2005-07-04 19:02 | English

Am I going to find my treasure?

午前中、“The Alchemist”を56ページまで読んだ。少年は泥棒に金を盗まれた次の日、プラザの飴売りを手伝い、その日の夕方、坂の上のクリスタル店に自分を売り込んで住み込みで働くようになった。そして、店の主人に店頭にクリスタルを陳列することを申し出、許可された。

だいぶ読みやすくなったので、少し意味のあいまいな単語は文脈で大体理解できるようになった。それでもできない単語だけ、辞書を引きながら読んだ。昨日三色ボールペンを持たずに読んだあと、今日も三色ボールペンで印を付けずに読んだ。何も書き込まない読み方は、読む速度は多少上がるけれども、確実な理解という点では少し心もとない感じがする。
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by ijustat | 2005-07-01 15:01 | English

Don't forget the language of omens.

昨夜寝る前と今日午前中に、“The Alchemist”を19ページから34ページまで読んだ。この記述で自分がいかに英文を読む速度が遅いかが分かる。

少年は60匹の羊のうち54匹を友人に売り、6匹を“Melchizedek”と名乗る老人に与えたのち、Tarifa から船でアフリカへ渡り、Tangier のバーにいる。大急ぎでアフリカへ来てしまったが、考えてみればここではアラビア語しか通じないという事実に遅まきながら気がつくというところまでだ。

固有名詞の発音が難しい。 The Concise Oxford Dictionary には固有名詞がほとんど載っていない。それで Longman Pronunciation dictionary に頼ったけれど、Tarif とか Tangier といった地名の発音までは載っていない。

英英辞典にはだいぶ慣れては来たけれど、まだときどき語釈が理解できないことがある。 lizard の語釈は難しかった。“any reptile of the suborder Lacertilia, having usu. a long body and tail, four legs, movable eyelids, and a rough or scaly hide.”と書いてあり、トカゲのような爬虫類を指すようだけれど、 suborder, Lacertilia, eyelids, scaly, hide の5つの単語はよく分からなかったり、全然分からなかったりだ。

昼ごろ下の子を迎えに学校へ行き、そのあと近所の Freshness Burger で Salsa Burger を食べた。ちなみに salsa の発音は“サルサ”だけれど、アメリカでは“ソールサ”となるらしい。とても辛いハンバーガーで、汗をかきかき食べた。でも、病み付きになりそうな味だった。

そこで子供と食事をしたあとしばらく読書をした。下の子は漫画「名探偵コナン」を読み、私は例の“The Alchemist”を39ページまで読んだ。少年がアフリカの地でスペイン語を話す若者から財布ごと全財産を盗まれる場面までだ。3色ボールペンを持ってこなかったので、線を引きながら読めず、ちょっと不便に感じた。
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by ijustat | 2005-06-30 12:24 | English

The Alchemist

昨夜寝る前に“The Alchemist”を少し読んだ。もともと“The Purpose Driven Life”を読もうと思っていたけれど、この本は多少煽動的なところがあるので、寝る間際に目を爛々と輝かせてもいけない。“The Alchemist”は、以前韓国語版で読んだことがあり、おもしろかったので、これを読むことにした。

辞書は Pocket Oxford Dictionary of Current English を使わずに Collins COBUILD Learner's Dictionary を使った。寝る前なので、少し難しい語釈があったら困ると思ったからだ。しかし、コリンズの辞書は説明が長く、寝床で就寝前に腹ばいになって読んでいる読者にとっては、かえって読みにくい感じがした。それでも英和辞典を使うよりはいい。英和辞典では、概念の把握が難しいからだ。

そうやって、羊飼いの少年が自分の見た夢や羊らのことなどを考えながらある町へ行き、ジプシーの老婆に夢を解き明かしてもらったのち、素性の知れない老人に出会う所まで読んだ。

読んだページ数を見ると、9ページになっていた。ギリシア語の聖書なら1ページ読むのもやっとと思われる時間で、これだけ読めたわけだ。私は本を読む速度が人より遅く、英語なんかはさらに遅いのだけれど、それでもまあ何とか英語が使い物になりかけているようだ。うれしいことだ。
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by ijustat | 2005-06-29 13:09 | English