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고구마

2010年6月5日、土曜日。日差しも傾いてきた午後5時頃、急に고구마という古本屋へ行ってみようと思い立った。木曜日に이상한 나라의 헌책방へ行ったとき、主人の윤성근氏が勧めてくれた。彼は以前고구마に勤めていたそうだけれど、そこは蔵書数が40万冊にもなる大きな古本屋だと教えてくれたのだ。

c0019613_2332291.jpgインターネットで고구마のサイトに入り、住所を調べ、Google の地図で位置を確認した。すると、だいぶ奥まった裏通りにある。何か変だと思い、サイト内にあった「찾아오시는 길」を見ると、ずいぶん違うところにある。それで、Google には従わず、고구마サイトの住所に従って行くことにした。신금호の1番出口を降りて청구方面へ150メートルほど歩くと、左側にある。

サイトには売り場がいくつかあると出ていたけれど、本当に売り場が分散していた。最初の売り場は閉まっていた。次の売り場は雑誌中心のようだ。3番目が、一般書のありそうな売り場だった。そして、入り口は뿌리서점のように地下へと続く階段になっていて、右側の壁一面は本になっていた。

地下に降りると、入り口付近に若干の空間がある他は、書棚がぎっしりと詰まっている。そして驚いたことに、書棚に挟まれた通路が恐ろしく狭い。

その点について、최종규氏は2004年3月30 日付けの「헌책방 나들이」で、「아주 좁은 골마루를 누비며 책을 구경합니다」(http://www.ohmynews.com/NWS_Web/view/at_pg.aspx?CNTN_CD=A0000178193)と描写している 。この「아주」という言葉を、実際に고구마を訪れたことのない人は読み過ごしてしまうに違いない。あるいは、「아주 좁은 골마루」にしても、「누비다」にしても、誇張表現と取る人もいるかもしれない。しかし、최종규氏はまったくありのままの描写をしているのだ。

『이상한 나라의 헌책방』の著者、윤성근氏は、2004年頃から2007年頃まで고구마で働いた。彼も、売り場の様子について次のように描写している。

금호동 책방은 규모가 어마어마했다. 지하에 있는 서가는 입이 딱 벌어질 만큼 입구부터 책이 가득 들어차 있었다. 헌책방은 일반 서점과 달리 구조부터 사람이 아니라 책 위주로 되어 있다. 바닥부터 천장까지 책이 빽빽하게 들어차 사람이 다닐 수 있는 길은 폭이 고작 30센티미터 정도여서 체격이 큰 사람은 서가 사이로 걸어 다닐 수도 없다. (『이상한 나라의 헌책방』윤성근著、이매진、2009。31쪽)
ここで윤성근氏が「규모가 어마어마했다」と述べているように、入り口で書架を眺めているだけでは奥行きがどうなっているのか見当がつかない。見ると、目の前の書棚に배치도(配置図)があった。それによると、私が関心のある韓国語関係の本は、入り口のすぐ右側にある。

そこで、韓国語関係の棚を一通り見たあと、勇気を出して店内の通路を回ってみた。狭い。気をつけて歩いても本が体に当たる。洞窟探険さながらだ。何が違うかといえば、電気が点いていて明るいという点だけだ。

いちばん奥の中央に、上へ出る階段があった。扉は閉じていて、その上に防犯カメラが付いている。階段の両脇にある本は、多少古めのものが多く、魅力的に見えた。

一通り回ってみて分かったのは、この店の本はすべて本棚に寝かせてあるという点だ。下にある本は、上の本を持ち上げて取らなければならない。見た本は元に戻すように書かれているので、けっこう大変だ。

それから、わりと整理がよく出来ていて、しかも通路には本の山がほとんどない。もっとも、幅が30センチしかない通路に本の山を築いたら、通路は詰まってしまう。

店員が1人で忙しく動き回っていた。私の他には女性客が1人いて、選んだ本を持って出てきたけれど、店員が見つからないので、置いて帰ろうかしらと言った。そこで私が大きな声で、売り場のどこかにいる店員を呼ぶと、出てきた。それで女性は本を買うことができた。私は店にささやかな貢献をしたわけだ。

私も自分の選んだ本を買った。それは以下の通り。2冊で5,000원だった。

 『應用 펜毛筆書体寶典』(鄭周相著、英崙社、1956。初版本)
 『조선성구집』(엄병섭・김현욱著、사회과학출판사、1989。複製本)

本を持っていくと、店員が中央の少し広くなった場所にあるパソコンで、書名を検索した。そこで値段を確認し、さらに、その本がすでにインターネットで決済されていないかどうかも確認したうえで、客から本代を受け取る。

店員に、いつから働いているんですかと尋ねると、10ヵ月になるという。店員は合計8人いるそうだ。その中には書誌情報の入力を専門にする人もいる。確かに大きな古本屋だ。

会計を済ませ、階段を上りきったところで主人に会った。이상한 나라의 헌책방でこの店のことを聞いて来ましたと言って、挨拶をした。しばらく話すと、ひょっとしてどこか外国に住んでいらっしゃったんですかと言う。はい、日本から来ましたと答えると、じゃあ日本の方ですかと聞くので、そうですと答えた。主人は、今から食事に行くのだけれど、一緒に食事でもどうですかと言った。せっかく日本から来たのだからというのだ。少し戸惑ったけれど、ありがたくご馳走をいただくことにした。

最初の売り場の左脇にある食堂に入った。そこで순두부백반をご馳走になった。さっき私と話をした店員も一緒だった。そこで主人といろいろな話をした。

私は去年から古本屋に関心を持ち始め、ソウル市内の古本屋を巡り歩いているのだという話をした。そのときたくさんの古本屋の情報を提供してくれているのが、최종규氏が「오마이뉴스」に書き続けている記事だ。今年の2月末に인천の배다리골목にある최종규氏の사진책 도서관で初めて최종규氏に会ったけれど、ずいぶん寡黙な人でしたと言うと、そうですか、あの人はとても主張の強い人ですよ(주장이 강한 사람이에요)と言った。

최종규氏の話から、한겨레신문の임종업記者の話に移ると、主人は多少苦い表情になった。한겨레신문では고구마を“헌책방”に入れないのだという。私が目を丸くして、なぜですかと訪ねると、彼らは進歩的な傾向が強く、その基準によると、自分の店は“헌책방의 기득 세력(古本屋の既得勢力)”になるのだという。だから、「헌책방 순례」が書かれていたときも、고구마へは取材にすら来なかったそうだ。

それから主人は、日本人の仕事の緻密さについて、一緒にいた店員に話した。その例として、『일본 고서점 그라피티』(이케가야 이사오著 / 박노인訳、신한미디어、1999)の話をした。その本では、1軒1軒の店の詳細図が描かれていて、棚のどこにどんな本があるかまで分かるといって驚いていた。

それから、韓国には外国語学習書で、この1冊を納めれば大丈夫といった定評ある本がないと言った。そして、日本には、ドイツ語の学習書で60年近く経っていて、まだ売れ続けている本があるといった。主人が私に、ご存知ですかと聞くので、ええ、関口存男(せきぐち・つぎお)という人の本ですと答えると、また店員に、ほら、こんなに有名なのだと言った。そういう本が韓国でも必要だと言った。

主人の言ったドイツ語学習書とは、『初等ドイツ語講座(全3巻)』(橘書店、1933年。後に三修社から出される)のことだ。これは現在『関口・初等ドイツ語講座』(三修社)の名で出ている。韓国では『新獨逸語大講座〔合本〕』(關口存男原著 / 李三顯・李炳璨訳補、博英社、1957)の名で出ている。

食堂を出て店に戻り、コーヒーをご馳走になった。コーヒーといっても、韓国ではスティック入りのインスタントコーヒーだ。主人は浄水器で熱湯を注ぎ、スティックの袋でかき混ぜた。主人が、こんなやり方でも大目に見てくださいと言ったけれど、実はこの方法は以前、私が自分で発明した秘密の方法だと思っていたのだった。あとで知ったのだけれど、かなりの人たちが私と同じことをしていた。

主人と店員と3人で古本屋の話をした。고구마の売り場の構造が뿌리서점と似ているというと、主人もそれを認めた。ただし、뿌리서점はインターネットでの販売をやっていない。以前、뿌리서점の主人に勧めたことがあるけれど、それはできないと言っていた。今考えてみれば、確かに今からインターネット事業に加わるのは無理だろう。別の付加価値で勝負するしかない。

近くで子供たちが遊んでいた。そのボールが道に転がっていってしまい、向こう側に駐車している車の下に入り込んでしまった。子供がボールを取ろうとしたけれど、道路の中央には柵があって、向こうへ渡れない。それを見ながら、子供たちが遊べる空き地がないのは本当に危ないことだという話をした。主人が子供たちに、危ないからあっちへ行きなさいと注意した。

それから車社会の話になった。私は韓国へ来る前は、韓国ではソウル市内を自転車で見て回ろうと思っていた。けれども、実際に来てみると、とてもじゃないけれど自転車を乗り回せるような環境ではないことが分かった。のちに私も車を運転するようになり、そのおかげで運動不足で困るようになってしまった。去年、이명박大統領が、韓国を自転車大国にしてみせると宣言して私はとても喜んだ。けれども、교보문고には駐輪場がない。案内の人に、いつごろできるかと聞くと、駐輪場を設ける計画はないと言われた。최종규氏はそんな中でも、ソウル市内を自転車を乗り回しているそうだ。そんな話をした。

すると主人は、彼は度胸者(강신장)だと言った。충주まで自転車で行って来るし、충주から인천までも自転車で移動するという。韓国の道路はかなり危険であるにもかかわらず、そのような長い道のりを自転車で走り続けるとは、驚くべきことだ。それに、その強靭な体力!

私たちが話をしていたとき、家族連れが通りがかりにやってきて、娘に『그리스 로마 신화』というシリーズの漫画本から1冊を買ってあげていた。さっきの店員が相手をした。それは微笑ましい姿だった。

恰幅のいい女性が、同じ位の歳の痩せた女性と一緒に歩いてきて、今回성동구の区長(구청장)に当選した挨拶に伺いましたと言った。私がおめでとうございますと言うと、その女性は喜んで私に握手を求めた。女性が主人にもお辞儀をすると、主人はハンナラ党ですね、しっかり反省してくださいよ、と言った。今回の総選挙で、ハンナラ党は国民にそっぽを向かれ、惨敗したのだった。区長の当選者は主人の話をしんみりと傾聴していたけれど、とても聞きにくそうな表情だった。私は内心、あれじゃ駄目だな、と思った。主人は当選者に辛口の話ししかしなかったけれど、当選者が立ち去るときには「건강하세요」と挨拶をした。

20時59分に妻から電話があった。買い物に行くから帰ってくるようにとのことだった。そこで、店先の椅子に立てかけてあったかばんを取ろうとして振り向き、高さ10センチほどの段差の上に足をかけたとたん、右足のふくらはぎが攣った。

私が段差の上に座り込んで右脚をさすっていると、主人が来て、私のふくらはぎをマッサージしてくれた。そこへ来た男性客が、爪先を手前に引くといいと言うので、主人は私の爪先を手前にグイグイと引いた。すると、攣りがだいぶ治まった。それから主人は20分ぐらい、献身的にふくらはぎのマッサージをしてくれた。おかげで痛みも引き、歩けるようになった。

そのあと、売り場に下りて、先ほど目をつけておいた2冊の本を買った。9,500원だった。

 『國語學資料選集 I』(國語學會編、一潮閣、1972。1979年重版)
 『國語學資料選集 IV』(國語學會編、一潮閣、1973。1982年重版)

店員が、さっきブログをやっていると聞きましたけれど、住所を教えてもらえませんかというので、紙に書いてあげた。私も店員に名前を尋ねた。이중완氏という。まじめで感じのいい青年だ。

店を出ると、主人は右隣の구멍가게の前に出してある椅子にもたれて座っていた。私を見ると立ち上がってやって来た。主jんと握手をしてお礼を言い、청구駅へ向かった。

고구마の住所は、서울시 성동구 금호동2가 10-2。ホームページには「금호2가」と出ているけれど、ひょっとしてと思い、Google で「금호동2가」と入力してみたら、正しい場所が表示された。電話番号は、02-2232-0406。ホームページは、 www.goguma.co.kr
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by ijustat | 2010-06-06 22:52 | Bookshops

뿌리서점5

今度もまた、文字数が制限を超過してしまった。それで、4たび新しく記事を立てることになった。以前の書き込みは次の通り。

 뿌리서점 (2009年10月28日~2009年12月27日)
 뿌리서점2 (2009年12月30日~2010年1月31日)
 뿌리서점3 (2010年2月6日~2010年2月20日)
 뿌리서점4 (2010年2月21日~2010年4月24日)

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2010年5月30日、日曜日。21時ごろ、家族で食事に行った帰りに뿌리서점に立ち寄った。店内は客が多く、すれ違いの出来ない通路では、一人の客が通路から出ようとすると、その手前にいる人たちは、いったん通路から出なければならない。通路にいる客よりも奥に行く場合も同じだ。その客にいったん出てもらい、自分が入ってその客も入りなおす。そうやって、何度も出たり入ったりを繰り返す。そんな混雑の中でも、次男は自分が座って本を読める場所を見つけ、さっそく漫画本を手に取って読み始めた。

妻は、本棚のいちばん上にある日本の文庫本を取ろうとして、木の足台に乗ったけれど、手が届かなくて、私に助けを求めた。뿌리서점は数年前に盗難事件があってから、脚立を処分してしまったので、背の低い人は高いところにある本が取れなくなったのだ。

私は主人に、この店は来るお客さんも面白い人が多いですねえ、と言って話しかけた。特に、この間の日本を賛美する客には驚いたということを話した。そして、その人の言った、“韓国を取り返す”と言った人物の名をインターネットで検索したけれど、料理家などが出てくるばかりで、それらしき人物は見当たらなかったと言った。

すると主人は、ここには実に様々な人がやって来ると言った。大韓民国は自由主義国家だから何を話しても自由なのだと言いながら、ある人は、自分の主義とは逆の発言をしながら相手の思想を探ったりもするという話をした。たとえばその人は、進歩主義者の悪口を散々言ったけれど、実際には本人は進歩主義者で、もし自分の話に同調すれば、その人は保守主義者ということになる。主人はその話をしながら、まったく彼と話をしていると何が本音なのか全然分からなくなると言った。

主人がその話をしていたとき、中年の女性客が『소피의 세계』という3巻の本を持ってきた。主人は8千ウォンだと言った。女性が1万ウォン札を差し出すと、主人は千ウォン札を3枚渡し、おまけだと言った。女性客は喜んで帰って行った。

妻が奥の本棚から私を呼ぶ声が聞こえた。行ってみると、床に紙コップが落ちて、通路はコーヒーの海になっていた。本の山の上に紙コップを置いておいたら、上から本がドサドサと落ちてきて、紙コップを落としてしまったのだそうだ。妻はかばんからちり紙を数枚出して床に落とし、その上に足を下ろして濡れた床を拭いた。すぐに主人がやってきて、妻が拭き残した部分を拭き取った。妻がごめんなさいと謝ると、かまわないと言った。結局私はそばに突っ立っていただけで、何もしなかった。

たぶん、こうやって客がコーヒーをこぼしてしまうことは、よくあるに違いない。私が買った本にも、コーヒーの染みが付いていることがある。このように、客がコーヒーをこぼしても大して気にしないのは、뿌리서점の主人の大らかな性格によるだろう。また、コーヒーで本が汚れるという事故があっても客にコーヒーを出し続けるのは、それだけこの小さなサービスによる実入りが大きいということもあるかもしれない。

책방진호の主人が店に入ってきたので、握手をして挨拶を交わした。そして妻を紹介し、妻に、以前노량진にあった古本屋の主人だと紹介すると、妻も、ああ한샘학원のところにあった古本屋ですねと言って、挨拶をした。책방진호の主人は、週に2度は뿌리서점に行くと言っていたから、今夜も本の調達に来たのだろう。このように、韓国の古本屋は他の古本屋を回って本を買うことがある。日本の古本屋はどうなのだろうか。

主人がコーヒーを淹れる台の上に、きれいな写真がちりばめられたポスターのようなものが数十枚、置いてあった。「골목빛, 골목동네에 피어난 빛깔」と書いてある。これは何ですかと聞くと、최종규氏が置いて行ったもので、写真展の案内だということだった。韓国の裏通りを撮った写真で、生活の匂いの漂う何ともいえない風情がある。최종규氏は『모든 책은 현책이다』(그물코、2004)の著者で、古本屋を巡り歩いて記事を書く作家であるだけでなく、写真家でもある。

写真展をやっている場所は「인천 배다리 헌책방거리 한켠에 깃든 책쉼터 <나비날다>와 <배다리, 작은책, 시가 있는 길> 두 곳에서 함께」ということで、期間は「2010년 5월 1일부터 7월 31일까지」ということだ。인천はちょっと遠いけれど、「사진 구경하는 삯은 없습니다」というので、関心のある人は、行ってみるといいだろう。このポスターをもらってもいいですかと尋ねると、どうぞどうぞと言うので、私も1枚もらった。

今日は、妻の選んだ本だけ買った。長男も次男も、本を買うことには関心がなかったし、私はゆっくり選ばないと買いたい本が決まらない。妻が買ったのは、『君の名は2』(菊田一夫著、河出文庫、1991)。主人にいくらですかと聞いたら、1万ウォンというので、1万ウォン札を渡すと、えっ本当に1万ウォン?と言って驚いた。千ウォンのつもりで言ったのだった。

帰りに長男が、redenomination という言葉を知っているかと言う。どういう意味かと聞くと、お金の単位を変えることだという。つまり、デノミというやつだ。何でそんな話をするのかと思ったけれど、長男は뿌리서점で本代を払うときの奇妙なやり取りを見ていたから、それを考えていて、ふと学校で習った英単語を思い出したのかもしれない。
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by ijustat | 2010-05-31 11:48 | Bookshops

노벨서점

何の変哲もない裏通りに、カモフラージュするかのようにひっそりと、この古本屋は佇んでいる。実は、3年ほど前に電気科の김태현先生に案内されて行ったことがある。昼の12時ごろだった。しかし、店はシャッターが下りていた。それで、廃業したのかと思っていた。

c0019613_1125753.jpgしかし、今日(2010年5月18日、火曜日)同僚の小島先生がこの店の存在を教えてくれた。その前の週に、この「韓国古書店・書店見聞録」をコピーしたものをお貸ししたのだけれど、それを返しに来たとき、自分の古本屋見聞記をプリントアウトしたものが添えてあった。それがこの노벨서점だった。どこかで見たような名前だと思ったけれど、それ以上に、そこに書かれていた岩波書店の『アラビア語入門』のことが気になった。何よりも、カセットテープ付きで、10,000원で売っているという。出版年を確認していないと書いてあったけれど、先生の撮った写真を見て、それが80年代前半のものだと感じた。だったら、けっこう高級な学習書だ。授業が終わってから急いで小島先生に電話し、その古本屋がどこにあるのか、正確な場所を尋ねた。そして、中国語科の陈华先生と一緒に行ってみた。

店の間口は狭く、奥行きもそれほどないけれど、店内は本で埋められていた。小島先生の見聞記に「まもなく店のすべてが本で埋め尽くされてしまうのではないかという印象だった」と書かれていたけれど、壁に面した書棚だけでなく、中央にうずたかく積まれた本の塚が陣取っていて、右側の通路は狭くて人が通れなかった。そして、その奥に主人がいた。

目が合ったので挨拶をすると、怪訝そうな顔で曖昧な挨拶を返した。しかし、同僚の先生から教えてもらって来ましたと言い、『アラビア語入門』はまだありますか、と尋ねると、ああと言って、右の方の棚から出してきた。そして、主人との会話が始まった。

私は仕事柄、外国語の教材に関心がある。それを言うと、『アラビア語入門』の隣にあった白水社の『入門ロシア語』も持ってきた。どちらもテープつきの教材だ。どちらも30年前の本で、定価は、テープ2本付きの『アラビア語入門』が6,000円、テープ1本付きの『入門ロシア語』は3,000円だ。現在も外国語教材の値段は似たようなものだから、物価との兼ね合いを考えると、ずいぶん安くなったといえる。値段を尋ねると、『アラビア語入門』は10,000원で、『入門ロシア語』は3,000원という。この2点を買った。これらの本の内容は、次の通り。

 『アラビア語入門〔カセットテープ付〕』(池田修著、岩波書店、1976。1982年第3版)
 『白水社カセットブックス 入門ロシア語』(灰谷慶三著、白水社、1971。1979年第3刷)

他にも、韓国で出たいろいろな外国語教材を見せてくれた。それらは買わなかったけれど、その中には今まで見たことのない「韓・エス辞典」もあった。

主人は陈华先生に『全唐詩』という大部の縮小影印本を勧めた。でも、値段が150,000원と聞いて、陈华先生は手を引っ込めた。

カウンター脇の、左側の本棚に、中国の本が数冊あった。以前、朝鮮族の女性が売っていったものだそうだ。その女性はかなりお金持ちのようだったという。今も残っている中には『紅楼夢』の原文もあった。しかし、こともあろうに、それは下巻だけだった。上巻はどうしたのかと尋ねると、数年前に老紳士が買って行ったのだそうだ。上巻を読み終わったら下巻を買いに来ると約束したという。なんてこった。陈华先生は呆れて、売るなら上下まとめて売らなきゃ駄目じゃないですか、と残念がった。その老紳士は、それ以来この店に姿を現さないそうだ。お年を召して他界されたか。

陈华先生は、30年ぐらい前に刷られた、中国の古文を読むための辞書を買った。2,000원だった。先生の話では、この本は現在も出ていて、韓国のお金に換算すると大体5,000원ぐらいで売られているとのことだった。

そのあと、主人としばらく雑談をした。主人は30年ほど前に近所で古本屋を始めたという。その後、10年ほど前にこの場所に越してきたそうだ。以前はインターネットなどでずいぶん紹介されたけれど、辺鄙な場所にあるため、客はあまり来ないという。

主人が、한겨레신문に紹介されたというので、ひょっとして임종업記者ですかと尋ねると、そうだという。「헌책방 순례」で紹介されたそうだ。あの人は本をどっさり買って行きましたよ、と懐かしそうに言った。

この店は、古本屋などありそうもない裏通りを歩いていると、忽然と現れるため、ちょっとした驚きを感じさせる。けれども、主人の話によると、このあたりは以前古本屋がたくさんあったそうだ。“古本屋街(헌책방 거리)”とまで言っていた。ちょっと信じられない話だ。

でも、古本屋は現在では斜陽産業だ。ひとつ、またひとつと、店をたたんで行っているのが現状だ。時々、 古本屋だったら町内ごとにありますよ(헌책방은 동네마다 있어요)、とご親切にも指南してくれる人がいるけれど、それは20年前の情報で、現在は、かなり足を伸ばさなければ古本屋に辿り着けないことが多い。

主人の話では、中国もそうらしいという。そうでしょ、と陈华先生に確認した。けれど、陈华先生 は中国の古本や事情まではご存じないようだった。主人は私に、日本は違うと言い、どうだと尋ねた。私も、日本の古本屋事情には明るくない。私の郷里である川越では、物心付いた頃から、古本屋が現れては消えている。90年代には「ブックシティー川越」があり、2000年代半ばには、「本だらけ」があった。それらは、古い本や珍しい本も取り揃えていて、私の好きな古本屋だったけれど、現在は無くなってしまった。代わりにブックオフが入ってきた。全体として減少の傾向にあるような気がするけれど、どうなのだろうか。

主人は、日本のブックオフが韓国に進出したことで、古本産業の可能性を感じているようだった。けれども、ブックオフのやり方は古本屋の一つの形態に過ぎないと思う。なぜなら、ブックオフは新しい中古書籍しか扱わないからだ。主人は、ブックオフでは在庫図書を扱っているのかと聞いたけれど、在庫図書ではない。そんな売れ残りばかり扱っていたら、読者はあまり喜ばないだろう。きれいな中古書籍を扱っているのだと答えると、ほう、そうか、と意外そうな顔をした。ブックオフでは、それを「新古書」という奇妙な名前で呼んでいる。それは一つのスタンスとしては悪くない。けれども、そういう古本屋が蔓延ってきたのが、私には不満だ。

帰り際に、何時から何時までやっているんですか、と尋ねると、夜は大体9時ごろまでやっていると言った。ただ、午前中は本を仕入れに行くために、店を開けるのは午後からになるという。だから昼頃行ったら閉まっていたわけだ。ちなみに、日曜日は休みとのこと。

帰宅後調べてみると、2005年8月25日に発表された임종업記者の「헌책방 순례」(http://www.hani.co.kr/kisa/section-paperspcl/book/2005/08/000000000200508251653374.html)に、노벨서점が紹介されていた。そこでも「사방벽과 가운데 쌓인 것을 흐뜨리면 책방공간의 반은 고일 터이다」と書いていて、小島先生の「まもなく店のすべてが本で埋め尽くされてしまうのではないかという印象」と大体同じだ。5年前も今も、ずっと同じ状態でいるわけだ。もっとも、店の状態というのは店主の個性によって作り出されるものだから、何年経っても変わらないのが当たり前かもしれない。たとえば、책방진호が売り場の中央をいつでもがらんどうにしているように。

また、主人は読書家だという。임종업記者は、上の記事で「“책과 가까이 있다는 게 행복합니다. 하루종일 책을 읽을 수 있다는 게 얼마나 좋은지 몰라요.” 도서관에서 빌려온 ‘새책’이 헌책 사이에 끼어 4권이나 됐다. 책방의 책은 독자용이라 건드리지 않는 것일까, 서재의 책은 주인용이라 이미 다 읽은 것일까. 그는 이곳을 책방 겸 서재라고 했고 손님을 독자라고 불렀다」と述べている。図書館から本を借りてきて読む古本屋がいるなんて、考えたこともなかった。

노벨서점の住所は、서울시 은평구 응암4동 283-13。ただ、この番地ではGoogleで出てこない。正確な番地は응암동 749-60ではないかと思うのだけれど、はっきりしたことは分からない。電話番号は02-308-2701。携帯は017-780-2703。主人の名前は김창렬。名刺には漢字で「金昌烈」と刷られている。

ちなみに、この店の左側2件目には、만복래반접(서울시 은평구 응암동 749-58, ☎02-307-2772)という中華料理屋がある。この店は安くて美味しいのが特徴だ。なんと、짜장면がたったの2,000원。麺がしっかりしていて美味しい。
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by ijustat | 2010-05-20 02:16 | Bookshops

이상한 나라의 헌책방

この店の存在を知ったのは、2010年1月13日付の최종규氏の記事(http://www.ohmynews.com/NWS_Web/view/at_pg.aspx?CNTN_CD=A0001300480)による 。この記事で、彼は雑誌記者が이상한 나라의 헌책방を古本屋に含めていることを批判していた。それを見て、私は이상한 나라의 헌책방という店の存在だけでなく、その店の主人が同名の本も出したことも知った。최종규氏は、店の名称だけでなく、どんなことをしている店なのかも正確に書いていたので、私はこの店が――최종규氏が“古本屋でない”と力説しているにもかかわらず――古本屋であることを知った。

c0019613_2128522.jpgこの記事を読んで間もなく、1月31日に『이상한 나라의 헌책방』(윤성근著、이매진、2009)を買って読んだ。なかなか面白い本で、読書を心から楽しんでいるのをひしひしと感じた。この本は、自分の経営している古本喫茶、이상한 나라의 헌책방について書いたものだ。それでますます興味を持ち、インターネットでこの店について調べてみると、이마트 은평본점の近くにある。

そして2010年4月15日木曜日の18時ごろ、ついに이상한 나라의 헌책방を訪問した。サインしてもらおうと思って、先日読んだ『이상한 나라의 헌책방』も持って行った。本には、看板がないと書いてあったので、心配していたけれど、車を裏通りの居住者専用の駐車区域に失敬して停めさせてもらってから、最初の建物の地下に降りる階段の入り口をひょいと見ると、上に「청소년 문화공간 / 이상한 나라의 헌책방」と書かれた表示が目に入った。

扉を開けて店に入ると、大きな音でジャズが流れいた。奥の机では、店主と見られる男性が、サキソフォンの奏でるリズムに合わせるかのように、軽快なリズムでパソコンのキーボードを叩いていた。本で見た店内は、何となく複雑な感じがして、私には難解に感じられたけれど、実際には整頓されていて、分かりやすい空間だった。中央には読書用のテーブルが3つ置いてあり、2人の客が本を読んでいた。空いていたテーブルの椅子にかばんを置いて、店内の本を眺めた。本には、店にある本は多くないと書いてあって、確かに空間の割には本が非常に少ないけれど、読んだ本しか売らないという著者の主義から考えると、むしろ膨大な量だ。

ちょうど私が本を見ていた脇に、浄水器があって、そこへ男性がミネラルウォーターのタンクを持ってきて、水の少なくなったタンクと取り替えた。それで、こんなにたくさんの本を全部読んだなんて、圧倒されてしまいます、と言って声をかけてみた。すると彼は恥ずかしそうに、毎日やっていることですから(맨날 하는 게 이건데요)と言う。それから会話が始まった。この男性が、『이상한 나라의 헌책방』を書いた、主人の이상근氏だった。

ところが、すぐに電話が鳴って、会話は中断された。客からの電話のようで、本を売りたいという内容らしかった。まず値段交渉をしているようだった。主人は、うちも利益を出さなければいけないし、買い取った本は売れないかもしれないので、安く買って多少高く売らなければならないという、基礎的な内容を話していた。主人はまた、当店では自分が読んだ本しか売らないから、持って来る前に目録でも見せてくださればありがたいのですがと答えた。そして、電話の向こうで客の言っている本のジャンルには、政治家の出した本も含まれているようで、主人は、前職大統領の出した本のようなものは、うちに来る客は見向きもしてくれないでしょうと答えていた。私はそれを聞くとはなしに聞きながら、一般人が古本屋という文化に初めて触れる瞬間に立ち会った。

そのあと、主人といろいろな話をした。日本の古本屋の話、古本を「헌책」と呼ぶことから生じる歪んだ認識など。私が이상(李箱:1910~1937)の『李箱 随想録 날자, 한번만 더 날자꾸나』(吳圭原編、도서출판 문장、1980)を手に取って来たのを見て、主人が、そういうものをなぜ読むんですかと聞いた。それで、이상は有名な詩人で、その名前がよく取りざたされるにもかかわらず、自分は今まで読んだことがなかったからですと答えた。それから話は詩に移り、主人は이상の詩が難解だという話をしながら、이상の詩集を見せてくれた。その代表作といわれる「烏瞰圖」(1932年発表)という詩集の「詩第一號」は、こんな感じだ。

十三人의兒孩가道路로疾走하오.
(길은막다른골목길이適當하오.)

第一의兒孩가무섭다고그리오.
第二의兒孩도무섭다고그리오.
第三의兒孩도무섭다고그리오.
第四의兒孩도무섭다고그리오.
第五의兒孩도무섭다고그리오.
第六의兒孩도무섭다고그리오.
第七의兒孩도무섭다고그리오.
第八의兒孩도무섭다고그리오.
第九의兒孩도무섭다고그리오.
第十의兒孩도무섭다고그리오.

第十一의兒孩가무섭다고그리오.
第十二의兒孩도무섭다고그리오.
第十三의兒孩도무섭다고그리오.
十三人의兒孩는무서운兒孩와무서워하는兒孩와그렇게뿐이모혓소.
(다른事情은업는것이차라리나앗소)
그中에一人의兒孩가무서운兒孩라도좃소.
그中에二人의兒孩가무서운兒孩라도좃소.
그中에二人의兒孩가무서워하는兒孩라도좃소.
그中에一人의兒孩가무서워하는兒孩라도좃소.

(길은뚫린골목이라도適當하오.)

十三人의兒孩가道路로疾走하지아니하야도좃소.
奇妙な詩だ。子供(兒孩)たちが口々に「怖い(무섭다)」と言うことから感じられる得体の知れない不安以外には、何も理解できない。이상は、生前には日の目を見ない詩人だったそうだ。死後に有名になったけれど、そのとき彼はすでに世になかったので、どういう意図でそれらの詩を書いたのか、知るすべがないという。

ところで、店の名にある「이상한 나라의~(不思議な国の~)」というのは、「이상한 나라의 앨리스(不思議の国のアリス)」に由来している。主人は、この作品のファンで、それに関する本や資料を集めている。60年代に出たという、韓国で初めて翻訳された『이상한 나라의 애리스』(계몽사、1962)という書名の本も見せてもらった。60年代に出たとはいっても、当時韓国の本は紙の質があまりよくない。すでにだいぶ劣化している。主人は気楽に手にとってテーブルの上に置いたけれど、私は手を触れるのが憚られた。

代りに、図書の保管について聞いてみた。どんな状態で保管すればいちばん劣化を防げるのか。主人によると、湿度は40パーセントで、気温は15度から18度に保つことが、本にとっては理想的だそうだ。現に、이상한 나라의 헌책방には、気温と湿度を一定に保たせる空気浄化装置が備え付けられている。気温はともかくとしても、私はソウルの激しい湿度の変化で本が毎年少しずつ傷んでいくのが気になっていた。40パーセントといえば、春や秋の非常に快適な時期の湿度だ。気温を一定に保つのは難しいとしても、日本の木造建築なら、湿度の変化をある程度抑えることは可能かもしれない。

現に、1980年に買った旺文社の『英和中辞典』は、韓国へ持ってきた中身はボロボロに汚れてしまったけれど、実家の箪笥の奥に仕舞ったままのケースと紙のカバーは、いまだに新品そのものだ。一昨年日本へ戻ったとき、箪笥の中から出てきたケースとカバーの、その真新しさに驚いたものだ。韓国で80年代に刷られた本が、すでに古本の貫禄を十分に見せているというのに、それはまるで昨日買ってきたばかりのようで、80年代という遠い昔に突然自分が戻ってしまったような衝撃を覚えた。こういう名状しがたいちぐはぐな気分というのは、故郷にずっと住んでいては体験できないことかもしれない。

c0019613_21292753.jpgかばんから本を取り出し、サインをしてもらった。「평화를 만드세요」で始まる独特なサインに、本で紹介していた店の判子を押してくれた。店で鳴り響いているジャズ・サックスは、この判子の作者が演奏しているものだそうだ。

私が、今度来るときは、1冊本を売りたいと思っているのだけれど、ひょっとして『훔친 책 빌린 책 내책』(윤택수著、아라크네、2003。初版本)を引き取ってくれますかと尋ねると、ぜひともと言ってくれた。私はこの本を、本に関する本だから面白いだろうと思って買ったのだけれど、詩のように印象的な文章が続き、読むたびに乗り物酔いのような不快感を覚えるのだった。いい本なのだろうけれど、残念ながら、私には合わなかった本だ。そういう本は、私の書棚に眠らせておくよりも、早く新しい持ち主を探してあげた方が、本にとっても幸せに違いない。

主人はとても気さくな人で、本を書く人によくありがちな、気難しい面もなかった。この店を古本屋ではないと主張している최종규氏についても、決して悪く言わなかったし、評価すべき点をきちんと評価していた。18時過ぎに店に入って声をかけてから、21時過ぎまで話に花を咲かせた。

이상한 나라의 헌책방の住所は、서울시 은평구 응암동 89-2 B1。電話番号は、070-7698-8903。ウェブサイトは2sangbook.com。主人は『이상한 나라의 헌책방』を書いた윤성근氏。

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2010年4月27日、火曜日の夕方。陈华先生と一緒に近くの초유향(楚遊香)という中華料理屋で食事をしたあと、이상한 나라의 헌책방へ寄ってみた。主人の윤성근氏はいなかった。代りに同じぐらいの年齢の女性が、店の奥でコンピュータのキーボードを叩いていた。私たちに気が付くと、椅子から立ち上がってこちらを向き、ひょっとして윤성근氏に会いにいらっしゃったんですかという。はいと答えると、今日はあいにく外で集まりがあって、店には戻ってこないのだと言った。

店の中では、高校生ぐらいの少年少女たちが動き回りながら大きな声で話していた。陈华先生は、それがあまり気に入らないらしかった。私が、ここはお茶が飲めるけれど、注文しますかと聞いたとき、動き回る学生たちを横目で追っていた。ここではゆっくりしたくなさそうな雰囲気だった。しかし、本棚に並んでいる本には興味があるようだった。それで、本棚を眺めながら、入り口の方へ向かった。

ある本棚の脇の台に、外国の本が3冊立てかけてあって、その中にカンボジア語で書かれた韓国語の会話集があった。製本も印刷も装丁も劣悪だけれど、形式は整っていた。陈华先生と一緒に覗き込みながら、何て説明しているのか全然分かりませんねえと言って笑った。

コンピュータのキーボードを叩いている女性に、それではお暇しますと挨拶すると、わざわざ席を立ってこちらまでやってきた。そして、윤성근氏にご用でしたなら、もしよければ名前を残して行きますかと言った。はいそうしますと答え、紙切れを取り出したとき、陈华先生がその女性に「혹시 아내예요?(ひょっとして、妻ですか)」と聞いた。その言い回しを聞いて女性は、はいそうですけど、ひょっとして日本の方ですかと尋ねた。私が横から、この方は中国人の大学の先生です(이 분은 중국 교수님입니다)と答え、それに合わせて、陈华先生も私を指し、この方は日本人の大学の先生ですと言うと、奥さんはああ分かったという表情で、話は伺っていますと言った。それで、では名前を残す必要はありませんねと言って、挨拶をして店を出た。

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2010年6月3日、木曜日の夕方。同僚のA先生と一緒に이상한 나라의 헌책방へ行った。行く前に電話をかけると、私のことを覚えていて、どうぞいらっしゃいと言ってくれた。先日行ったときに話をした『훔친 책 빌린 책 내 책』(윤택수著、아라크네、2003)を持って行った。

店に入ると、主人の윤성근氏はコンピュータの前に座っていた。挨拶を交わした直後にコンピュータの前に置いてある携帯が鳴った。話が終わったあと、もう一度挨拶をし、かばんから『훔친 책 빌린 책 내 책』を取り出した。この本は、インターネットで紹介されていて買ったけれど、自分は読んで合わなかったという話をした。

윤성근氏はこの本を3,000원で買い取った。その値段の高さに驚いて、そんな高い値段で買ったら、利益にならないんじゃないですかと聞くと、自分は本を定価の半額で売っているけれど、この店は本の回転が早いので、大丈夫だと答えた。どのように値踏みをしたかというと、この本は定価が8,800원だけれど、いちおう1万ウォンと見て、その3分の1の価格で買い取ったのだそうだ。売るときは5,000원で売るということか。

なぜ本の回転が早いかというと、自分が読んでよかった本だけを売っているので、お客さんは信用して買ってくれるし、店にある本はすべて背表紙が見える状態になっているので、お客さんの目に触れずに売れ残ることがないというわけだ。意外なところに経営の秘訣がある。

윤성근氏が私に、あげる本があると言い、ガラス張りの書棚から本を取り出してきた。『해바라기 이주호의 사랑으로』(이주호著、CM미디어、1998)という。彼の出した最初で最後の本だそうだ。初版本だけれど、初版で終わったようだ。歌は80年代に大ヒットをし、その後も根強い人気を保っている해바라기だけれど、著書の方は、そうはいかなかったらしい。ありがたくいただいた。

A先生は、訓民正音の研究書を選んだ。윤성근氏が、これは韓国人が読んでも難しい本ですよと言った。ページを開いてみると、巻末に原本の影印本があり、本文の方では、段落ごとに活字に起こした原文が、現代語訳と語釈とを添えて提示してあった。難しい本かもしれないけれど、とても役に立ちそうな本だ。A先生は良書を探し出す名人だ。

윤성근氏がそれと関連する本として、『세종 시대의 문학』(최철著、세종대왕기념사업회、1985)という本を出してきた。私たちに本を見せながらパラパラとページを捲っているのを見ると、文献の目録や索引が充実している。「買います」と言って、その本は私が買い取った。2,000원だった。

このあいだもらったメールで、お客さんに頼まれた本を探すのも自分の仕事だといっていたのを思い出し、去年から探している3冊の目録を見せた。それを見ると、ちょっと難しそうな顔をした。なかなか出てこない本だという。でも、いちおう探してくれるという。それから、時間が出来たら一緒に古本屋めぐりをしましょうと言ってくれた。

そのあと、윤성근氏と一緒に話に興じた。国語醇化運動の話、정은서점の主人はけっこう厳しい人だという話などをした。私が、정은서점の主人とは10年以上の付き合いがあり、たまに店へ行っては1時間以上立ち話をすることもあるというと、意外そうな顔をしていた。

それから、윤성근氏の経営方法の話になった。その経営方針を私なりに整理すると、第一に、自分が読んでよかった本しか売らないこと、第二に、本を売り物扱いしないこと、第三に、不必要に金儲けをしようとしないこと。その考えに則って、店にある本は約3,000冊と、古本屋としてはかなり少ない。また、循環読書(순환독서)をしたり、僧侶で随筆家の법정が逝去したときも、彼の遺言によって絶版となった『무소유』を、他の古本屋と一緒に無償で読者に提供した。私にとっては驚くような話ばかりだ。

それにもかかわらず、他の古本屋のように経営に苦しむことがないのは、ひとえに主人の緻密な経営手腕と、その経営哲学とによる。私はその経営哲学が、すごいと思う。

A先生は話に加わってこなかった。先生が興味を持ちながら話す内容だと思うのに、先生は書棚や、壁に貼ってある新聞記事などを読んでいた。私は先生は韓国語が堪能だと思っていたけれど、ひょっとしたら、一緒に話をするには負担なのかもしれない。それで先生に、もしよければ、通訳をしましょうかと言った。けれども、先生は大丈夫と答えた。윤성근氏は、A先生が本に関心があるのだと思っていたように見受けられる。しかし、私の目には、先生は退屈していた。しかし、帰りたいと思っているのかどうか、はっきりしない。話をしながら悩んだ。

ずいぶん長く話し込んだ。突然A先生が、お先に失礼しますと言って、扉から出て行った。こりゃ大変だ。大急ぎで윤성근氏に挨拶をし、私も店から出た。A先生は이마트の方へ向かって歩いていた。謝って、一緒に車に乗った。

A先生の話では、이상한 나라의 헌책방の主人は自分と同じ年だという。私が主人と長話をして迷惑をかけてしまったけれど、店には関心を持ってくれたようだ。

こういう場合に一緒に来た人を退屈させないためには、よく喋る人の方に話を振り、通訳してあげるのがいいだろう。今回のような場合は、윤성근氏に話を振るべきだった。私はそこまで頭が回らず、A先生に、何か話したい内容があったら通訳しましょうかと言ったので、A先生は遠慮してしまった。これは私の配慮の足りなさだ。
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by ijustat | 2010-04-16 21:16 | Bookshops

韓国オンライン古書店目録

古本サイトへのリンク集を作ってみた。この中には、オンライン専用(노마드북や서울북마트など多数)もあれば、オフラインの売り場も持っている店(고서점や통문관など多数)もある。また、売り場で扱う本に制限がある店(신고서점など)や、反対に、オンラインの方に制限がある店(책나라や달마헌책방など)もある。また、売り場はあるようなのだけれど、電話をかけたらストレートに「来るな」と言った店(たとえば、대방헌책)もあるし、今のところ売り場はあるけれど、いずれオンライン専用になってしまいそうな店(たとえば、헌책방 오거서)もある。

最近はどんどん古本サイトが出てきているので、思わぬ取りこぼしはたくさんあるに違いない。それでも、この程度あれば使い物にはなるだろう。

= ㄱ =
가자헌책방 : www.gajagajabook.co.kr
고고북 : www.gogobook.net ※統合検索
고구마 : www.goguma.co.kr
고래서점 : www.gorebook.co.kr
고서점 : www.oldbookshop.co.kr
교보문고 중고장터 : used.kyobobook.co.kr ※大手

= ㄴ =
남문서점 : www.ibuybook.co.kr
노마드북 : www.nomadbook.co.kr

= ㄷ =
달마헌책방 : dharmabooks.co.kr
대방헌책 : www.oldbook8949.co.kr
동국서적 : www.yescall.com/donggukbook ※活動しているのだろうか…

= ㄹ =
롯데헌책방 : www.eoldbook.com

= ㅁ =
모아북 : www.moabook.co.kr
문화헌책서점 : www.bookst.co.kr

= ㅂ =
바이북 (서울북마트) : bybook.co.kr
북코아 : www.bookoa.com ※集合体
북아일랜드 : www.bookisland.co.kr
북헌터 : bookhunter.co.kr

= ㅅ =
소망헌책 : www.somangbook.co.kr ※キリスト教専門
신고서점 : www.singoro.com

= ㅇ =
아단문고 : www.adan.co.kr
아이앤지북 : www.ingbook.co.kr
알라딘 중고샵 : used.aladdin.co.kr ※大手
영록서점 : www.younglock.com
오복서점 : obookstore.co.kr

= ㅈ =
중앙서점 : rorobook.com
집현전 헌책방 : heebook.co.kr

= ㅊ =
책나라 : www.booknation.co.kr
책벌레 : book.cyfam.com
책사랑방 : booksarang.com
책의 향기 : www.bookperfume.co.kr
책창고 : www.bookagain.co.kr
청구헌책 : www.cgbook.co.kr

= ㅌ =
통문관 : www.tongmunkwan.co.kr ※高級店

= ㅎ =
하나북 : www.hanabook.co.kr ※統合検索
행운서점 : www.hwbook.com
헌책마트 : www.hunchaekmart.com
헌책바다 : www.oldbookbada.co.kr
헌책방 : www.hunchak.co.kr
헌책방 오거서 : www.obooks.co.kr
헌책사랑 : www.usedbooklove.com ※統合検索
호산방 : www.hosanbang.net ※高級店
훈민정음 : www.hunmin.co.kr
以下のサイトでは、オンラインでの販売は行っていない。店の運営状況などが分かる程度のものから、販売中古書の目録が見られるものもある。

보수동 책방골목 : www.bosubook.com
아름다운가게 신촌책방 : cafe.naver.com/rootsandshoots
이상한 나라의 헌책방 : www.2sangbook.com
정은서점 : www.jbstore.co.kr
책방진호 : cafe.daum.net/jinho9363
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by ijustat | 2010-03-30 01:15 | Bookshops

교모문고 중고장터

교보문고が古本屋を始めた。

c0019613_205350.jpg2010年3月26日、金曜日。買う本があったので교보문고のサイトに入ると、上のメニューに「중고장터」という文字が出ている。クリックして入ってみると、중고도서の他に、중고음반と중고DVDも扱っている。値段はまちまちで、定価の2割引から半額以下のものまで多様だ。

その日、買った本を受け取りに교보문고の바로드림コーナーへ行ったとき、「중고장터」っていうのができましたね、と言うと、当惑した顔で、インターネットサイトですか、と聞いた。

下の子が買った本は、바로드림サービス(オンラインで購入して店舗で受け取るサービス)では景品が付かないというので、안내(案内)へ払い戻しに行った。そのとき「중고장터」について聞いてみた。しかし、案内の担当者も중고장터については正式に連絡を受けていないので分からないという。

帰宅後もう一度見てみると、 古本の購入だけでなく、판매자(販売者)になることもできる。どうやら교보문고は古本の仲介者で、販売者から購入者に교보문고を通して古本を売るようになっているらしい。だから、古本を교보문고へ持っていくことはしない。そこがちょっと不便な点だ。在庫が捌けなかったら、ずっと手元に置いておかなければならないから。

とにかく、早速판매자に登録した。これで私もこのサイト内では古本屋になったわけだ。

교보문고 중고장터の住所は、used.kyobobook.co.kr。売り場はなくて、すべてインターネットを通して行われる。
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by ijustat | 2010-03-26 19:38 | Bookshops

달마헌책방

知人の김완일氏が、장승배기にインターネット販売もしている古本屋があると教えてくれたのは、2010年3月6日のこと。そのあと、ずっと気になってはいたけれど、忙しさにかまけて訪問できなかった。

c0019613_16591872.jpgそして、ちょうど2週間後の3月20日土曜日。김완일氏にそこへ案内してくださいと頼み、동부이촌동で待ち合わせしてから、私の車で一緒に行った。

店の名前は달마헌책방。노량진の方から向かって、장승배기の十字路を直進してすぐに左折し、またすぐに右に折れて100メートルほど行くと、左手にある。そのすぐ先に영도시장があるけれど、土曜日の午後だからか、史上最悪の黄砂に見舞われているせいか、荒涼とした雰囲気が漂っている。

달마헌책방は、中央に영도시장への連絡通路がある商業用ビルの右側にあり、本は通路にまで溢れていた。店頭にも本が積んであるようだけれど、黄砂を防ぐためか、緑色のカバーで覆われていて、中身は見えない。

店内に入ると、天井まで本がぎっしり並んでいて、ある通路は本の山で覆われて通れなくなっている。山嵐先生のような主人と、奥さんと思われる女性と2人で本について頻りに話し合っている。

김완일氏が、気に入った本を手に取り、主人にいくらですかと尋ねると、定価の半額だと言った。私は『또 다른 한국어―국제결혼 이주여성의 언어 적응에 관한 인류학적 연구』(왕한석著、교문사、2007)を手に取った。これは新刊書だから70パーセントの価格になるという。定価が15,000원の本で10,000원。차비(足代)を引いて、9,000원だという。김완일氏は、高いと言っていた。でも私は、そんなときには他で手に入りそうもない本を探す。

その他に、『아름다운 우리말 찾아쓰기 사전』(김정섭著、한길사、1998)という本を見つけた。パラパラと捲ってみると、컴퓨터を슬기틀と言い換えるなど、行き過ぎと思われる言い換え例もあるけれど、大体において、分かりやすい言い換え例が提示されている。これも半額だという。定価が35,000원だから、17,500원か。

結局、『또 다른 한국어』の方を買い、9,000원を払った。

そのあと、主人と話をした。2年前に古本屋を始めたのだという。店内には本が溢れているけれど、インターネット販売用にデータを入力した本は、全体の3分の1に過ぎないという。作業量があまりに多いので、大変な重労働だといっていた。私が、大学教授の研究よりも大変ですねというと、これは単純労働ですよと答えた。

なぜ店の名前が달마(達磨)なんですか、と尋ねると、以前から達磨の思想に心を寄せていたからですという。私は達磨というと、禅宗の創始者で、壁に向かって8年間座禅を続けたということしか知らないので、そういうことですかというと、そうではなくて、西と東を結ぶ、重要な働きをしたのだという。自分の無知を恥じた。

私が、自分は日本から来たのだけれど、韓国にいる間に古本屋を巡り歩こうと思い立ったという話をした。そして、初めは신촌界隈にある古本屋を訪問し、それからだんだんと情報を広めていったと説明した。

すると主人は、용산の뿌리서점を知っていますか、という。それで、自分は뿌리서점の近くに住んでいて、多いときは1週間に1度は言っていますというと、会心の笑みのような表情を浮かべた。

主人の話では、뿌리서점は商売がうまいという。용산は近くに부촌(富裕街)があるので、本がたくさん出てくるし、客も多い。そのおかげで、本を安く仕入れ、安く売ることができる。自分の店では、本を苦労して仕入れているので、あんなに安く売ることはできないと言った。

しばらく古本談義に花を咲かせたあと、店を出た。主人は気さくな人で、今度来るときは、車でなく公共交通機関を利用して来たら、一緒にお酒でも飲みましょうという。私はお酒を飲まないけれど、にっこりと微笑んで、そうしましょうと答えた。

달마헌책방の住所は、서울시 동작구 상도2동 176。電話番号は、02-811-1256。ウェブサイトはdharmabooks.co.kr
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by ijustat | 2010-03-21 16:59 | Bookshops

남문서점

2010年2月28日、日曜日。김형석の『망치 들고 철학하는 사람들』という本がほしいと思って探すと、남문서점のサイトにあった。値段はたったの3,000원。

なぜこの本を探す気になったかというと、『고서점의 문화사』(이중연著、혜안、2007)という本で引用されていて、興味を持ったからだ。次のように引用され、脚注にその本の名前が挙がっていた。

강점 말기의 독서기록을 남긴 김형석은 당시 일제의 식민정책이 한국 것을 말살시키고자 한 데 대한 반발로 우리 것, 곧 『단종애사』『마의태자』『원효대사』『금삼의 피』 같은 한글 역사소설을 읽었다고 했다. (95쪽)
김형석は연세대학교の哲学科教授だった人で、随筆家としても名高かった。その文体は繊細・内省的で、読者に親しく微笑みかけてくるような筆致が私も好きだ。その人の書いた読書に関する歴史的証言ということで、興味を持った。

この1冊でやめてもよかったのだけれど、택배비が3,000원かかる。それで、ほしかった本をもう少し探してみると、허웅の『우리말과 글의 내일을 위하여』と『이삭을 줍는 마음으로』が出てきた。そこで、買ったのは次の3冊。

 『우리말과 글의 내일을 위하여』(허웅著、과학사、1974。1976年再版。3,000원)
 『이삭을 줍는 마음으로』(허웅著、샘 문화사、1987。1991年重版。8,000원)
 『망치 들고 철학하는 사람들』(김형석著、범우사、1996初版2刷。3,000원)

以上、택배비を含めて22,000원。

受け取ったのは、3月3日水曜日。本の状態は、どれも良好だった。蔵書印が押してある以外は、書き込みもないし、汚れも付いていない。さすがに『우리말과 글의 내일을 위하여』は紙が劣化しかけてきているけれど、丁寧に扱われていたことが分かる。それは古本屋の手柄というわけではないとは思いつつも、何となく好感を持ってしまう。

ところで、『우리말과 글의 내일을 위하여』も『이삭을 줍는 마음으로』も、韓国の言語政策に関する著者の考えを綴ったものだ。日本人の私には、直接の関係はないとは言うものの、韓国語で話したり書いたりするときには、少なからず気になる部分だ。それに、このような本を捲っていると、意外な事実に驚かされもする。

『우리말과 글의 내일을 위하여』を見ると、次のようなことが書いてある。

사전을 뒤적여 보면 우리말에도 이런 말이 있었던가 하고 탄복할 정도로 우리말의 어휘는 반곤하지 않다. 「엇셈, 붐비다, 배앓이, 눈치레, 눈웃음, 눈비음, 설빔, 사니 (모래가 많은 수렁), 사래 (밭이랑의 길이), 배웅」 등등, 우리들이 그다지 잘 쓰지 않는 말들이 수록되어 있다. (17쪽)
これを読んで驚くのは、허웅先生が70年代初め頃、あまり用いない語として挙げたものの中に、現在はごく普通に用いられているものも含まれていることだ。「붐비다」「눈치레」「눈웃음」「배웅」のような語は、今は普通に使われている。ということは、その後の努力によって多くの固有語が復活しているということだ。

허웅先生は観察力のある学者で、表記に地域差があることに目を留め、「부산에서는 대부분 「냇과, 칫과」로 표기하는데, 서울에서는 「내과, 치과」가 우세하다」(21쪽)と証言している。これらの語の発音は、ソウルもプサンも同じだ。それなのに表記には違いがあったというのは興味深い。観察力というのは、卑近なものにこそ注意深く目を留める態度だ。学問していると自負する人にとって、それはけっこう難しいのだ。

この文章には허웅先生の考えが表れていて、「말은 풍부하면서 동시에 쉬워야 한다」(18쪽)と主張している。私もこの意見に同感なのだけれど、諸手を挙げて同意していいかどうかは、ためらいを感じる。

4年前、한영균先生の研究室にお伺いしたとき、私は日本語の表記が複雑なことをぼやいた。すると先生は大きな声で、「쉬우면 안 돼!」と言われた。国語醇化(말다듬기)運動の先頭に立っているはずの、연세대학교の教授がそういうものだから、心底驚いた。

허웅先生の「쉬워야 한다」と、한영균先生の「쉬우면 안 돼」というのは、どちらもそれぞれの学識から出てきた考えで、そのどちらにも私が反論する資格はない。けれど、薄々感じられることは、私たちの用いる言語は、簡単でなければならないと同時に、簡単すぎてもいけないという、矛盾した側面を持ち合わせているということだ。

남문서점については、한겨레신문の임종업記者が、2006年4月27日付の「헌책방 순례」(http://www.hani.co.kr/arti/SERIES/20/119340.html)で書いている。タイトルに「서울~수원 거리감 인터넷으로 좁히니」とあり、副題に「서울 대구 전라도…방방곡곡이 고객층」あって、2006年の時点ですでに全国に販売網を得ていたことが分かる。

主人の名は윤한수氏といい、남문서점を始める以前から、在庫図書を取り扱う仕事で稼いでいたそうだ。それは、この記事によると次のようであった。

일찍 군대를 갔다 와 청계천 8가에서 재고도서를 취급하는 서울서적총판에서 일을 배웠다. 영등포, 신촌로터리, 광교 등지에서 한두 달 빈 점포를 빌려 ‘특판도서’를 팔아 재미를 봤다. 잘 나갈 때는 하루 한 트럭을 팔아 치웠다.
このようにして利益を得たのち、수원に店を開く。記事は続く。

그러다 집 근처인 수원에 자리잡은 게 15년전인 1991년. 재고도서를 안고 왔으나 5년전쯤 헌책으로 중심을 옮겼다. 재고도서는 구하기 쉽지만 좁은 바닥에서 소화할 수 없다는 판단 때문. 지금은 지하 60평 매장에 발안동에 100평 창고를 갖고 있는데 1년 전만해도 따로 일층 매장이 있었다. 2003년 시작한 인터넷이 자리잡으면서 굳이 지상매장을 유지할 필요가 없다는 판단이었다. 젊은 만큼 시기마다 적절한 판단으로 업태를 바꿔왔다.
このように、남문서점は利益を拡大してきた。

面白いのは、「책의 출처는 70~80%가 서울입니다. 구매자의 50% 이상이 서울 손님이고요」と主人が述べていることで、書店は地方にあるのに、本の出処は大方がソウルで、客も過半数がソウルだというのだ。それについて임종업記者は、「책은 지식 에너지. 에너지가 응축된 서울에서 중간상인을 거쳐 비교적 헐거운 지방으로 흐르는 것은 당연. 반 이상의 책이 다시 서울로 역류하는 것도 불가피한 일」と説明し、知識エネルギーの凝縮したソウルが、それ以外の地域全体よりも凌駕していることを物語っている。

そのように、インターネット書店は売り上げを伸ばしているところが多いようだ。けれども、私には一つの不満がある。それは、店との人間的なかかわりが全くないということだ。

私は古本サイトで本を買うとき、一言メッセージを入れているのだけれど、今までに返事をくれた店はどこにもない。남문서점から来た小包に、白い封筒が入っていた。手紙かと思って開けてみると、A4の紙に印刷された領収書だった。その上に、何かメッセージらしきものが書いてある。何だろうと思って読むと、次の文面だった。

처음으로 주문합니다. 좋은 책을 제공해 주셔서 감사합니다. 앞으로 더 많은 발전이 있기를 빕니다^^
私が書いたメッセージだった。何てこった。メッセージを送り返すなんて。韓国では失礼にならないのか知らん。それはともかく、本の状態が良好なので、気分は悪くない。

남문서점の住所は、www.ibuybook.co.kr。住所は수원시 팔달구 팔달로1가11-9번지。電話は031-258-8425,0607。
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by ijustat | 2010-03-11 15:47 | Bookshops

인천 배다리골목

2010年2月27日、土。新入生歓迎合宿で영종도の西端にある골든 스카이 리조트へ行った。その帰り道、서울へまっすぐ帰らずに、인천대교を渡って인천の배다리골목を探しに行った。そこには古本屋が集まっている。

c0019613_1633975.jpg배다리골목という場所に古本屋が集まっているという話は、今から5年以上も前に、『전작주의자의 꿈』(조희봉著、함께읽는책、2003)という本で読んだことがある。そのときは、著者の조희봉氏が「어차피 무엇 때문이든 조만간 한번은 갔다와야 할 곳이라는 핑계를 대면서 혼자 훌쩍 가방을 둘러메고는 인천 배다리 헌책방가로 향했다」(232쪽)と言っているように、行くのに多少決心の要る、ちょっと遠い町といった印象が強かった。

最近になって최종규氏の文章を読むと、배다리골목が頻りに出てくる。そして、아벨서점の魅力が力説されているので、機会があれば行ってみたいという思いが湧いてきた。そのうえ、『책 홀림 길에서』(최종규著、텍스트、2009。111쪽)には、최종규氏が배달골목に図書館を開いたという内容が書かれている 。

数日前にグーグルで地名から場所を探してみると、경인고속도로終点と월미도を結ぶ通りから、それほど離れていないところにあることが分かった。番地が見つけられなかったので正確な地点までは分からなかったけれど、印を付けた辺りから半径300メートル以内には入るだろう。どうしても分からなければ、人に聞けばいい。そんな風に当たりをつけて行き、その地域を20分ぐらい探し回ったすえ、ついに道の両側に本屋が数軒集まっている場所に出た。

その通りの様子は、조희봉氏が「작은 차도를 사이에 두고 늘어선 헌책방들은 청계천과는 사뭇 다른 느낌을 줬다」(233쪽)と描写しているように、청계천の평화시장とは印象が異なる。2002年6月6日に조희봉氏が訪れたときと、今日(2010年2月27日)私が訪れたときとは、同じではないだろうけれど、狭い車道を挟んで古本屋が佇む小ぢんまりとした風情は、どことなく哀愁を漂わせながらも、ひっそりとして平和だ。

삼성서림と아벨전시관の間に車を止め、まず삼성서림(032-762-1424)に入った。わりと広い店内に、本が床から天井までぎっしりと詰まっている。私が本を眺めていると、主人が出てきて、何か探している本はおありですかという。そこで、いつも探している3冊の目録を見せた。ないという。それで、인천に古本屋が集まっている場所があることを読んで来たのだというと、以前は古本屋も多かったけれど最近は減ってしまい、いま残っている古本屋は5軒、북카페まで入れても7軒にしかならないという。私は古本屋が増えたという話を聞きたいのだけれど、耳に入るのは、たいていはこのように不景気な話ばかりだ。店内の本をぐるりと見回ったあと、삼성서림を出た。

そのあと、隣の建物に入った。入り口に「아벨」という文字が見えた。主人らしき上品な中年の女性に、ここがかの有名な아벨서점ですかと尋ねると、そうですという。彼女は、入ってくる客に、小さな冊子のようなものを手渡し、客たちは階段から2階へあがっている。시낭송회が始まったところだという。오성근という詩人の作品を朗読しているのだそうだ。どうしようかと思ったけれど、ぜひ聞いてみてくださいと勧められたので、私もその小冊子をもらって2階へあがった。

c0019613_16335713.jpgすでに朗読会は始まっていて、司会者が進行し、詩人が出席者と向き合う形で、小さな机を前に座っていた。そして、出席者たちが1編ずつ詩を朗読していた。小冊子に刷られている詩を出席者が自分から前に進み出て読むのは、なかなかいい感じがした。

しかし、何人かが朗読したあとに、詩人の友人だという出席者が前に出て、詩は朗読せず、詩人と自分との交友関係を話し始めたのは、あまり面白くなかった。自分も作家だと言っていたけれど、本当に作家なのか知らん。いつまでも内輪話をやめようとしないので、途中で数人のグループが階段を上ってきたのを機に、席を抜け出して1階に降りた。このとき席を立ったのは、私の他に3人いた。

主人の女性に、探している本の目録を見せた。すると売り場に案内しましょうというので、ついて行った。見ると、「아벨서점」と書いてある。主人は私を案内すると、売り場を通って奥の方へ入っていった。店を守っている女性に、ここも아벨서점なんですか、と聞くと、そのとおりで、詩の朗読会をしていた場所は「아벨 전시관」なのだとそうだ。

c0019613_16344031.jpgこの古本屋には、けっこう重厚感ある古本が多かった。あとで『전작주의자의 꿈』を読んでみたら、조희봉氏も「소문으로만 듣던 아벨서점은 들어서자마자 범상치 않은 기운이 느껴졌다. 규모에서나 책들의 수준에서나 헌책방 중 손에 꼽을 만한 곳이었다」(233쪽)と述べていて、아벨서점の貫禄に驚いている。入り口から正面に見える柱の本棚には、辞書が並んでいる。そこに『띄어쓰기 사전』があるのが目に入った。この辞書は、出版社다락원の編集室に置いてあって、ほとんどいつも、テーブルの上に出しっぱなしになっている。部署に関係なく利用している本のようだ。値段を見ると、本の下に「13.」と書いてある。13,000원だ。定価が25,000원だから、ほぼ半額で売っているわけだ。今まで買わなくてよかった。ここで買った本は、次の通り。

 『띄어쓰기 사전』(이성구著、국어닷컴、1995。2004年3版1刷)

買い物を済ませてから、すぐ帰ろうかとも思ったけれど、「오래된 책집」という看板が目に入った。大きなガラス窓から店の中を見ると、本もあるけれど多くはなく、店の中央は小物で占められている。それでも扉を開けて、ここは本屋じゃないみたいですね、と声をかけてみると、中年の小柄な女性が、本も売ってますよ、と答えた。

その女性の脇に、黒い上着を着た若い女性もいた。そして、최종규氏の話をしていた。シャッターが上がっているので、出て来たようだと言っていた。この界隈で個人図書館をやっているという최종규氏が、実際に近くにいるわけだ。それを聞いて、誰でも行けば최종규氏に会えるんですか、と聞くと、もちろんという。

そのあと、棚に置いてある최종규氏の著書を見ながらしばらく3人で話をした。『모든 책은 헌책이다』は、去年の暮れに興味を持ち始めたときにはすでに手に入りにくくなっていて、알라딘にあるのを見つけてやっと買ったことを話した。それについて主人の女性は、그물코という出版社は一人出版社(일인출판사)で財政的に苦しいため、本を一度出したらなかなか再版できないのだという。

そうか。それは残念なことだ。でも、古本屋の情報もどんどん古くなっているので、当時最新の情報を伝えていたこの本は、たとえ大手出版社だとしても、再版しにくかったに違いない。それで、この店の主人は그물코で出た本は展示するだけで売らないと言っていた。一緒にいた若い女性が、自慢するだけなんですねと言うので、私も、客もそれを見て自分もこの本を持っていると自慢できるように展示してあるんですね、と言った。

c0019613_16351584.jpg오래된 책집の女主人に案内されて、3人で一緒に최종규氏の運営する사진책 도서관 함께살기(032-763-4636)へ行った。店に入ると、최종규氏がいた。私たちの他にも、2人ぐらいだろうか、訪問者がいる。최종규氏は、口数が少なく、低く抑揚のない声で話す人だった。

挨拶をしたあと、ひょいと横を見ると、水色の服を来た1~2歳ぐらいの女の子が、本棚の向こうから出てきて、こちらに向かってにっこりと微笑んでいた。娘さんですかと尋ねると、そうですという。この子はとても面白い子で、私がしゃがんで下の方にある本を眺めていると、横に来て一緒にしゃがみ、こちらを向いて満面の笑みを浮かべる。暖房のない寒々とした図書館の中が、この微笑一つで暖かい花園になる。

興味深い本がたくさんあった。卒業文集のような手書きの本もあった。1960年に出た日韓辞典があった。こんな本もあったのかと驚くばかりだ。表紙の遊びに、뿌리서점で買ったとある。それを見て최종규氏に、自分は뿌리서점の近くに住んでいて、5年前から頻繁に通っているけれど、主人は최종규さんのことを、あの人はいい人だとしきりにほめていたと言うと、何か感慨深げな笑顔を見せた。

帰り際に、写真を1枚もらった。白黒の写真で、余白に手書きで「뿌리서점 81」と書いてあった。本と手しか写っていないけれど、뿌리서점の主人が仕入れた本にボールペンで値段を書き込んでいる瞬間を捉えた写真だ。じっと見ていると、いろいろなことを感じさせる、いい写真だ。

최종규氏の“図書館”を出てから、한미서점へ行ってみた。けれども、店が閉まっているという札がかかっていた。中でソファーに寝そべって本を読んでいる姿が見えたけれど、扉を開くのは控えた。それから、反対側に도서마트という大き目の本屋が見えたけれど、そこへは行かなかった。

배다리골목には、通りを挟んで数件の古本屋が肩を寄せ合っている。私は買い物をしない店で名刺をもらわないので、배다리골목で名刺をもらったのは아벨서점だけだった。

というわけで、아벨서점の連絡先だけ紹介しておこう。인천광역시 동구 금곡동 13-1。電話は 032-766-9523。ちなみに、아벨서점の営業時間は、平日が09:00~20:00、日曜は11:00~19:00、第2, 3木曜日は休み。
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by ijustat | 2010-03-10 09:50 | Bookshops

고서점

2010年2月23日、火曜日。家族で부산へ行った。行く前から、부산へ行ったら보수동の책방골목へ行き、고서점(古書店)を見ようと計画していた。

c0019613_14161587.jpg“고서점”だなんて、店名とは思えないほど平凡な名前だ。平凡なだけでなく、インターネットで“고서점”と入力してこの店を見つけようとは思わないだろう。けれども、グーグルではこの店が真っ先に出てくる(2010年2月25日現在)。しかも、その徹底的に平凡な名前が、かえって印象深い。

この店の存在は、去年『모든 책은 헌책이다』(최종규著、그물코、2004) で読んで知った。その後、今年に入ってインターネットで偶然この店から買い物をしている。

そのいきさつは、こうだ。ある日、『한글갈』をインターネットで検索していたら、고서점のサイトが出てきた。値段は70,000원と、他のサイトと比較して悪くない。ただ、どうしたわけか、写真が이희승の『벙어리 냉가슴』の表紙だった。それで電話をかけて、これは本当に『한글갈』ですかと尋ねると、そうですというので、その場で(2010年2月6日16時01分に)カード決済した。

品物は、3日後の2月9日に受け取った。本の状態は良好で、同じ年に同じ出版社から出た『우리말본』よりも良質の紙を使っている。そのとき購入したのは、次の本だ。

 『한글갈』(崔鉉培著、正音社、1946)

この本の購入を通じていい印象を持っていたので、부산へ行ったら、ぜひこの店に行きたいと思っていたのだった。

책방골목の入り口でタクシーを降りるとすぐに、次男は단골서점(051-256-1916)で메이플스토리という漫画本を見つけ、買ってと言った。見ると、ビニールのカバーが掛かっている。新品だ。定価は8,500원。しかし、主人のおばさんに、これくださいと言って差し出すと、6,500원ですという。ちょっと無愛想な主人だけれど、本は安い。それから妻と子どもは찜질방へ行き、私は고서점へ直行した。

고서점は入り口を入ってアーケードを抜け、それから右へ折れ曲がってすぐに、左側にある。アンティークな雰囲気の煉瓦造りの建物だ。建物の中には本がぎっしりと詰まっている。その中の、いちばん右の入り口のほうに、古書が集中しているのが見え、さらに、主人が机の前で作業しているのが見えた。

中を覗きこむと、主人が私に気づき、ご用ですかと尋ねた。30代ぐらいの若い男性だ。本を見に来たんですけど、と答えると、どんな本をお探しですかというので、主に韓国語学の本を探していますと答えた。そして、先日『한글갈』を購入した者ですと自己紹介した。すると主人は、表情が明るくなり、ああ、あのときのと言って喜んでくれた。

そして、韓国語学関係の本はこの棚に集まっていますというので、見ると、いちばん上には茶色い表紙の『우리말본』があった。それから主人は、김두봉の『깁더 조선말본』を私に見せた。サイズはB6版ぐらいで、厚さは約1センチ。真っ黒な表紙に金箔で書名が押してある。湿気を含んで傷んだ部分がある以外は、ほぼ完璧な保存状態だ。奥付の地名は「京城」とある。私は、『깁더 조선말본』は上海で刷ったものとばかり思っていたけれど、後には「京城」でも刷られたらしい。

そのときふと、現在博士課程に通っていて論文準備をしている日本人の知り合いのことを思い出し、電話をしてみた。もし持っていなかったら買って行ってあげようと思ったからだ(もちろん代金は立替だ)。そこで電話をして聞いてみると、持っているという。이극로の音声学書もあったので、聞いてみると、それも実物を持っているという。彼はけっこう蔵書家なのだった。

『깁더 조선말본』は以前、北朝鮮に渡った学者ということで、それを所持しているだけで危険視されていたそうだ。その後、そのような制約は解かれたけれど、それでも10年ぐらい前までは今より稀少で、80万ウォンぐらいで取引されていたという。それに比べたら、現在はかなり安くなっているとのことだった。

古本屋へ行くといつも尋ねる『통문관 책방비화』と『옛책 그 언저리에서』と『윤동주 자필 시고전집』を尋ねた。やはりなかったけれど、驚いたことは、『통문관 책방비화』はつい最近(엊그제)売れたとのことだった。それまでずっと、インターネットでも出していたという。くまなく探していたはずだったのに、気づかなかったというのは、何らかの検索上の盲点があったようだ。残念なことだ。

しかし、そういう分野に関心があるのならといって、모리스 쿠-랑(Maurice Courant)の『朝鮮文化史序説』を見せてくれた。“Bibliographie Coréenne”韓国書誌学を訳したものだ。この本は70年代にも翻訳されたそうだけれど、これが最初に訳されたものだという。序文を読んでみると、内容も面白そうだ。それで、買うことに決めた。今日買ったのは、次の2冊。

 『깁더 조선말본』(김두봉著、匯東書舘、1934。初版本。320,000원)
 『朝鮮文化史序説』(모리스・쿠-랑著/金壽卿訳、凡章閣、1946。初版本。70,000원)

ちなみに、『깁더 조선말본』が初版本というのは、匯東書舘で刷られた初版本ということで、もとは1922年に上海で刷られたものだ。韓国文法大系の解題には、こう書かれている。

版權에 1934(昭和 9)년 2월 京城, 匯東書舘 發行으로 되어 있는 책이 있으나, 머리말에 「말본」을 박은지 여듧 해만에야 이 책을 다시 박게 되었다 하고, 1923(大正 12)년 5월 權悳奎 「朝鮮語文經緯」 187-190 면에는 이 책이 인용되어 있다. 그러면, 이 版權은 뒤에 국내에서 만들어 붙인 것에 틀림 없으며, 위의 引用事實을 감안하여 1922년에 上海에서 발행했다는 견해가 옳다고 믿어진다.
主人が、もしよかったらといって、兪吉濬の『大韓文典』(同文舘、1909)の影印本をコピー・製本したものを下さった。これは、韓国文法大系に収録されているものをコピーしたもので、その解題も一緒にコピーされている。持っていなかったので、ありがたくいただいた。

『大韓文典』の奥付が「隆起3年」となっていたので、この年号を西暦で調べるために、自作の年号対照表を取り出した。そして主人に、こんなものを作ったんですと言って見せた。そして、檀期は本を調べるとき重要な年号なのに何度覚えても忘れてしまう、と言ったら、自分は檀期4282年が西暦1949年だということだけ覚えていると言った。語呂がいいので覚えやすいのだそうだ。なるほど、사이팔이(4282)というのは発音しやすい。そしてその年は、朝鮮戦争の始まった重要な年だ。私も、“サイパリ・サーグ”と覚えることにした。

書誌学と関連して、최종규氏の話になった。고서점の主人は彼と仲がよいらしく、この店で최종규氏の写真展示会も行ったことがあるそうだ。최종규氏は古本屋ブームの火付け役になっているということで、고서점の主人は彼にとても感謝していた。

それから、ネット古書店の話題に移った。年配の人たちがやっている古本屋の中には、インターネットの波に乗れずに淘汰されていく店も多いけれど、その一方で、ネット古書店の出現によって、かえってオフラインの古本屋が増え始めているのだという。

インターネットができない古本屋が淘汰されていくというのは、誰の説明を待つまでもなく、古本屋を巡っていると自然に分かってくるけれど、オンライン古書店がオフライン古書店を増やすというのは、意外な話だった。どういう仕組みでそうなるのだろうか。ネットでも売るけれど、その倉庫を売り場としても開放するということなのだろうか。いずれにしても、インターネット書店の発達が古本屋に肯定的な影響を与えているのは、歓迎すべきことだ。

私が古本屋に関心を持ち始めた経緯を話した。それから、ついに古本屋が夢にまで出てきたということを話した。その夢は、あまりにも高い値段を吹っかける古本屋に対して腹が立って抗議するというものだった。そして、そんな夢を見た原因は、古本サイトで失った漫画本を買い戻したとき、高かったのがわだかまりとして残っていたのではないか、という話をした。そのとき買ったのは、30,000원で買った『신인 婦夫』(김수정)と、20,000원で買った이현세の『공포의 외인구단』第10巻だ。

主人の話では、現在漫画はインターネットの古本屋が登場してからバブルになっているということだった。漫画本が1冊2万ウォンや3万ウォンもするのは、需要と供給の関係から見ると、ちょっと異常だという。だから、しばらくしたらまた値段が下がっていくのではないだろうかということだった。

実は、私は古本漫画の価格上昇について、実は少し肯定的に考えている。日本でもそうだけれど、韓国でも漫画本は冷遇されてきた。それで、どんなにすばらしい作品でも、子供が読むものだということで、親たちは気楽に漫画本を捨てていた。そのために、初めはたくさん出回っていた漫画本も、気が付いたときには僅少になってしまっている。自分の家の本棚にあるボロボロの漫画本が、たとえば100万ウォンだと知ったとしたら、子供がそれを手に取って読んでいたら、もっと丁寧に扱いなさい、と注意するようになるかもしれない。そうなれば、漫画本を粗末に扱う習慣が正されるかもしれない。そんな話をすると、主人もなるほどと言って笑った。

『신인 婦夫』は手に入れにくくなってしまったけれど、あの漫画は非常に文学的ですばらしい作品だというと、主人もそれを認めていた。そして、김수정の作品としては『일곱 개의 숟가락』という作品が最高だといった。それは、彼の作品の中で最高であるばかりか、韓国漫画の中で最高の作品だという。ところが残念なことに、現在は幻の本になってしまっているのだそうだ。

主人の父親が経営する東邦美術會館の2階にある書庫へ案内された。こういうことは、頼んでも実現することではないので、光栄なことだ。店を出るとき、外から양주동の『고가연구』が目に入った。『고가연구』に関心がおありですか、と聞かれたので、はいと答えた。

広い空間に、古書や骨董品が並んでいた。書庫にあった『現代韓國 國學文獻 資料展』(東邦美術會館、1995)というパンフレットを下さった。父が作ったものですという。

書庫を出てから、主人の父親と会って挨拶をした。そして、今しがたいただいたパンフレットにサインを求めると、快く応じてくださった。「東邦美術会舘 梁浩錫」と書いてあった。そのあと、自分は骨董品と古美術と、そして古書を扱ってきたが、もしきみが古書に関心があるのなら、それらを見る目が無ければならないといい、きみも今からでいいから、ちゃんと勉強しなさいと言われた。

それから梁浩錫翁は私の顔を見ると、君は体が弱いから運動をしなさいと言った。自分はもう70を越したが、大学教授の友人たちはみんな死んでしまった。そのわけは、自分は今でも1日10時間歩き続けることができるが、彼らは運動をしなかった。だから、きみも1日1時間でもいいから、毎日歩きなさい、ということだった。梁浩錫翁の生年をインターネットで調べると、1935年と出て来る。今年75歳だ。

そして、東邦美術會館で出した韓国語学関係の資料の目録や、美術品の写真集などを下さった。いただいたのは、次の4冊。

 『東邦美術會舘開舘紀年展』(東邦美術會舘、1980年5月)
 『東邦美術會舘開舘記念企劃展』(東邦美術会館、1980年6月)
 『東邦美術會舘開舘記念 韓国現代作家招待展』(東邦美術會舘、1980年8月)
 『韓國古美術展』(韓国古美術協會釜山支會、1991年11月)

かなり年代物の本なので、貴重なものではありませんかというと、たくさんあるからいいのだと言う。それでも、『韓國古美術展』をあげたことは息子に言わないでほしいと釘を刺された。この本は、パンフレットではなく本格的な図録で、磁器や書画、木器などの写真が収録されている。

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翌日(2010年2月24日)、また고서점を訪問した。妻と子供が映画を見ている間の古本屋めぐりだ。けれど、今回の부산旅行は、時間も少ないし、初めてでもあるので、보수동 책방골목の本屋をあれこれ巡るよりは、1ヵ所に集中した方がいいと思った。それで、他にも気になる本屋はあったけれど、深入りはせず、ただ探している本があるかどうかを聞くだけに済ませた。まず、近くのコンビニで買ったペットボトルのジュースを、手土産に持って行った。

私が行くと、昨日目に留まった양주동の『古歌研究』を見せてくれた。そして、この『古歌研究』には続編があるのを知ってますかと言った。いいえ、と答えると、『麗謠箋注』という本を出してきた。

『古歌研究』は、1954年版が40,000원で、1960年版が15,000원だという。見ると、1954年版は紙がだいぶ弱っていて、しかも上の方が裂けて一部失われているページがあった。一方、1960年版は、いい紙を用いていて、印刷状況も良好だった。それで、1960年版を買うことにした。

『麗謠箋注』は、1957年度版が20,000원で、1947年版が40,000원だという。1957年度版は紙の状態は良好だけれど、版型がだいぶ傷んでいて、文字が潰れているところもあった。一方、1947年版は、紙はだいぶ色あせているけれど、印刷状態は良好だ。そのうえ、背表紙の文字が堂々としていて気持ちいい。誰が書いたものか尋ねると、主人の父親、つまり양호석翁が書いたものだという。この背文字は、私が고서점を訪れた記念になると思い、こちらを買うことにした。

そのあと、『한글갈』の販売ページに間違って載っていた、이희승の『벙어리 냉가슴』も見せてもらった。이희승は、大変な古書収集家だったという。その人の随筆集なら、古書収集にまつわる逸話なども載っているかもしれないと思ったのだ。それと関連して、主人は『李熙昇隨筆集 소경의 잠꼬대』も見せてくれた。どちらも10,000원だというので、買うことにした。選んだのは以下の通り。

 『古歌研究』(梁柱東著、博文書舘、1960)
 『麗謠箋注』(梁柱東著、乙酉文化社、1947。初版本)
 『李熙昇隨筆集 벙어리 냉가슴』(李熙昇著、一潮閣、1956。1958年再版。奥付喪失)
 『李熙昇隨筆集 소경의 잠꼬대』(李熙昇著、一潮閣、1962。1974年3版)

『古歌研究』は、『국어국문학사전』によると、1942年に『朝鮮古歌研究』の名で出版されたそうだ。どこから出版されたのかは分からない。私が分かったのは、1954年版も博文書舘から出ているということまでだ。『麗謠箋注』は、インターネットの百科事典などを見ると、あるものは1946年と出ていて 、あるものは1941年と出ている 。しかし、1947年と記されたものが多く、『국어국문학사전』にも1947年と書かれているので、1947年が初版というのが正しいようだ。『벙어리 냉가슴』は、最後の数ページが失われていて、当然奥付も失われている。前書きを見ると、1958年に再版したもののようだけれど、これはいつ刷ったものなのか不明。『소경의 잠꼬대』は、版権情報がしっかりしている。

合計75,000원だったのだけれど、カード決済を済ませて本を梱包するとき、主人が手を滑らせ、本が床にドサドサと落ちてしまった。他の本は無事だったけれど、いちばん下にあった『벙어리 냉가슴』の後ろの数ページが取れてしまった。私は家に帰ってから修繕するので構わないと言ったけれど、主人は申し訳ないからこれは無料にするといって、1万ウォンを返してくれた。かえって申し訳なかった。しかし、私も仕事をするときに、고서점の主人のような態度を持てるようになりたいとも思った。

主人は古書の棚を整理していた。その棚に積んである本を手に取って見ながら、自分が古書を見る目がないことを、つくづく感じた。これは古い本だと思ったものが、日帝時代のものだという。まだ100年しかたっていない。

古書には偽物が時々あるという。特に洋綴じの本(양장본)はそうだという。詩集に多いらしい。それから、影印本も、古くなると本物のように見えてしまうことがあるという。ある人は、『少年』という雑誌を持っている、と고서점の主人に言ったそうだ。そうですか、それは300万ウォンぐらいしますよと答えた。その後、その人が雑誌を持ってきたのを見たら、なんとそれは、影印本だったそうだ。影印本もかなり古くなっていたために、本物のように見えるのだった。主人は本物を見たことがあるので、それが影印本だということがすぐに分かったという。気の毒なのは持ち主で、その落胆振りといったらなかったそうだ。古書を見る難しさをつくづく感じた。

写真の話をした。昨日、私が主人と話をしているときにも、ある大学生ぐらいの女性が、店の中に入って写真を撮り始めた。それで主人が、写真は許可を得てから撮ってくださいと言っていた。책방골목のサイトに、黙って写真を撮ることに対する不快感を表す書き込みがあるのを読んだ。それらを見ると、私が日本的な感覚の中からいまだに抜け出せていないのではないかという気がした。

私は、建物を外から撮るのは問題ないけれど、内部を撮るのはマナー違反だと考えている。もちろん、観光地でない普通の家屋や派出所などを撮ると、あらぬ疑いをかけられる恐れがあるので、避けているけれども、ビルでも看板でも、何でも撮る。記録が貴重だという点と、プライバシーを尊重しなければならないという点とのバランスを取って、そのように考えているわけだ。それに、ブログなどでその店を紹介するとき、内部の写真を載せるのでなく、外観を載せた方が、ずっと実用的だ。内部は行けば分かるけれど、外観はその店を探すときの目安になるからだ。

結局私は、店の外観を撮るのを嫌がる店主も理解しがたいし、店内の書架を、頼めば撮影させてくれるというのも、理解しがたいのだった。だから私は今までに、뿌리서점と신촌헌책방以外は、本棚の写真を撮ったことがない。

고서점は、特に語文関係の古書が多く、インターネット価格も妥当だ。チェックしておくべきネット古書店の一つだし、直接訪問すれば、さらに多くの本を見ることができる。11時ごろから店を開き、夜は20時30分から21時ごろ店を閉じるそうだ。

고서점の住所は、부산시 중구 보수동1가 119。電話番号は、051-253-7220。ウェブサイトは、www.oldbookshop.co.kr
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by ijustat | 2010-02-25 14:07 | Bookshops