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名著が突っ返された歴史

野口悠紀雄氏の『「超」文章法』51ページには、「歴史的業績に対する最初の評価」という興味深いコラムがある。そこには、歴史的名著が編集者につき返された4人の事例が載っている。

1.ノーベル経済学賞を受けたマルコビッツの論文は、シカゴ大学の博士論文として提出されたとき、「経済学の論文ではない」という理由で却下されかかった。

2.同じくノーベル経済学賞を受けたブラックとショールズの論文は、最初に専門誌に投稿されたとき、却下された。ある有名教授の口ぞえで別の専門誌で審査してもらったが、この内容では経済学の論文にならないというので、論文の本筋とは関係がない追加を要求された。「ブラック・ショールズ式」と呼ばれることになった彼らのオプション価格評価式は、その後、オプション取引と言う一つの産業を作ることになった。

3.フェデックスの創始者フレド・スミスは、エール大学の学生の時、のちの事業のもととなった配達サービスのアイデアを論文に書いて提出した。それに対する経営学の教授のコメント:「アイデアとしては面白い。だが、可以上の成績を取るには、実現可能なものでなければならない」

4.「お気の毒ですが、英語の文章がなってませんな。アマチュアじゃ困るんですよ、キャップリングさん」:これは、ノーベル文学賞を得たイギリスの作家キャップリングの作品に対する雑誌編集者のコメントである。

これは面白い。そこで、そのような事例を集めてみることにした。2週間ばかり探してみたけれど、あまり集められなかった。でも、4つのエピソードが見つかった。

1.明治の日本を創った『西国立志編』の原著、サミュエル・スマイルズの Self-Help, with Illustrations of Character and Conduct の原稿は、最初 Routledge 社に持ち込んだが断られ、『スティーヴンソン伝』を出してくれた John Murray 社から出された。1858年7月のことだ。(渡部昇一「中村正直とサミュエル・スマイルズ」、『西国立志編』講談社学術文庫、1981。p.547-548)

2.『赤毛のアン』は1904年、モンゴメリーが30歳のときに書かれた。その原稿は、3ヵ所の出版社に持ち込んでみたけれど、どこからもいい返事が得られなかった。それで、長いこと屋根裏部屋に放置された。あるとき、存在を忘れていたその原稿をふとした機会から読み返してみると、とても面白かった。そこで再び出版社に持ち込み、1907年にようやく出版された。(http://www001.upp.so-net.ne.jp/meisaku/meisaku/anne/anne_g.html

3.詩人で辞書編纂者の金素雲は、『朝鮮童謡選』と『朝鮮民謡選』(岩波文庫、1933)の原稿を出版するために都内の出版社を回ったけれど、どこからもいい返事が得られなかった。そして、最後にダメモトで持ち込んだ岩波書店でようやく受け入れられ、出版することができた。(『하늘 끝에 살아도』동화출판공사、1968。p.206-209)

4.世界的な大ベストセラーになった J. K. ローリングの『ハリー・ポッターと賢者の石』は、原稿を持ち込んだ出版社からは次々と出版を断られ、1年後の1997年に、ようやく小さな出版社ブルームズベリーから出版が決まった。(http://www.jkrowling.com/
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by ijustat | 2012-02-13 22:36 | Books

頼りないアマゾンの書評

以前、アマゾンで文章作成関係の本を物色していたとき、カスタマーレビューで樋口裕一氏という作家が人間性をあしざまに言われているのを読んだ。私は樋口氏について何も知らなかったので、ひどい著者に違いないと思い、その後書店でこの人の本があっても手に取ることすらしなかった。

しかし先日、野口悠紀雄氏の『「超」文章法』(中公新書、2002)を読んでいたら、そこに樋口氏の著書が挙げられていて、好意的な評価がなされていた。それを見て、アマゾンのカスタマーレビューに何か問題があるかもしれないと感じた。

野口氏が参考にした本の中で、たまたま『論文のレトリック』(澤田昭夫著、講談社学術文庫、1983)を持っていたので、それを読んだ。すばらしい本だった。そこで、それをアマゾンのレビューで見てみると、やはりほとんどが好意的な評価をしていた。ところが、ある読者は、星を一つだけ付けて、「工学系の私には何の参考にもなりませんでした」と書いていた。『論文のレトリック』は、文系用の論文に限っているわけではない。それにもかかわらず、「文系向けの説明だけで,読んでいて嫌になりました」と書いているところを見ると、具体例にばかり目が行って原則が見えなかったのではないだろうか。

具体例にばかり目が行って原則が見えない例といえば、長澤信子氏の『まだ遅くない楽しく身につく 長澤式外国語上達法』(海竜社、1999)には、次のような話が出てくる。

長澤氏は、中国語を勉強したとき、100回の練習を実行するためにマッチ棒を100本用意した。それを箱に入れて、言った数、書いた数だけ減らしていき、成果を目で見えるようにした。そのことを、『台所から北京が見える』という本に書いたところ、ある日読者から電話がかかってきて、「家にはマッチがありません」と文句を言われたそうだ。長澤氏は、「別にマッチ棒でなくてもいいんですよ。碁石とかおはじきとか、身近にあるもので」と答えた。するとその人は、「どれもありません。どうしたらいいでしょうか」と喰らいついてきた。

そのときのことについて、長澤氏は「私もほとほと返事に窮してしまったが、これは頭の柔軟性の問題。私はたまたま家にマッチ棒があったのでそれを使っただけのことで、要は数がわかり、お金をかけずにすぐ手に入るものならば何でもよかったのだ」(37ページ)という感想をもらしている。

長澤氏の方法の要点は、練習回数を管理しやすくするために、物を使って可視化したということだ。そういうことを書いたのに、読者からマッチ棒にこだわられて困ってしまったわけだ。

私が勉強について重要なインスピレーションを得た『脳を活かす勉強法』(茂木健一郎著、PHP研究所、2007)は、驚いたことに、カスタマーレビューでかなり悪く書かれている。たとえば、こんな感じだ。

「分かりきったことしか書いていません」
「実はこのようなハウツー本はいくらでもあるわけで、結局は未来にも残らないのである」
「もっと独自の楽しい勉強法が読めると期待していただけに、残念です」
「はっきりいってこの本を読んで新たに学習方法が分かるわけではない」
「ハウツーものとして見た場合、本書は実践的な記述が少ない」
「多くの勉強習慣のない人は、どうしたら集中して勉強できるかを知りたいはずです。この本は何も答えてくれません」
「あくまで『参考』程度に読むならよいかもしれません」
「体系立ってノウハウが書かれた本ではなく、筆者の実体験に基いた勉強の仕方エッセーですね」
「何度も読みたい、と思わせるような本ではありませんでした」

私にとってこの本の内容は、「分りきったこと」ではなかった。それに、不覚かもしれないけれど、新たに学習方法が分った。どうしたら集中できるかも知った。そして、自分にとっては革命的な進歩を経験した。参考程度にするにはもったいない本だ。私はこの本を枕元の本棚に置いて、何度も読んだ。その本にして、この低評価だ。

しかし、何よりも意外だったのは、野口氏の『「超」文章法』に対する酷評だ。この本には本当にお世話になった。内容が役に立つだけでなく、 読んで面白い。密度も濃い。その本に、星を一つか二つしかつけていない人が、何人もいたのだ。そして、「安易な発想で作られた本」とか、「とても文章法を説いた本とは思えない」などと酷評されている。星三つで「少し足りないなあ」とか「筆者の自慢話が多く」云々というのならまだしも、星一つで酷評というのは事実と合わない。こういうものがたくさん混じっていたら、読者は良書に出会う機会を妨げられてしまう。

もしかしたら、長澤氏のマッチ棒のようなレビューは多いのではないか。ふと、そんな疑いがわいてきた。そこで、カスタマーレビューが本選びにどのくらい役に立つのか、調べてみることにした。方法としては、私が読んで、よいと思った本のレビューを見ながら、そのレビューがどのようにその本を読んでいるかを見てみた。

すると、人気のある本ほどレビューの平均的な質が落ちることが分った。『論文のレトリック』のように、読書に慣れていない人には近づきがたい本のレビューは、比較的に評価も高く、質も悪くない。その一方で、とても読みやすく、ベストセラーになった本のレビューには、著書を酷評するものが多く、あまり柄のよくないレビューが目立つ。中には著者を人身攻撃しているものまであった。質を落とすレビューの特徴を大雑把に分類すると、以下の通りだ。用例は主に『「超」文章法』のレビューから拾ってある。

1.具体性のない賞賛や罵倒
 たとえば、星五つにはしているけれど、「読みやすい上に役に立つ。これは一読の価値ありです」としか書いていないレビューがある。こういうレビューでは、それがどんな本なのか分らないので、買うか買わないかを決めるときの参考にならない。
 逆に、具体性のない罵倒もあった。そういうのは、誹謗中傷の類と捉えてもいいかもしれない。いずれにしても、内容が漠然としすぎていて、選書の参考にならない。

2.効果を見るのでなく、読後感による評価
 あるレビューは、さんざん批判しておきながら、最後に「そうは言っても、この手の本は実践してこそ本当の評価ができるので、断言はできない」と言って、自分がその本で提唱されている方法を試してもいないことを暴露している。そりゃだめだ。目的を考える必要がある。エンターテインメントを狙う本なのか、実用を狙う本なのか。文学作品に実用性を求めるのがフェアでないように、実用を狙う本にエンターテインメント性を求めるのはフェアではない。

3.ないものねだり(これが特に目に付く)
 『「超」文章法』では、図や表については扱わないと断っているにもかかわらず、「不満だったのは、図・表の使い方への言及が少ないという点です」という不満を述べているレビューがある。この本の70ページと71ページに図表があるために、つい期待してしまったのか。
 また、「表現がヤケに堅いのだが、良く考えてみれば、この本は『論説文』の手引き書なのであって、『商業ライティング』の本ではない。(中略)商業ライティングのターゲット層は、もっと手ごわい。3秒で読むのを辞めてしまう」云々と書いているレビューがあった。これは選書を誤っている。しくじって目的に合わない本を選んでしまったことが分ったなら、書評はしないことだ。商業ライティングのような特殊な作文は、その分野の本を探すべきではないだろうか。
 あるレビューでは、「某評論家が野口氏を評し、『一言でいえることを、一冊に膨らます技術に天才的に長けた人』とかなんとか揶揄してたと思うのですが、これを読むと、野口氏がこれを意図的にやってたことが分かります」と書いている。どんな本でも、何かを主張する本なら、一言でいえる必要がある。その点を突いて批判するのはいただけない。メッセージが拡散してしまって何が結局言いたいのか、一言でいえないような本を書けと、その評論家は言っていたのだろうか。たぶん意味を取り違えているのではないだろうか。
 ある読者は、「自分は理系なので、残念ですが文学文章を書く機会が少ないので、星4つとさせて頂きました」と書いている。読み間違いを兼ねた、ないものねだりのレビューだ。
 ちなみに、茂木健一郎氏の『脳を活かす勉強法』の書評にも、「もっと具体的な根拠を示した『脳科学的な』一冊を今後期待します」というものがあった。その本は、脳科学的な実験データをもとに書く必要のないものだ。
 この「ないものねだり」は、その本を実際に読むまではなかなか見分けられない。私たちが本を選ぶとき、いちばん間違って参考にしてしまいやすい記述だ。

4.内容とは関係のない評価
 野口氏の本のレビューにはないけれど、別の著者の本のレビューでは、「姑息な手段を使うようなトンスル脱税王の本なんてゴミです」とか、「氏は似非学者で、人間として問題がある」なんていう、本の内容と関係ない記述もあった。また、ある著者のレビューに、読んでないけど分るというようなことを書いて、星一つをつけた人がいたそうだ。そのレビューに著者自身が「読まないうちに星1つだと、著者としてはとってもこまるのですが」とコメントを書き込んで、一時話題になったことがあった。物議をかもしたレビューの現物は、すでに削除されてしまったようだ。
 著者の人格よりも、テキストの内容で評価してほしい。オスカー・ワイルドも、オー・ヘンリーも、一種の性犯罪や横領で収監されている。それにもかかわらず、彼らの作品には価値がある。文章は美しく、人生の機微を深く感じさせる。レビューではそういう点に集中してもらえればと思う。
 逆に言えば、どんなに人格がすばらしい人でも、その人の本がひどいものだったら、それを率直に書くべきだということだ。
 まあ、人とその作品とを分けて考えるのは難しいことだ。妻も、嫌いな友人の書いた本だからといって、私が持っていた日本語文法の教材を捨ててしまった。その本はけっこうよかったし、今は絶版になって手に入らないから、思い出すたびにもったいないと思う。

5.勝手な評価
 『「超」文章法』の対象読者については、あるレビューに「文章を書くための入門書にピッタリ」と書いてある一方で、別のレビューには「文章の上級者向けの本ですね」と書いてある。どちらかといえば、後者の方が近いと思うけれど、こんなふうに、相反するレビューがまかり通っている。
 この本の文章は、「非常に判り易い」、「一気に読み進められる」、「おもしろい」と評価されている。私もそれに同感だ。しかし、あるレビューでは「文章が読みづらい。表現が回りくどいのだ」と言っていた。どういう読み方をして、そんな風に読めるのだろうか。
 あるレビューでは、「文章の『化粧』の部分においては、ありきたりな記述が多い」と批判している。また、「5章6章のいわゆる『文章技術』で、まるで陳腐な文章技術を披露してしまっているのがイタイ」と批判している読者もいる。まあ、そうかもしれない。でも、いくら文章技術は陳腐だからといって、そういう部分を取り除いたら、ものすごくラディカルな構成になって、多くの読者を面食らわせる本になったかもしれない。批評どおりに本が出来上がった場合を想像してみると、その批評がどんなものかが見えてくる。
 その本の5章と6章は、構成上必要だと思うし、私はそれなりに興味深く読んだ。独断と独創が入り混じっていて、読んで楽しかった。何よりも、自分の言葉で書いているという点に好感を持てた。もし問題があるなら、どのように改善すべきかを書けば、この本を選ぼうかどうか迷っている人に、正確な情報を与えることができるだろう。(ちなみに、この俎上に載った章で扱われている日本国憲法の晦渋な文が、横に添えられている英語版では明晰な構造になっている のには驚いた。)

6.読み間違いと的外れな評価
 『「超」文章法』では、「メッセージが大事だ」という点を冒頭に持ってきて強調している点が、とても新しい。ところが、ある読者は「文章法としては(パソコンの文章法への影響以外は)特に新しいことがあるわけではなく、手堅い内容になっています」と書いている。このレビューは冒頭の部分を読み流している。そういう書評があるのだから、本当に要注意だ。
 先ほどの、「工学系の私には何の参考にもなりませんでした」と書いていたレビューや、マッチ棒にこだわった読者も、その本で何が語られているのかが読めなかった。
 文章というものの性質を間違えているのではないかと思うレビューもあった。そのレビューでは、「『どうでもいいことをもったいぶって、それなりに形式だけ整えて書く』という技術であり、まともなことを書きたい人にとっては、この手の本を読むのは時間の無駄である」と書いていた。形式なしにまともなことを書くというのは、奇妙な考えだ。
 どの分野でも、その分野の基本がある。文章に形式が必要だという点は、基本だ。それを攻撃してしまっては、身も蓋もない。

もっとも、私は決して『「超」文章法』を賛美し擁護しているわけではない。「実用レベルとして耐えうるものではありません」と酷評しているあるレビューは、それなりに理由があると認められる。野口氏はターゲットとする読者の水準を明記していなかったからだ。そのレビューでは、「文章の構造と階層をまったく意識できない方」とか「小さな単位の文章作成にすら失敗している方」に対する配慮がない、と批判をしていた。私にはとても実用的だったのだから、「ないものねだり」の疑いもある。とはいえ、いちおう理由のある批判ではあるだろう。

考えてみれば、「超~~法」というように名付けられている本は、入門者用ではないだろう。少なくとも入門してしばらく経った人の、迷いを解いてくれる本につける名前のはずだ。ある読者は「斉藤孝さんの『原稿用紙10枚を書く力』と一緒に読み進めたが、どちらかと言えば本書の位置付けは、斉藤さんの書籍と比べて具体的な叙述の方法論を問いているものとなるのだろうか」と言っていた。たしかにその通りで、齋藤孝氏の本のタイトルを見ても、それが文章を書くことに全く慣れていない人のための本だということが分る。最初から読者は違う。もっとも、それはタイトルから“察せられる”のであって、“わかる”わけではない。だからこそ、「実用レベルとして耐えうるものではありません」という酷評を、納得いかないまでも、一理あると見ているのだ。

それに、私自身、著者にすべて同調しながら読んでいるわけではない。第6章で文章を勝手に直す編集者に対して毒づいている部分には、今回読み直して面食らった。以前読んだときは、まだピンとこなかったのだ。けれども、今ではその気持ちが痛いほど分かる。だから、その毒気がビシビシ伝わってきた。私だったらこんな強烈は書き方はしたくない。こんなことで、読者に不快な思いをさせたくないからだ。それに、野口氏は日本語が非論理的だと述べているけれど、決してそんなことはない。現に、野口氏の日本語はとても論理的だ。英文が論理的なのは、英米人は論理的な作文に対する強い欲求があるからだろう。文の構造が不明瞭な日本の法律文だって、法律家たちが望みさえするならば、まともな日本語で表現できるはずだ。まあ、私は本書から大いに利益を得ているので、この程度の毒気や決め付けは愛嬌だと思っている。得たものがたくさんあるのに、同調できない部分があるからといって評価を下げるなんて、身勝手な態度だ。所々にある気に入らない点は、読み流すのが礼儀ではないだろうか。

一方、アマゾンのカスタマーレビューの信頼性について書かれているブログなども読んでみると、別の問題があるらしいことがわかった。

まず、やらせレビューの可能性が指摘されていた。たとえば、あるブログでは、ある本の評価について、「185件のカスタマーレビューのうち164件が星5つ、とは普通には考えられません」と指摘していた。その記事は、「このカスタマーレビューは信用できるでしょうか?」と訝っている。

さらに、否定的な評価をしたら削除されたという報告もあった。

ある人は、アマゾンで買ったTOEICの参考書が、あまり役に立たなかったので、カスタマーレビューに星一つで投稿した。ところが、しばらくすると自分のレビューが削除されていた。そこで、ソフトな表現に直して再び投稿した。けれども、数日するとまた削除されていた。この本では、他の人から星二つがつけられていたのが、それも消されていた。他の本では、低評価をつけたものもすべて残っているのに、これはどうしたことか、と述べている。

またある人は、ある本の販売ページに唯一書き込まれたカスタマーレビューが星五つをつけていて、そこにたくさんの人が「このレビューが参考になった」と投票していたので、信じて買ったという。ところが、腰が抜けるほど期待はずれだったので、本の内容と、どこがダメなのかを率直に書いて、低評価のレビューを投稿したそうだ。すると、数日のうちに「15人中、0人の方が、『このレビューが参考になった』と投票しています」というレッテルがつき、それからしばらくして、その人のレビューは削除されてしまったそうだ。その人は、「大絶賛されていて5つ星評価&『参考になった』がたくさんついているレビューがそのまま買うに値する本であるかというと、そうではないと思っていた方がいいです」と結論付けている。

以上はアマゾンでの例だけれど、他の書店サイトでも、似たようなことが起こっているのかもしれない。ということは、読者のレビューには要注意だということだ。どのレビューの質が高いのか、その本を実際に読んでみなければ分らない。ほめていたり、批判していたりする内容が、当を得ているのかどうか、レビューだけを比較しても、なかなか判断できない。たしかに質のいいレビューも多いので、それらが質の低いレビューや、意図的に操作されたレビューに埋もれてしまうのは、惜しいことだ。
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by ijustat | 2012-01-29 18:28 | Books

『이상한 나라의 헌책방』

윤성근著、이매진、2009。ISBN: 9788993985160

c0019613_21423567.jpg古本喫茶を経営している윤성근氏の古本屋談。著者は、小学生の頃読書の楽しみに目覚めている。大学を卒業したのち、유니텔という会社で高給取りをしていたけれど、ある日、人生に懐疑を抱いて会社をやめてしまう。それから出版社と古本屋で働いたあと、홍은동に、이상한 나라의 헌책방という名の古本喫茶を始めた。本書はそんな話から始まっている。

内容は5部に分かれていて、第1部は「여는 글」、第2部は「자하생활자의 수기」、第3部は「책 읽기, 사람 읽기」、第4部は「닫는 글」、第5部は「이상한 나라의 헌책방 사용 설명서」となっている。

「여는 글」では、幼少時から古本屋を始めるまでの経緯を書いていて、「지화생활자의 수기」では、古本喫茶を経営しながら経験し行動している様々なことを書き記している。それから「책 읽기, 사람 읽기」では、自分の読んだ本の中から24冊を選んで、その本にまつわる話を綴っているけれど、その読み方は、本当に読書を楽しむ人の読み方だ。私はここで著者に好感を持った。「닫는 글」では、「작은 책방이 있어야 할 곳」という少し長めの文章が載っている。これは著者の書店論といった内容だ。書店営業をビジネスと考える人には面白くないかもしれないけれど、文化を支える器としての書店を考える人は、ぜひ読むべきだろう。最後の「이상한 나라의 헌책방 사용 설명서」は、まず店の鳥瞰図を見せてから、その各部分について、細かく説明をしている。自分の店に対する著者の愛情が伝わってくる部分だ。

この本には、本屋の運営に対する著者の独特な考えが所々に出てくる。たとえば、著者は古本屋を始めるとき、自分が読んだ本のうち勧めるに値する本しか売らないと心に決めている。

헌책방을 만들기로 생각한 순간부터 한 가지 다짐한 게 있다. ‘내가 읽은 책 중에서 남들에게 권할 만한 책을 팔자’가 그것이다. … 그래서 이상북에 있는 책들은 다 내가 읽은 책이고, 그 중에서도 사람들에게 권할 만한 것들로 채운 것이다. (42~43쪽)
そのためには、新刊書店では都合が悪いとして、次のように述べている。

책방의 기능은 책을 팔고 돈을 받는 것 이상이 되어야 한다. 많은 사람에게 좋은 책을 권하고 좋은 책들이 더 많은 독자를 손에 들어가도록 도와야 할 책임이 있다. 그런 중요한 기능은, 새 책을 파는 서점이 감당하기가 쉽지 않다. 차라리 중고 책이 좋다. 출판사나 영업자를 만나지 않으니까 좋고, 진짜로 좋은 책을 “진짜로 좋다”고 말할 수 있는 공간이니까 좋다. (47~48쪽)
そうすると、勢い売る本の数は限られてくる。

이상북에는 책이 많지 않다. 전통적인 헌책방에 비하면 서가에 둔 책들이 턱없이 적다. 이유가 있다. 내가 읽은 책 중에 추천할 만한 책들은 구별해서 마련해 두었기 때문이다. (153쪽)
このように、店内に本は多くないけれど、それらの本は粒ぞろいというわけだ。なるほど、そういうことを新刊書店でやるのは難しいだろう。それは、著者が本を売り物として考えているのではなく、読むものとして考えているためだ。そのために、「책방을 하는 사람은 누구보다 책을 많이 읽고 더 깊이 읽어야 한다」(153쪽)と主張している。ここには、読んでこそ本であるという考えが充満している。著者は次のように述べている。

책은 소유하고 자기 책장에 장식용으로 모셔 두는 게 아니라 읽고 느끼고 마음에 담아 둘 때 좋은 책 한 권이 된다. (151쪽)
そのように考えるのは、本は物としての価値ではなく、その内容が生み出す潜在的な価値の大きさを認識しているためだ。それで著者は次のように、本の売買を収益を得ること以上のものとして見ている。

...책은 그것 자체도 굉장한 가치를 만들 수 있는 여지가 있는 물건이다. … 그래서 책은 단순히 돈을 주고 사고파는 것 이상이 되어야 한다고 믿는다. (278쪽)
本と一緒に暮らしている人たちなら、認識していることかもしれない。しかし、このようにその価値を前面に押し出したのが、著者の特異な点だ。

もっとも、そのような経営の仕方では、経済的にも苦しいのではないか。少なくとも、収益はごく僅かしか得られないに違いない。高い理想を抱いて商売を始めた人が、厳しい現実にぶつかって呻吟することは、よくある。ところが著者は、驚いたことに、古本喫茶を始める当初から、収益を念頭においていなかったのである。次のように告白している。

은평구 응암동 골목에 책방을 내면서 솔직히 책 팔아 돈을 많이 벌어야겠다는 생각을 거의 하지 않았다. (276쪽)
それにもかかわらず、経営が赤字にならないようにちゃんと遣り繰りしているところがすごい。

著者は本屋の経営について、「책방은 주인 혼자만 운영하는 게 아니라 책을 좋아하는 사람들이 모여서 함께 가치를 만들어 가는 곳이다」(281쪽)という信念を持っている。その信念を実現している一つの方法として、「순환 독서」という独特な運動をしている。いや、これも経営の一環なのかもしれないけれど、古本を持ってきた人も、店主も、金銭的な利益がゼロであるという点で、経営とは言いがたい。それは、次のような方法で運営されている。

순환 독서는 누구라도 자기 책을 책방에 갖다 놓고 다른 사람에게 팔 수 있도록 한 방법이다. 책을 갖다 놓을 때는 이름과 연락처를 적는 정도로 간단한 동록 절차만 거치면 된다. 그렇게 갖다 놓은 책이 다른 사람에게 팔리면 그 팔린 가격만큼 책 주인에게 마일리지를 준다. 마일리지는 모아 뒀다가 책방에 들러서 다른 책을 구입하는 데 쓸 수 있다. 마일리지를 사용해서 구입한 책을 다시 순환 독서 책으로 내 놓을 수도 있다. (277쪽)
本が売れるときだけ金銭的な収入が入るけれど、収入はそのまま、本を売った人のマイレージになる。そして、そのマイレージで店内にある本を買うことができる。つまり、そのとき本を売った収入だけ損をするわけだ。実際には、マイレージを使用する時点で僅かな利益が発生するはずだけれど、それは微々たるものに違いない。

その他にも、이상한 나라의 헌책방では、청소년 문화제や各種公演や研修など、狭い空間の中で、様々な行事を行っている。そのために、최종규氏は2010年1月13日付の오마이뉴스の記事で「헌책방 갈래에서는 이러한 곳을 ‘책방으로 치지’ 않습니다. ‘대안문화공간’이면서 ‘책을 조금 놓고 있는’ 곳이니, 이른바 ‘헌책까페’라는 이름을 붙일 수는 있습니다. 책방하고 까페는 다릅니다. 오로지 ‘책을 사고팔면서 살아가는 곳’에만 ‘책방’이라는 말을 붙입니다」(http://www.ohmynews.com/NWS_Web/view/at_pg.aspx?CNTN_CD=A0001300480) と主張しているわけだ。この主張を최종규氏は以前にもしていたらしく、それについて「당연히 그 사람은 우리 가게에 와 본 일이 없다. 그런 사람이 어떻게 이상한 나라의 헌책방은 헌책방이 아니라는 말을 공식적으로 할 수 있는 걸까?」(140쪽)とその態度に疑問を呈しながら、「이상한 나라의 헌책방은 물론 다른 전통적인 헌책방하고는 겉모습이 좀 다르지만 세무서에 헌책방으로 신고를 했고 실제로 중고 책을 사고 파는 일을 하는 곳이다」(同上)と反論している。

もちろん최종규氏の主張は、彼の信念であって、私がそれに従う必要はない。이상한 나라의 헌책방は헌책방だと思う。それは彼によれば「잘못」 ということだけれど、まあ「잘못」でもかまわない。本を売るところを本屋と言ってはならない法はないという「잘못」を私は奉じているのだ。

この本には、目を引く内容もけっこうある。たとえば、執拗に値段交渉をしてくる客のことが書いてある。

우리 가게에 책을 사러 오는 손님 중에서 가장 대하기 까다로운 부류가 책값을 계속 깎아 달라고 하는 사람이다. 물론 헌책방, 중고 서적을 파는 곳이니까 가격 흥정을 해 보려는 건 누구나 갖게 되는 심리가 아닐까. 하지만 무엇이든 적당하면 좋지만 과하면 기분을 상하게 만드는 법이다. (49쪽)
その理由の一つとして、「헌책」という名称に問題があることを、著者は次のように指摘している。

… 헌책이라고 하면 말에서 풍기는 느낌부터 싸구려다. ‘헌책’이라니! 요즘에는 남이 입던 옷을 파는 가게도 생겨났다. 그러면 남이 입던 옷을 부를 때 ‘헌옷’이라고 부를까? 아니다. ‘구제’라는 말, 혹은 ‘빈티지’라는 멋진 단어를 쓴다. 그런데 책은 ‘헌’책이라고 부른다. 나는 헌책이라는 말보다 ‘중고 도서’. 아니 그것도 너무 초라하다. 그냥 똑같이 ‘책’이라고 불렸으면 한다. (51쪽)
これは私も気づいていたことなので、興味深い発言だ。「헌책」という言葉自体を不適切であると韓国人自身が述べているのは、유성근氏のこの本で初めて触れた。「헌책」という言葉は、「헌」という部分が固有語なので今後も愛用され続けるだろうけれど、その「헌」によって、古本のあり方は今後も歪曲され続けるに違いない。

また、インターネットの古本屋についても興味深い事実を述べている。

그런데도 몇몇 헌책방들은 몇 해 전부터 인터넷으로 책을 팔고 있다. 하지만 대형 서점들이 헌책 시장에 뛰어들면서 경쟁력이 떨어졌다. ‘알라딘’에서 시작한 전문 헌책 거래 시스템은 빠른 속도로 다른 서점에 영향을 줬다. 깔끔하고 정확한 시스템은 사람들에게 헌책 거래에 신뢰를 주었고, 아주 빠르게 성장하고 있다. (273쪽)
これと関連しているけれど、2006年4月6日付の「헌책방 순례」で、オンライン専用の古本サイト서울북마트を経営している윤병수氏が、「인터넷 서점이 깎아팔고 거저 배송해주면서 헌책방 타격이 엄청 큽니다」(http://www.hani.co.kr/arti/culture/book/113814.html) と述べている。それから3年後には、大手のオンライン書店が古本の売買に手をつけたために、零細の古本サイトが打撃をこうむっているというのだ。私は今のところ、大手の古本サイトを利用したことがないけれど、すでに교보문고の중고장터で古本の판매자(販売者)に登録している。大手の古本サイトに零細古本サイトが客を奪われる日は、遠くないかもしれない。

それからもう一つ、思い出話として書かれていたところで、私には興味深いくだりがあった。

...우리 세 명은 서점으로 달려가서 수면을 조절하는 방법에 대한 책을 찾았다. 여러 가지 책이 있었지만 책값을 내기로 한 J의 의견을 반영해서 사까이 히로시라는 일본 사람이 쓴 <4시간 수면법>이라는 책을 샀다. (197쪽)
この本はたぶん、酒井洋の『五分間仮眠法―自分を強くする』(KKロングセラーズ、1982)だろう。私も高校2年生のとき、友人の本を借りて読んだ。そこには、睡眠は4時間取れば十分で、それ以上の睡眠は惰眠であると述べている。著者もこの本を高校生のときに読んだけれど、4時間睡眠だなんて、とてもじゃないけれど、できなかった。윤성근氏も、高校生のときにこの本を読んで実行してみたけれど、みごとに失敗し、いまだに後遺症として不眠に悩まされ続けているという。

『이상한 나라의 헌책방』は、副題に「어느 지하생활자의 행복한 책읽기」とあるように、本と一緒に生活する幸福な雰囲気で満ちている。文章もうまい。それに、読書についても、情報を読み取る技術としてでなく、その意味を味わい、思索し、考えを深め、視野を広めていく点に興味を持って書かれているので、読書を生存の道具として書いている本に食傷気味だった私にとっては、一種の口直しとなった。
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by ijustat | 2010-03-28 05:09 | Books

『고서점의 문화사』

이중연著、혜안、2007。ISBN: 9788984942981

c0019613_20352645.jpg古書の流通や収集をめぐる歴史を、朝鮮時代から1970年ごろまで扱っている。読み始める前までは、考えたことを書き綴るエッセイ風の文章かと思っていたけれど、読んでみると、資料を読み込んで、古書流通史の記述を試みている、学術的な本だった。

この本は5部に分かれていて、1部は「조선 후기, 서적유통을 꿈꾸다」、2部は「일제강점기 고서점의 풍경」、3部は「고서점의 여러 모습」、4部は「고서 수집의 역사」、5部は「헌책방 삼대」となっている。

1部の「조선 후기, 서적유통을 꿈꾸다」では、朝鮮時代後期の書籍流通を考証している。当時は、現在の書店に当たるものが発達していなくて、いわゆる訪問売買を行う책쾌(册儈)と呼ばれる行商人たちがいたが、書籍の流通を支配していた朝廷は、その支配体制を乱す책쾌の存在を快く思わず、過酷な弾圧を加えることもあった。

まず著者は、書店の起源を探る。そして、その最も古い記録として、1752年に薬契冊肆という名の書店が出てくることを突き止めている。

약계책사는 왕이 직접 죄인을 신문하는 친국(親鞫) 사건에 관계되어 등장하는 서사로, 적어도 1752년(영조 38) 이전에 존재했다. 사건이 없었다면 『실록』에 기록되지 않았을, 그래서 존재 사실이 인멸(湮滅)되었을 이 서사는, 연대가 이르기 대문에 서시의 ‘기원’으로 파악할 수 있다. (23쪽)
その一方、책쾌(册儈)と呼ばれる書籍を売買する行商人についても言及しているけれど、この「儈」という字の発音について、一言考察を加えている。もともと“회”と読んでいた字が、“책”の後ろに来て“채쾌”と発音されるようになったことから、「儈」は“쾌”と読まれるようになったのだろうという意見を、次のように述べている。

현재 한글사전은 儈를 쾌로 읽고 있다. 자전(字典)은 괴로 읽고 있다. 册儈를 조선후기의 한자발음으로는 책회 또는 책괴로 표기하지만 격음화나 격음화의 결과 채쾌나 채꾀로 발음하게 된다. 册儈의 현실발음이란 결과가 무시되고 ‘儈’는 홀로일 때도 ‘쾌’로 읽는 현상이 일어난 것으로 추정된다. (43~44쪽)
もっとも、「儈」は現代中国語でも「快」と同じく“kuài”と発音するようなので、この考察が本当に妥当なのかどうかは、もう少し調べる必要があるかもしれない。

その「册儈」は、下級貴族の関係網を形成していたため、朝廷はそれを絶えず警戒していた。

정부・고관은 관계망 형성이 특별하지 않거나 때로 대항적이었다. 권력에서 소외된 재야 사대부 지식인은 전업 독서・저술가로서 책쾌 조생과 밀접한 관계망을 형성했다. (59쪽)
朝鮮時代は、思ったよりも言論統制が厳しかった。しかし、その中でも人々は知識を求め、本を求めていたのだった。

2部の「일제강점기 고서점의 풍경」では、日本に支配されていた時代(일제강점기)の書籍流通状況を調べている。今度は日本の朝鮮総督府が書籍の流通を支配し、始めは韓国語の本の流通を弾圧したけれど、後に緩和し、小説類は容認するようになった。しかし、30年代終わりごろからファシズムが台頭してくると、戦争を鼓舞する本だけが書店に並び、40年代頃からは、ハングルで書かれた本は古本屋で扱うことすら禁止されるようになった。しかし、人々はハングルで書かれた本を密かに手に入れて読んだ。

この章は、主題別にその歴史を追っているため、全体を編年体で書いていない。そのため、ざっと読み通すと、頭の中がごちゃごちゃになってしまう。もっとも、しっかり腰を据えて読まない私が悪いのだけれど、ここでは本の順序ではなく、年代にそって引用してみよう。

1910년대 조선인의 고서점은 힘을 잃고 거리 헌책방은 늘었다. 게다가 종로 야시가 생기자 길거리의 서적 판매는 지정된 장소에서의 노점 판매로 확장되어 갔다. (112쪽)
このように、1910年代には朝鮮人の経営する古本屋は衰退し、かわりに古本の露天商が増えたと言う。そのうえ、종로に野市が開かれると、古本の露天商はますます増えていった。野市については、「종로 야시는 1916년에 일제의 인가를 받고 시작되었다」(112쪽)と説明している。それらの露天商が扱う本は、思想性のない小説類だった。

당시 노점 헌책방이 다룬 것은 주로 신・구소설이었음도 알 수 있다. … 강점 직후 400여 종의 소설이 시중에 유통되고 있었다. 일제가 금서조치하고 압수에 나섰던 구국계몽운동서적, 특히 조선을 일깨우는 서적들은 노점 헌책방에서 팔 수 없었고 서점은 통해 비밀리에 유통되곤 했다. (110쪽)
一方、ソウルには日本人が入植するようになり、主に종로より南側に居を構えた。そして、当時は本町と呼ばれていた現在の충무로に、日本人の経営する書店街が形成されていた。박종화(1901~1981)は1914年に本町の本屋でその多様な本に魅了されたあと、しばしば訪れて本を買って読むようになる。

일본인은 남촌에 많은 서점을 개설했다. … 그는 이후 이곳(本町=충무로)에서 많은 책을 사서 본다. … 일본인 상대의 서점이 점차 조선인이 찾는 대상으로 돼가는 과정을 알 수 있다. 그것은 물론, 조선 출판・서적유통계에서 찾을 수 없는, 많은 책이 있기 때문이다. … 조선인 지식층 일반이 사실상 남촌의 서점을 많이 이용했다. (122~123쪽)
しかし、その当時は韓国の出版に対する弾圧が厳しかった。もったいないことに、特に1910年代後半には、多くの漢籍が押収・焼却されたという。

강점 전후에 많은 신식 출판물을 금지시켜 구국계몽운동의 사상적 기반을 압살한 일제는 1910년대 후반기에 많은 한적본을 압수・소각했다. (124쪽)
その後、종로の北側では新刊書店は衰退し、かわりに古本屋が発達してきた。관훈동、つまり인사동길の北の入り口あたりに位置する地域は、古本屋街となっていた。1940年代にはかなりの古本屋があったようだ。それについて、「관훈동을 자주 다녔던 이경훈은 당시 관훈동 골목이 거의 고서점이었다고 회고했다」(114~115쪽)と紹介している。

この時期は、出版への弾圧がある程度緩和される時期もあったけれど、30年代後半から、今度はファシズムの軍事体制が台頭し始め、出版に対する統制が厳しくなり始める。新刊書店ではほしい本が得られなくなり、古本屋が密かにそれに取って代わるようになった。

중일전쟁에서 태평양전쟁으로 이어지는 전시파쇼체제 하의 조선에서 판금서적은 급증했지만 고서점은 금서의 유통경로로 자리를 잡았다. 구하기 힘든 금서는 고서점에서 찾는 게 독서인의 상식이었다. 이를테면 『자본론』을 구하기 힘들지만 고서점에서 살 수 있다는 얘기를 듣고 윤석헌은 인사동 고서점에 가서 구입했다. 그 때 고서점 주인은 방 벽장 속에 책을 숨겨 두고 있었다. (89쪽)
そのような状況について、ジャーナリストの송건호(1927~2001)は次のように証言している。

송건호는 중학교 때인 일제말기에 안국동・충무로(本町) 등 서울의 고서점 거리를 찾아다니며 헌책을 뒤졌다. “신간책은 거의 일본 군국주의 찬양이나 침략전쟁 찬양이나 황도정신 일색이었으나 고서점에는 아직도 자유주의 냄새를 풍기는 책들이 남아 있었다.” 그의 헌책 찾기는 점차 한글 책으로 집중되었고 자취를 감추기 시작한 한글 소설을 탐독했다. (101쪽; 송건호 ‘분단 42년과 나의 독서편력’ <역사비평> 1, 1987, 332쪽)
ハングルへの弾圧は日に日に激しくなっていき、韓国語の本は得にくくなってきた。しかし、それがかえって民族意識を鼓舞し、密かにハングルで書かれた本を読む動きへと繋がっていった。それについて、次のように述べている。

침략전쟁과 무관한 책, 나아가 그 읽기는, 파쇼체제의 강요에 의해 사라지고 있었다. 하지만 역설적으로, 일제의 파쇼적 통제가 강화되면서, 이에 대한 반발로 자유를 향한 책 읽기의 지향이 성장했다. 일제의 황민화가 폭력으로 강제되면서, 민족 알기의 책 읽기가 확산되어 갔다. … 일제의 민족말살정책은 역으로 조선에 대한 관심을 고조시켰고 조선 읽기는 확산되었다. (95, 97쪽)
やがて、日本は太平洋戦争を勃発させ、朝鮮も軍事態勢に塗り固められていく。その中で、日本の敗北を確信してハングルで書かれた本を集め始めた古本屋があった。황종수氏の経営する일성당という古本屋だ。

주목할 사실은 그런 일성당 주인 황종수가 ‘때의 전망’을 잃지 않고 있었던 점이다. 그는 1939년에 서울로 와서 언론인과 교류하며 전쟁에 관한 정보를 듣고 일제의 패망을 확신했다 한다. 2층 다락에 한글 책을 쌓아둘 수 있었던 것은, 때의 전망을 잃지 않았기 때문이다. (91쪽)
具体的に、どのように本を集めたかが、次のように簡単に紹介されている。

(황종수는) 서점에 있던 일본 서적을 팔아서 그 자금으로 한글 책을 사 모으기 시작했다. 이를테면 『우리말본』 『한글갈』 등 정음사의 책을 제본 상태로 사들이고 당시 옥고를 치르던 한글학자의 옥바라지를 위해 조선어학회가 『한글』 잡지를 팔려 할 때 힘닿는 대로 모두 사 모았다. 또 한성도서의 재고정리본인 『만세전』(염상섭), 『수양대군』(김동인), 『단종애사』, 『무정』, 『마의태자』(이상 이광수), 『전야』(박종화), 『물망초』(김억) 등의 한글문학서적을 사들였다. 즉시 그 책들을 팔려는 것은 아니었다. 마음 놓고 팔 수는 있는 상황이 아니었다. … 일성당은 한글 책을 서점 2층에 몰래 감추어 두었다. (90~91쪽)
このようなハングル本の密かな収集は、主に古本屋を通して行われた。

한글의 기억이 민족사상을 고취하는 길이므로 한글 책을 모아 읽어야 한다는 것이다. 한글 서적의 수집은 고서점의 유통을 전제로 했다. 독서인 사이에 책을 주고받으며 읽는 경우도 있지만, 수집이라 할 때는 특정 공간, 곧 고서점에서의 매입이 우선 방법이기 때문이다. (101쪽)
とはいえ、戦時体制の厳しい言論統制の中で、流通・所持が禁止されているハングル本を得ることは易しいことではない。戦況が悪化していくにつれ、徐々に古本屋は店じまいしていった。

일제가 태평양전쟁을 도발한 뒤에 전시 파쇼동원체제가 강화되면서 책은 귀해졌다. 신간은 물론이고 고서(・헌책)의 유통 또한 힘들게 되어갔다. 남촌이건 북촌이건, 고서점에 책이 없게 되고 많은 고서점이 문을 닫고 말았다. (130쪽)
3部の「고서점의 여러 모습」では、한남서림(1905~1960年代)、미모사(1936~1940?)、남만서점(1938~1940)、마리서사(1945~1948)という特定の古書店を扱い、2部と重複する部分もあるけれど、それらの個性ある書店の経営模様と、それを取り巻く当時の世相を調べている。

한남서림の創業は、画期的なできごとであったと著者は見ている。それについて、次のように述べている。

백두용은 1905년에 드디어 한남서림이란 간판을 내걸었다. 이는 종래 이름도 없이 노점 성격을 지닌 서적유통이 자본을 투자한 근대적 경영으로 바뀐 것을 상징했다. 이전에도 서사에 이름을 붙이기도 했지만 대개 서사 주인의 이름을 붙였다. … 그런데 1905년부터 주인 이름을 딴 서사는 드물게 되고, 거의 일반명사를 서사 이름으로 삼게 되었다. (138~139쪽)
この書店の社会的な意義は、決して小さくないようだ。한남서림が朝鮮の古書が流出することを防いだ点について、次のように述べている。

한남서림에 있던 많은 고서화로 보아도 일제에 유출・약탈되지 않을 수 있었다는 점에서 다행이었다. (151쪽)
この章で扱われている4つの古本屋のうち、미모사は女性の経営する店で、短命ではあったけれど、かなり繁盛したらしい。남만서점と마리서사は、どちらも文人の経営する店で、これも短命だった。ただし、미모사と남만서점は、ファシズム体制の強化によって没落したともみられる。

この章に、興味深い話が手短に紹介されていた。それは、読書家と愛書家とが別のものであるという内容だ。남만서점の오장환は東京に留学していたとき、次のような経験をしている。

오장환은 동경유학 시절에 서적 수집 취미에 대한 감각도 익혔다. 곧 “아내와 자식은 며칠씩 안 보아도 견디나 책은 잠시라도 곁에서 떼 놀 수 없다”는 애서가로부타, 정작 자신이 책은 안 읽는다는 애기를 들었다는 것이다. 독서가와 애서가가 구분될 수 있음을 말한 일화이[다]. (165쪽)
この章でたった4件の古本屋だけを紹介していることに対し、최종규氏は批判していた。彼は次のように述べている。

대구에는 1951년부터 헌책방을 꾸린 할아버지가 오늘도 부지런히 땀을 흘리고 있고, 인천에도 1951∼52년에 ‘길바닥 헌책방’부터 해서 이제는 번듯한 가게를 꾸린 할아버지가 여러 분 살아 있으면서 현장을 지키고 있습니다. 부산 보수동 1세대로서 오래도록 그 골목을 지켜 오던 할아버지 한 분은 지난해에 돌아가셨습니다. 그러니까, 이 책 《고서점의 문화사》는 얼마든지 이러저러한 분들과 만나서 이야기를 듣고 더 살피고 더 헤아렸다면, 테두리를 ‘고서점’으로만 맞추어 놓았다고 해도, 딱딱한 논문을 넘어설 책으로 꽃피지 않았을까 하는 생각이 들고, 딱딱한 논문이라 할지라도 줄거리가 한결 넉넉한 열매를 맺지 않았을까 하는 생각 또한 듭니다.
http://www.ohmynews.com/NWS_Web/view/at_pg.aspx?CNTN_CD=A0001187233
まあ、そうかもしれないけれど、一部の象徴的な存在に着眼して追っていくという手法は、まず大まかな全体像を捉えるという点で、決して悪いものではない。そのうえで行うべき研究方法は、최종규氏の言っているような“聞き歩き”ではなく、大規模で徹底的な統計調査だ。聞き歩きをして量を増やしたとしても、一部に過ぎないという欠点はそのまま残る。統計調査は個人では無理だから、この本では範囲を限定させて最小限のサンプルを扱っているのだ。そうでもしなければ、この本は完成しなかっただろう。だから、範囲の狭さは批判されるべきものではない。この本とあわせて、최종규氏の調べ歩いたものを読めば、読者は共時と通時の二つの軸から古本屋の存在を見ていくことができるではないか。少なくとも私は、최종규氏の調べた広範囲な現代の古本屋に関する記述と、이중연氏の文献調査による古本屋の大まかな歴史を通して、韓国の古本屋について、立体的な知識を得ることができた。それに、최종규氏はこの本を面白くないと言っているけれど、私は興味深く読んだ。本の印象というのは、人によって違うものだ。

では、次へ移ろう。

4部の「고서 수집의 역사」では、主に韓国語学者양주동と、伝記作家민병산の古書収集を追っている。양주동は主に韓国の文化を伝承する重要な古書を精力的に集めた。민병산は、貧しい生活の中から安価な伝記を精力的に収集し続けた。ただし、その努力は、引越しのときに誰かの手違いでそれらの本をすべて失うことで、むなしく終わることになる。

この章で、私は特に、日本の支配下で韓国の資料を必死に収集した朝鮮学者たちの姿に感銘を受けた。著者は、その時期について「일제강점기 학문의 역사를 쓴다면 1930년대는 조선학(朝鮮學)의 시대로 부르게 될 것이다」(200쪽)と規定し、「조선학 연구자는 아울러 고서 수집가가 될 수밖에 없다」(204쪽)と述べている。

後に共産主義者となって北朝鮮に渡った김태준(1905~1949)は当時、燕巖朴趾源(연암 박지원)の書いたものを集めていた。その困難さを、次のように紹介している。

그는 연암의 글을 모두 모으기 위해 애를 썼던 것이다. 수집은 어려웠고 김태준은 문학 고전 분야에서 ‘보급은커녕 수집도 완전치 못해’ 한문학・소설・희곡 등이 완전 “처녀지로 남아 있다”고 했다. (204쪽)
著者も指摘しているように、当時の朝鮮学者は、文献収集家でもあった。そのために、一種の骨董マニアのような性格も帯びていた。朝鮮語学者の양주동(1903~1977)は、次のように語っているそうだ。

…모든 학자가 서적에 대하야 거의 골동벽(骨董癖)을 가지게 되고 수집 마니아[狂]가 되는 것은 진실로 소이연(所以然)이 있는 것이다. (205쪽; 양주동, ‘不可洩의 珍本’, <朝光> 1936년 2월, 95쪽)
その収集活動は、精力的だった。「평양서북 지역에서 책권이나 있다 하는 데는 모조리 찾아 다녔다」(212쪽)というから、その熱心さが伺われる。

彼らの熱心さの背景には、文献資料が海外に流出するのを防がなければならないという使命感があった。韓国文学者조윤제(1904~1976)の主張が、次のように紹介されている。

경서언해(經書諺解) 종류가 푸대접받고 있지만 외국으로 유출되는 상황이 진행되어 장차 그 가치가 높아질 것이라고 언급하여, 비록 당장은 보잘 것 없어 보이는 고서라도 관심을 가지고 수집해야 한다고 사회의 관심을 촉구하고 있다. (216~217쪽)
朝鮮語学者の이희승(1896~1989)も、大変精力的な収集家だった。本を買う速さについて、次の逸話が残っている。

방종현이 역어류해(譯語類解)를 한 고서점에서 보고 20분 뒤 구입하러 갔을 때 그 사이에 이미 이희승이 구입해갔다는 일화가 있다. (217쪽)
現在は、韓国語学と韓国文学は別の分野だけれども、当時は同じ조선학(朝鮮学)という垣根の中で、緊密な交流を持っていたという。

당시 어문학 연구와 역사・민속 현구는 조선학이란 같은 뿌리 아래 밀접한 관계가 있었고 실제 연구자의 교류나 고서 수집의 관계망도 밀접했다. (219쪽)
5部の「헌책방 삼대」では、朝鮮時代末期から1970年代まで、3代にわたる古本家業を扱った이정환の小説『샛강』を、綿密に検討しながら時代の流れを考証している。いわば、1部から4部までの総まとめとしての章だ。小説というフィクションから事実を読み取ろうという、かなり危険な作業だけれど、作家や近親の手記と、それぞれの時代状況などに照らし合わせて、最大限事実に近いものを探ろうと努力している。

최종규氏はこの章を「아주 살짝 ‘독후감 쓰듯’ 짚으면서 끝맺습니다」と言って、その短さが不満なようだけれど、「독후감」というのは、批判というよりは罵倒に近い。小説というフィクションから事実を抽出しようという試みを一切評価せず、著者の思いつきだと言っているのだ。もちろん、小説を歴史資料とするのは、いかにも危険な方法に違いない。けれども、それを「독후감」のようだ評するのは、言い過ぎではないだろうか。

それはともかく、著者がこの章を書きたかった理由は、朝鮮時代から現在まで一貫して続いてきた古本屋を通して、古本の歴史を探りたかったからだ。けれども、「어떤 까닭인지, 100년 동안 대를 이어 든든히 문화계를 지켜 온 출판사・서점을 보기 힘들다」(252쪽)と述べているように、そのような古本は存在しない。しかし、小説の中に、親子3代にわたって続いた古本屋の話があるのを発見した。著者は次のように述べている。

그런데 우연히, 정말 뜻밖에도, 헌책방이 3대째 경영되던 경우를 찾을 수 있었다. 이정환(李貞桓)의 소설 『샛강』을 들추던 중 헌책방에 관한 기록이 보였다. 소설가 이정환의 이름이나 ‘샛강’이란 소설제목은 들어온 터였지만 읽어보지는 못했다. 그런데 『샛강』에 이정환이 조부와 부친을 이어 헌책방을 경영하던 얘기가 비교적 자세히 서술되어 있다. (253쪽)
もちろん、小説から史実を抽出しようとする試みは、危険なことだ。それを承知のうえで、『샛강』が自伝的小説である点に着目し、これが求める情報に関する唯一の資料である点にゆだねているわけだ。次のように説明している。

소설은 작가의 체험을 소재로 할 경우가 많다. 그 경우 소설을 허구로 볼 것인가 기록으로 볼 것인가 하는 해석의 문제가 생길 수 있다. 소설의 구성・서술・표현(그것을 따지는 것은 문학의 영역이다)과 관계없이, ‘있었던 사실’을 다루었다면 그것은 기록으로 풀이될 성격도 있지 않을까? 굳이 기록문학이라 하지 않더라도 그런 풀이의 가능성은 뜻밖에도 크다. 많이 쓰는 표현인 자전적 수필도 그렇다. 필자의 생각이나 사상 따위를 확인하는 것이 아니라, 그 자체를 사실에 대한 기록으로 해석할 수도 있다. (253쪽)
もちろん私も、この箇所を読んだとき、それまでの慎重で実証的な考察とは打って変わって小説を扱うという冒険に、不安を覚えた。しかし、不安はずっと残りながらも、周辺の史実と照らし合わせながら、小説の記述の正確さを慎重に検討しているので、史実から大幅に足を踏み外してはいないだろうという安心感を読者に与えてくれる。

長い歴史を扱っているので、ここで満遍なく引用することはできないけれど、朝鮮動乱期の記述は目を引く。戦争がいかに本を破壊するかを痛感させられる内容だ。著者は「학자들의 책에 관한 글 가운데 6・25 때 책을 잃어버린 사실이 기록된 경우가 드물지 않다」(302쪽)と述べ、学者たちの本の受難を紹介している。では、古本屋はどうだったろうか。散逸した本がいっぱい出てきて、古本屋は潤うのではないだろうか。そういう疑問が心をよぎるかもしれない。しかし、決してそうではないことを、次のように述べている。

어떻게 보면, 책 소장자들에게 전쟁은 수난의 기록이지만, 흘러나온 책들이 많으니 헌책방의 호황이지 않느냐고 생각될지도 모르지만, 그렇지 않았다. ‘서점’이라고 전쟁이 비켜가지는 않는다. 이겸로(『통문관 책방 비화』)는 서울의 원남서원(원남서원)과 과학서원(과학서원)이 잿더미로 주저앉은 사실을 기록하고 있다. 전형필이 국보급 문화재를 수집・보존하는 데 중요한 경로가 되었던 저 유명한 한남서림의 많은 책은 전쟁 속에서 “지리멸렬로 대구시장 바닥에 산더미 같이 쌓여 찢어지고 밟히고 흙투성이의 참상이었다”고 한다. 또 통문관에 있던 “2만여 권의 귀중한 전적들도 깨끗이 바람과 함게 사라져버렸다”고 했다. 전쟁은 그렇게 서점에게도 수난이었다. (303쪽)
それだけではない。ソウルに北朝鮮の軍隊が駐屯してくると、ソウルの古本屋も共産主義一色になった。

북한군에 점령당한 지역에서의 서점 기능은, 좌파사상의 문화적 전파에 철저히 종속되었다. (303쪽)
意外な感じがしたけれど、たしかに北朝鮮に占領されたのだから、ソウルは共産主義の支配下に置かれたわけだ。ソウルと共産主義という取り合わせは、アンバランスに感じられるけれど、当然のことながら、全国民が南方へ避難したわけではなく、地元に残されて北朝鮮に支配された人々もいたわけだ。現在生き残っている人たちは、そういう不愉快な経験を、あまり語ろうとしないけれど、考えてみれば、そのような時代もあったのだ。現在ソウルの古本屋に出回っている古書は、そのような共産主義の支配を潜り抜けて生き残ったのだと思うと、自分の書棚にある古書も、いとおしく感じられてくる。

新刊書もそうだけれど、古本の流通は、好況に潤うこともあるけれど、大体において景気の悪い話に終始している。為政者から弾圧され、古本の調達に困り、消費者に無視され、都市開発のために追い払われる。それらによって何度も壊滅的な被害を被りながら、それでも再生してきたのが、古本の流通だ。この中には、韓国独特の苦難もあるだろうけれど、この苦難は、案外普遍的なものかもしれないという気がした。

この本が2007年3月15日に出たときの一般の評判は、최종규氏によると「이 책이 처음 나올 무렵, 온갖 매체에서 이 책을 여러모로 칭찬하고 소개해 주었습니다」ということで、かなり良かったらしい。최종규氏はつまらなかったと言っているけれど、多くの人には面白かったようだし、私も興味深く読んだ。ただ、驚いたことに、私が先日(2010年1月31日)교보문고で買ったこの本は、初版だ。評判になった本なのに、3年たっても初版が捌ききれないのだ。
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by ijustat | 2010-02-14 19:08 | Books

『滿文 니샨 巫人傳』

成百仁 譯註、제이앤씨、2008。ISBN: 9788956686202

満州語の研究書。しかし、物語をテキストにしているので、満州語はできなくても、物語の韓国語訳は面白く読むことができる。

c0019613_17154212.jpgこの本は、「Nišan saman i bithe emu debtelin. Tacibukū Ge looye ningge..(니샨 呪神人傳 一冊.. 敎師 Ge 老爺의 것)」と題された手稿本をあつかっている。構成は、「머리말」で簡単にテキストの由来を説明したあと、本文が4部に分かれている。まず、この物語の言語的特長を説明し、次にローマ字転写した満州語のテキスト全文に韓国語の逐語訳を施し、その次に「意訳」と称する韓国語訳を載せ、最後に現物の写真版を載せている。言語的特長については詳しく解説しているけれど、内容の解題はない。

満州語を研究している人にはもちろん貴重な資料だろうけれど、満州語をほとんど知らない私のような者にも、なかなか興味深い読み物だ。満州語は形態論が比較的単純なので、『世界言語概説 下巻』(研究社、1955)の「満州語文語形態論」をざっと読んだあと、この本の逐語訳の部分を読めば、満州語がどのように使われる言語なのかが大体分かるだろう。満州語は韓国語と語順が同じなので、逐語訳を読んでも意味が通る。

c0019613_3261686.jpg今日(2010年2月5日)、교보문고で語文学関係のコーナーにある専門書を目に付くまま手に取っては眺めていたとき、たまたまこの本に出会った。現物の写真版を見たとき、もちろんぜんぜん判読できないのだけれど、その文字の優雅で立派なのに魅せられた。

帰宅後、物語の韓国語訳を通読した。内容はシャーマン(巫女)の冒険物語だ。ある大金持ちの息子が死に、生き返らせてくれと父親がニシャンという名のシャーマンに懇願する。ニシャンは、その息子を生き返らせるために呪文を唱えると、その場に倒れて気を失う。

c0019613_17183055.jpgニシャンの魂は黄泉の国へ赴いた。そして、大金持ちの息子の霊を閻魔大王から奪い返し、数々の困難を乗り越えて再び息子を生き返らせることに成功する。

しかし、その過程で、死んだ夫に会うことが禍根となる。夫は他人を生き返らせるなら自分も生き返らせろと迫る。しかし、夫の体はすでに朽ち果ててしまったので、それは無理だと言うと、夫はニシャンを殺そうとした。そのとき助け舟が出て、夫を吹き飛ばす。

ニシャンの姑は、ニシャンが黄泉で自分の息子にしたことを知り、皇帝に直訴する。皇帝はニシャンを井戸に沈めて殺すよう命じる。

一方大金持ちの息子は、黄泉で見てきた経験から、よい行いをしなければならないことを悟り、その結果、子孫代々豊かに暮らした。

話自体は、シャーマニズムと仏教的世界観を融合させた、なかなかダイナミックな冒険物語だけれど、英雄的働きをした巫女ニシャンが悲惨な死を遂げるのは、あまり後味のいいものではなかった。でも、たぶん満州の人たちにとっては、ニシャンが死んだ方が納得がいくのだろう。

物語自体は民間伝承で、訳注者が「이 巫人傳은 북방 여러 민족들의 언어로 지금도 口傳되고 있는 것 같다」(7쪽)と書いているように、今でも中国東北地方では、トゥングース系の各言語でこの物語が語り継がれているらしい。そのような民間伝承の物語ではあるけれど、それを筆記した人は、大変立派な美しい文字でこの物語を綴っている。筆写時期は20世紀初頭とのことだ。
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by ijustat | 2010-02-05 22:47 | Books

『한국을 찾아와서』

堀井野生夫著、사회문화연구소、1993。ISBN : 8973870173。

c0019613_5275711.jpg少年時代を韓国で過ごした著者の、韓国語による韓国滞在記。著者自身が「詩 같은 것」と繰り返し述べているように、本文は詩のような形式で書かれている。故郷であるソウルで暮らしながら、幼少時代の頃を思い出し、また、韓国人との文化の違いに戸惑ったり、様々な経験をしながら考えたことなどが、叙情的な筆致で描かれている。

원래 중리천은 논밭 사이를 꼬불꼬불
낮게 고요히 흐르고 있었다.
풀이 우거지는 작은 모래밭.
맑은 물에 노는 새끼 물고기때.

자아! 난지도는 가까웠다고
벼랑 길을 뛰어 내려가
맨발로 걸어 건넜던
풋풋한 풀숲의 열기, 그 속에서의 물의 시원함.
발바닥 간질거리는 모래의 감촉.
(「中里川」에서. 11쪽)
중리천というのは、タイトルの脇に「수색에 있는 작은 천」という説明があるから、불광천のことだろう。今は街の中を流れている。最近はソウル市内の川の狭い河川敷に散歩道を作って公園のようにしているけれど、著者の堀井さんが韓国を訪れた82年の当時は、たぶんドブ川のような状態だったろう。

난지도も、今では하늘공원として生まれ変り、市民の憩いの場となっているけれど、82年ごろには悪臭を放つ広大なゴミの丘陵だったはずだ。「위키백과」で「난지도」を検索すると、「1970년대 후반에 그 주변에 제방이 둘러쳐지고 난지도는 서울의 공식 쓰레기 매립지가 되었다. 1978년 이후 15년 동안 난지도는 거대한 쓰레기 산이 되었는데 그 크기는 98m 높이에 2,715,900㎡에 달했다」と出ている。쓰레기 매립지になる直前までは、「땅콩과 수수가 재배되던 한강 어귀의 낮은 평지」であり、「알려진 신혼여행지」だったそうだ。小さなホテルがあったという話も聞いたことがある。

いずれも、著者の少年時代の美しかった面影はなく、辺りは荒涼とした灰色に包まれて、悪臭と騒音が漲っていたに違いない。醜く変わり果てた중리천に語りかけるように、著者は「아주 변해버린 너를 본 밤에 / 목욕하면서 엉엉 울었다」(「中里川」에서. 12쪽)と、その悲しみを吐露している。

著者の堀井野生夫さんは、1924年に秋田県で生まれ、1932年に家族に連れられて現在のソウルに移住し、そこで小学校、中学校、高校を卒業し、終戦後の1946年に日本へ引き上げた。しかし、少年時代から青春時代までを送った韓国は、堀井さんにとって故郷に違いない。82年の訪韓を皮切りに何度か訪韓したあと、1989年に연세대학교 국문과に入学した。

私が堀井さんに初めて会ったのは、1990年の10月頃。当時私は연세대학교 어학당の韓国語コースに通っていた。ある日、인문관(現在の외솔관)の横にあった평화의집でクラスメートと一緒に食事をしていると、年配の日本人が隣のテーブルで、韓国人の女子学生と一緒に食事をしていた。どちらが先に声を掛けたのかは覚えていないけれど、気さくな人で、すぐに親しくなった。국문학を専攻していると言っていた。一緒にいた女子学生も、국문과の学生だった。(その女子学生には、あとで윤동주の詩を読むのを助けてもらった。それなのに、本当に申し訳ないことに、名前を思い出せない。)その後私は1年間신촌を離れ、92年に연세대학교 어학당へまた戻ってきた。今度は日本語教師として。

c0019613_528339.jpgそんなある日、어학당の建物を出て세브란스병원の方へ向かって歩いていたとき、今の동문수퍼があるあたりで、堀井さんと偶然会った。そのとき堀井さんが、実は韓国で本を出版したのだけれど、今日製本が上がって数冊受け取ってきたところだといい、かばんから1冊取り出して、その場でサインをして私に下さった。それが、この『한국을 찾아와서』だ。奥付によると、この本が発行されたのは1993年11月30日だから、私が堀井さんに会ったのは、だいたいその頃だろう。

久々に本を開くと、1993年12月6日付の東亞日報の切抜きがページの間から出てきた。「韓-日간 이해 도움됐으면…:69세 延世大 국문과 졸업, 한글詩集펴낸 日人 堀井씨」というタイトルで、その記事には「그는 이책에서 유학생활수기와 함께 한국의 자연과 도시생활등에 대해 일본인이 느끼는 소회를 서정어린 필치로 그리고 있다」と書いてあった。そのように、この本は手記であり、叙情的な文章だ。文章は詩の形式を取っているけれど、著者自身が「詩 같은 것」と言っているように、大部分の行は詩ではない。でも、所々詩のように美しい箇所も見られる。繊細で、内省的で、思索的で、不思議な感じの文章だ。

なかなかいい感じの文章がある。「목도리」(22~23쪽)という題の文だ。長いけれど、全文を引用してしまおう。

광보관실에서의 공부를 마치고
어느 다방의 한쪽 방에서의 점심.
마사노 씨한테 얻은 샌드위치.
K양의 알루미늄 도시락.
근처에서 산 고기만두, 사과, 커피, 우유.
서로가 나누어 맛보는
즐거운 점심 한나절
한국어 그리고 일본어의
네 사람의 회화가 생생하다.

들어갔을 때 그 방은 차가웠다.
“선생님, 이것을...”하고 K양은
스르르 목도리를 풀러 나에게 내민다.
“아니야, 그건 안 되요. 당신이 추워”라고 내가 말했다.
K양은 눈을 내리뜨고 중얼거린다.
“우리들은 친하게 됐다고 생각했는데 아직 아니였군요.”

그렇지 않다.
순간 마음에 떠오르는 다방에서의 공부.
열심히 말하는 진지한 눈동자.
지긋이 듣는 맺힌 입가.
서로가 학생이고 선생으로 있고
끝난 후의 기지에 찬 담소.
돌아갈 때 버스 속에서 얼굴을 맞대고 한 대화.
나의 아픈 배를 치료코자 약을 사러 뛰어간 모습.
우리들은 친하다. 이미 충분히......

그러니 목언저리는 떡 벌리고
앞가슴까지 으스스 추워 보여.

그 목도리는 목을 두르고 끝을 앞가슴에 넣어 두고 있었다.
사람의 마음을 간직하는 그 가슴에.

그것을 내가 두르고 가슴에 넣으면
그것은 아가씨의 가슴에 닿는 것이 아닌가!
아가씨의 가슴에 닿아서는 안 된다.

그러나 이것은 나의 지나친 생각일 것이다.
늙은이가 무얼 지나치게 마음을 쓰냐.
그것은 단지 노인을 돌보려는
순한 마음일 뿐인데.

그러나 가령 가슴이 서로 닿는다면
얼마나 마음이 고동치는 환상일까.
벌써 마르고 시들어 가는 나에게도.

그러나 가령 가슴이 서로 닿는다 할지라도
그것은 표면만의 일이 아닌가?
말은 가슴 속 깊히 꿰뚫어 또 침투한다.
いいなあ。何という胸ときめかせるロマンだろう。これを読むと、やっぱり堀井さんは詩人かもしれないと思う。

ところで、読みながら気づいた人もいると思うけれど、これらの韓国語の文章はぎこちなく、たとえば「지긋이 듣는 맺힌 입가」や「말은 가슴 속 깊히 꿰뚫어 또 침투한다」のように、意味のよく通らない部分すらある。それについて、著者は「序文」で述べている。

……그러나 물론 오류나 이상한 곳이 많이 나오기 마련이었습니다만 다행히도 친구의 따님인 용승희 양이 고쳐 주었습니다. 그러나 골격은 어떻게 할 수 없는 것이고, 또한 승희 양이 너무 많이 고치면 문장이 매끈하게는 되겠지만 작자의 시각이나 심정의 모습이 바뀔 것 같으므로 거북함이 있더라도 분명한 오역이나 의미의 부정확한 것이 없으면 가능한 한 그대로 두는 것을 권했기에 보시다시피 이러한 책으로 되었습니다. (4쪽)
このように、ネイティブチェックはしてもらったけれど、作者の視角や心情の様子を生かすために、あまり自然な言葉に直すことは控えたらしい。堀井さんは数年前に『自己論』という本を書かれ、その序文がアマゾンで読めるけれど、その整った明晰な日本語に比べ、この整わず不明瞭で、文脈に合わない言い回しがごろごろしている韓国語が、本当に“作者の視角や心情の様子”なのかどうかは疑わしい。

けれども、この本は出版されたのだから、出版元の사회문화연구소では違った考え方をしていたはずだ。幼少時代を韓国で過ごし、韓国が故郷である外国人が、その故郷の地で使われている言葉を年老いてから学び、ぎこちない言い回しで切々と語る様は、ある種の哀調を帯びて迫ってくる。著者の意図とは無関係に、独特な効果が表れている。それに、内容自体はとても意味あるものだ。それら諸々の意義があって、この本は出版されたのだと思う。

『한국을 찾아와서』は、現在でも古本サイトなどでかろうじて手に入れることができる。数冊しか出回っていないようなので、関心のある人は、なるべく早く購入することをお勧めする。
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by ijustat | 2010-01-11 06:29 | Books

『추억 같은 미래』

구로기 료지著、카피바라북스、2002。ISBN : 8995251824

c0019613_18265596.jpgこの詩集は、韓国に在住する日本人が共同で製作した作品だ。こういう企画は、おそらく韓国では初めてだろうし、今後もまず出ないだろう。카피바라북스はいい仕事をした。写真ではよく見えないけれど、表紙の下の方を見ると、製作者たちの名前が次のように紹介されている。

재한 일본인교수들이 만든 콜라보레이션 시집
시:구로기 료지(黒木了二)
번역:요시모토 하지메(吉本一)
사진:후쓰카이치 소(二日市荘)
북 디자인:하야시 에리코(林恵理子)
발행:카피바라북스
それから、表紙には名前が出てこないけれど、表紙の美しい絵を描いた人は、도야마 야스오(外山康雄)という。なぜか後ろの見返りに名前が刷られている。ただし、この人の場合は顔写真まで入っているので、格別な扱いらしい。外山康雄氏は、野の花館というギャラリーを運営しておられるそうだ。

本の体裁は、3ページから101ページまでが本文で、韓国語訳の詩が載っている。そして、付録として、105ページから176ページまでが、日本語の原詩となっている。その1編を紹介しよう。8ページに載っている「메아리 치는 미래」という最初の詩だ。

어디에선가
소리가 난다
침묵의 밑바닥에서
들려오는 소리

지워져 있었던
소리가 난다
그리운 대지의
확고한 울림

실개천이 속삭이는
물소리와 같이
심장의 힘찬
고동과 같이

그리운 미래
미래는
추억 같은 울림과 함께
다가온다
そして、付録の106ページに載っている原詩「こだまする未来」。

どこからともなく
音がする
沈黙のそこから
響いてくる音

消し去られていた
音がする
懐かしい大地の
確かな響きが

小川のささやく
せせらぎにも似た
心臓の力強い
鼓動にも似た

なつかしい未来
未来は追憶のような
響きを伴い
やってくる
本書がこのような形で出版されることになった動機について、著者は「남기는 말」で次のように語っている。

나는 시 쓰기를 좋아해서 15살 때쯤부터 지금까지 약 15년 동안 취미로 시를 써 왔다. 그리고 가끔 내가 지은 시를 한국어로 번역하고 아는 사람들에게 개인적으로 보여 주곤 하였다. 이 시집을 출간하기에 있어서도 처음에는 내가 모든 시를 한국어로 번역하려고 하였다. 그러나 막상 일을 시작해 보니 어려움에 부닥쳤다. 외국어로 시를 쓴다는 것이 쉬운 일이 아니고 정식으로 출판을 하려면 어느 정도 수준이 요구된다. 그런데 지금 내 한국어 실력으로는 너무 부족한 것 같아 걱정이 되고 불안해졌다. (98쪽)
それによると、著者は自分の書いた詩を時々韓国語に訳して知人に見せていたが、いざ詩集として出版する段になったとき、自分の韓国語の実力では出版に耐える訳はできないと考えたそうだ。そこで、「부득이하게 동국대학교의 요시모토 하지메(吉本一) 교수님께 도움을 요청하였다」と、翻訳を他の人に依頼した経緯を明かしている。

c0019613_23432964.jpg私が持っているのは、2002年の12月に出たとき、著者から贈られたものだ。その当時、著者の黒木先生は吉本一先生他数人と一緒に、他にも다락원という出版社で日本語教材の開発に携わっていて、開発者の一員で当時私の同僚だったワトソン・ジョイ先生が、言付かってきた。

ワトソン先生が、黒木先生がぜひ感想を聞かせてくださいと仰ってましたと言うので、私は感想を述べる代わりに、「こだまする未来」をはじめ、詩集の中の短くて印象的な詩6編に曲を付け、それをワトソン先生に渡し、黒木先生に差し上げてくださいと頼んだ。

あとで話を聞くと、黒木先生と吉本先生は楽譜を見ながら、二人で「どんな曲なんだろうねえ」と言っていたそうだ。誰も楽譜を読める人がいなかったのだ。

翌2003年の8月19日、黒木先生がもうすぐ帰国することを聞いた。それで、ワトソン先生から電話番号を教えてもらい、初めて電話をかけた。そのとき、それらの曲を下手な歌と下手なギター伴奏とで歌った。電話口コンサートだ。

歌は聞き苦しかったろうけれど、曲は気に入ってもらえて、自分の葬式の時にはこの曲をかけてもらおうと思いますと言ってくれた。

c0019613_233544.jpgその翌年、黒木先生がまた韓国に戻ってきて地方の大学に就職し、そこで個人コンサートを開いてその曲を歌ったということを、当時同僚だった徳間先生から伝え聞いた。

去年、黒木先生は韓国人の女性と結婚した。彼女も日本文学を専攻し、現在は大学で教えている。文学者夫婦だ。奥さんが美しい人なので、黒木さんにはもったいないという人がいるという。なんと失礼な。

結婚式のとき、黒木先生は「こだまする未来」を出席者たちの前で歌ったそうだ。伴奏はギターの上手な人に頼んで。

昨日(2010年1月2日)、黒木先生と奥さんと동부이촌동で会い、話に花が咲いた。それで、この詩集のことを思い出し、ブログに書いてみた。

『추억 같은 미래』は、2010年1月3日現在、まだインターネット書店でかろうじて手に入る。気になる人は、ぜひ購入を。
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by ijustat | 2010-01-03 18:08 | Books

『金九自叙傳 白凡逸志』

金九著、集文堂、1994年。ISBN : 9788930302319

c0019613_21151048.jpg市場から姿を消し始めた後でほしくなる本がけっこうある。というより、ほしいと思ったとき、すでにその本が手に入れにくくなっていることが多いのだ。この本もその一つだった。

「白凡逸志」は、日本が朝鮮を植民地支配していたとき、中国で大韓民国臨時政府の主席を務めていた김구の自叙伝だ。当時윤봉길「義士」が上海で投弾「義挙」に成功したとき、その指揮者であった김구は、自分は生きて故国の土は踏めないだろうと覚悟し、朝鮮に残してきた2人の息子のために、遺書のつもりで書いたという。

特にこの本は、タイトルに「親筆을 原色影印한」と冠されている。つまり、김구の手書き原稿だ。韓国のことを理解しようと思ったなら、たとえ歴史に関心の薄い人でも、歴史を証言する生の声に触れておく必要があるだろう。手書き原稿は、その生の声のさらに生の状態だ。だから、ぜひ手に入れたいと思っていた。しかし、そう思うようになってから、この本は長らく入手できなかった。それが、YES24というサイトでまだ売られていることを知り、注文して、今日受け取った。

胸躍らせながら包みを開け、ページを開いた。けれども、喜びは一瞬にして苦悩に変わった。読めない! いや、ぜんぜん読めないわけではないのだけれど、これを読み通すのは、至難の業だ。

その理由は、第一に、分かち書きも句読点も改行もなく、原稿用紙にびっしりと文字が埋めてある。第二に、その達筆な筆跡と自由奔放な綴り字。それだけではない。第三に、最初の数ページは下の部分が腐って失われていて読めない。第四に、全体が残っているページも所々水に濡れて滲んでいる。以前、『声に出して読みたい日本語』というすばらしい本を読んだことがあるけれど、これは、“声に出さないと読めない韓国語”だ。

それでも、この影印本は、鮮明なカラー印刷なので、著者の筆遣いがよく分かるだけでなく、濡れて滲んだ部分や文字のかすんだ箇所も、克明に観察することができる。これは何よりもの救いだ。韓国で出ている影印本は、たいていゼロックスでコピーしたような状態なので、筆遣いが分からず読みにくい。そういうものとは比べものにならない良質の印刷だ。

原稿の保存状態が悪い点について、子息の김신(金信)氏が「後記」で次のように明かしている。

이 影印本을 出版하게 된 동기는 六・二五戰亂 때 전전하면서 保管하다보니 濕氣를 받아 紙面이 번져 文章 自體가 희미해져 가는가 하면 用紙도 六十餘年이나 지난 지금, 날이 갈수록 磨滅되어 가, 永久保存이 어려워 影印本을 出版하기로 하였다. (218쪽)
たとえ保存状態が悪いとはいえ、朝鮮戦争で多くの文献資料が失われた中、「白凡逸志」の直筆原稿が残ったことは、幸いと言わざるを得ない。なぜなら、この原稿が公表されたとき、それまで出ていた多くの「白凡逸志」が、実は原稿を3分の2に縮めたものであったことが明らかになったからだ。

なお、この本は驚いたことに、1994年6月26日に発行された初版本だ。何部刷ったのかは知らないけれど、初版を捌くのに10年以上かかっているわけだ。「白凡逸志」はいろいろな出版社から出ているロングセラーだけれど、その原典ともいえる直筆原稿の影印本は、あまり売れなかったらしい。やっぱり、こういう本を買うのは歴史学者や研究所だけなのだろうか。
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by ijustat | 2010-01-02 21:07 | Books

『꽃들에게 희망을』

트리나 포올러스著・김영무訳、분도출판사、1975。

c0019613_18565592.jpg뿌리서점で見つけたこの本は、内容がすべて手書きだ。しかも、ごく平凡な手書きで書かれている。決してうまい字ではない。絵も稚拙だ。それにもかかわらず、不思議と心を引くものある。

뿌리서점にはこの本が3冊あって、2冊は75年の版で、1冊は92年の版だった。75年版のうち1冊は汚れがはなはだしく、1冊はまあまあの状態。92年版は、綴字法を改めて出されたものだ。手書きなので筆跡も違っている。「ㅇ」を「・」のように書いているのが気に入らなかった。それで、75年版の状態のましな方を選んだ。76年の重版だ。

実は、私は手書きに惹かれるという奇妙な趣味がある。この本も、手書きだからという理由で手に入れた。韓国語の本を読むのは、最初から韓国語でかかれたものを原則にしているのだけれど、それはなかなか守られない。今回もその原則は簡単に破られた。手書きという珍しさに、内容もぜんぜん考えずに。

c0019613_1932043.jpgしかし、読んでみると、なかなかいい作品だ。蝶の幼虫が主人公の物語で、その幼虫は、ある日雲の上まで伸びている柱を見つける。それは、幼虫たちが互いに踏み合いながら天高く登って行くために生じた柱だった。その幼虫は、好奇心にかられて柱をよじ登っていく。そして、そこでたまたま出会った黄色い幼虫と愛し合うようになる。

これは、現代社会を風刺した寓話だけれど、寓話特有の説教臭さがあまり感じられないし、何よりも得体の知れない迫力に包まれている。それは、主人公の幼虫が、何度も迷い、疑いながら、それでも自分なりの決断を行うからだろう。

著者は序文で述べている。

이 이야기는
자신의 참 모습을
찾기 위해
많은 어려움을 겪어온
한 마리 애벌레의 이야기입니다.
그 애벌레는 나 자신을 ― 우리들 모두를 닮았읍니다.
このように、著者は社会の流れに惑わされずに本当の自分を見つけることの大切さを、この本で示している。そして、それが非常に難しいことは、物語の中で劇的に描かれている。

この本の原書は英語で、タイトルは“hope for the flowers”。1973年5月1日にカトリック系のPaulist Pressから出ている。韓国語版は1975年に、これもカトリック系の분도출판사から出て、日本語版は1983年に篠崎書店から『もっと、なにかが…』(片山厚・宮沢邦子訳)というタイトルで出ている。

韓国語版は現在、김석희という人の訳で시공주니어から1999年に出たものが手に入る。タイトルは同じ『꽃들에게 희망을』。ただし、著者名は表記が改められ、트리나 폴러스となっている。日本語では現在、『ぼくらの未来 花たちに希望を』(なるせたけし訳)という題で旺文社から、これも同じく1999年に出ている。

著者の트리나 포올러스(Trina Paulus:トリーナ・ポーラス)という人は、どうやらこの作品しか残していないらしい。とても活動的な人らしく、この本を26年の間に200万部売った他は、主に女性解放運動で世界を飛び回り、現在はアメリカのニュージャージ州で農業をしているそうだ。

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家族で夕飯を食べながら、夕べ뿌리서점で買った『꽃들에게 희망을』のことをブログに書いたと言ったら、次男が、「え? あの本うちにあるよ」と叫んだ。以前私が교보문고で買ってあげたものだという。まったく思い出せない。(妻がそれを聞いて、뿌리に返品しなよと横から叫んだ。)

それで、次男の持っている本を見ると、시공주니어から1999年に出たもので、装丁も印刷も製本も、私が持っているものより立派なものだ。翻訳の韓国語も滑らかだ。けれども、残念ながら、活字で印刷されている。

アマゾンで調べたら、原書も手書き文字でペーパーバックだ。분도출판사で出たものも同じ体裁になっている。この素朴な特徴は、新しい翻訳版でも生かしておくべきだった。
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by ijustat | 2009-12-31 18:49 | Books

『古書 이야기』

박대헌著、열화당、2008。ISBN : 9788930103343

c0019613_18453270.jpg古書店호산방(壺山房)の経営者박대헌氏の、古書にまつわる体験談。高校生のときに古本屋での本探しに魅了されて古書商となった著者が、稀覯本との出会いや、その収集や売買などについて述べている。

この本は大きく3部に分かれていて、1部は「고서의 세계」、2部は「잊지 못할 책, 못다 한 이야기」、3部は「책의 길을 걸으며」と題されている。

「고서의 세계」では、古書とは何か、古書をどのように扱うか、古書の収集家はどうあるべきかという点について扱っている。いわば古書概論といった内容だ。それは、本を扱う人にとって非常に有益なものだ。その中には、気づきにくい重要な忠告もある。たとえば、次のような注意を与えている。

고서를 다루는 과정에서 특히 주의해야 할 점이 있다. 자료 중에는 책뿐만 아니라 문서나 메모 등도 함께 있는 경우가 많다. 이때, 원래 보관되어 있던 상태를 결코 흐트러뜨려서는 안 된다. 특히 문서나 간찰(簡札)의 경우, 봉투 속에 들어 있는 내용물을 봉투와 분리해 놓아서는 절대로 안 될 일이다. 또 차례를 뒤섞어서도 안 된다. 차례가 뒤섞여 버리면 나중에 그 순서를 파악하기가 매우 어려워진다. (31~32쪽)
古書と一緒に入っているその他諸々の物は、決して分離したり順序を変えたりしてはならない。整理好きな人は、特に注意すべきことだ。

古書の収集においては「목적과 이에 대한 활용」(77쪽)を念頭に置くべきであると、著者は助言している。それについて「고서를 수집하는 데는 반드시 목적이 있게 마련이고, 또 있어야 한다. 오랜 시간과 적지 않은 돈, 그리고 열정이 따라야 하기에 더욱 그러하다」(39쪽)と述べ、目的意識のない収集にならないように注意している。さらに、「나는 수집 목적이 분명치 않다면 고서 수집을 그만두라고 단호하게 권하고 싶다」(42쪽)と断言までしている。

そして、目的が定まったなら、それに沿って収集の範囲を狭める必要がある。

수집의 목적이 정해졌으면 그에 맞는 수집 방향으로 철저하게 나아가야 한다. 아무리 큰 기관이라도 여러 분야의 책을 동시에 수집하는 것은 무리다. 특히 개인의 경우 수집과 보관에 따르는 한계가 분명히 존재하기 때문에 규모가 작을수록 좋고, 주제는 독특할수록 좋다. 이는 경제적인 문제와도 직결되기 때문에 매우 중요하다. (42쪽)

자신과 연관있는 주제라면 더욱 좋다. 직업・고향・종교・취미・전공 등과 관련짓는 것도 한 방법이다. (44쪽)
これは古書に限ったことではない。体系ある蔵書を形成する上でぜひとも必要なことだ。私がそのことに気付いたのは、7年前だった。それまでの私の蔵書は体系のない雑多な寄せ集めだった。それは、私の父の蔵書がそうだったからで、ただ本があることにあこがれているだけの蔵書、興味の赴くままに本を読んでいるだけの蔵書だった。

ところが、義父の蔵書は違っていた。17年前に亡くなった義父の蔵書を、7年前に整理したとき、そこに体系があることに気付いた。私の目には、1冊1冊が見えない糸で括られて、それぞれの本の意味が見えた。私は自分の蔵書と読書のあり方を恥じた。(しかし、私の蔵書の雑多さは、その後も直っていない)

ある日、友人が私に、自分の蔵書には抜け落ちた分野があるからそれを補う必要があると言った。でも、それは無意味だ。個人の蔵書は図書館ではない。自分の目的に合わせて形成されるものなのだから、抜け落ちた分野を補う必要はないのだ。自分が活用できる範囲に絞ればいい。そうしていても、著者が「수집 대상의 주제를 정해 놓았어도 수집하다 보면 범위가 자꾸만 넓어지는 것을 경험할 것이다」(42~43쪽)と指摘しているように、蔵書の幅が広がることは避けられない。

しかし、それでも自分の集めた本が、あとでよく見るとろくでもないもので埋められていることはよくある。それで、著者は次のように忠告している。

고서를 수집하기에 앞서, 어떠한 식으로든 고서를 평가할 수 있는 나름대로의 안목을 갖추어야 한다. (46쪽)
この忠告を読み、私は自分の専攻分野の本について、もう少し気合を入れて勉強する必要があることに気付いた。それはとりもなおさず、私の不勉強がこの忠告によって露呈したのだった。

さらに、こういうことも述べている。

연구 목적으로 고서를 수집하는 경우에는 별로 문제가 없다. 설령 처음에는 고서에 관한 지식이 부족하다 하더라도 그것을 연구하는 과정에서 자연스레 그 분야에 대해서만큼은 전문가가 되게 마련이다. (48쪽)
実に恥ずかしい限りだ。こんなところで、私の不勉強がそれとなく指摘されているとは。これと関連して、第3部でも「어떤 시대에 어던 내용의 책이 어떻게 출판되었는가를 종합하여 밝히는 일은 모든 학문에 기초를 닦는 작업이다」(166쪽)と述べている。

また、수집 십계명(52~68)と題して、古書収集家が購入時に注意すべき点をまとめている。

첫번째, 책을 뒤적거리지 않는다.
두번째, 사려는 책을 흠잡지 않는다.
세번째, 책값이 비싸단 소리를 하지 않는다.
네번째, 책값을 깎지 않는다.
다섯번째, 진본(珍本) 한두 권은 무리를 해서라도 산다. … 단호하게 마음을 접지 않고 망설일 정도의 값이라면 무조건 사라고 권하고 싶다.
여섯번째, 일단 구입한 책은 무르지 않는다.
일곱번째, 섭치 백 권보다 귀중본 한 권을 산다.
여덟번째, 알면 사고 모르면 사지 않는다. … 고서는 열 번 잘 사는 것보다 한 번 실수하지 않는 것이 중요하다.
아홉번째, 구입처와 구입 가격을 말하지 않는다.
열번째, 이 서점 저 서점 다니지 않는다. … 고서 수집의 성공 여부는 파트너 선택에 달려 있다.
実に理に適ったマナーだ。これは、礼儀作法というよりは、より効率的に古書を収集するための合理的なやり方といえる。

以上が主に第1部からいくつかを抜き出した古書の概論だ。第2部は著者が実際に古書の収集で体験したことや、著者が手に入れた本についての思い出話だ。緊張感あふれる話に満ちていて、古書の魅力をたっぷりと味わわせてくれる。第3部は、どのような考え方で古書店を始め、経営してきたかを綴り、そして、강원도の영월군で8年間책박물관を運営し撤退したいきさつを語っている。

책박물관の話は、著者の苦い思いがにじみ出ている。本人はぜひとも書きたくて書いたのだし、それは書くべき内容なのだけれど、もし古書の楽しみという点だけに焦点を当てて読むなら、最後の「영월책박물관」の直前で読みさした方がいいかもしれない。私は最後まで読んでやるせない思いになった。

박대헌氏の文章は、非常に歯切れがよく、主張も明快で、著者の頭脳の明晰さを感じさせる。しかもその筆致は、淡々とした語り口で一見クールに見えるけれど、人情の機微に通じていて、そのうえ古書に対する情熱があふれている。クールな文章で綴られた熱い思い。それが、読者を夢中にさせる。
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by ijustat | 2009-12-28 18:30 | Books