Ουκ ειμί.

昨日はテストの採点に力を使い果たした(でもまだ終わらない!)。そして今日は、早朝に授業があり、それから家族で 안성 の教会墓地にある義父の墓へ草取りに行った。そして帰ってきたあと、疲れてしばらく眠ってしまった。

それでも“Ευαγγέλιον το κατά Ιωάννης”は暇を見ては読み続け、今日は18章を読み終わった。ここでは、キリスト逮捕後のさまざまな人間模様が簡潔に描かれている。特に印象的なのは、先日読んだイエス様の“Εγώ ειμι.(私だ)”と対照的な、ペトロの“Ουκ ειμί.(私は違う)”という言葉だ。

逮捕されたイエス様のことが心配だったらしく、ペトロはイエス様の連行された神殿までついて行った。そしてそこで焚き火に当たっていると、周りにいた人たちが、“Μη και συ εκ των μαθητων αυτού ει;(お前も彼の弟子たちの仲間か。)”と言うと、ペテロは“Ουκ ειμί.”と否認する。これはペテロの弱さとして説教されるけれども、その場の雰囲気を考える必要もあるだろう。

キリストはアンナスのところからカイアファのところへ回され、その後ピラトの官邸へ回される。ピラトはイエス様を尋問するけれども、ローマ法に照らしてみて何の罪状も見当たらないので釈放しようとするが、ユダヤ人たちが頑強に拒み、代わりにバラッバという盗賊を釈放する。

イエス様はピラトに対しても謎めいたことを言われる。“πας ο ων εκ της αληθείας ακούει μου της φωνής.(真理から生まれたものは皆私の声を聞く。)”それに対してピラトは“Τί εστιν αλήθεια;(真理とは何かね?)”と尋ねている。

語の意味は用例によって決定されるという原則に従って読めば、イエス様の言われた“αλήθεια(真理)”という言葉は、私たちが通常考える「真理」とは別物に違いない。しかし、多くの場合、この「真理」を通常の哲学や論理学などで用いる「真理」の概念に当てはめて考えて、キリストの言葉を評価している。それに対し、ピラトはイエス様の語られる“真理”の定義を求めている。これは聞き手として適切なポイントをつかんでいると感じた。人によっては、ピラトのこの態度を、福音の真理を知らない態度と批判していたけれど、その批判は不当だと思う。しかし、残念ながら、ピラトの問いに対する答えは記されていない。

というわけで、今日も英語の勉強も韓国語のブラッシュアップもできなかった。
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by ijustat | 2005-06-22 21:51 | Greek


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