정은서점

연세대학교の前にある古本屋で、20年近く前からちょくちょく行っていた。当然のことながら、主人のおじさんとは長年の知り合いだ。

정은서점はどの本も少し高めで、価値のある本にはそれに見合った値段がついている。しかし、並んでいる本は、わりと質のいいものが多い。大学の前にあることもあってか、学術書も多い。妻の父の遺品のうち、私が引き取っていた歴史関係の本100冊ほどを、妻の母の許可の下で処分することになったとき、정은서점に買い取ってもらった。

この古本屋と縁が深いわけは、韓国に来てからずっと신천界隈をうろうろしているのと(연세대 어학당で6年、이화여대 언어교육원で6年、명지전문대학で5年)、店の前に小さな空間があって、そこに車を安心して止められるからだった。

ある日、大学院の先輩が최현배の自筆サイン入りの本をその店で見つけて買ってきた。そのときはうらやましいと思ったけれど、考えてみれば、それはその先輩にこそ相応しいものであって、私がそのような物を持っているのは、あまり意味のないことだったに違いない。

5年ほど前、久しぶりに정은서점を訪れると、店の中に本があふれかえっていた。古本を買おうとする人が近年とみに減ってきて、このようになってしまったと言っていた。それを聞いて、私も残念に感じた。

しかし、おじさんは手を拱いているわけではなかった。ホームページを作り、インターネットでも古書の販売を始めたのだ。誰がホームページを管理しているんですかと尋ねると、自分でやっているとのこと。もう還暦を過ぎて久しい人が、時代の最先端を行っているのだ。そんな気質があるからか、いつも目つきは凛々しく引き締まって、静かな光を宿している。

最近は、娘さんも店を見るようになった。時々娘さんが店を見ていることがあり、社長はどちらへ行かれたんですかと尋ねると、コンピュータ学校で講座を聞いているとの答え。月曜日と水曜日に行っているという。

今週の月曜日(2009年11月2日)、昼過ぎに行ったら、今度はおじさんが店を守っていた。今日は학원にいらっしゃらないんですかと尋ねると、今日は娘が日本語を勉強しに行っているという。日本語能力試験の1級を準備中だという。

その日は、『조선어 빈도수 사전』(과학백과사전종합출판사、1993年)を買った。16,000원もした。ほら、主人は本の値打ちを知っているのだ。この値段でも、専攻者は買うのだから。この辞書は北朝鮮で作られたけれど、オリジナルではなく、韓国で複製されたものだ。

それにしても、驚いたことに、北朝鮮では93年にすでに頻度辞典を世に問うていた。その頃韓国では、연세대학교がコーパスを用いて辞書を作るために、日夜資料をコンピュータに入力していた時期だった。もちろん、このような辞書を作ろうと思えば作れる段階にあったのだろうけれど、その最初の実りである『연세한국어사전』が出たのは98年10月のことだった。

この頻度辞典は、参考にはなるけれどもそのまま使うわけには行かない。実詞の上位に「인민」(13位)だとか「당 (~원)」(17位)、「혁명」(19位)、「투쟁」(23位)だとかの語が来ている。いかにも北朝鮮らしい現象だ。

それはともかく、このような本をいちばん手に入れやすい古本屋は、私の狭い行動範囲の中では、この정은서점だ。

정은서점の所在地は、서울시 서대문구 창천동 92-6。電話番号は、02-323-3085。ホームページは、www.ibstore.co.kr

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2009年11月26日。정은서점に立ち寄った。今日はおじさんと娘さんが一緒にいた。

허웅の『언어학』があれば買おうと思ったのだけれど、なかった。しかし、おじさんの話では、その本は大学の教材なので、随時入ってくるらしい。

허웅の『언어학』は、以前大学院で合同研究室を使っていたとき、書棚に置いておいたらいつの間にか無くなっていた。そのときは、それほど困らなかったのだけれど、最近になって、またほしくなってきた。

この間、대양서점 2매장で『언어학』を見つけたので、買おうかと思って開いてみると、中はたくさん落書きがしてあって、しかもそれが、赤ペンの投げ遣りな字で殴り書きされていたのだった。汚く落書きされたページを見ると、うんざりしてくる。それで、残念だけれども買うのをやめた。정은서점にはあるかもしれないと思って来てみたけれど、あいにく無かった。

それから、以前から聞きたかったことを聞いてみた。정은서점のホームページには、本が写真入りで出ている。それをどうやって撮っているのか気になっていたのだ。なぜなら、私も自分の本を写真に撮ってホームページやブログに載せることがあるけれど、広角レンズのため、本が丸く膨れて写ってしまう。しかし、정은서점の写真は、そうなっていない。

答えは、携帯のカメラで撮ったあと、フォトショップなどで修正してアップロードするのだそうだ。そうだったのか。何だかがっかりだ。娘さんが、スキャナを使う人もいますよと教えてくれたけれど、スキャナだと時間がかかりすぎて、とてもじゃないけれど、やっていられない。何かとてもいい方法があるのではと期待したけれど、残念ながら、そういうことはなかった。

この日は、『獨逸語單語熟語新硏究』(世紀文化社、1990)を買った。これは、ドイツ語の学習小辞典だ。収録語数は5,300語だけれど、例文が豊富で、例文の訳は同じページの右側に寄せてあって暗記に便利だ。巻末には、変化表と発音解説、不規則動詞目録がある。

ドイツ語はできないのだけれど、いつか勉強したいし、この辞書は手っ取り早い学習資料として十分重宝しそうな感じがした。何よりも、大きくない(新書サイズ)のがいい。

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2010年1月28日。近所で用事があったので、帰りに寄った。今日寄ったのは、去年の12月20日に신촌헌책방で買った昔の本を引き取ってもらおうと思ったからだ。しかし、主人の鑑識眼は鋭かった。『花山先生逸稿 一』以外はすべて筆写本で、主人の話によれば、当時の양반たちが食後の暇つぶしに筆写したものだろうという。いちばんまともなのは『花山先生逸稿 一』だけれども、それでさえ、巻が揃っていない。つまり、全部駄目だというわけだ。

主人の話では、せめて当時の日記や紀行文のようなものだったら売れるのにと言った。私は、もしそういうものだったら、たぶんここに持ってこなかったでしょうねえと答えた。なぜなら、日記や紀行文のようなものは、ただの筆写本とは違い、オリジナリティーがあるものだ。それは唯一本で、個性がある。そういうものは、私だっていったん手に入れたら手放したくない。

そういうわけで、今日정은서점での成績は、0点だった。

先日(1月24日)作った「西暦および日韓の年号表」を主人に見せた。こういうものを作って調べたと自慢しようと思ったのだ。ところが主人は、書棚から『東西歷代干支年表』(國會圖書館)という謄写版刷りの冊子を取り出して私に見せた。そこには韓国、日本、中国などの年号が対照表になって印刷されている。私の調べたものよりも、幅広い年号が採録されている。完全に私の負けだ。(笑)

主人が、コピーするならこの本を貸しましょうかと言ってくれたけれど、もし借りてこの大事な本に間違ったことがあったら困るから、最後のページだけ写真に撮らせてもらった。その内容は、こうだ。

年紀換算表
檀君紀元=西紀+2333
朝鮮開國紀元=西紀-1391
皇帝卽位紀元=西紀+2696
日本紀元=西紀+660
蒙古世紀=西紀-1205
孔子紀元=西紀+551
佛敎紀元(朝鮮,中國)=西紀+1027
佛敎紀元(日本)=西紀+566
回敎紀元=西紀-621
大倧敎開天紀元=西紀+2457
天道敎布德紀元=西紀-1857
実にたくさんの紀年法があるものだ。ただ、この換算表は逆ではないだろうか。つまり、「檀君紀元=西紀+2333」ではなく、「檀君紀元-2333=西紀」という風に表示しておいた方が、換算には便利なのではないか。ただ、そうすると「日本紀元」なんて言い方はないし、仏教紀元という言い方も、日本では使わないなどの難点がある。それを考えてみると、「蒙古世紀」も「孔子紀元」も疑わしくなってくる。もちろん、調べれば分かることだろうけれど。

そのあと、헌책방 오거서や통문관、호산방の話が出たあと、최종규氏の話になった。정은서점の主人は최종규氏のことをありがたく思っていた。古本屋の価値を世に知らせるために孤軍奮闘している彼は、ほとんど力のない古本屋にとって、ありがたい存在だ。

それに、私は思うけれど、최종규氏がいなかったら、韓国の古本屋の実態は誰も知ることがなかったはずだ。そういう意味で、彼はとても貴重な仕事をしている。韓国の古本屋についてものを言うなら、최종규氏の書いたものをよく読んで、それを踏まえた上で自分の意見を言うべきだ。

ただ、彼の努力もほとんど甲斐なく、古本屋は衰退の一途をたどっているのが現状だ。主人はさびしそうに、焼け石に水ですよ(소용 없어요)と言っていた。

主人の机の前に、최종규氏の置いて行った本が数冊あった。それを指差し、もう読んだけれど、彼なりに一生懸命勉強しているようだと言っていた。彼がこの本を寄贈するといったけれど、申し訳ないから本代を払ったという。

最近は娘が生まれて、古本屋巡りはあまりできなくなったらしい。前の奥さんとは別れ、再婚した奥さんとの間に娘が生まれたのだそうだ。そうか。2003年1月17日の記事で「고운 님」と呼んでいた人とは、別れてしまったのか。夫婦関係というのは難しいものだ。でも、今度は家庭のことも顧みるようになったらしい。それは、男にとって足枷にはなるけれども、人生を知るためにも必要な過程だ。

それはともかく、もう読んだというし、本代も払ったというから、もしかして売ってくれるわけにはいかないだろうかと思い、尋ねると、最初は反応がはっきりしなかったけれど、では売りましょうと言った。それで、4冊を定価の半額で譲り受けた。

そのあと、本棚を見て回った。日本の本が置いてある棚に『「甘え」の構造』があるのが目に留まった。この本はうちにあるような気がするけれど、記憶が定かではない。あまりにもいろいろな本で引用されているために、自分も読んだと錯覚しているのかもしれない。それで、うちに電話をした。妻は出かけていて、掃除に来ているおばさんが出た。日本語が読めるかどうか分からなかったけれど、日本関係の本が並んでいる棚に『「甘え」の構造』という本はありますかと尋ねると、調べてくれて、ないという。それで、買うことにした。

そうやって選んだのが、次の5冊。全部で21,000원。

 『「甘え」の構造』(土井健郎著、弘文堂、1971。同年13版)
 『사진은 삶이다』(최종규著、함께살기、2009。初版本)
 『자전거와 함께 살기』(최종규著、달팽이출판、2009。初版本)
 『책 홀림길에서』(최종규著、텍스트、2009。初版本)
 『말은 삶이다―‘존재’를 생각하다』(최종규著、그물코、2009。初版本)

主人は、この本をここで買ったことは内緒にしてくれと言った。まあ、私は최종규氏と面識はないけれど、このことをブログに書けば、いつかは本人が読むかもしれない。日本語は韓国人にとって学びやすい外国語だから、私の書いたものを読むのはそんなに難しいことではないだろう。だから、この場を借りて、정은서점主人の大切な本を無理に買い取ったことを、최종규氏と정은서점の主人とにお詫びしておこう。

帰宅後、정은서점の主人が持っていた『東西歷代干支年表』という小冊子について調べてみた。この本には書誌情報が全然ないけれど、たまたま私が写真に撮った最後のページの左側に、昭和の年号が写っていて、それが55年で終わっていた。たいていこういう年表は、作成中の年まで記載するのが普通だから、この本は昭和55年、つまり1980年に作られたと推定できる。

写真に撮った紀年法の換算表を私の対照年号表に付け加えようと思い、その名称を調べてみた。すると、インターネットなどで出ているものと違うものがあり、時にはインターネットでは錯綜としていて、とうていどれがそれか分からないものまである。なんてこった。

たとえば、「皇帝卽位紀元=西紀+2696」とあるけれど、この「皇帝」は「黄帝」の誤りだろう。そしてその数字も、あれこれ調べてみると、「2696」でなく「2698」にしないと計算が合わない。국립도서관の冊子では、名称と数字に誤りがあるようだ。

それから、「蒙古世紀」というのは検索しても出てこない。モンゴルの紀元としては、1911年から始まる「共戴紀元」というものが用いられたことがあるという。もっとも、チンギス・ハンの在位がウィキペディアによれば1206年から1227年ということだから、彼がモンゴル帝国を建てた1206年を紀元とする「蒙古世紀」というものがあったのかもしれない。チンギス・ハンに関係する年号については、インターネットでは1206年を「太祖(チンギス・ハーン)元年」と言っているものが見つかるけれど、他には何も見つからない。もしかしたら、「太祖」という元号が、「蒙古世紀」という紀元のことなのだろうか。

また、「仏教紀元」も、日本では「仏滅紀元」と呼んでいて、それは西暦に543年を足すらしい。『東西歷代干支年表』で言っている日本の仏教暦とはけっこうずれがある。確実な知識を得るためには、ずいぶん時間がかかりそうだ。

『책 홀림길에서』を少しだけ読んでみた。その前書きに、「《리틀포레스트》를 그린 이가라시 다이스케(五十嵐大介) 님은 시골에서 농사를 짓지만 혼자 살며 만화를 그리는 아가씨입니다」(5쪽)と書いてある。ほう、男の名前を使った若い女性の漫画家がいるのかと興味津々になり、インターネットで調べてみた。ところが、あまり風采のあがらない男の顔が出てきた。同姓同名かなと思い、読んでみると、『リトル・フォレスト』の作者だという。なあんだ、やっぱり男か。
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by ijustat | 2009-11-04 22:04 | Bookshops


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