どう読むのか?

インターネットで探し物をしていたときに見つけた。これはいったいどう読むのだろうか。
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キャプチャリングした画像の該当する字の下に赤線を引いておいた。「10つ」というのは、どう読ませるつもりで書いたのだろうか。まさか、「とおつ」? 「じゅっつ」?

それから、この画像には、「精華大学」という字が見えるけれど、これは「清華大学」のことだろう。大学の名前を間違えるなんて。読みが同じだなどと言ってはいけない。中国語では「精华(jīnghuá)」と「清华(qīnghuá)」は別の音だ。

そういうわけで、ちょっと信頼性を疑ってしまう。

「ハイディエン(hǎidiàn:海淀)」を「ハイディアン」と読ませるのは、もしかしたら、この会社の決まりかもしれない。でも、読みをつづり字にあわせてわざわざ実際の発音から遠ざける必要性があるのだろうか。これが決まりなら、実用性のない決まりだ。

(「近」とか「送」の字がおかしくなっているのは、私のコンピュータが韓国語のウィンドーズを用いているからで、この文章を入力した人の責任ではない。)
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# by ijustat | 2012-12-06 22:07 | Japanese

奇妙なPDFファイル

PDFファイルの学術論文に、「一曰。以和為貴。無忤為宗。人皆有黨…」という十七条憲法の断片が引用されていた。

全文はどうなっているのかと気になり、そこから「無忤為宗」(忤<さから>ふこと無きを宗<むね>とせよ)という文句をコピーして検索すると、何も出てこなかった。あれっと思って検索ウィンドーを見ると、「無身為宗」(身<み>無きを宗<むね>とせよ)と化けていた。

何じゃこりゃと思い、今度は「人皆有黨」(人みな党あり)をコピーしてみた。すると今度は、検索ウィンドーでは「人皆有窯」(人みな窯<かま>あり)となった。卒倒しそうだ。

ではと思い、「一曰。以和為貴」(一に曰<いは>く、和を以て貴しとなし)をコピーして検索ウィンドーに貼り付けた。これも、「一日。心持為貴」(一日<いちにち>、心持<こころもち>は貴しとなり)と出てくる。こりゃ意味不明だよ。

何でこんなことになるのかと考えてみたら、このPDFファイルは、どうやら紙に印刷されたものをスキャンしたものらしかった。GIF特有のギザギザが見える。ということは、これは自動でテキスト化しているということだ。

そう考えると、けっこうすごい技術だ。
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# by ijustat | 2012-08-02 04:52 | Japanese

月を打て!

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グーグルでイメージ検索をしていたら、たまたまこんな画像が隣りあって表示された。
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# by ijustat | 2012-07-28 04:58 | Life

過去の文

http://twitpic.com/a2ox36/full というページにあった写真。

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バツが付けられてるけど、合ってるんじゃないかなあ。

ちなみに、私が学生のころは、「過去の文」を“過去のことを陳述する文”という意味では使わなかったと思う。「過去の文」といったら、「昔の文」、「以前の文」と似た意味だった。だから、「過去の文」と言ったら、“過去のことを陳述する文”という意味以外にも、“過去に書いた文”、“過去の視点で書いた文”という意味でも通用しそうな気がするのだ。

格助詞「の」の多義性というか、「の」が前後の名詞を、論理的関係を表さないで、つなげてしまう特徴のために、「過去の文」という連語が曖昧に響く。

ああ、そういえば、中学生の時の英語の教科書に、「江戸」は“Edo”でなく“Yedo”と出ていたのを思い出した。ということは、「江戸」を“Edo”と書くのは日本式表記ということで、そのために、この答案はバツになっているのかもしれない。
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# by ijustat | 2012-07-06 07:44 | English

Boys, be ambitious! …の続き

札幌農学校に8ヶ月間(1876年7月~1877年5月)赴任した William Smith Clerk が離日の際に発したとされる“Boys, be ambitious!”ということば。

このことばには続く言葉があったという説が昔から知られている。まだインターネットがなかったころ、短大の英文科に入った従姉から“Boys, be ambitious”には“like this old man”ということばが続くと聞いたことがある。当時はこの説ひとつしか知らなかった。

しかし、最近になってウィキペディアをはじめとするインターネットを調べてみると、以下のようにずいぶんたくさんの説が集められる。
Boys, be ambitious in God.
Boys, be ambitious in Christ.
Boys, be ambitious for Christ.
Boys, be ambitious for the things of Christ.
Boys, be ambitous! Be ambitious not for money or for selfish aggrandizement ...
Boys, be ambitious for the attainment of all that a man ought to be.
Boys, be ambitious of learning about knowledge of Jesus Christ.
ウィキペディアではさらに、「『Boys, be ambitious』は、クラークの創作ではなく、当時、彼の出身地のニューイングランド地方でよく使われた別れの挨拶(「元気でな」の意)だったという説もある」とも指摘している。もしこの説が本当だとすれば、この言葉をクラーク博士は札幌農学校の学生たちの前で何度か口にしていたかもしれない。

“Boys, be ambitious”ということば自体が疑われたこともあった。ウィキペディアの記事では、一期生の大島正健がクラーク博士との離別を描いた漢詩に、「青年奮起立功名」とあることから、“Boys, be ambitious”はこれを逆翻訳したものと言われていた時期もあったと述べている。

その漢詩について、大島正健の孫であられる大島智夫氏は、馬上でクラーク博士がいった言葉を詩にしたものであると述べている。その漢詩の全文が大島氏の文章に引用されている。内容は以下の通り。
(http://www2.cubemagic.co.jp/hokudai/elm/elm/41/ooshima.html)
青年奮起立功名
馬上遺言籠熱誠
別路春寒島松驛
一鞭直蹴雪泥行
この漢詩について大島氏は、「祖父は日記をつけるように漢詩をよむ習慣がありましたから、この詩も後の作でなく、その時の即吟なのです」と述べている。

ところで、先ほどの“Boys, be ambitious like this old man.”は一期生の人たちにも確認を取られているというから、他の諸説よりは信憑性が高そうだ。先ほどの大島氏の文章に、以下のように記述されている。
 北大百年史通説に秋月俊幸氏が「交友会誌からみた札幌農学校の校風論」という論文を寄稿されています。それによると明治25年に学生が創立15年になるのに札幌農学校には明確な校風がない事を憂えて予科主任大島正健教授に「我が先師ウイリアム・クラーク氏」という題の講演を依頼し、大島は全校生徒を前に慷概熱心な語調で講演したとの記事があります。大島正健に私淑していた予科生安東幾三郎は、その時の感激をまとめ、祖父が札幌を去った後の明治27年から28年にかけて、同窓会雑誌「恵林」に11~16号に「ウイリアム・クラーク」の題で連続投稿をしました。その13号にクラーク博士は島松の別れに際し馬上より“Boys, be ambitious like this old man”と叫ばれたとの祖父の言葉が引用されていたのです。この資料は本来、高倉新一郎氏が見つけられたもので、昭和47年の学士会報715号に紹介されました。クラーク博士の別離の言葉が公表されたのはこれが最初です。安東は当時札幌にいた一期生佐藤昌介、伊藤一隆、内田瀞らを尋ねてこれを確かめて同意を得ているので、この言葉がクラーク博士の別離の言葉であった事は間違いありません。

 祖父は後に内村鑑三の求めに応じて内村の編集していた英文雑誌 Japan Christian Intelligencer, Vol.1,No.2 に“Reminiscence of Dr.W.Clark”と題して寄稿し、その中で「He mounted again on horse back and taking rein in one hand, and a whip in the other looked back toward us, and called aloud: “Boys, be ambitious like this old man”. He gave one whip to his horse, and straightly went off.」と述べました。文中のクラークの言葉は上記の安東の記録と一致しています。
つまり大島氏は、“Boys, be ambitious”ということばが本当にクラーク博士の口から出たということと、その言葉には“like this old man”ということばが後続していたことを述べている。

この名言がミステリアスになったいきさつ――このことばがその後忘れられ、のちに再び日の目を見るようになり、さらに後半の部分が切り捨てられたいきさつについては、大島氏の文章に詳しく記されている。

いずれにしても一次資料が存在しないことから、この名言の続きがどうだったのかはミステリアスなままだ。ただし、信頼性という点から見れは、これがいちばん取り上げるべき文献といえる。つまり、“... like this old man”説を無視して他の説を挙げるのは妥当ではないわけだ。

結局、昔知っていた説一つで十分なのかもしれない。
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# by ijustat | 2012-06-26 19:05 | English

デジカメ(その2)

以前の記事に書いたデジカメ(Samsung Kenox U-CA5)も、2005年11月26日(土曜日)に購入後すでに6年半たち、画面の中央と右肩に影のようなものが写るようになった。それで、2012年4月27日(金曜日)、思い切って新しいデジカメを買った。

今回買ったのは、Samsung ST30という機種。105,000원で購入した。購入は知人の김완일氏にお願いした。

早速、청계천で写真を撮ってみた。

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帰りに용산駅でも撮ってみた。

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今まで使ってきた Samsung Kenox U-CA5 と違い、画質がかなり鋭利な印象を受ける。김완일氏は、私がすぐに使いこなしていると言って驚いていたけれど、実際には画質と撮り方との兼ね合いなど、戸惑う部分がたくさんある。これを自由に使いこなすには、まだ時間がかかりそうだ。
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# by ijustat | 2012-04-28 02:47

「お返事」と「ご返事」

ある日本語学習雑誌の日本語校閲をしながら、「お返事」か「ご返事」かで迷った。自分は「ご返事」を使うけれど、「お返事」も悪くない(※あとで自分のサイトを検索してみたら、「お返事」は77件も出てきたのに、「ご返事」は1件しか出てこなかった。しかもこの1件は、私が書いたものではない。私に関して言えば、自分がどんな言葉を使っているかという意識は、てんで当てにならないものだ<3月10日追記>)。そこで、インターネットで用例を見てみた。グーグルによると、「ご返事」は約 4,660,000 件で、「お返事」は、なんと約 82,900,000 件。つまり、「お返事」が「ご返事」の約18倍も出てきたわけだ。圧倒的に「お返事」が優勢だ。

しかし、あるサイトでは「『お返事』――え、この言葉のどこが? と思った人は、既に毒されております。いうまでもないことだけど、『返事』の正しい丁寧語は『お返事』ではなくて『ご返事』でありますよ」と主張している。この手の意見は胡散臭いので、近代日本語の粋を集めた「青空文庫」の中を調べてみた。グーグルの検索ウィンドーに以下のように入力する。

  "ご返事" site:www.aozora.gr.jp

その結果、青空文庫でも、「ご返事」は約 29 件、「お返事」は約 104 件と出た。つまり、「お返事」が「ご返事」の約3.6倍出てきたことになる。ウェブ全体でも青空文庫でも、やはり「お返事」の方が優勢だ。夏目漱石や与謝野晶子などが「お返事」を用いている。これを見れば、「返事」の正しい丁寧語は「お返事」ではなくて「ご返事」だなんて、チャンチャラおかしい意見だということが分る。ことばの規範について偉そうに言っている意見を鵜呑みにしてはいけない。

もっとも、「御返事」という表記では、ウェブ全体で約 1,350,000 件、「青空文庫」でも約 248 件と、圧倒的多数を見せている。ただ、この「御」が「ご」と読まれることを考えて使われたのか、「お」と読まれることを考えて使われたのかは知る由もない。また、最近では、「おへんじ」と読むときは「お返事」と書き、「ごへんじ」と読むときは「御返事」と書くというように使い分けられている可能性もある。そうすると、「返事」をめぐる「お」と「ご」と「御」の関係は、ますます複雑になる。

一方、NHKでは、「最近では「お返事」と言う人が多くなりつつあります」と結論付けていて、「ウェブ上でおこなったアンケートでは、「お返事と言う(ご返事とは言わない)」という回答(全体で63%)が、若い人になるほど多くなっていることがわかりました。また、特に女性はこの答えを選ぶ傾向が強く見られました(男性56%、女性68%)」という調査結果を紹介している。

たしかにそうなのかもしれないけれど、グーグルでの用例を見ると、本当にそう考えていいのかどうかは疑問が残る。それに、その記事にある年齢別の使用グラフも、本当に世代による変遷を表しているのかどうか疑わしい。

近代文学の多い青空文庫と、最近書かれたものが多いウェブ全体とを比較すると、たしかに変遷がある感じもする。けれども、「御返事」が隠れたカードになっていて、何ともいえない。それに、アンケートの結果にしても、「お返事」と「ご返事」は昔から揺れている表現なので、歳を取るにつれて何らかの規則意識が規範意識に影響してくることも考えられる。先ほどの胡散臭い主張に露出する可能性も、人生を長く生きれば生きるほど高くなる。そのため、昔は「お返事」も使っていたのに、「返事」が漢字語であることから、だんだんと「ご返事」の方がよさそうに感じられてきた、なんてこともありうる。私のように、実際にはほとんど「お返事」ばかりを使っていながら、自分は「ご返事」を使っているなんて思い込んでいる人も、たくさんいるだろう。

では、なぜ同じ漢字語でも「ご食事」「ご電話」という人はほとんどいないのか。「返事」では「ご返事」も頑張っているというのに。ふたたびグーグルで頻度を比べ見てみよう。

 ご食事:約 16,300 件
 お食事:約 104,000,000 件

 ご電話:約 39,700 件
 お電話:約 190,000,000 件

「お食事」は「ご食事」の約6千4百倍、「お電話」は「ご電話」の約4千8百倍も使われている。こんなに頻度差があったら、まるで比較にならない。たとえば、「お食事」という言葉を1年に300回聞いたとすると、約20年に1度、「ご食事」という言葉を聞くかもしれないという計算になる。私は23年前、外国人が「ご食事」と言って笑われている現場に出くわしたことがある。「ご電話」を聞いた記憶はない。これでは規範意識が揺らぐことはありえない。「お返事」と「ご返事」の問題とは次元が違う。

ちなみに、NHKで「お返事」と「ご返事」について扱っているページは次の通り。「どちらも正しい言い方です」と言っている。根拠なしに規範を振り回したりする愚は犯していない。

  http://www.nhk.or.jp/bunken/summary/kotoba/term/148.html
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# by ijustat | 2012-03-08 09:48 | Japanese

名著が突っ返された歴史

野口悠紀雄氏の『「超」文章法』51ページには、「歴史的業績に対する最初の評価」という興味深いコラムがある。そこには、歴史的名著が編集者につき返された4人の事例が載っている。

1.ノーベル経済学賞を受けたマルコビッツの論文は、シカゴ大学の博士論文として提出されたとき、「経済学の論文ではない」という理由で却下されかかった。

2.同じくノーベル経済学賞を受けたブラックとショールズの論文は、最初に専門誌に投稿されたとき、却下された。ある有名教授の口ぞえで別の専門誌で審査してもらったが、この内容では経済学の論文にならないというので、論文の本筋とは関係がない追加を要求された。「ブラック・ショールズ式」と呼ばれることになった彼らのオプション価格評価式は、その後、オプション取引と言う一つの産業を作ることになった。

3.フェデックスの創始者フレド・スミスは、エール大学の学生の時、のちの事業のもととなった配達サービスのアイデアを論文に書いて提出した。それに対する経営学の教授のコメント:「アイデアとしては面白い。だが、可以上の成績を取るには、実現可能なものでなければならない」

4.「お気の毒ですが、英語の文章がなってませんな。アマチュアじゃ困るんですよ、キャップリングさん」:これは、ノーベル文学賞を得たイギリスの作家キャップリングの作品に対する雑誌編集者のコメントである。

これは面白い。そこで、そのような事例を集めてみることにした。2週間ばかり探してみたけれど、あまり集められなかった。でも、4つのエピソードが見つかった。

1.明治の日本を創った『西国立志編』の原著、サミュエル・スマイルズの Self-Help, with Illustrations of Character and Conduct の原稿は、最初 Routledge 社に持ち込んだが断られ、『スティーヴンソン伝』を出してくれた John Murray 社から出された。1858年7月のことだ。(渡部昇一「中村正直とサミュエル・スマイルズ」、『西国立志編』講談社学術文庫、1981。p.547-548)

2.『赤毛のアン』は1904年、モンゴメリーが30歳のときに書かれた。その原稿は、3ヵ所の出版社に持ち込んでみたけれど、どこからもいい返事が得られなかった。それで、長いこと屋根裏部屋に放置された。あるとき、存在を忘れていたその原稿をふとした機会から読み返してみると、とても面白かった。そこで再び出版社に持ち込み、1907年にようやく出版された。(http://www001.upp.so-net.ne.jp/meisaku/meisaku/anne/anne_g.html

3.詩人で辞書編纂者の金素雲は、『朝鮮童謡選』と『朝鮮民謡選』(岩波文庫、1933)の原稿を出版するために都内の出版社を回ったけれど、どこからもいい返事が得られなかった。そして、最後にダメモトで持ち込んだ岩波書店でようやく受け入れられ、出版することができた。(『하늘 끝에 살아도』동화출판공사、1968。p.206-209)

4.世界的な大ベストセラーになった J. K. ローリングの『ハリー・ポッターと賢者の石』は、原稿を持ち込んだ出版社からは次々と出版を断られ、1年後の1997年に、ようやく小さな出版社ブルームズベリーから出版が決まった。(http://www.jkrowling.com/
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# by ijustat | 2012-02-13 22:36 | Books

残念な『ニューエクスプレス 現代ギリシア語』

火曜日(2012年2月7日)に白水社のサイトで、『ニューエクスプレス 現代ギリシア語』(木戸雅子著、2012年1月27日刊)が出たことを知った。以前の『エクスプレス 現代ギリシア語』をすっかりリニューアルした内容だ。

しかし、喜んだのも束の間。同サイトで公開されているたった4枚のサンプル画像の中に、編集上の間違いがいくつもあって、驚くと同時に、ちょっとがっかりした。

まず、18ページの本文。テキストには Αυτή είναι η βαλίτσα σου;(これがあなたの旅行カバンですか)と単数で出ているのに、挿絵にはカートに載った5つの旅行カバンと1つの手提げカバンが描かれている。ギリシア語では、一つと言っているのに、挿絵は複数だ。ちょっとひどいんじゃないか。たぶん著者は、この挿絵を見て憤然としたに違いない。

それから、同じく本文テキストの Γεια σου.(こんにちは)の下にあるカナ発音が、「ヤス」ではなく「ス」になっている。ちょっとした誤植だけれど、本文にあるので目立つ。

読みの間違いは、33ページの「表現力アップ」にもあった。そこでは、数字5の読みが、「ペンデ」でなく「ペンゼ」になっていた。πέντε というギリシア語が書かれていたら、間違えなかったのかもしれない。でも、そこには数字の「5」だけが書かれていたので、編集者が間違いに気づかなかったのだろう。

極めつけは、そのすぐ下にある2文だ。これはひどい。

「このメロンは甘いですか」に当たるギリシア語に、Πόσο κάνουν όλα αυτά;(全部でいくらですか)が当てられていた。そして、続く「全部でいくらですか」にあたるギシリア語が、Που είναι το φαρμακείο;(薬局はどこですか)になっていた。

ここまで間違いが多いと、何だか校正刷りを読んでいるみたいだ。

この教材は、見るとテキストの本文も実際的でいいし、語彙力アップや表現力アップで扱われている語彙や表現も、使ってみたいものばかりだ。きっと、続く内容も、魅力的に違いない。それにもかかわらず、こんなに間違いがたくさんある。これでは、この教材を手元に持っていたいという気が起こらない。

手元にある他のエクスプレスシリーズを見てみると、このシリーズは、どうやら誤植があっても再版時に直さないようだ。でも、これはちょっとひどすぎる。次に刷るときは、ぜひもう一度、誤植の修正をしてもらえればと思う。
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# by ijustat | 2012-02-11 17:43 | Greek

頼りないアマゾンの書評

以前、アマゾンで文章作成関係の本を物色していたとき、カスタマーレビューで樋口裕一氏という作家が人間性をあしざまに言われているのを読んだ。私は樋口氏について何も知らなかったので、ひどい著者に違いないと思い、その後書店でこの人の本があっても手に取ることすらしなかった。

しかし先日、野口悠紀雄氏の『「超」文章法』(中公新書、2002)を読んでいたら、そこに樋口氏の著書が挙げられていて、好意的な評価がなされていた。それを見て、アマゾンのカスタマーレビューに何か問題があるかもしれないと感じた。

野口氏が参考にした本の中で、たまたま『論文のレトリック』(澤田昭夫著、講談社学術文庫、1983)を持っていたので、それを読んだ。すばらしい本だった。そこで、それをアマゾンのレビューで見てみると、やはりほとんどが好意的な評価をしていた。ところが、ある読者は、星を一つだけ付けて、「工学系の私には何の参考にもなりませんでした」と書いていた。『論文のレトリック』は、文系用の論文に限っているわけではない。それにもかかわらず、「文系向けの説明だけで,読んでいて嫌になりました」と書いているところを見ると、具体例にばかり目が行って原則が見えなかったのではないだろうか。

具体例にばかり目が行って原則が見えない例といえば、長澤信子氏の『まだ遅くない楽しく身につく 長澤式外国語上達法』(海竜社、1999)には、次のような話が出てくる。

長澤氏は、中国語を勉強したとき、100回の練習を実行するためにマッチ棒を100本用意した。それを箱に入れて、言った数、書いた数だけ減らしていき、成果を目で見えるようにした。そのことを、『台所から北京が見える』という本に書いたところ、ある日読者から電話がかかってきて、「家にはマッチがありません」と文句を言われたそうだ。長澤氏は、「別にマッチ棒でなくてもいいんですよ。碁石とかおはじきとか、身近にあるもので」と答えた。するとその人は、「どれもありません。どうしたらいいでしょうか」と喰らいついてきた。

そのときのことについて、長澤氏は「私もほとほと返事に窮してしまったが、これは頭の柔軟性の問題。私はたまたま家にマッチ棒があったのでそれを使っただけのことで、要は数がわかり、お金をかけずにすぐ手に入るものならば何でもよかったのだ」(37ページ)という感想をもらしている。

長澤氏の方法の要点は、練習回数を管理しやすくするために、物を使って可視化したということだ。そういうことを書いたのに、読者からマッチ棒にこだわられて困ってしまったわけだ。

私が勉強について重要なインスピレーションを得た『脳を活かす勉強法』(茂木健一郎著、PHP研究所、2007)は、驚いたことに、カスタマーレビューでかなり悪く書かれている。たとえば、こんな感じだ。

「分かりきったことしか書いていません」
「実はこのようなハウツー本はいくらでもあるわけで、結局は未来にも残らないのである」
「もっと独自の楽しい勉強法が読めると期待していただけに、残念です」
「はっきりいってこの本を読んで新たに学習方法が分かるわけではない」
「ハウツーものとして見た場合、本書は実践的な記述が少ない」
「多くの勉強習慣のない人は、どうしたら集中して勉強できるかを知りたいはずです。この本は何も答えてくれません」
「あくまで『参考』程度に読むならよいかもしれません」
「体系立ってノウハウが書かれた本ではなく、筆者の実体験に基いた勉強の仕方エッセーですね」
「何度も読みたい、と思わせるような本ではありませんでした」

私にとってこの本の内容は、「分りきったこと」ではなかった。それに、不覚かもしれないけれど、新たに学習方法が分った。どうしたら集中できるかも知った。そして、自分にとっては革命的な進歩を経験した。参考程度にするにはもったいない本だ。私はこの本を枕元の本棚に置いて、何度も読んだ。その本にして、この低評価だ。

しかし、何よりも意外だったのは、野口氏の『「超」文章法』に対する酷評だ。この本には本当にお世話になった。内容が役に立つだけでなく、 読んで面白い。密度も濃い。その本に、星を一つか二つしかつけていない人が、何人もいたのだ。そして、「安易な発想で作られた本」とか、「とても文章法を説いた本とは思えない」などと酷評されている。星三つで「少し足りないなあ」とか「筆者の自慢話が多く」云々というのならまだしも、星一つで酷評というのは事実と合わない。こういうものがたくさん混じっていたら、読者は良書に出会う機会を妨げられてしまう。

もしかしたら、長澤氏のマッチ棒のようなレビューは多いのではないか。ふと、そんな疑いがわいてきた。そこで、カスタマーレビューが本選びにどのくらい役に立つのか、調べてみることにした。方法としては、私が読んで、よいと思った本のレビューを見ながら、そのレビューがどのようにその本を読んでいるかを見てみた。

すると、人気のある本ほどレビューの平均的な質が落ちることが分った。『論文のレトリック』のように、読書に慣れていない人には近づきがたい本のレビューは、比較的に評価も高く、質も悪くない。その一方で、とても読みやすく、ベストセラーになった本のレビューには、著書を酷評するものが多く、あまり柄のよくないレビューが目立つ。中には著者を人身攻撃しているものまであった。質を落とすレビューの特徴を大雑把に分類すると、以下の通りだ。用例は主に『「超」文章法』のレビューから拾ってある。

1.具体性のない賞賛や罵倒
 たとえば、星五つにはしているけれど、「読みやすい上に役に立つ。これは一読の価値ありです」としか書いていないレビューがある。こういうレビューでは、それがどんな本なのか分らないので、買うか買わないかを決めるときの参考にならない。
 逆に、具体性のない罵倒もあった。そういうのは、誹謗中傷の類と捉えてもいいかもしれない。いずれにしても、内容が漠然としすぎていて、選書の参考にならない。

2.効果を見るのでなく、読後感による評価
 あるレビューは、さんざん批判しておきながら、最後に「そうは言っても、この手の本は実践してこそ本当の評価ができるので、断言はできない」と言って、自分がその本で提唱されている方法を試してもいないことを暴露している。そりゃだめだ。目的を考える必要がある。エンターテインメントを狙う本なのか、実用を狙う本なのか。文学作品に実用性を求めるのがフェアでないように、実用を狙う本にエンターテインメント性を求めるのはフェアではない。

3.ないものねだり(これが特に目に付く)
 『「超」文章法』では、図や表については扱わないと断っているにもかかわらず、「不満だったのは、図・表の使い方への言及が少ないという点です」という不満を述べているレビューがある。この本の70ページと71ページに図表があるために、つい期待してしまったのか。
 また、「表現がヤケに堅いのだが、良く考えてみれば、この本は『論説文』の手引き書なのであって、『商業ライティング』の本ではない。(中略)商業ライティングのターゲット層は、もっと手ごわい。3秒で読むのを辞めてしまう」云々と書いているレビューがあった。これは選書を誤っている。しくじって目的に合わない本を選んでしまったことが分ったなら、書評はしないことだ。商業ライティングのような特殊な作文は、その分野の本を探すべきではないだろうか。
 あるレビューでは、「某評論家が野口氏を評し、『一言でいえることを、一冊に膨らます技術に天才的に長けた人』とかなんとか揶揄してたと思うのですが、これを読むと、野口氏がこれを意図的にやってたことが分かります」と書いている。どんな本でも、何かを主張する本なら、一言でいえる必要がある。その点を突いて批判するのはいただけない。メッセージが拡散してしまって何が結局言いたいのか、一言でいえないような本を書けと、その評論家は言っていたのだろうか。たぶん意味を取り違えているのではないだろうか。
 ある読者は、「自分は理系なので、残念ですが文学文章を書く機会が少ないので、星4つとさせて頂きました」と書いている。読み間違いを兼ねた、ないものねだりのレビューだ。
 ちなみに、茂木健一郎氏の『脳を活かす勉強法』の書評にも、「もっと具体的な根拠を示した『脳科学的な』一冊を今後期待します」というものがあった。その本は、脳科学的な実験データをもとに書く必要のないものだ。
 この「ないものねだり」は、その本を実際に読むまではなかなか見分けられない。私たちが本を選ぶとき、いちばん間違って参考にしてしまいやすい記述だ。

4.内容とは関係のない評価
 野口氏の本のレビューにはないけれど、別の著者の本のレビューでは、「姑息な手段を使うようなトンスル脱税王の本なんてゴミです」とか、「氏は似非学者で、人間として問題がある」なんていう、本の内容と関係ない記述もあった。また、ある著者のレビューに、読んでないけど分るというようなことを書いて、星一つをつけた人がいたそうだ。そのレビューに著者自身が「読まないうちに星1つだと、著者としてはとってもこまるのですが」とコメントを書き込んで、一時話題になったことがあった。物議をかもしたレビューの現物は、すでに削除されてしまったようだ。
 著者の人格よりも、テキストの内容で評価してほしい。オスカー・ワイルドも、オー・ヘンリーも、一種の性犯罪や横領で収監されている。それにもかかわらず、彼らの作品には価値がある。文章は美しく、人生の機微を深く感じさせる。レビューではそういう点に集中してもらえればと思う。
 逆に言えば、どんなに人格がすばらしい人でも、その人の本がひどいものだったら、それを率直に書くべきだということだ。
 まあ、人とその作品とを分けて考えるのは難しいことだ。妻も、嫌いな友人の書いた本だからといって、私が持っていた日本語文法の教材を捨ててしまった。その本はけっこうよかったし、今は絶版になって手に入らないから、思い出すたびにもったいないと思う。

5.勝手な評価
 『「超」文章法』の対象読者については、あるレビューに「文章を書くための入門書にピッタリ」と書いてある一方で、別のレビューには「文章の上級者向けの本ですね」と書いてある。どちらかといえば、後者の方が近いと思うけれど、こんなふうに、相反するレビューがまかり通っている。
 この本の文章は、「非常に判り易い」、「一気に読み進められる」、「おもしろい」と評価されている。私もそれに同感だ。しかし、あるレビューでは「文章が読みづらい。表現が回りくどいのだ」と言っていた。どういう読み方をして、そんな風に読めるのだろうか。
 あるレビューでは、「文章の『化粧』の部分においては、ありきたりな記述が多い」と批判している。また、「5章6章のいわゆる『文章技術』で、まるで陳腐な文章技術を披露してしまっているのがイタイ」と批判している読者もいる。まあ、そうかもしれない。でも、いくら文章技術は陳腐だからといって、そういう部分を取り除いたら、ものすごくラディカルな構成になって、多くの読者を面食らわせる本になったかもしれない。批評どおりに本が出来上がった場合を想像してみると、その批評がどんなものかが見えてくる。
 その本の5章と6章は、構成上必要だと思うし、私はそれなりに興味深く読んだ。独断と独創が入り混じっていて、読んで楽しかった。何よりも、自分の言葉で書いているという点に好感を持てた。もし問題があるなら、どのように改善すべきかを書けば、この本を選ぼうかどうか迷っている人に、正確な情報を与えることができるだろう。(ちなみに、この俎上に載った章で扱われている日本国憲法の晦渋な文が、横に添えられている英語版では明晰な構造になっている のには驚いた。)

6.読み間違いと的外れな評価
 『「超」文章法』では、「メッセージが大事だ」という点を冒頭に持ってきて強調している点が、とても新しい。ところが、ある読者は「文章法としては(パソコンの文章法への影響以外は)特に新しいことがあるわけではなく、手堅い内容になっています」と書いている。このレビューは冒頭の部分を読み流している。そういう書評があるのだから、本当に要注意だ。
 先ほどの、「工学系の私には何の参考にもなりませんでした」と書いていたレビューや、マッチ棒にこだわった読者も、その本で何が語られているのかが読めなかった。
 文章というものの性質を間違えているのではないかと思うレビューもあった。そのレビューでは、「『どうでもいいことをもったいぶって、それなりに形式だけ整えて書く』という技術であり、まともなことを書きたい人にとっては、この手の本を読むのは時間の無駄である」と書いていた。形式なしにまともなことを書くというのは、奇妙な考えだ。
 どの分野でも、その分野の基本がある。文章に形式が必要だという点は、基本だ。それを攻撃してしまっては、身も蓋もない。

もっとも、私は決して『「超」文章法』を賛美し擁護しているわけではない。「実用レベルとして耐えうるものではありません」と酷評しているあるレビューは、それなりに理由があると認められる。野口氏はターゲットとする読者の水準を明記していなかったからだ。そのレビューでは、「文章の構造と階層をまったく意識できない方」とか「小さな単位の文章作成にすら失敗している方」に対する配慮がない、と批判をしていた。私にはとても実用的だったのだから、「ないものねだり」の疑いもある。とはいえ、いちおう理由のある批判ではあるだろう。

考えてみれば、「超~~法」というように名付けられている本は、入門者用ではないだろう。少なくとも入門してしばらく経った人の、迷いを解いてくれる本につける名前のはずだ。ある読者は「斉藤孝さんの『原稿用紙10枚を書く力』と一緒に読み進めたが、どちらかと言えば本書の位置付けは、斉藤さんの書籍と比べて具体的な叙述の方法論を問いているものとなるのだろうか」と言っていた。たしかにその通りで、齋藤孝氏の本のタイトルを見ても、それが文章を書くことに全く慣れていない人のための本だということが分る。最初から読者は違う。もっとも、それはタイトルから“察せられる”のであって、“わかる”わけではない。だからこそ、「実用レベルとして耐えうるものではありません」という酷評を、納得いかないまでも、一理あると見ているのだ。

それに、私自身、著者にすべて同調しながら読んでいるわけではない。第6章で文章を勝手に直す編集者に対して毒づいている部分には、今回読み直して面食らった。以前読んだときは、まだピンとこなかったのだ。けれども、今ではその気持ちが痛いほど分かる。だから、その毒気がビシビシ伝わってきた。私だったらこんな強烈は書き方はしたくない。こんなことで、読者に不快な思いをさせたくないからだ。それに、野口氏は日本語が非論理的だと述べているけれど、決してそんなことはない。現に、野口氏の日本語はとても論理的だ。英文が論理的なのは、英米人は論理的な作文に対する強い欲求があるからだろう。文の構造が不明瞭な日本の法律文だって、法律家たちが望みさえするならば、まともな日本語で表現できるはずだ。まあ、私は本書から大いに利益を得ているので、この程度の毒気や決め付けは愛嬌だと思っている。得たものがたくさんあるのに、同調できない部分があるからといって評価を下げるなんて、身勝手な態度だ。所々にある気に入らない点は、読み流すのが礼儀ではないだろうか。

一方、アマゾンのカスタマーレビューの信頼性について書かれているブログなども読んでみると、別の問題があるらしいことがわかった。

まず、やらせレビューの可能性が指摘されていた。たとえば、あるブログでは、ある本の評価について、「185件のカスタマーレビューのうち164件が星5つ、とは普通には考えられません」と指摘していた。その記事は、「このカスタマーレビューは信用できるでしょうか?」と訝っている。

さらに、否定的な評価をしたら削除されたという報告もあった。

ある人は、アマゾンで買ったTOEICの参考書が、あまり役に立たなかったので、カスタマーレビューに星一つで投稿した。ところが、しばらくすると自分のレビューが削除されていた。そこで、ソフトな表現に直して再び投稿した。けれども、数日するとまた削除されていた。この本では、他の人から星二つがつけられていたのが、それも消されていた。他の本では、低評価をつけたものもすべて残っているのに、これはどうしたことか、と述べている。

またある人は、ある本の販売ページに唯一書き込まれたカスタマーレビューが星五つをつけていて、そこにたくさんの人が「このレビューが参考になった」と投票していたので、信じて買ったという。ところが、腰が抜けるほど期待はずれだったので、本の内容と、どこがダメなのかを率直に書いて、低評価のレビューを投稿したそうだ。すると、数日のうちに「15人中、0人の方が、『このレビューが参考になった』と投票しています」というレッテルがつき、それからしばらくして、その人のレビューは削除されてしまったそうだ。その人は、「大絶賛されていて5つ星評価&『参考になった』がたくさんついているレビューがそのまま買うに値する本であるかというと、そうではないと思っていた方がいいです」と結論付けている。

以上はアマゾンでの例だけれど、他の書店サイトでも、似たようなことが起こっているのかもしれない。ということは、読者のレビューには要注意だということだ。どのレビューの質が高いのか、その本を実際に読んでみなければ分らない。ほめていたり、批判していたりする内容が、当を得ているのかどうか、レビューだけを比較しても、なかなか判断できない。たしかに質のいいレビューも多いので、それらが質の低いレビューや、意図的に操作されたレビューに埋もれてしまうのは、惜しいことだ。
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# by ijustat | 2012-01-29 18:28 | Books

文章

2年近く前、このブログで文章について書いたことがある。そのあと、どうしたら魅力的な文章が書けるのか、ときどき考えていた。たとえ魅力的ではなくても、読む人が何らかの面白さを感じられる文章が書けたら、こんなにうれしいことはない。

そこで、気に入った著者の本を、その魅力の秘密を探りながら読んだ。そうやって、自分なりにまず気づいたのは、それらの著作には、著者個人の体験談が織り込まれているということだった。

体験談とはいっても、自慢話はあまり面白くない。何かの方法について書くときでも、最初に自分がその方法を知らなかったときのことをまず書き、次のその方法と出会う過程を描写し、それを適用した結果を書く。そういう体験談だ。それによって、その体験の全体像が明らかになり、自分にもそれができそうだ、という親しみを与えてくれる。

考えてみれば、これはキリスト教の伝道集会などで日常的に行われている「信仰の証(あかし)」と同じ形式だ。そのモデルは『新約聖書』の「使徒言行録」22章と26章にある。そこでは、パウロが自分の回心について弁明している。26章では、取調べの最高責任者だったアグリッパ王は少なからず心を動かされている。

これはさまざまな目的に使える。自分の体験が真実であればあるほど、読む人の心を大きく動かすことのできる形式だ。特に、自分の考えや方法論を伝える文章に使えそうだ。

次に、書くときの口調については、教えるように書くのではなく、文章の中で考え、文章の中で結論を発見するような書き方をした方がよさそうだと気づいた。そのためには、書きながら考えるのがいちばんいい。김형석という哲学者はエッセイストとしても有名だ。その中の作品のいくつかを読んだとき、そんな内省的な書き方をしていて、印象がよかった。

なぜそれがいいのか、自分なりに考えてみた。そうやって思いついたのは、こうだ。こういう書き方では、書く対象と自分との距離をしっかりと保つことになる。そうすると、読者も著者と一緒に肩を並べて、その対象と向き合うことができる。書き手が知識の側にいて、読者は知識のない側にいると、著者との距離を感じる。しかし、書き手と肩を並べていると、書き手に親近感を覚えるだけではない。書き手にとっての知識は、私たちとその知識よりはずっと距離が近い。それで読み手はその知識にも親近感を覚えることができる。まあ、そんな感じだ。合っているだろうか……。

そのような共感を呼ぶ書き方なので、著者がその対象を面白がり、楽しんでいると、読者もその対象が面白く感じられてくる。

この考えに至るヒントを与えてくれたのは、한비야氏だ。한비야氏は、自分の書いた本が世代を超えて読み継がれているわけを問われ、次のように答えていた。

만만한 거죠. 저는 독자들을 가르치려고 하지 않으니까요. 제 눈높이가 바로 젊은 독자들 눈높이예요.(『한국의 글쟁이들』구본준著、한겨레출판、2008、p.59)

この한비야氏の「만만한 거죠」ということばが、読んだあとずっと頭の中に残っていた。「만만하다」というのは、御しやすい、相手にしやすい、ということだ。偉くもないし、威張ってもいないし、気難しくもない。そういうことだ。たしかに、한비야氏の文章は、気安い感じを与える。読んでいると、自分も著者と一緒にその場で冒険しているような感じがしてくる。なるほど。

実際、私は偉い人間でもないし、相手が萎縮してしまうほどすごい能力や精神力の持ち主でもない。それにもかかわらず、自分の考えを文章にすると、何か偉そうに話しているような印象を与えてしまうことがある。もちろんそれはこけおどしだ。それなりの人が読んだら呆れるような、つまらないことを書いているのだ。そんなときは、決まってその知識や考えを、生まれつき知っているかのように書いている。そんな書き方ではなく、考えながら書いていくべきだ。そうすれば、한비야氏のように、文章は読者と同じ目線にまで下がることができる。

そういえば、論文は面白さとは程遠そうな文章だけれど、読んでみると案外面白い。そのわけも、同じことのようだ。論文では、問題意識をまず語り、それから集めたデータを持ち出してあれこれ考え、その場で新しい発見をする。その発見の現場に読者は立ち会うことになる。だから、なるほどと納得し、面白いと感じる。

ところで、単に考えるだけでなく、“自分で”考えることが大切だ。黒田龍之助氏は『大学生からの文章表現』(ちくま新書、2011)という本の中で、「大切なのは、自分で考えることである。これが基本。自分で考えることこそが、内容についての究極の指針なのではないか」(130ページ)と書いている。そして次のページで、山口文憲氏の『読ませる技術』という本の中から次の箇所を引用している。

世間の常識をなぞってはいけません。(……)たとえば、「役人はひどい」「日本語が乱れている」「オウムはけしからん」。この手のいい古されたこと、みんなのなかで当たり前になっていること、いわゆる「たんなる正論」にのっかって書くのも失敗のもとです。いい文章になる見込みがありません。

たしかにそうだ。ソウルでタクシーに乗ったりすると、運転手は時事的な話題を持ち出すことがある。それはたいてい、新聞やラジオのコピーだ。私はそれを聞きながら、なんで自分がこんなつまらない話を聞かなければならないんだと、ずいぶん思った。まあ、それはただの雑談なのだからいいとして、自分の意見を文章にするとなれば、マスコミのコピーになるのではなく、不完全ながらも自分で情報を集め、自分で考え、自分で結論を出すべきだ。そうすれば、論旨は欠陥だらけだったとしても、とりあえず、個性的な面白さはあるかもしれない。

ただ、読む人の中には、「何を根拠にこいつはこんなことを書いてるんだ」と噛み付いてくることがある。それには対処しておいた方がいい。自分の考えたことは、たいていすでにたくさんの人によって考えられていて、誰かがどこかで何かに書いている。だから、いろいろ考えてある意見にたどり着いたあと、自分の考えがあながち単なる思い付きでないことを示してくれる、先人の発言を引用すればいい。

このことについて、野口悠紀雄氏は次のように述べている。

引用とは、簡単にいえば、権威に頼ることである。これも説得力を高めるための技術だ。「私はこう考える」と言うより、「ゲーテがこう言った」のほうがありがたみがある。(『「超」文章法』中公新書、2002。135ページ)

これは護身術として非常に重要だと野口氏は強調している。野口氏によれば、弱者である私は、強者である「引用」に守ってもらう必要がある。それによって、不当に無視されるのを防ぐことができる。野口氏は論文の売込みについて書いているけれど、日常の文章についても同じことがいえる。自分の考えだけを書き連ねると、いくら論理的に書いても、ijustatが独り言を言ってらあ、と思われる。だから、権威や実績のある人のことばを引用した方が得だ。

そうやって文章について考えた結論は、こうだ。まず、自分の体験談を織り込むこと。それから、教える口調で書くのではなく、文章の中で自分も考えること。世間の常識をなぞるのでなく、自分で考えること。自分の考えには、先人の発言を引用すること。

物足りない結論だけれど、とりあえず今のところ分かった(と自分で思っている)のは、ここまでだ。ところで、この文章は面白いだろうか。
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# by ijustat | 2011-11-14 21:13 | Life

しぶや(시부야 숙대점)

学生街にある日本料理の店だ。日本人が経営し、味の管理も日本人の手による。

c0019613_16444625.jpg地下鉄4号線の갈월동 숙대입구駅で下車し、10番出口から숙명여자대학교の正門へ向かって緩い上り坂を歩いて行くと、通り沿いの右手にある。

しかし、私たちは駅からは行かず、이촌2동입구で2016番のバスに乗り、효창공원삼거리で下車して行った。

2011年11月8日。ちょうど紅葉の時期で、道路は銀杏の落ち葉で黄色く染まっていた。ここ一週間ほど気候は温暖で、この時期の寒さが感じられない。なんといい日だろう。

今日は、私たち夫婦と友人2人とで、この店を訪問した。そして、カツカレーライスとカレープデチゲを食べた。

なんと不覚なことか。カレープデチゲの写真を撮るのを忘れてしまった。しかたない。味だけ説明しよう。

プデチゲのコクある味と、カレーの香り高い味とが調和して、グングン食欲をそそる。麺は、普通のプデチゲに見られるインスタントラーメンではなく、うどんが入っている。このうどんは歯ごたえがよく、プデチゲなのに、高級感を添える。新しく開発したメニューだそうだ。

幸いなことに、カツカレーライスを撮るのは忘れなかった。
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社長の渡辺さんと話をする機会を得た。渡辺さんの話によると、カレールーは日本から取り寄せていて、そこに十数種類の香辛料や野菜を入れて作るのだそうだ。スープはとりがらのだしで取る。このカレー作りの作業だけでまる一日かかるという。

特に、たまねぎが大変らしい。いっぺんに50キログラム、100キログラムと大量に仕入れ、下ごしらえをし、飴色になるまで炒める。下ごしらえするとき、たまねぎの刺激が強烈で、ゴーグルをしても涙が出るそうだ。しかし、これを一回やると、風邪を引かないという。たまねぎの薬効はすごいものだ。

カレーを作るとき、最初に食べた瞬間は甘く感じ、そのあとから辛味が感じられるように作らないと、美味しいと感じられないそうだ。いくら辛い味が好きな人でも、最初から辛味が先走ると、ただきついだけの味になってしまうのだという。

そのためだろうか。この店のカレーは本当に美味しかった。ちなみに、私は辛口も甘口もOKだ。

韓国にはCoCo一番街も入っていて、종로(鍾路)など数か所に店を出している。渡辺さんの話では、あそこはプロの味だけれど、自分たちは家庭の味に仕上げたという。

CoCo一番街のカレーはたしかに美味しかった。けれども、私の考えでは、しぶやの方がカレーの味は優れている。数種類の野菜から出たさわやかで深いコクが感動的だ。それに、しぶやのカレーは、ご飯と接している部分もサラリとした食感をたもっていて気持ちいい。いいお米を使っているのかもしれない。値段も6,500ウォンと廉価だ。
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カツは、カレーの上ではなく、ライスの上に載っていた。量もたっぷりで、ヒレ肉も柔らかく、カラリと揚がっていて、後味もさっぱりしている。

店を出てから妻が、あの味を学生街の簡素なインテリアの店で食べさせるのはもったいないと言った。そうかもしれない。

しぶや(시부야 숙대점)の電話番号は、02-792-3739。住所は서울시 용산구 청파동2가 60-19。ビルの2階にある。
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# by ijustat | 2011-11-08 17:17 | Restaurants

산선동の街角

地下鉄4号線한성대입구駅の近く、삼선동の街角を歩いてみた。

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何ともいえぬ貫禄のある雑貨屋。こういう韓国独特の風情が私は好きだ。

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韓国式家屋の食堂。看板に書いてある店の名前は「스끼다시 천국」。名前の上に「활어회」(活き作り)と書いてある。私は活き作りは嫌いだ。以前、東京の飲み屋で鯛か何かの活き作りを注文したことがあるけれど、魚の苦しんでいる様子を見ると、胃がおかしくなりそうだった。

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裏通りにも韓国式家屋が顔をのぞかせている。あの建物は、わりと新しいものらしい。韓国式家屋の作りだけれど、壁は煉瓦造りだ。
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# by ijustat | 2011-11-02 00:48 | Life

新しいノートパソコン

前回のネットブックに続き、今回も友人の김완일氏を通してノートパソコンを買った。機種は、Samsung の SensX11。下の写真がそれだ。机が散らかっていて見苦しいけれど、それは、大目に見ていただければ感謝。
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今回の買い物は、前回のネットブックと引き換えにして、25万ウォンで買った。

김완일氏の売買方法は独特で、話を聞くたびに面白い。今回は、彼と取引をしたことのある人の紹介で、そのノートパソコンの持ち主と会った。そして、交渉の結果、その人は、このノートパソコンを売る代わりに、10万ウォンを上乗せしてアップグレードしたノートパソコンを手に入れることに同意したという。

なぜそのような交渉をしたかというと、何週間か前、彼に中古のノートパソコンを30万ウォンで手に入れたいと頼んでおいたからだ。それに合わせて、条件の合いそうな人が現れるのを探してくれて、今回、それが実現した。

私は、昨日(2011年8月28日)現物を受け取り、今日入金した。だけど、신한은행から국민은행に振り込んだら、手数料をなんと1,200ウォンも取られてしまった。

SensX11 は、ネットブックに比べてはるかに大きいので、最初はちょっと当惑した。けれども、キーボードが大きいから、タイピングがとても楽だ。慣れるのに時間がかかるかと思ったけれど、全然そういうことはなかった。
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# by ijustat | 2011-08-29 23:06 | Life

蔵書を処分するページ

今まで「헌책방」に売っていた本を、直接売ってみようと思い立った。そして、私のホームページに目録を出した。住所は以下の通り。

  http://ijustat.com/sale/

まあこれは、言ってみれば、人通りのほとんどない郊外の空き地で、御座を敷いてわずかな品物を並べてみたというのにすぎない。現在の貧弱な目録は、時間が経てば少しは量が増えるかもしれない。しかし、あくまでも蔵書処分なので、内容が充実することはありえない。

けれども、捨てる神あれば拾う神ありで、私が処分する本を見て、それなら自分がほしいと思う人はいるかもしれない。そこで、金額は、「헌책방」に売るよりは多めにもらうけれど、一般の「헌책방」が売るよりは安めにした。もちろん、目録にあるものと同じ本が、「헌책방」の店頭で私の売値より安く売られている場合もあるだろう。そんなときは、どうぞそちらでお買いください。

ところで、“郊外の空き地”というのは、私は韓国のソウルに住んでいるため、ソウル市内でしか取引できないということだ。また、“人通りのほとんどない”というのは、大きなサイトからリンクをしたりして広告するわけでもないので、ここでこんなことをやっていると知る人は少ないということだ。

そこで、ちょっとしたアイデアを思いついた。私と同じように、蔵書を処分しようとしている人たちが、各自のウェブサイトに目録のページを作り、互いにリンクをし合っていけば、いずれはけっこう規模の大きなネットワークができるのではないだろうか。

こういうことをするには、自分で管理できるサイトなりブログなりが、ぜひとも必要だ。一人でやっていると誰にも気づかれないけれど、それぞれが互いに仲間を紹介しあうなら、一人一人のページが人目につく確率は高まってくるはずだ。

この思い付きが実際にどれだけ機能するかは分からない。けれど、たとえ小規模でも、面白い試みだ。あなたも、蔵書処分のページを作り、私とリンクしてみたらどうだろうか。ページを作られた方は、ぜひ連絡いただきたい。メールアドレスは、ijustat@hotmail.com。在住国や処分する本の言語は問わない。まだ何のフォーマットもできていないけれど、状況に合わせて少しずつ形作っていきたいと考えている。
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# by ijustat | 2011-03-23 12:56 | Life

고구마

2010年6月5日、土曜日。日差しも傾いてきた午後5時頃、急に고구마という古本屋へ行ってみようと思い立った。木曜日に이상한 나라의 헌책방へ行ったとき、主人の윤성근氏が勧めてくれた。彼は以前고구마に勤めていたそうだけれど、そこは蔵書数が40万冊にもなる大きな古本屋だと教えてくれたのだ。

c0019613_2332291.jpgインターネットで고구마のサイトに入り、住所を調べ、Google の地図で位置を確認した。すると、だいぶ奥まった裏通りにある。何か変だと思い、サイト内にあった「찾아오시는 길」を見ると、ずいぶん違うところにある。それで、Google には従わず、고구마サイトの住所に従って行くことにした。신금호の1番出口を降りて청구方面へ150メートルほど歩くと、左側にある。

サイトには売り場がいくつかあると出ていたけれど、本当に売り場が分散していた。最初の売り場は閉まっていた。次の売り場は雑誌中心のようだ。3番目が、一般書のありそうな売り場だった。そして、入り口は뿌리서점のように地下へと続く階段になっていて、右側の壁一面は本になっていた。

地下に降りると、入り口付近に若干の空間がある他は、書棚がぎっしりと詰まっている。そして驚いたことに、書棚に挟まれた通路が恐ろしく狭い。

その点について、최종규氏は2004年3月30 日付けの「헌책방 나들이」で、「아주 좁은 골마루를 누비며 책을 구경합니다」(http://www.ohmynews.com/NWS_Web/view/at_pg.aspx?CNTN_CD=A0000178193)と描写している 。この「아주」という言葉を、実際に고구마を訪れたことのない人は読み過ごしてしまうに違いない。あるいは、「아주 좁은 골마루」にしても、「누비다」にしても、誇張表現と取る人もいるかもしれない。しかし、최종규氏はまったくありのままの描写をしているのだ。

『이상한 나라의 헌책방』の著者、윤성근氏は、2004年頃から2007年頃まで고구마で働いた。彼も、売り場の様子について次のように描写している。

금호동 책방은 규모가 어마어마했다. 지하에 있는 서가는 입이 딱 벌어질 만큼 입구부터 책이 가득 들어차 있었다. 헌책방은 일반 서점과 달리 구조부터 사람이 아니라 책 위주로 되어 있다. 바닥부터 천장까지 책이 빽빽하게 들어차 사람이 다닐 수 있는 길은 폭이 고작 30센티미터 정도여서 체격이 큰 사람은 서가 사이로 걸어 다닐 수도 없다. (『이상한 나라의 헌책방』윤성근著、이매진、2009。31쪽)
ここで윤성근氏が「규모가 어마어마했다」と述べているように、入り口で書架を眺めているだけでは奥行きがどうなっているのか見当がつかない。見ると、目の前の書棚に배치도(配置図)があった。それによると、私が関心のある韓国語関係の本は、入り口のすぐ右側にある。

そこで、韓国語関係の棚を一通り見たあと、勇気を出して店内の通路を回ってみた。狭い。気をつけて歩いても本が体に当たる。洞窟探険さながらだ。何が違うかといえば、電気が点いていて明るいという点だけだ。

いちばん奥の中央に、上へ出る階段があった。扉は閉じていて、その上に防犯カメラが付いている。階段の両脇にある本は、多少古めのものが多く、魅力的に見えた。

一通り回ってみて分かったのは、この店の本はすべて本棚に寝かせてあるという点だ。下にある本は、上の本を持ち上げて取らなければならない。見た本は元に戻すように書かれているので、けっこう大変だ。

それから、わりと整理がよく出来ていて、しかも通路には本の山がほとんどない。もっとも、幅が30センチしかない通路に本の山を築いたら、通路は詰まってしまう。

店員が1人で忙しく動き回っていた。私の他には女性客が1人いて、選んだ本を持って出てきたけれど、店員が見つからないので、置いて帰ろうかしらと言った。そこで私が大きな声で、売り場のどこかにいる店員を呼ぶと、出てきた。それで女性は本を買うことができた。私は店にささやかな貢献をしたわけだ。

私も自分の選んだ本を買った。それは以下の通り。2冊で5,000원だった。

 『應用 펜毛筆書体寶典』(鄭周相著、英崙社、1956。初版本)
 『조선성구집』(엄병섭・김현욱著、사회과학출판사、1989。複製本)

本を持っていくと、店員が中央の少し広くなった場所にあるパソコンで、書名を検索した。そこで値段を確認し、さらに、その本がすでにインターネットで決済されていないかどうかも確認したうえで、客から本代を受け取る。

店員に、いつから働いているんですかと尋ねると、10ヵ月になるという。店員は合計8人いるそうだ。その中には書誌情報の入力を専門にする人もいる。確かに大きな古本屋だ。

会計を済ませ、階段を上りきったところで主人に会った。이상한 나라의 헌책방でこの店のことを聞いて来ましたと言って、挨拶をした。しばらく話すと、ひょっとしてどこか外国に住んでいらっしゃったんですかと言う。はい、日本から来ましたと答えると、じゃあ日本の方ですかと聞くので、そうですと答えた。主人は、今から食事に行くのだけれど、一緒に食事でもどうですかと言った。せっかく日本から来たのだからというのだ。少し戸惑ったけれど、ありがたくご馳走をいただくことにした。

最初の売り場の左脇にある食堂に入った。そこで순두부백반をご馳走になった。さっき私と話をした店員も一緒だった。そこで主人といろいろな話をした。

私は去年から古本屋に関心を持ち始め、ソウル市内の古本屋を巡り歩いているのだという話をした。そのときたくさんの古本屋の情報を提供してくれているのが、최종규氏が「오마이뉴스」に書き続けている記事だ。今年の2月末に인천の배다리골목にある최종규氏の사진책 도서관で初めて최종규氏に会ったけれど、ずいぶん寡黙な人でしたと言うと、そうですか、あの人はとても主張の強い人ですよ(주장이 강한 사람이에요)と言った。

최종규氏の話から、한겨레신문の임종업記者の話に移ると、主人は多少苦い表情になった。한겨레신문では고구마を“헌책방”に入れないのだという。私が目を丸くして、なぜですかと訪ねると、彼らは進歩的な傾向が強く、その基準によると、自分の店は“헌책방의 기득 세력(古本屋の既得勢力)”になるのだという。だから、「헌책방 순례」が書かれていたときも、고구마へは取材にすら来なかったそうだ。

それから主人は、日本人の仕事の緻密さについて、一緒にいた店員に話した。その例として、『일본 고서점 그라피티』(이케가야 이사오著 / 박노인訳、신한미디어、1999)の話をした。その本では、1軒1軒の店の詳細図が描かれていて、棚のどこにどんな本があるかまで分かるといって驚いていた。

それから、韓国には外国語学習書で、この1冊を納めれば大丈夫といった定評ある本がないと言った。そして、日本には、ドイツ語の学習書で60年近く経っていて、まだ売れ続けている本があるといった。主人が私に、ご存知ですかと聞くので、ええ、関口存男(せきぐち・つぎお)という人の本ですと答えると、また店員に、ほら、こんなに有名なのだと言った。そういう本が韓国でも必要だと言った。

主人の言ったドイツ語学習書とは、『初等ドイツ語講座(全3巻)』(橘書店、1933年。後に三修社から出される)のことだ。これは現在『関口・初等ドイツ語講座』(三修社)の名で出ている。韓国では『新獨逸語大講座〔合本〕』(關口存男原著 / 李三顯・李炳璨訳補、博英社、1957)の名で出ている。

食堂を出て店に戻り、コーヒーをご馳走になった。コーヒーといっても、韓国ではスティック入りのインスタントコーヒーだ。主人は浄水器で熱湯を注ぎ、スティックの袋でかき混ぜた。主人が、こんなやり方でも大目に見てくださいと言ったけれど、実はこの方法は以前、私が自分で発明した秘密の方法だと思っていたのだった。あとで知ったのだけれど、かなりの人たちが私と同じことをしていた。

主人と店員と3人で古本屋の話をした。고구마の売り場の構造が뿌리서점と似ているというと、主人もそれを認めた。ただし、뿌리서점はインターネットでの販売をやっていない。以前、뿌리서점の主人に勧めたことがあるけれど、それはできないと言っていた。今考えてみれば、確かに今からインターネット事業に加わるのは無理だろう。別の付加価値で勝負するしかない。

近くで子供たちが遊んでいた。そのボールが道に転がっていってしまい、向こう側に駐車している車の下に入り込んでしまった。子供がボールを取ろうとしたけれど、道路の中央には柵があって、向こうへ渡れない。それを見ながら、子供たちが遊べる空き地がないのは本当に危ないことだという話をした。主人が子供たちに、危ないからあっちへ行きなさいと注意した。

それから車社会の話になった。私は韓国へ来る前は、韓国ではソウル市内を自転車で見て回ろうと思っていた。けれども、実際に来てみると、とてもじゃないけれど自転車を乗り回せるような環境ではないことが分かった。のちに私も車を運転するようになり、そのおかげで運動不足で困るようになってしまった。去年、이명박大統領が、韓国を自転車大国にしてみせると宣言して私はとても喜んだ。けれども、교보문고には駐輪場がない。案内の人に、いつごろできるかと聞くと、駐輪場を設ける計画はないと言われた。최종규氏はそんな中でも、ソウル市内を自転車を乗り回しているそうだ。そんな話をした。

すると主人は、彼は度胸者(강신장)だと言った。충주まで自転車で行って来るし、충주から인천までも自転車で移動するという。韓国の道路はかなり危険であるにもかかわらず、そのような長い道のりを自転車で走り続けるとは、驚くべきことだ。それに、その強靭な体力!

私たちが話をしていたとき、家族連れが通りがかりにやってきて、娘に『그리스 로마 신화』というシリーズの漫画本から1冊を買ってあげていた。さっきの店員が相手をした。それは微笑ましい姿だった。

恰幅のいい女性が、同じ位の歳の痩せた女性と一緒に歩いてきて、今回성동구の区長(구청장)に当選した挨拶に伺いましたと言った。私がおめでとうございますと言うと、その女性は喜んで私に握手を求めた。女性が主人にもお辞儀をすると、主人はハンナラ党ですね、しっかり反省してくださいよ、と言った。今回の総選挙で、ハンナラ党は国民にそっぽを向かれ、惨敗したのだった。区長の当選者は主人の話をしんみりと傾聴していたけれど、とても聞きにくそうな表情だった。私は内心、あれじゃ駄目だな、と思った。主人は当選者に辛口の話ししかしなかったけれど、当選者が立ち去るときには「건강하세요」と挨拶をした。

20時59分に妻から電話があった。買い物に行くから帰ってくるようにとのことだった。そこで、店先の椅子に立てかけてあったかばんを取ろうとして振り向き、高さ10センチほどの段差の上に足をかけたとたん、右足のふくらはぎが攣った。

私が段差の上に座り込んで右脚をさすっていると、主人が来て、私のふくらはぎをマッサージしてくれた。そこへ来た男性客が、爪先を手前に引くといいと言うので、主人は私の爪先を手前にグイグイと引いた。すると、攣りがだいぶ治まった。それから主人は20分ぐらい、献身的にふくらはぎのマッサージをしてくれた。おかげで痛みも引き、歩けるようになった。

そのあと、売り場に下りて、先ほど目をつけておいた2冊の本を買った。9,500원だった。

 『國語學資料選集 I』(國語學會編、一潮閣、1972。1979年重版)
 『國語學資料選集 IV』(國語學會編、一潮閣、1973。1982年重版)

店員が、さっきブログをやっていると聞きましたけれど、住所を教えてもらえませんかというので、紙に書いてあげた。私も店員に名前を尋ねた。이중완氏という。まじめで感じのいい青年だ。

店を出ると、主人は右隣の구멍가게の前に出してある椅子にもたれて座っていた。私を見ると立ち上がってやって来た。主jんと握手をしてお礼を言い、청구駅へ向かった。

고구마の住所は、서울시 성동구 금호동2가 10-2。ホームページには「금호2가」と出ているけれど、ひょっとしてと思い、Google で「금호동2가」と入力してみたら、正しい場所が表示された。電話番号は、02-2232-0406。ホームページは、 www.goguma.co.kr
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# by ijustat | 2010-06-06 22:52 | Bookshops

뿌리서점5

今度もまた、文字数が制限を超過してしまった。それで、4たび新しく記事を立てることになった。以前の書き込みは次の通り。

 뿌리서점 (2009年10月28日~2009年12月27日)
 뿌리서점2 (2009年12月30日~2010年1月31日)
 뿌리서점3 (2010年2月6日~2010年2月20日)
 뿌리서점4 (2010年2月21日~2010年4月24日)

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2010年5月30日、日曜日。21時ごろ、家族で食事に行った帰りに뿌리서점に立ち寄った。店内は客が多く、すれ違いの出来ない通路では、一人の客が通路から出ようとすると、その手前にいる人たちは、いったん通路から出なければならない。通路にいる客よりも奥に行く場合も同じだ。その客にいったん出てもらい、自分が入ってその客も入りなおす。そうやって、何度も出たり入ったりを繰り返す。そんな混雑の中でも、次男は自分が座って本を読める場所を見つけ、さっそく漫画本を手に取って読み始めた。

妻は、本棚のいちばん上にある日本の文庫本を取ろうとして、木の足台に乗ったけれど、手が届かなくて、私に助けを求めた。뿌리서점は数年前に盗難事件があってから、脚立を処分してしまったので、背の低い人は高いところにある本が取れなくなったのだ。

私は主人に、この店は来るお客さんも面白い人が多いですねえ、と言って話しかけた。特に、この間の日本を賛美する客には驚いたということを話した。そして、その人の言った、“韓国を取り返す”と言った人物の名をインターネットで検索したけれど、料理家などが出てくるばかりで、それらしき人物は見当たらなかったと言った。

すると主人は、ここには実に様々な人がやって来ると言った。大韓民国は自由主義国家だから何を話しても自由なのだと言いながら、ある人は、自分の主義とは逆の発言をしながら相手の思想を探ったりもするという話をした。たとえばその人は、進歩主義者の悪口を散々言ったけれど、実際には本人は進歩主義者で、もし自分の話に同調すれば、その人は保守主義者ということになる。主人はその話をしながら、まったく彼と話をしていると何が本音なのか全然分からなくなると言った。

主人がその話をしていたとき、中年の女性客が『소피의 세계』という3巻の本を持ってきた。主人は8千ウォンだと言った。女性が1万ウォン札を差し出すと、主人は千ウォン札を3枚渡し、おまけだと言った。女性客は喜んで帰って行った。

妻が奥の本棚から私を呼ぶ声が聞こえた。行ってみると、床に紙コップが落ちて、通路はコーヒーの海になっていた。本の山の上に紙コップを置いておいたら、上から本がドサドサと落ちてきて、紙コップを落としてしまったのだそうだ。妻はかばんからちり紙を数枚出して床に落とし、その上に足を下ろして濡れた床を拭いた。すぐに主人がやってきて、妻が拭き残した部分を拭き取った。妻がごめんなさいと謝ると、かまわないと言った。結局私はそばに突っ立っていただけで、何もしなかった。

たぶん、こうやって客がコーヒーをこぼしてしまうことは、よくあるに違いない。私が買った本にも、コーヒーの染みが付いていることがある。このように、客がコーヒーをこぼしても大して気にしないのは、뿌리서점の主人の大らかな性格によるだろう。また、コーヒーで本が汚れるという事故があっても客にコーヒーを出し続けるのは、それだけこの小さなサービスによる実入りが大きいということもあるかもしれない。

책방진호の主人が店に入ってきたので、握手をして挨拶を交わした。そして妻を紹介し、妻に、以前노량진にあった古本屋の主人だと紹介すると、妻も、ああ한샘학원のところにあった古本屋ですねと言って、挨拶をした。책방진호の主人は、週に2度は뿌리서점に行くと言っていたから、今夜も本の調達に来たのだろう。このように、韓国の古本屋は他の古本屋を回って本を買うことがある。日本の古本屋はどうなのだろうか。

主人がコーヒーを淹れる台の上に、きれいな写真がちりばめられたポスターのようなものが数十枚、置いてあった。「골목빛, 골목동네에 피어난 빛깔」と書いてある。これは何ですかと聞くと、최종규氏が置いて行ったもので、写真展の案内だということだった。韓国の裏通りを撮った写真で、生活の匂いの漂う何ともいえない風情がある。최종규氏は『모든 책은 현책이다』(그물코、2004)の著者で、古本屋を巡り歩いて記事を書く作家であるだけでなく、写真家でもある。

写真展をやっている場所は「인천 배다리 헌책방거리 한켠에 깃든 책쉼터 <나비날다>와 <배다리, 작은책, 시가 있는 길> 두 곳에서 함께」ということで、期間は「2010년 5월 1일부터 7월 31일까지」ということだ。인천はちょっと遠いけれど、「사진 구경하는 삯은 없습니다」というので、関心のある人は、行ってみるといいだろう。このポスターをもらってもいいですかと尋ねると、どうぞどうぞと言うので、私も1枚もらった。

今日は、妻の選んだ本だけ買った。長男も次男も、本を買うことには関心がなかったし、私はゆっくり選ばないと買いたい本が決まらない。妻が買ったのは、『君の名は2』(菊田一夫著、河出文庫、1991)。主人にいくらですかと聞いたら、1万ウォンというので、1万ウォン札を渡すと、えっ本当に1万ウォン?と言って驚いた。千ウォンのつもりで言ったのだった。

帰りに長男が、redenomination という言葉を知っているかと言う。どういう意味かと聞くと、お金の単位を変えることだという。つまり、デノミというやつだ。何でそんな話をするのかと思ったけれど、長男は뿌리서점で本代を払うときの奇妙なやり取りを見ていたから、それを考えていて、ふと学校で習った英単語を思い出したのかもしれない。
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# by ijustat | 2010-05-31 11:48 | Bookshops

노벨서점

何の変哲もない裏通りに、カモフラージュするかのようにひっそりと、この古本屋は佇んでいる。実は、3年ほど前に電気科の김태현先生に案内されて行ったことがある。昼の12時ごろだった。しかし、店はシャッターが下りていた。それで、廃業したのかと思っていた。

c0019613_1125753.jpgしかし、今日(2010年5月18日、火曜日)同僚の小島先生がこの店の存在を教えてくれた。その前の週に、この「韓国古書店・書店見聞録」をコピーしたものをお貸ししたのだけれど、それを返しに来たとき、自分の古本屋見聞記をプリントアウトしたものが添えてあった。それがこの노벨서점だった。どこかで見たような名前だと思ったけれど、それ以上に、そこに書かれていた岩波書店の『アラビア語入門』のことが気になった。何よりも、カセットテープ付きで、10,000원で売っているという。出版年を確認していないと書いてあったけれど、先生の撮った写真を見て、それが80年代前半のものだと感じた。だったら、けっこう高級な学習書だ。授業が終わってから急いで小島先生に電話し、その古本屋がどこにあるのか、正確な場所を尋ねた。そして、中国語科の陈华先生と一緒に行ってみた。

店の間口は狭く、奥行きもそれほどないけれど、店内は本で埋められていた。小島先生の見聞記に「まもなく店のすべてが本で埋め尽くされてしまうのではないかという印象だった」と書かれていたけれど、壁に面した書棚だけでなく、中央にうずたかく積まれた本の塚が陣取っていて、右側の通路は狭くて人が通れなかった。そして、その奥に主人がいた。

目が合ったので挨拶をすると、怪訝そうな顔で曖昧な挨拶を返した。しかし、同僚の先生から教えてもらって来ましたと言い、『アラビア語入門』はまだありますか、と尋ねると、ああと言って、右の方の棚から出してきた。そして、主人との会話が始まった。

私は仕事柄、外国語の教材に関心がある。それを言うと、『アラビア語入門』の隣にあった白水社の『入門ロシア語』も持ってきた。どちらもテープつきの教材だ。どちらも30年前の本で、定価は、テープ2本付きの『アラビア語入門』が6,000円、テープ1本付きの『入門ロシア語』は3,000円だ。現在も外国語教材の値段は似たようなものだから、物価との兼ね合いを考えると、ずいぶん安くなったといえる。値段を尋ねると、『アラビア語入門』は10,000원で、『入門ロシア語』は3,000원という。この2点を買った。これらの本の内容は、次の通り。

 『アラビア語入門〔カセットテープ付〕』(池田修著、岩波書店、1976。1982年第3版)
 『白水社カセットブックス 入門ロシア語』(灰谷慶三著、白水社、1971。1979年第3刷)

他にも、韓国で出たいろいろな外国語教材を見せてくれた。それらは買わなかったけれど、その中には今まで見たことのない「韓・エス辞典」もあった。

主人は陈华先生に『全唐詩』という大部の縮小影印本を勧めた。でも、値段が150,000원と聞いて、陈华先生は手を引っ込めた。

カウンター脇の、左側の本棚に、中国の本が数冊あった。以前、朝鮮族の女性が売っていったものだそうだ。その女性はかなりお金持ちのようだったという。今も残っている中には『紅楼夢』の原文もあった。しかし、こともあろうに、それは下巻だけだった。上巻はどうしたのかと尋ねると、数年前に老紳士が買って行ったのだそうだ。上巻を読み終わったら下巻を買いに来ると約束したという。なんてこった。陈华先生は呆れて、売るなら上下まとめて売らなきゃ駄目じゃないですか、と残念がった。その老紳士は、それ以来この店に姿を現さないそうだ。お年を召して他界されたか。

陈华先生は、30年ぐらい前に刷られた、中国の古文を読むための辞書を買った。2,000원だった。先生の話では、この本は現在も出ていて、韓国のお金に換算すると大体5,000원ぐらいで売られているとのことだった。

そのあと、主人としばらく雑談をした。主人は30年ほど前に近所で古本屋を始めたという。その後、10年ほど前にこの場所に越してきたそうだ。以前はインターネットなどでずいぶん紹介されたけれど、辺鄙な場所にあるため、客はあまり来ないという。

主人が、한겨레신문に紹介されたというので、ひょっとして임종업記者ですかと尋ねると、そうだという。「헌책방 순례」で紹介されたそうだ。あの人は本をどっさり買って行きましたよ、と懐かしそうに言った。

この店は、古本屋などありそうもない裏通りを歩いていると、忽然と現れるため、ちょっとした驚きを感じさせる。けれども、主人の話によると、このあたりは以前古本屋がたくさんあったそうだ。“古本屋街(헌책방 거리)”とまで言っていた。ちょっと信じられない話だ。

でも、古本屋は現在では斜陽産業だ。ひとつ、またひとつと、店をたたんで行っているのが現状だ。時々、 古本屋だったら町内ごとにありますよ(헌책방은 동네마다 있어요)、とご親切にも指南してくれる人がいるけれど、それは20年前の情報で、現在は、かなり足を伸ばさなければ古本屋に辿り着けないことが多い。

主人の話では、中国もそうらしいという。そうでしょ、と陈华先生に確認した。けれど、陈华先生 は中国の古本や事情まではご存じないようだった。主人は私に、日本は違うと言い、どうだと尋ねた。私も、日本の古本屋事情には明るくない。私の郷里である川越では、物心付いた頃から、古本屋が現れては消えている。90年代には「ブックシティー川越」があり、2000年代半ばには、「本だらけ」があった。それらは、古い本や珍しい本も取り揃えていて、私の好きな古本屋だったけれど、現在は無くなってしまった。代わりにブックオフが入ってきた。全体として減少の傾向にあるような気がするけれど、どうなのだろうか。

主人は、日本のブックオフが韓国に進出したことで、古本産業の可能性を感じているようだった。けれども、ブックオフのやり方は古本屋の一つの形態に過ぎないと思う。なぜなら、ブックオフは新しい中古書籍しか扱わないからだ。主人は、ブックオフでは在庫図書を扱っているのかと聞いたけれど、在庫図書ではない。そんな売れ残りばかり扱っていたら、読者はあまり喜ばないだろう。きれいな中古書籍を扱っているのだと答えると、ほう、そうか、と意外そうな顔をした。ブックオフでは、それを「新古書」という奇妙な名前で呼んでいる。それは一つのスタンスとしては悪くない。けれども、そういう古本屋が蔓延ってきたのが、私には不満だ。

帰り際に、何時から何時までやっているんですか、と尋ねると、夜は大体9時ごろまでやっていると言った。ただ、午前中は本を仕入れに行くために、店を開けるのは午後からになるという。だから昼頃行ったら閉まっていたわけだ。ちなみに、日曜日は休みとのこと。

帰宅後調べてみると、2005年8月25日に発表された임종업記者の「헌책방 순례」(http://www.hani.co.kr/kisa/section-paperspcl/book/2005/08/000000000200508251653374.html)に、노벨서점が紹介されていた。そこでも「사방벽과 가운데 쌓인 것을 흐뜨리면 책방공간의 반은 고일 터이다」と書いていて、小島先生の「まもなく店のすべてが本で埋め尽くされてしまうのではないかという印象」と大体同じだ。5年前も今も、ずっと同じ状態でいるわけだ。もっとも、店の状態というのは店主の個性によって作り出されるものだから、何年経っても変わらないのが当たり前かもしれない。たとえば、책방진호が売り場の中央をいつでもがらんどうにしているように。

また、主人は読書家だという。임종업記者は、上の記事で「“책과 가까이 있다는 게 행복합니다. 하루종일 책을 읽을 수 있다는 게 얼마나 좋은지 몰라요.” 도서관에서 빌려온 ‘새책’이 헌책 사이에 끼어 4권이나 됐다. 책방의 책은 독자용이라 건드리지 않는 것일까, 서재의 책은 주인용이라 이미 다 읽은 것일까. 그는 이곳을 책방 겸 서재라고 했고 손님을 독자라고 불렀다」と述べている。図書館から本を借りてきて読む古本屋がいるなんて、考えたこともなかった。

노벨서점の住所は、서울시 은평구 응암4동 283-13。ただ、この番地ではGoogleで出てこない。正確な番地は응암동 749-60ではないかと思うのだけれど、はっきりしたことは分からない。電話番号は02-308-2701。携帯は017-780-2703。主人の名前は김창렬。名刺には漢字で「金昌烈」と刷られている。

ちなみに、この店の左側2件目には、만복래반접(서울시 은평구 응암동 749-58, ☎02-307-2772)という中華料理屋がある。この店は安くて美味しいのが特徴だ。なんと、짜장면がたったの2,000원。麺がしっかりしていて美味しい。
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# by ijustat | 2010-05-20 02:16 | Bookshops

이상한 나라의 헌책방

この店の存在を知ったのは、2010年1月13日付の최종규氏の記事(http://www.ohmynews.com/NWS_Web/view/at_pg.aspx?CNTN_CD=A0001300480)による 。この記事で、彼は雑誌記者が이상한 나라의 헌책방を古本屋に含めていることを批判していた。それを見て、私は이상한 나라의 헌책방という店の存在だけでなく、その店の主人が同名の本も出したことも知った。최종규氏は、店の名称だけでなく、どんなことをしている店なのかも正確に書いていたので、私はこの店が――최종규氏が“古本屋でない”と力説しているにもかかわらず――古本屋であることを知った。

c0019613_2128522.jpgこの記事を読んで間もなく、1月31日に『이상한 나라의 헌책방』(윤성근著、이매진、2009)を買って読んだ。なかなか面白い本で、読書を心から楽しんでいるのをひしひしと感じた。この本は、自分の経営している古本喫茶、이상한 나라의 헌책방について書いたものだ。それでますます興味を持ち、インターネットでこの店について調べてみると、이마트 은평본점の近くにある。

そして2010年4月15日木曜日の18時ごろ、ついに이상한 나라의 헌책방を訪問した。サインしてもらおうと思って、先日読んだ『이상한 나라의 헌책방』も持って行った。本には、看板がないと書いてあったので、心配していたけれど、車を裏通りの居住者専用の駐車区域に失敬して停めさせてもらってから、最初の建物の地下に降りる階段の入り口をひょいと見ると、上に「청소년 문화공간 / 이상한 나라의 헌책방」と書かれた表示が目に入った。

扉を開けて店に入ると、大きな音でジャズが流れいた。奥の机では、店主と見られる男性が、サキソフォンの奏でるリズムに合わせるかのように、軽快なリズムでパソコンのキーボードを叩いていた。本で見た店内は、何となく複雑な感じがして、私には難解に感じられたけれど、実際には整頓されていて、分かりやすい空間だった。中央には読書用のテーブルが3つ置いてあり、2人の客が本を読んでいた。空いていたテーブルの椅子にかばんを置いて、店内の本を眺めた。本には、店にある本は多くないと書いてあって、確かに空間の割には本が非常に少ないけれど、読んだ本しか売らないという著者の主義から考えると、むしろ膨大な量だ。

ちょうど私が本を見ていた脇に、浄水器があって、そこへ男性がミネラルウォーターのタンクを持ってきて、水の少なくなったタンクと取り替えた。それで、こんなにたくさんの本を全部読んだなんて、圧倒されてしまいます、と言って声をかけてみた。すると彼は恥ずかしそうに、毎日やっていることですから(맨날 하는 게 이건데요)と言う。それから会話が始まった。この男性が、『이상한 나라의 헌책방』を書いた、主人の이상근氏だった。

ところが、すぐに電話が鳴って、会話は中断された。客からの電話のようで、本を売りたいという内容らしかった。まず値段交渉をしているようだった。主人は、うちも利益を出さなければいけないし、買い取った本は売れないかもしれないので、安く買って多少高く売らなければならないという、基礎的な内容を話していた。主人はまた、当店では自分が読んだ本しか売らないから、持って来る前に目録でも見せてくださればありがたいのですがと答えた。そして、電話の向こうで客の言っている本のジャンルには、政治家の出した本も含まれているようで、主人は、前職大統領の出した本のようなものは、うちに来る客は見向きもしてくれないでしょうと答えていた。私はそれを聞くとはなしに聞きながら、一般人が古本屋という文化に初めて触れる瞬間に立ち会った。

そのあと、主人といろいろな話をした。日本の古本屋の話、古本を「헌책」と呼ぶことから生じる歪んだ認識など。私が이상(李箱:1910~1937)の『李箱 随想録 날자, 한번만 더 날자꾸나』(吳圭原編、도서출판 문장、1980)を手に取って来たのを見て、主人が、そういうものをなぜ読むんですかと聞いた。それで、이상は有名な詩人で、その名前がよく取りざたされるにもかかわらず、自分は今まで読んだことがなかったからですと答えた。それから話は詩に移り、主人は이상の詩が難解だという話をしながら、이상の詩集を見せてくれた。その代表作といわれる「烏瞰圖」(1932年発表)という詩集の「詩第一號」は、こんな感じだ。

十三人의兒孩가道路로疾走하오.
(길은막다른골목길이適當하오.)

第一의兒孩가무섭다고그리오.
第二의兒孩도무섭다고그리오.
第三의兒孩도무섭다고그리오.
第四의兒孩도무섭다고그리오.
第五의兒孩도무섭다고그리오.
第六의兒孩도무섭다고그리오.
第七의兒孩도무섭다고그리오.
第八의兒孩도무섭다고그리오.
第九의兒孩도무섭다고그리오.
第十의兒孩도무섭다고그리오.

第十一의兒孩가무섭다고그리오.
第十二의兒孩도무섭다고그리오.
第十三의兒孩도무섭다고그리오.
十三人의兒孩는무서운兒孩와무서워하는兒孩와그렇게뿐이모혓소.
(다른事情은업는것이차라리나앗소)
그中에一人의兒孩가무서운兒孩라도좃소.
그中에二人의兒孩가무서운兒孩라도좃소.
그中에二人의兒孩가무서워하는兒孩라도좃소.
그中에一人의兒孩가무서워하는兒孩라도좃소.

(길은뚫린골목이라도適當하오.)

十三人의兒孩가道路로疾走하지아니하야도좃소.
奇妙な詩だ。子供(兒孩)たちが口々に「怖い(무섭다)」と言うことから感じられる得体の知れない不安以外には、何も理解できない。이상は、生前には日の目を見ない詩人だったそうだ。死後に有名になったけれど、そのとき彼はすでに世になかったので、どういう意図でそれらの詩を書いたのか、知るすべがないという。

ところで、店の名にある「이상한 나라의~(不思議な国の~)」というのは、「이상한 나라의 앨리스(不思議の国のアリス)」に由来している。主人は、この作品のファンで、それに関する本や資料を集めている。60年代に出たという、韓国で初めて翻訳された『이상한 나라의 애리스』(계몽사、1962)という書名の本も見せてもらった。60年代に出たとはいっても、当時韓国の本は紙の質があまりよくない。すでにだいぶ劣化している。主人は気楽に手にとってテーブルの上に置いたけれど、私は手を触れるのが憚られた。

代りに、図書の保管について聞いてみた。どんな状態で保管すればいちばん劣化を防げるのか。主人によると、湿度は40パーセントで、気温は15度から18度に保つことが、本にとっては理想的だそうだ。現に、이상한 나라의 헌책방には、気温と湿度を一定に保たせる空気浄化装置が備え付けられている。気温はともかくとしても、私はソウルの激しい湿度の変化で本が毎年少しずつ傷んでいくのが気になっていた。40パーセントといえば、春や秋の非常に快適な時期の湿度だ。気温を一定に保つのは難しいとしても、日本の木造建築なら、湿度の変化をある程度抑えることは可能かもしれない。

現に、1980年に買った旺文社の『英和中辞典』は、韓国へ持ってきた中身はボロボロに汚れてしまったけれど、実家の箪笥の奥に仕舞ったままのケースと紙のカバーは、いまだに新品そのものだ。一昨年日本へ戻ったとき、箪笥の中から出てきたケースとカバーの、その真新しさに驚いたものだ。韓国で80年代に刷られた本が、すでに古本の貫禄を十分に見せているというのに、それはまるで昨日買ってきたばかりのようで、80年代という遠い昔に突然自分が戻ってしまったような衝撃を覚えた。こういう名状しがたいちぐはぐな気分というのは、故郷にずっと住んでいては体験できないことかもしれない。

c0019613_21292753.jpgかばんから本を取り出し、サインをしてもらった。「평화를 만드세요」で始まる独特なサインに、本で紹介していた店の判子を押してくれた。店で鳴り響いているジャズ・サックスは、この判子の作者が演奏しているものだそうだ。

私が、今度来るときは、1冊本を売りたいと思っているのだけれど、ひょっとして『훔친 책 빌린 책 내책』(윤택수著、아라크네、2003。初版本)を引き取ってくれますかと尋ねると、ぜひともと言ってくれた。私はこの本を、本に関する本だから面白いだろうと思って買ったのだけれど、詩のように印象的な文章が続き、読むたびに乗り物酔いのような不快感を覚えるのだった。いい本なのだろうけれど、残念ながら、私には合わなかった本だ。そういう本は、私の書棚に眠らせておくよりも、早く新しい持ち主を探してあげた方が、本にとっても幸せに違いない。

主人はとても気さくな人で、本を書く人によくありがちな、気難しい面もなかった。この店を古本屋ではないと主張している최종규氏についても、決して悪く言わなかったし、評価すべき点をきちんと評価していた。18時過ぎに店に入って声をかけてから、21時過ぎまで話に花を咲かせた。

이상한 나라의 헌책방の住所は、서울시 은평구 응암동 89-2 B1。電話番号は、070-7698-8903。ウェブサイトは2sangbook.com。主人は『이상한 나라의 헌책방』を書いた윤성근氏。

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2010年4月27日、火曜日の夕方。陈华先生と一緒に近くの초유향(楚遊香)という中華料理屋で食事をしたあと、이상한 나라의 헌책방へ寄ってみた。主人の윤성근氏はいなかった。代りに同じぐらいの年齢の女性が、店の奥でコンピュータのキーボードを叩いていた。私たちに気が付くと、椅子から立ち上がってこちらを向き、ひょっとして윤성근氏に会いにいらっしゃったんですかという。はいと答えると、今日はあいにく外で集まりがあって、店には戻ってこないのだと言った。

店の中では、高校生ぐらいの少年少女たちが動き回りながら大きな声で話していた。陈华先生は、それがあまり気に入らないらしかった。私が、ここはお茶が飲めるけれど、注文しますかと聞いたとき、動き回る学生たちを横目で追っていた。ここではゆっくりしたくなさそうな雰囲気だった。しかし、本棚に並んでいる本には興味があるようだった。それで、本棚を眺めながら、入り口の方へ向かった。

ある本棚の脇の台に、外国の本が3冊立てかけてあって、その中にカンボジア語で書かれた韓国語の会話集があった。製本も印刷も装丁も劣悪だけれど、形式は整っていた。陈华先生と一緒に覗き込みながら、何て説明しているのか全然分かりませんねえと言って笑った。

コンピュータのキーボードを叩いている女性に、それではお暇しますと挨拶すると、わざわざ席を立ってこちらまでやってきた。そして、윤성근氏にご用でしたなら、もしよければ名前を残して行きますかと言った。はいそうしますと答え、紙切れを取り出したとき、陈华先生がその女性に「혹시 아내예요?(ひょっとして、妻ですか)」と聞いた。その言い回しを聞いて女性は、はいそうですけど、ひょっとして日本の方ですかと尋ねた。私が横から、この方は中国人の大学の先生です(이 분은 중국 교수님입니다)と答え、それに合わせて、陈华先生も私を指し、この方は日本人の大学の先生ですと言うと、奥さんはああ分かったという表情で、話は伺っていますと言った。それで、では名前を残す必要はありませんねと言って、挨拶をして店を出た。

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2010年6月3日、木曜日の夕方。同僚のA先生と一緒に이상한 나라의 헌책방へ行った。行く前に電話をかけると、私のことを覚えていて、どうぞいらっしゃいと言ってくれた。先日行ったときに話をした『훔친 책 빌린 책 내 책』(윤택수著、아라크네、2003)を持って行った。

店に入ると、主人の윤성근氏はコンピュータの前に座っていた。挨拶を交わした直後にコンピュータの前に置いてある携帯が鳴った。話が終わったあと、もう一度挨拶をし、かばんから『훔친 책 빌린 책 내 책』を取り出した。この本は、インターネットで紹介されていて買ったけれど、自分は読んで合わなかったという話をした。

윤성근氏はこの本を3,000원で買い取った。その値段の高さに驚いて、そんな高い値段で買ったら、利益にならないんじゃないですかと聞くと、自分は本を定価の半額で売っているけれど、この店は本の回転が早いので、大丈夫だと答えた。どのように値踏みをしたかというと、この本は定価が8,800원だけれど、いちおう1万ウォンと見て、その3分の1の価格で買い取ったのだそうだ。売るときは5,000원で売るということか。

なぜ本の回転が早いかというと、自分が読んでよかった本だけを売っているので、お客さんは信用して買ってくれるし、店にある本はすべて背表紙が見える状態になっているので、お客さんの目に触れずに売れ残ることがないというわけだ。意外なところに経営の秘訣がある。

윤성근氏が私に、あげる本があると言い、ガラス張りの書棚から本を取り出してきた。『해바라기 이주호의 사랑으로』(이주호著、CM미디어、1998)という。彼の出した最初で最後の本だそうだ。初版本だけれど、初版で終わったようだ。歌は80年代に大ヒットをし、その後も根強い人気を保っている해바라기だけれど、著書の方は、そうはいかなかったらしい。ありがたくいただいた。

A先生は、訓民正音の研究書を選んだ。윤성근氏が、これは韓国人が読んでも難しい本ですよと言った。ページを開いてみると、巻末に原本の影印本があり、本文の方では、段落ごとに活字に起こした原文が、現代語訳と語釈とを添えて提示してあった。難しい本かもしれないけれど、とても役に立ちそうな本だ。A先生は良書を探し出す名人だ。

윤성근氏がそれと関連する本として、『세종 시대의 문학』(최철著、세종대왕기념사업회、1985)という本を出してきた。私たちに本を見せながらパラパラとページを捲っているのを見ると、文献の目録や索引が充実している。「買います」と言って、その本は私が買い取った。2,000원だった。

このあいだもらったメールで、お客さんに頼まれた本を探すのも自分の仕事だといっていたのを思い出し、去年から探している3冊の目録を見せた。それを見ると、ちょっと難しそうな顔をした。なかなか出てこない本だという。でも、いちおう探してくれるという。それから、時間が出来たら一緒に古本屋めぐりをしましょうと言ってくれた。

そのあと、윤성근氏と一緒に話に興じた。国語醇化運動の話、정은서점の主人はけっこう厳しい人だという話などをした。私が、정은서점の主人とは10年以上の付き合いがあり、たまに店へ行っては1時間以上立ち話をすることもあるというと、意外そうな顔をしていた。

それから、윤성근氏の経営方法の話になった。その経営方針を私なりに整理すると、第一に、自分が読んでよかった本しか売らないこと、第二に、本を売り物扱いしないこと、第三に、不必要に金儲けをしようとしないこと。その考えに則って、店にある本は約3,000冊と、古本屋としてはかなり少ない。また、循環読書(순환독서)をしたり、僧侶で随筆家の법정が逝去したときも、彼の遺言によって絶版となった『무소유』を、他の古本屋と一緒に無償で読者に提供した。私にとっては驚くような話ばかりだ。

それにもかかわらず、他の古本屋のように経営に苦しむことがないのは、ひとえに主人の緻密な経営手腕と、その経営哲学とによる。私はその経営哲学が、すごいと思う。

A先生は話に加わってこなかった。先生が興味を持ちながら話す内容だと思うのに、先生は書棚や、壁に貼ってある新聞記事などを読んでいた。私は先生は韓国語が堪能だと思っていたけれど、ひょっとしたら、一緒に話をするには負担なのかもしれない。それで先生に、もしよければ、通訳をしましょうかと言った。けれども、先生は大丈夫と答えた。윤성근氏は、A先生が本に関心があるのだと思っていたように見受けられる。しかし、私の目には、先生は退屈していた。しかし、帰りたいと思っているのかどうか、はっきりしない。話をしながら悩んだ。

ずいぶん長く話し込んだ。突然A先生が、お先に失礼しますと言って、扉から出て行った。こりゃ大変だ。大急ぎで윤성근氏に挨拶をし、私も店から出た。A先生は이마트の方へ向かって歩いていた。謝って、一緒に車に乗った。

A先生の話では、이상한 나라의 헌책방の主人は自分と同じ年だという。私が主人と長話をして迷惑をかけてしまったけれど、店には関心を持ってくれたようだ。

こういう場合に一緒に来た人を退屈させないためには、よく喋る人の方に話を振り、通訳してあげるのがいいだろう。今回のような場合は、윤성근氏に話を振るべきだった。私はそこまで頭が回らず、A先生に、何か話したい内容があったら通訳しましょうかと言ったので、A先生は遠慮してしまった。これは私の配慮の足りなさだ。
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# by ijustat | 2010-04-16 21:16 | Bookshops

韓国オンライン古書店目録

古本サイトへのリンク集を作ってみた。この中には、オンライン専用(노마드북や서울북마트など多数)もあれば、オフラインの売り場も持っている店(고서점や통문관など多数)もある。また、売り場で扱う本に制限がある店(신고서점など)や、反対に、オンラインの方に制限がある店(책나라や달마헌책방など)もある。また、売り場はあるようなのだけれど、電話をかけたらストレートに「来るな」と言った店(たとえば、대방헌책)もあるし、今のところ売り場はあるけれど、いずれオンライン専用になってしまいそうな店(たとえば、헌책방 오거서)もある。

最近はどんどん古本サイトが出てきているので、思わぬ取りこぼしはたくさんあるに違いない。それでも、この程度あれば使い物にはなるだろう。

= ㄱ =
가자헌책방 : www.gajagajabook.co.kr
고고북 : www.gogobook.net ※統合検索
고구마 : www.goguma.co.kr
고래서점 : www.gorebook.co.kr
고서점 : www.oldbookshop.co.kr
교보문고 중고장터 : used.kyobobook.co.kr ※大手

= ㄴ =
남문서점 : www.ibuybook.co.kr
노마드북 : www.nomadbook.co.kr

= ㄷ =
달마헌책방 : dharmabooks.co.kr
대방헌책 : www.oldbook8949.co.kr
동국서적 : www.yescall.com/donggukbook ※活動しているのだろうか…

= ㄹ =
롯데헌책방 : www.eoldbook.com

= ㅁ =
모아북 : www.moabook.co.kr
문화헌책서점 : www.bookst.co.kr

= ㅂ =
바이북 (서울북마트) : bybook.co.kr
북코아 : www.bookoa.com ※集合体
북아일랜드 : www.bookisland.co.kr
북헌터 : bookhunter.co.kr

= ㅅ =
소망헌책 : www.somangbook.co.kr ※キリスト教専門
신고서점 : www.singoro.com

= ㅇ =
아단문고 : www.adan.co.kr
아이앤지북 : www.ingbook.co.kr
알라딘 중고샵 : used.aladdin.co.kr ※大手
영록서점 : www.younglock.com
오복서점 : obookstore.co.kr

= ㅈ =
중앙서점 : rorobook.com
집현전 헌책방 : heebook.co.kr

= ㅊ =
책나라 : www.booknation.co.kr
책벌레 : book.cyfam.com
책사랑방 : booksarang.com
책의 향기 : www.bookperfume.co.kr
책창고 : www.bookagain.co.kr
청구헌책 : www.cgbook.co.kr

= ㅌ =
통문관 : www.tongmunkwan.co.kr ※高級店

= ㅎ =
하나북 : www.hanabook.co.kr ※統合検索
행운서점 : www.hwbook.com
헌책마트 : www.hunchaekmart.com
헌책바다 : www.oldbookbada.co.kr
헌책방 : www.hunchak.co.kr
헌책방 오거서 : www.obooks.co.kr
헌책사랑 : www.usedbooklove.com ※統合検索
호산방 : www.hosanbang.net ※高級店
훈민정음 : www.hunmin.co.kr
以下のサイトでは、オンラインでの販売は行っていない。店の運営状況などが分かる程度のものから、販売中古書の目録が見られるものもある。

보수동 책방골목 : www.bosubook.com
아름다운가게 신촌책방 : cafe.naver.com/rootsandshoots
이상한 나라의 헌책방 : www.2sangbook.com
정은서점 : www.jbstore.co.kr
책방진호 : cafe.daum.net/jinho9363
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# by ijustat | 2010-03-30 01:15 | Bookshops

『이상한 나라의 헌책방』

윤성근著、이매진、2009。ISBN: 9788993985160

c0019613_21423567.jpg古本喫茶を経営している윤성근氏の古本屋談。著者は、小学生の頃読書の楽しみに目覚めている。大学を卒業したのち、유니텔という会社で高給取りをしていたけれど、ある日、人生に懐疑を抱いて会社をやめてしまう。それから出版社と古本屋で働いたあと、홍은동に、이상한 나라의 헌책방という名の古本喫茶を始めた。本書はそんな話から始まっている。

内容は5部に分かれていて、第1部は「여는 글」、第2部は「자하생활자의 수기」、第3部は「책 읽기, 사람 읽기」、第4部は「닫는 글」、第5部は「이상한 나라의 헌책방 사용 설명서」となっている。

「여는 글」では、幼少時から古本屋を始めるまでの経緯を書いていて、「지화생활자의 수기」では、古本喫茶を経営しながら経験し行動している様々なことを書き記している。それから「책 읽기, 사람 읽기」では、自分の読んだ本の中から24冊を選んで、その本にまつわる話を綴っているけれど、その読み方は、本当に読書を楽しむ人の読み方だ。私はここで著者に好感を持った。「닫는 글」では、「작은 책방이 있어야 할 곳」という少し長めの文章が載っている。これは著者の書店論といった内容だ。書店営業をビジネスと考える人には面白くないかもしれないけれど、文化を支える器としての書店を考える人は、ぜひ読むべきだろう。最後の「이상한 나라의 헌책방 사용 설명서」は、まず店の鳥瞰図を見せてから、その各部分について、細かく説明をしている。自分の店に対する著者の愛情が伝わってくる部分だ。

この本には、本屋の運営に対する著者の独特な考えが所々に出てくる。たとえば、著者は古本屋を始めるとき、自分が読んだ本のうち勧めるに値する本しか売らないと心に決めている。

헌책방을 만들기로 생각한 순간부터 한 가지 다짐한 게 있다. ‘내가 읽은 책 중에서 남들에게 권할 만한 책을 팔자’가 그것이다. … 그래서 이상북에 있는 책들은 다 내가 읽은 책이고, 그 중에서도 사람들에게 권할 만한 것들로 채운 것이다. (42~43쪽)
そのためには、新刊書店では都合が悪いとして、次のように述べている。

책방의 기능은 책을 팔고 돈을 받는 것 이상이 되어야 한다. 많은 사람에게 좋은 책을 권하고 좋은 책들이 더 많은 독자를 손에 들어가도록 도와야 할 책임이 있다. 그런 중요한 기능은, 새 책을 파는 서점이 감당하기가 쉽지 않다. 차라리 중고 책이 좋다. 출판사나 영업자를 만나지 않으니까 좋고, 진짜로 좋은 책을 “진짜로 좋다”고 말할 수 있는 공간이니까 좋다. (47~48쪽)
そうすると、勢い売る本の数は限られてくる。

이상북에는 책이 많지 않다. 전통적인 헌책방에 비하면 서가에 둔 책들이 턱없이 적다. 이유가 있다. 내가 읽은 책 중에 추천할 만한 책들은 구별해서 마련해 두었기 때문이다. (153쪽)
このように、店内に本は多くないけれど、それらの本は粒ぞろいというわけだ。なるほど、そういうことを新刊書店でやるのは難しいだろう。それは、著者が本を売り物として考えているのではなく、読むものとして考えているためだ。そのために、「책방을 하는 사람은 누구보다 책을 많이 읽고 더 깊이 읽어야 한다」(153쪽)と主張している。ここには、読んでこそ本であるという考えが充満している。著者は次のように述べている。

책은 소유하고 자기 책장에 장식용으로 모셔 두는 게 아니라 읽고 느끼고 마음에 담아 둘 때 좋은 책 한 권이 된다. (151쪽)
そのように考えるのは、本は物としての価値ではなく、その内容が生み出す潜在的な価値の大きさを認識しているためだ。それで著者は次のように、本の売買を収益を得ること以上のものとして見ている。

...책은 그것 자체도 굉장한 가치를 만들 수 있는 여지가 있는 물건이다. … 그래서 책은 단순히 돈을 주고 사고파는 것 이상이 되어야 한다고 믿는다. (278쪽)
本と一緒に暮らしている人たちなら、認識していることかもしれない。しかし、このようにその価値を前面に押し出したのが、著者の特異な点だ。

もっとも、そのような経営の仕方では、経済的にも苦しいのではないか。少なくとも、収益はごく僅かしか得られないに違いない。高い理想を抱いて商売を始めた人が、厳しい現実にぶつかって呻吟することは、よくある。ところが著者は、驚いたことに、古本喫茶を始める当初から、収益を念頭においていなかったのである。次のように告白している。

은평구 응암동 골목에 책방을 내면서 솔직히 책 팔아 돈을 많이 벌어야겠다는 생각을 거의 하지 않았다. (276쪽)
それにもかかわらず、経営が赤字にならないようにちゃんと遣り繰りしているところがすごい。

著者は本屋の経営について、「책방은 주인 혼자만 운영하는 게 아니라 책을 좋아하는 사람들이 모여서 함께 가치를 만들어 가는 곳이다」(281쪽)という信念を持っている。その信念を実現している一つの方法として、「순환 독서」という独特な運動をしている。いや、これも経営の一環なのかもしれないけれど、古本を持ってきた人も、店主も、金銭的な利益がゼロであるという点で、経営とは言いがたい。それは、次のような方法で運営されている。

순환 독서는 누구라도 자기 책을 책방에 갖다 놓고 다른 사람에게 팔 수 있도록 한 방법이다. 책을 갖다 놓을 때는 이름과 연락처를 적는 정도로 간단한 동록 절차만 거치면 된다. 그렇게 갖다 놓은 책이 다른 사람에게 팔리면 그 팔린 가격만큼 책 주인에게 마일리지를 준다. 마일리지는 모아 뒀다가 책방에 들러서 다른 책을 구입하는 데 쓸 수 있다. 마일리지를 사용해서 구입한 책을 다시 순환 독서 책으로 내 놓을 수도 있다. (277쪽)
本が売れるときだけ金銭的な収入が入るけれど、収入はそのまま、本を売った人のマイレージになる。そして、そのマイレージで店内にある本を買うことができる。つまり、そのとき本を売った収入だけ損をするわけだ。実際には、マイレージを使用する時点で僅かな利益が発生するはずだけれど、それは微々たるものに違いない。

その他にも、이상한 나라의 헌책방では、청소년 문화제や各種公演や研修など、狭い空間の中で、様々な行事を行っている。そのために、최종규氏は2010年1月13日付の오마이뉴스の記事で「헌책방 갈래에서는 이러한 곳을 ‘책방으로 치지’ 않습니다. ‘대안문화공간’이면서 ‘책을 조금 놓고 있는’ 곳이니, 이른바 ‘헌책까페’라는 이름을 붙일 수는 있습니다. 책방하고 까페는 다릅니다. 오로지 ‘책을 사고팔면서 살아가는 곳’에만 ‘책방’이라는 말을 붙입니다」(http://www.ohmynews.com/NWS_Web/view/at_pg.aspx?CNTN_CD=A0001300480) と主張しているわけだ。この主張を최종규氏は以前にもしていたらしく、それについて「당연히 그 사람은 우리 가게에 와 본 일이 없다. 그런 사람이 어떻게 이상한 나라의 헌책방은 헌책방이 아니라는 말을 공식적으로 할 수 있는 걸까?」(140쪽)とその態度に疑問を呈しながら、「이상한 나라의 헌책방은 물론 다른 전통적인 헌책방하고는 겉모습이 좀 다르지만 세무서에 헌책방으로 신고를 했고 실제로 중고 책을 사고 파는 일을 하는 곳이다」(同上)と反論している。

もちろん최종규氏の主張は、彼の信念であって、私がそれに従う必要はない。이상한 나라의 헌책방は헌책방だと思う。それは彼によれば「잘못」 ということだけれど、まあ「잘못」でもかまわない。本を売るところを本屋と言ってはならない法はないという「잘못」を私は奉じているのだ。

この本には、目を引く内容もけっこうある。たとえば、執拗に値段交渉をしてくる客のことが書いてある。

우리 가게에 책을 사러 오는 손님 중에서 가장 대하기 까다로운 부류가 책값을 계속 깎아 달라고 하는 사람이다. 물론 헌책방, 중고 서적을 파는 곳이니까 가격 흥정을 해 보려는 건 누구나 갖게 되는 심리가 아닐까. 하지만 무엇이든 적당하면 좋지만 과하면 기분을 상하게 만드는 법이다. (49쪽)
その理由の一つとして、「헌책」という名称に問題があることを、著者は次のように指摘している。

… 헌책이라고 하면 말에서 풍기는 느낌부터 싸구려다. ‘헌책’이라니! 요즘에는 남이 입던 옷을 파는 가게도 생겨났다. 그러면 남이 입던 옷을 부를 때 ‘헌옷’이라고 부를까? 아니다. ‘구제’라는 말, 혹은 ‘빈티지’라는 멋진 단어를 쓴다. 그런데 책은 ‘헌’책이라고 부른다. 나는 헌책이라는 말보다 ‘중고 도서’. 아니 그것도 너무 초라하다. 그냥 똑같이 ‘책’이라고 불렸으면 한다. (51쪽)
これは私も気づいていたことなので、興味深い発言だ。「헌책」という言葉自体を不適切であると韓国人自身が述べているのは、유성근氏のこの本で初めて触れた。「헌책」という言葉は、「헌」という部分が固有語なので今後も愛用され続けるだろうけれど、その「헌」によって、古本のあり方は今後も歪曲され続けるに違いない。

また、インターネットの古本屋についても興味深い事実を述べている。

그런데도 몇몇 헌책방들은 몇 해 전부터 인터넷으로 책을 팔고 있다. 하지만 대형 서점들이 헌책 시장에 뛰어들면서 경쟁력이 떨어졌다. ‘알라딘’에서 시작한 전문 헌책 거래 시스템은 빠른 속도로 다른 서점에 영향을 줬다. 깔끔하고 정확한 시스템은 사람들에게 헌책 거래에 신뢰를 주었고, 아주 빠르게 성장하고 있다. (273쪽)
これと関連しているけれど、2006年4月6日付の「헌책방 순례」で、オンライン専用の古本サイト서울북마트を経営している윤병수氏が、「인터넷 서점이 깎아팔고 거저 배송해주면서 헌책방 타격이 엄청 큽니다」(http://www.hani.co.kr/arti/culture/book/113814.html) と述べている。それから3年後には、大手のオンライン書店が古本の売買に手をつけたために、零細の古本サイトが打撃をこうむっているというのだ。私は今のところ、大手の古本サイトを利用したことがないけれど、すでに교보문고の중고장터で古本の판매자(販売者)に登録している。大手の古本サイトに零細古本サイトが客を奪われる日は、遠くないかもしれない。

それからもう一つ、思い出話として書かれていたところで、私には興味深いくだりがあった。

...우리 세 명은 서점으로 달려가서 수면을 조절하는 방법에 대한 책을 찾았다. 여러 가지 책이 있었지만 책값을 내기로 한 J의 의견을 반영해서 사까이 히로시라는 일본 사람이 쓴 <4시간 수면법>이라는 책을 샀다. (197쪽)
この本はたぶん、酒井洋の『五分間仮眠法―自分を強くする』(KKロングセラーズ、1982)だろう。私も高校2年生のとき、友人の本を借りて読んだ。そこには、睡眠は4時間取れば十分で、それ以上の睡眠は惰眠であると述べている。著者もこの本を高校生のときに読んだけれど、4時間睡眠だなんて、とてもじゃないけれど、できなかった。윤성근氏も、高校生のときにこの本を読んで実行してみたけれど、みごとに失敗し、いまだに後遺症として不眠に悩まされ続けているという。

『이상한 나라의 헌책방』は、副題に「어느 지하생활자의 행복한 책읽기」とあるように、本と一緒に生活する幸福な雰囲気で満ちている。文章もうまい。それに、読書についても、情報を読み取る技術としてでなく、その意味を味わい、思索し、考えを深め、視野を広めていく点に興味を持って書かれているので、読書を生存の道具として書いている本に食傷気味だった私にとっては、一種の口直しとなった。
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# by ijustat | 2010-03-28 05:09 | Books

교모문고 중고장터

교보문고が古本屋を始めた。

c0019613_205350.jpg2010年3月26日、金曜日。買う本があったので교보문고のサイトに入ると、上のメニューに「중고장터」という文字が出ている。クリックして入ってみると、중고도서の他に、중고음반と중고DVDも扱っている。値段はまちまちで、定価の2割引から半額以下のものまで多様だ。

その日、買った本を受け取りに교보문고の바로드림コーナーへ行ったとき、「중고장터」っていうのができましたね、と言うと、当惑した顔で、インターネットサイトですか、と聞いた。

下の子が買った本は、바로드림サービス(オンラインで購入して店舗で受け取るサービス)では景品が付かないというので、안내(案内)へ払い戻しに行った。そのとき「중고장터」について聞いてみた。しかし、案内の担当者も중고장터については正式に連絡を受けていないので分からないという。

帰宅後もう一度見てみると、 古本の購入だけでなく、판매자(販売者)になることもできる。どうやら교보문고は古本の仲介者で、販売者から購入者に교보문고を通して古本を売るようになっているらしい。だから、古本を교보문고へ持っていくことはしない。そこがちょっと不便な点だ。在庫が捌けなかったら、ずっと手元に置いておかなければならないから。

とにかく、早速판매자に登録した。これで私もこのサイト内では古本屋になったわけだ。

교보문고 중고장터の住所は、used.kyobobook.co.kr。売り場はなくて、すべてインターネットを通して行われる。
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# by ijustat | 2010-03-26 19:38 | Bookshops

달마헌책방

知人の김완일氏が、장승배기にインターネット販売もしている古本屋があると教えてくれたのは、2010年3月6日のこと。そのあと、ずっと気になってはいたけれど、忙しさにかまけて訪問できなかった。

c0019613_16591872.jpgそして、ちょうど2週間後の3月20日土曜日。김완일氏にそこへ案内してくださいと頼み、동부이촌동で待ち合わせしてから、私の車で一緒に行った。

店の名前は달마헌책방。노량진の方から向かって、장승배기の十字路を直進してすぐに左折し、またすぐに右に折れて100メートルほど行くと、左手にある。そのすぐ先に영도시장があるけれど、土曜日の午後だからか、史上最悪の黄砂に見舞われているせいか、荒涼とした雰囲気が漂っている。

달마헌책방は、中央に영도시장への連絡通路がある商業用ビルの右側にあり、本は通路にまで溢れていた。店頭にも本が積んであるようだけれど、黄砂を防ぐためか、緑色のカバーで覆われていて、中身は見えない。

店内に入ると、天井まで本がぎっしり並んでいて、ある通路は本の山で覆われて通れなくなっている。山嵐先生のような主人と、奥さんと思われる女性と2人で本について頻りに話し合っている。

김완일氏が、気に入った本を手に取り、主人にいくらですかと尋ねると、定価の半額だと言った。私は『또 다른 한국어―국제결혼 이주여성의 언어 적응에 관한 인류학적 연구』(왕한석著、교문사、2007)を手に取った。これは新刊書だから70パーセントの価格になるという。定価が15,000원の本で10,000원。차비(足代)を引いて、9,000원だという。김완일氏は、高いと言っていた。でも私は、そんなときには他で手に入りそうもない本を探す。

その他に、『아름다운 우리말 찾아쓰기 사전』(김정섭著、한길사、1998)という本を見つけた。パラパラと捲ってみると、컴퓨터を슬기틀と言い換えるなど、行き過ぎと思われる言い換え例もあるけれど、大体において、分かりやすい言い換え例が提示されている。これも半額だという。定価が35,000원だから、17,500원か。

結局、『또 다른 한국어』の方を買い、9,000원を払った。

そのあと、主人と話をした。2年前に古本屋を始めたのだという。店内には本が溢れているけれど、インターネット販売用にデータを入力した本は、全体の3分の1に過ぎないという。作業量があまりに多いので、大変な重労働だといっていた。私が、大学教授の研究よりも大変ですねというと、これは単純労働ですよと答えた。

なぜ店の名前が달마(達磨)なんですか、と尋ねると、以前から達磨の思想に心を寄せていたからですという。私は達磨というと、禅宗の創始者で、壁に向かって8年間座禅を続けたということしか知らないので、そういうことですかというと、そうではなくて、西と東を結ぶ、重要な働きをしたのだという。自分の無知を恥じた。

私が、自分は日本から来たのだけれど、韓国にいる間に古本屋を巡り歩こうと思い立ったという話をした。そして、初めは신촌界隈にある古本屋を訪問し、それからだんだんと情報を広めていったと説明した。

すると主人は、용산の뿌리서점を知っていますか、という。それで、自分は뿌리서점の近くに住んでいて、多いときは1週間に1度は言っていますというと、会心の笑みのような表情を浮かべた。

主人の話では、뿌리서점は商売がうまいという。용산は近くに부촌(富裕街)があるので、本がたくさん出てくるし、客も多い。そのおかげで、本を安く仕入れ、安く売ることができる。自分の店では、本を苦労して仕入れているので、あんなに安く売ることはできないと言った。

しばらく古本談義に花を咲かせたあと、店を出た。主人は気さくな人で、今度来るときは、車でなく公共交通機関を利用して来たら、一緒にお酒でも飲みましょうという。私はお酒を飲まないけれど、にっこりと微笑んで、そうしましょうと答えた。

달마헌책방の住所は、서울시 동작구 상도2동 176。電話番号は、02-811-1256。ウェブサイトはdharmabooks.co.kr
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# by ijustat | 2010-03-21 16:59 | Bookshops

남문서점

2010年2月28日、日曜日。김형석の『망치 들고 철학하는 사람들』という本がほしいと思って探すと、남문서점のサイトにあった。値段はたったの3,000원。

なぜこの本を探す気になったかというと、『고서점의 문화사』(이중연著、혜안、2007)という本で引用されていて、興味を持ったからだ。次のように引用され、脚注にその本の名前が挙がっていた。

강점 말기의 독서기록을 남긴 김형석은 당시 일제의 식민정책이 한국 것을 말살시키고자 한 데 대한 반발로 우리 것, 곧 『단종애사』『마의태자』『원효대사』『금삼의 피』 같은 한글 역사소설을 읽었다고 했다. (95쪽)
김형석は연세대학교の哲学科教授だった人で、随筆家としても名高かった。その文体は繊細・内省的で、読者に親しく微笑みかけてくるような筆致が私も好きだ。その人の書いた読書に関する歴史的証言ということで、興味を持った。

この1冊でやめてもよかったのだけれど、택배비が3,000원かかる。それで、ほしかった本をもう少し探してみると、허웅の『우리말과 글의 내일을 위하여』と『이삭을 줍는 마음으로』が出てきた。そこで、買ったのは次の3冊。

 『우리말과 글의 내일을 위하여』(허웅著、과학사、1974。1976年再版。3,000원)
 『이삭을 줍는 마음으로』(허웅著、샘 문화사、1987。1991年重版。8,000원)
 『망치 들고 철학하는 사람들』(김형석著、범우사、1996初版2刷。3,000원)

以上、택배비を含めて22,000원。

受け取ったのは、3月3日水曜日。本の状態は、どれも良好だった。蔵書印が押してある以外は、書き込みもないし、汚れも付いていない。さすがに『우리말과 글의 내일을 위하여』は紙が劣化しかけてきているけれど、丁寧に扱われていたことが分かる。それは古本屋の手柄というわけではないとは思いつつも、何となく好感を持ってしまう。

ところで、『우리말과 글의 내일을 위하여』も『이삭을 줍는 마음으로』も、韓国の言語政策に関する著者の考えを綴ったものだ。日本人の私には、直接の関係はないとは言うものの、韓国語で話したり書いたりするときには、少なからず気になる部分だ。それに、このような本を捲っていると、意外な事実に驚かされもする。

『우리말과 글의 내일을 위하여』を見ると、次のようなことが書いてある。

사전을 뒤적여 보면 우리말에도 이런 말이 있었던가 하고 탄복할 정도로 우리말의 어휘는 반곤하지 않다. 「엇셈, 붐비다, 배앓이, 눈치레, 눈웃음, 눈비음, 설빔, 사니 (모래가 많은 수렁), 사래 (밭이랑의 길이), 배웅」 등등, 우리들이 그다지 잘 쓰지 않는 말들이 수록되어 있다. (17쪽)
これを読んで驚くのは、허웅先生が70年代初め頃、あまり用いない語として挙げたものの中に、現在はごく普通に用いられているものも含まれていることだ。「붐비다」「눈치레」「눈웃음」「배웅」のような語は、今は普通に使われている。ということは、その後の努力によって多くの固有語が復活しているということだ。

허웅先生は観察力のある学者で、表記に地域差があることに目を留め、「부산에서는 대부분 「냇과, 칫과」로 표기하는데, 서울에서는 「내과, 치과」가 우세하다」(21쪽)と証言している。これらの語の発音は、ソウルもプサンも同じだ。それなのに表記には違いがあったというのは興味深い。観察力というのは、卑近なものにこそ注意深く目を留める態度だ。学問していると自負する人にとって、それはけっこう難しいのだ。

この文章には허웅先生の考えが表れていて、「말은 풍부하면서 동시에 쉬워야 한다」(18쪽)と主張している。私もこの意見に同感なのだけれど、諸手を挙げて同意していいかどうかは、ためらいを感じる。

4年前、한영균先生の研究室にお伺いしたとき、私は日本語の表記が複雑なことをぼやいた。すると先生は大きな声で、「쉬우면 안 돼!」と言われた。国語醇化(말다듬기)運動の先頭に立っているはずの、연세대학교の教授がそういうものだから、心底驚いた。

허웅先生の「쉬워야 한다」と、한영균先生の「쉬우면 안 돼」というのは、どちらもそれぞれの学識から出てきた考えで、そのどちらにも私が反論する資格はない。けれど、薄々感じられることは、私たちの用いる言語は、簡単でなければならないと同時に、簡単すぎてもいけないという、矛盾した側面を持ち合わせているということだ。

남문서점については、한겨레신문の임종업記者が、2006年4月27日付の「헌책방 순례」(http://www.hani.co.kr/arti/SERIES/20/119340.html)で書いている。タイトルに「서울~수원 거리감 인터넷으로 좁히니」とあり、副題に「서울 대구 전라도…방방곡곡이 고객층」あって、2006年の時点ですでに全国に販売網を得ていたことが分かる。

主人の名は윤한수氏といい、남문서점を始める以前から、在庫図書を取り扱う仕事で稼いでいたそうだ。それは、この記事によると次のようであった。

일찍 군대를 갔다 와 청계천 8가에서 재고도서를 취급하는 서울서적총판에서 일을 배웠다. 영등포, 신촌로터리, 광교 등지에서 한두 달 빈 점포를 빌려 ‘특판도서’를 팔아 재미를 봤다. 잘 나갈 때는 하루 한 트럭을 팔아 치웠다.
このようにして利益を得たのち、수원に店を開く。記事は続く。

그러다 집 근처인 수원에 자리잡은 게 15년전인 1991년. 재고도서를 안고 왔으나 5년전쯤 헌책으로 중심을 옮겼다. 재고도서는 구하기 쉽지만 좁은 바닥에서 소화할 수 없다는 판단 때문. 지금은 지하 60평 매장에 발안동에 100평 창고를 갖고 있는데 1년 전만해도 따로 일층 매장이 있었다. 2003년 시작한 인터넷이 자리잡으면서 굳이 지상매장을 유지할 필요가 없다는 판단이었다. 젊은 만큼 시기마다 적절한 판단으로 업태를 바꿔왔다.
このように、남문서점は利益を拡大してきた。

面白いのは、「책의 출처는 70~80%가 서울입니다. 구매자의 50% 이상이 서울 손님이고요」と主人が述べていることで、書店は地方にあるのに、本の出処は大方がソウルで、客も過半数がソウルだというのだ。それについて임종업記者は、「책은 지식 에너지. 에너지가 응축된 서울에서 중간상인을 거쳐 비교적 헐거운 지방으로 흐르는 것은 당연. 반 이상의 책이 다시 서울로 역류하는 것도 불가피한 일」と説明し、知識エネルギーの凝縮したソウルが、それ以外の地域全体よりも凌駕していることを物語っている。

そのように、インターネット書店は売り上げを伸ばしているところが多いようだ。けれども、私には一つの不満がある。それは、店との人間的なかかわりが全くないということだ。

私は古本サイトで本を買うとき、一言メッセージを入れているのだけれど、今までに返事をくれた店はどこにもない。남문서점から来た小包に、白い封筒が入っていた。手紙かと思って開けてみると、A4の紙に印刷された領収書だった。その上に、何かメッセージらしきものが書いてある。何だろうと思って読むと、次の文面だった。

처음으로 주문합니다. 좋은 책을 제공해 주셔서 감사합니다. 앞으로 더 많은 발전이 있기를 빕니다^^
私が書いたメッセージだった。何てこった。メッセージを送り返すなんて。韓国では失礼にならないのか知らん。それはともかく、本の状態が良好なので、気分は悪くない。

남문서점の住所は、www.ibuybook.co.kr。住所は수원시 팔달구 팔달로1가11-9번지。電話は031-258-8425,0607。
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# by ijustat | 2010-03-11 15:47 | Bookshops

인천 배다리골목

2010年2月27日、土。新入生歓迎合宿で영종도の西端にある골든 스카이 리조트へ行った。その帰り道、서울へまっすぐ帰らずに、인천대교を渡って인천の배다리골목を探しに行った。そこには古本屋が集まっている。

c0019613_1633975.jpg배다리골목という場所に古本屋が集まっているという話は、今から5年以上も前に、『전작주의자의 꿈』(조희봉著、함께읽는책、2003)という本で読んだことがある。そのときは、著者の조희봉氏が「어차피 무엇 때문이든 조만간 한번은 갔다와야 할 곳이라는 핑계를 대면서 혼자 훌쩍 가방을 둘러메고는 인천 배다리 헌책방가로 향했다」(232쪽)と言っているように、行くのに多少決心の要る、ちょっと遠い町といった印象が強かった。

最近になって최종규氏の文章を読むと、배다리골목が頻りに出てくる。そして、아벨서점の魅力が力説されているので、機会があれば行ってみたいという思いが湧いてきた。そのうえ、『책 홀림 길에서』(최종규著、텍스트、2009。111쪽)には、최종규氏が배달골목に図書館を開いたという内容が書かれている 。

数日前にグーグルで地名から場所を探してみると、경인고속도로終点と월미도を結ぶ通りから、それほど離れていないところにあることが分かった。番地が見つけられなかったので正確な地点までは分からなかったけれど、印を付けた辺りから半径300メートル以内には入るだろう。どうしても分からなければ、人に聞けばいい。そんな風に当たりをつけて行き、その地域を20分ぐらい探し回ったすえ、ついに道の両側に本屋が数軒集まっている場所に出た。

その通りの様子は、조희봉氏が「작은 차도를 사이에 두고 늘어선 헌책방들은 청계천과는 사뭇 다른 느낌을 줬다」(233쪽)と描写しているように、청계천の평화시장とは印象が異なる。2002年6月6日に조희봉氏が訪れたときと、今日(2010年2月27日)私が訪れたときとは、同じではないだろうけれど、狭い車道を挟んで古本屋が佇む小ぢんまりとした風情は、どことなく哀愁を漂わせながらも、ひっそりとして平和だ。

삼성서림と아벨전시관の間に車を止め、まず삼성서림(032-762-1424)に入った。わりと広い店内に、本が床から天井までぎっしりと詰まっている。私が本を眺めていると、主人が出てきて、何か探している本はおありですかという。そこで、いつも探している3冊の目録を見せた。ないという。それで、인천に古本屋が集まっている場所があることを読んで来たのだというと、以前は古本屋も多かったけれど最近は減ってしまい、いま残っている古本屋は5軒、북카페まで入れても7軒にしかならないという。私は古本屋が増えたという話を聞きたいのだけれど、耳に入るのは、たいていはこのように不景気な話ばかりだ。店内の本をぐるりと見回ったあと、삼성서림を出た。

そのあと、隣の建物に入った。入り口に「아벨」という文字が見えた。主人らしき上品な中年の女性に、ここがかの有名な아벨서점ですかと尋ねると、そうですという。彼女は、入ってくる客に、小さな冊子のようなものを手渡し、客たちは階段から2階へあがっている。시낭송회が始まったところだという。오성근という詩人の作品を朗読しているのだそうだ。どうしようかと思ったけれど、ぜひ聞いてみてくださいと勧められたので、私もその小冊子をもらって2階へあがった。

c0019613_16335713.jpgすでに朗読会は始まっていて、司会者が進行し、詩人が出席者と向き合う形で、小さな机を前に座っていた。そして、出席者たちが1編ずつ詩を朗読していた。小冊子に刷られている詩を出席者が自分から前に進み出て読むのは、なかなかいい感じがした。

しかし、何人かが朗読したあとに、詩人の友人だという出席者が前に出て、詩は朗読せず、詩人と自分との交友関係を話し始めたのは、あまり面白くなかった。自分も作家だと言っていたけれど、本当に作家なのか知らん。いつまでも内輪話をやめようとしないので、途中で数人のグループが階段を上ってきたのを機に、席を抜け出して1階に降りた。このとき席を立ったのは、私の他に3人いた。

主人の女性に、探している本の目録を見せた。すると売り場に案内しましょうというので、ついて行った。見ると、「아벨서점」と書いてある。主人は私を案内すると、売り場を通って奥の方へ入っていった。店を守っている女性に、ここも아벨서점なんですか、と聞くと、そのとおりで、詩の朗読会をしていた場所は「아벨 전시관」なのだとそうだ。

c0019613_16344031.jpgこの古本屋には、けっこう重厚感ある古本が多かった。あとで『전작주의자의 꿈』を読んでみたら、조희봉氏も「소문으로만 듣던 아벨서점은 들어서자마자 범상치 않은 기운이 느껴졌다. 규모에서나 책들의 수준에서나 헌책방 중 손에 꼽을 만한 곳이었다」(233쪽)と述べていて、아벨서점の貫禄に驚いている。入り口から正面に見える柱の本棚には、辞書が並んでいる。そこに『띄어쓰기 사전』があるのが目に入った。この辞書は、出版社다락원の編集室に置いてあって、ほとんどいつも、テーブルの上に出しっぱなしになっている。部署に関係なく利用している本のようだ。値段を見ると、本の下に「13.」と書いてある。13,000원だ。定価が25,000원だから、ほぼ半額で売っているわけだ。今まで買わなくてよかった。ここで買った本は、次の通り。

 『띄어쓰기 사전』(이성구著、국어닷컴、1995。2004年3版1刷)

買い物を済ませてから、すぐ帰ろうかとも思ったけれど、「오래된 책집」という看板が目に入った。大きなガラス窓から店の中を見ると、本もあるけれど多くはなく、店の中央は小物で占められている。それでも扉を開けて、ここは本屋じゃないみたいですね、と声をかけてみると、中年の小柄な女性が、本も売ってますよ、と答えた。

その女性の脇に、黒い上着を着た若い女性もいた。そして、최종규氏の話をしていた。シャッターが上がっているので、出て来たようだと言っていた。この界隈で個人図書館をやっているという최종규氏が、実際に近くにいるわけだ。それを聞いて、誰でも行けば최종규氏に会えるんですか、と聞くと、もちろんという。

そのあと、棚に置いてある최종규氏の著書を見ながらしばらく3人で話をした。『모든 책은 헌책이다』は、去年の暮れに興味を持ち始めたときにはすでに手に入りにくくなっていて、알라딘にあるのを見つけてやっと買ったことを話した。それについて主人の女性は、그물코という出版社は一人出版社(일인출판사)で財政的に苦しいため、本を一度出したらなかなか再版できないのだという。

そうか。それは残念なことだ。でも、古本屋の情報もどんどん古くなっているので、当時最新の情報を伝えていたこの本は、たとえ大手出版社だとしても、再版しにくかったに違いない。それで、この店の主人は그물코で出た本は展示するだけで売らないと言っていた。一緒にいた若い女性が、自慢するだけなんですねと言うので、私も、客もそれを見て自分もこの本を持っていると自慢できるように展示してあるんですね、と言った。

c0019613_16351584.jpg오래된 책집の女主人に案内されて、3人で一緒に최종규氏の運営する사진책 도서관 함께살기(032-763-4636)へ行った。店に入ると、최종규氏がいた。私たちの他にも、2人ぐらいだろうか、訪問者がいる。최종규氏は、口数が少なく、低く抑揚のない声で話す人だった。

挨拶をしたあと、ひょいと横を見ると、水色の服を来た1~2歳ぐらいの女の子が、本棚の向こうから出てきて、こちらに向かってにっこりと微笑んでいた。娘さんですかと尋ねると、そうですという。この子はとても面白い子で、私がしゃがんで下の方にある本を眺めていると、横に来て一緒にしゃがみ、こちらを向いて満面の笑みを浮かべる。暖房のない寒々とした図書館の中が、この微笑一つで暖かい花園になる。

興味深い本がたくさんあった。卒業文集のような手書きの本もあった。1960年に出た日韓辞典があった。こんな本もあったのかと驚くばかりだ。表紙の遊びに、뿌리서점で買ったとある。それを見て최종규氏に、自分は뿌리서점の近くに住んでいて、5年前から頻繁に通っているけれど、主人は최종규さんのことを、あの人はいい人だとしきりにほめていたと言うと、何か感慨深げな笑顔を見せた。

帰り際に、写真を1枚もらった。白黒の写真で、余白に手書きで「뿌리서점 81」と書いてあった。本と手しか写っていないけれど、뿌리서점の主人が仕入れた本にボールペンで値段を書き込んでいる瞬間を捉えた写真だ。じっと見ていると、いろいろなことを感じさせる、いい写真だ。

최종규氏の“図書館”を出てから、한미서점へ行ってみた。けれども、店が閉まっているという札がかかっていた。中でソファーに寝そべって本を読んでいる姿が見えたけれど、扉を開くのは控えた。それから、反対側に도서마트という大き目の本屋が見えたけれど、そこへは行かなかった。

배다리골목には、通りを挟んで数件の古本屋が肩を寄せ合っている。私は買い物をしない店で名刺をもらわないので、배다리골목で名刺をもらったのは아벨서점だけだった。

というわけで、아벨서점の連絡先だけ紹介しておこう。인천광역시 동구 금곡동 13-1。電話は 032-766-9523。ちなみに、아벨서점の営業時間は、平日が09:00~20:00、日曜は11:00~19:00、第2, 3木曜日は休み。
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# by ijustat | 2010-03-10 09:50 | Bookshops

고서점

2010年2月23日、火曜日。家族で부산へ行った。行く前から、부산へ行ったら보수동の책방골목へ行き、고서점(古書店)を見ようと計画していた。

c0019613_14161587.jpg“고서점”だなんて、店名とは思えないほど平凡な名前だ。平凡なだけでなく、インターネットで“고서점”と入力してこの店を見つけようとは思わないだろう。けれども、グーグルではこの店が真っ先に出てくる(2010年2月25日現在)。しかも、その徹底的に平凡な名前が、かえって印象深い。

この店の存在は、去年『모든 책은 헌책이다』(최종규著、그물코、2004) で読んで知った。その後、今年に入ってインターネットで偶然この店から買い物をしている。

そのいきさつは、こうだ。ある日、『한글갈』をインターネットで検索していたら、고서점のサイトが出てきた。値段は70,000원と、他のサイトと比較して悪くない。ただ、どうしたわけか、写真が이희승の『벙어리 냉가슴』の表紙だった。それで電話をかけて、これは本当に『한글갈』ですかと尋ねると、そうですというので、その場で(2010年2月6日16時01分に)カード決済した。

品物は、3日後の2月9日に受け取った。本の状態は良好で、同じ年に同じ出版社から出た『우리말본』よりも良質の紙を使っている。そのとき購入したのは、次の本だ。

 『한글갈』(崔鉉培著、正音社、1946)

この本の購入を通じていい印象を持っていたので、부산へ行ったら、ぜひこの店に行きたいと思っていたのだった。

책방골목の入り口でタクシーを降りるとすぐに、次男は단골서점(051-256-1916)で메이플스토리という漫画本を見つけ、買ってと言った。見ると、ビニールのカバーが掛かっている。新品だ。定価は8,500원。しかし、主人のおばさんに、これくださいと言って差し出すと、6,500원ですという。ちょっと無愛想な主人だけれど、本は安い。それから妻と子どもは찜질방へ行き、私は고서점へ直行した。

고서점は入り口を入ってアーケードを抜け、それから右へ折れ曲がってすぐに、左側にある。アンティークな雰囲気の煉瓦造りの建物だ。建物の中には本がぎっしりと詰まっている。その中の、いちばん右の入り口のほうに、古書が集中しているのが見え、さらに、主人が机の前で作業しているのが見えた。

中を覗きこむと、主人が私に気づき、ご用ですかと尋ねた。30代ぐらいの若い男性だ。本を見に来たんですけど、と答えると、どんな本をお探しですかというので、主に韓国語学の本を探していますと答えた。そして、先日『한글갈』を購入した者ですと自己紹介した。すると主人は、表情が明るくなり、ああ、あのときのと言って喜んでくれた。

そして、韓国語学関係の本はこの棚に集まっていますというので、見ると、いちばん上には茶色い表紙の『우리말본』があった。それから主人は、김두봉の『깁더 조선말본』を私に見せた。サイズはB6版ぐらいで、厚さは約1センチ。真っ黒な表紙に金箔で書名が押してある。湿気を含んで傷んだ部分がある以外は、ほぼ完璧な保存状態だ。奥付の地名は「京城」とある。私は、『깁더 조선말본』は上海で刷ったものとばかり思っていたけれど、後には「京城」でも刷られたらしい。

そのときふと、現在博士課程に通っていて論文準備をしている日本人の知り合いのことを思い出し、電話をしてみた。もし持っていなかったら買って行ってあげようと思ったからだ(もちろん代金は立替だ)。そこで電話をして聞いてみると、持っているという。이극로の音声学書もあったので、聞いてみると、それも実物を持っているという。彼はけっこう蔵書家なのだった。

『깁더 조선말본』は以前、北朝鮮に渡った学者ということで、それを所持しているだけで危険視されていたそうだ。その後、そのような制約は解かれたけれど、それでも10年ぐらい前までは今より稀少で、80万ウォンぐらいで取引されていたという。それに比べたら、現在はかなり安くなっているとのことだった。

古本屋へ行くといつも尋ねる『통문관 책방비화』と『옛책 그 언저리에서』と『윤동주 자필 시고전집』を尋ねた。やはりなかったけれど、驚いたことは、『통문관 책방비화』はつい最近(엊그제)売れたとのことだった。それまでずっと、インターネットでも出していたという。くまなく探していたはずだったのに、気づかなかったというのは、何らかの検索上の盲点があったようだ。残念なことだ。

しかし、そういう分野に関心があるのならといって、모리스 쿠-랑(Maurice Courant)の『朝鮮文化史序説』を見せてくれた。“Bibliographie Coréenne”韓国書誌学を訳したものだ。この本は70年代にも翻訳されたそうだけれど、これが最初に訳されたものだという。序文を読んでみると、内容も面白そうだ。それで、買うことに決めた。今日買ったのは、次の2冊。

 『깁더 조선말본』(김두봉著、匯東書舘、1934。初版本。320,000원)
 『朝鮮文化史序説』(모리스・쿠-랑著/金壽卿訳、凡章閣、1946。初版本。70,000원)

ちなみに、『깁더 조선말본』が初版本というのは、匯東書舘で刷られた初版本ということで、もとは1922年に上海で刷られたものだ。韓国文法大系の解題には、こう書かれている。

版權에 1934(昭和 9)년 2월 京城, 匯東書舘 發行으로 되어 있는 책이 있으나, 머리말에 「말본」을 박은지 여듧 해만에야 이 책을 다시 박게 되었다 하고, 1923(大正 12)년 5월 權悳奎 「朝鮮語文經緯」 187-190 면에는 이 책이 인용되어 있다. 그러면, 이 版權은 뒤에 국내에서 만들어 붙인 것에 틀림 없으며, 위의 引用事實을 감안하여 1922년에 上海에서 발행했다는 견해가 옳다고 믿어진다.
主人が、もしよかったらといって、兪吉濬の『大韓文典』(同文舘、1909)の影印本をコピー・製本したものを下さった。これは、韓国文法大系に収録されているものをコピーしたもので、その解題も一緒にコピーされている。持っていなかったので、ありがたくいただいた。

『大韓文典』の奥付が「隆起3年」となっていたので、この年号を西暦で調べるために、自作の年号対照表を取り出した。そして主人に、こんなものを作ったんですと言って見せた。そして、檀期は本を調べるとき重要な年号なのに何度覚えても忘れてしまう、と言ったら、自分は檀期4282年が西暦1949年だということだけ覚えていると言った。語呂がいいので覚えやすいのだそうだ。なるほど、사이팔이(4282)というのは発音しやすい。そしてその年は、朝鮮戦争の始まった重要な年だ。私も、“サイパリ・サーグ”と覚えることにした。

書誌学と関連して、최종규氏の話になった。고서점の主人は彼と仲がよいらしく、この店で최종규氏の写真展示会も行ったことがあるそうだ。최종규氏は古本屋ブームの火付け役になっているということで、고서점の主人は彼にとても感謝していた。

それから、ネット古書店の話題に移った。年配の人たちがやっている古本屋の中には、インターネットの波に乗れずに淘汰されていく店も多いけれど、その一方で、ネット古書店の出現によって、かえってオフラインの古本屋が増え始めているのだという。

インターネットができない古本屋が淘汰されていくというのは、誰の説明を待つまでもなく、古本屋を巡っていると自然に分かってくるけれど、オンライン古書店がオフライン古書店を増やすというのは、意外な話だった。どういう仕組みでそうなるのだろうか。ネットでも売るけれど、その倉庫を売り場としても開放するということなのだろうか。いずれにしても、インターネット書店の発達が古本屋に肯定的な影響を与えているのは、歓迎すべきことだ。

私が古本屋に関心を持ち始めた経緯を話した。それから、ついに古本屋が夢にまで出てきたということを話した。その夢は、あまりにも高い値段を吹っかける古本屋に対して腹が立って抗議するというものだった。そして、そんな夢を見た原因は、古本サイトで失った漫画本を買い戻したとき、高かったのがわだかまりとして残っていたのではないか、という話をした。そのとき買ったのは、30,000원で買った『신인 婦夫』(김수정)と、20,000원で買った이현세の『공포의 외인구단』第10巻だ。

主人の話では、現在漫画はインターネットの古本屋が登場してからバブルになっているということだった。漫画本が1冊2万ウォンや3万ウォンもするのは、需要と供給の関係から見ると、ちょっと異常だという。だから、しばらくしたらまた値段が下がっていくのではないだろうかということだった。

実は、私は古本漫画の価格上昇について、実は少し肯定的に考えている。日本でもそうだけれど、韓国でも漫画本は冷遇されてきた。それで、どんなにすばらしい作品でも、子供が読むものだということで、親たちは気楽に漫画本を捨てていた。そのために、初めはたくさん出回っていた漫画本も、気が付いたときには僅少になってしまっている。自分の家の本棚にあるボロボロの漫画本が、たとえば100万ウォンだと知ったとしたら、子供がそれを手に取って読んでいたら、もっと丁寧に扱いなさい、と注意するようになるかもしれない。そうなれば、漫画本を粗末に扱う習慣が正されるかもしれない。そんな話をすると、主人もなるほどと言って笑った。

『신인 婦夫』は手に入れにくくなってしまったけれど、あの漫画は非常に文学的ですばらしい作品だというと、主人もそれを認めていた。そして、김수정の作品としては『일곱 개의 숟가락』という作品が最高だといった。それは、彼の作品の中で最高であるばかりか、韓国漫画の中で最高の作品だという。ところが残念なことに、現在は幻の本になってしまっているのだそうだ。

主人の父親が経営する東邦美術會館の2階にある書庫へ案内された。こういうことは、頼んでも実現することではないので、光栄なことだ。店を出るとき、外から양주동の『고가연구』が目に入った。『고가연구』に関心がおありですか、と聞かれたので、はいと答えた。

広い空間に、古書や骨董品が並んでいた。書庫にあった『現代韓國 國學文獻 資料展』(東邦美術會館、1995)というパンフレットを下さった。父が作ったものですという。

書庫を出てから、主人の父親と会って挨拶をした。そして、今しがたいただいたパンフレットにサインを求めると、快く応じてくださった。「東邦美術会舘 梁浩錫」と書いてあった。そのあと、自分は骨董品と古美術と、そして古書を扱ってきたが、もしきみが古書に関心があるのなら、それらを見る目が無ければならないといい、きみも今からでいいから、ちゃんと勉強しなさいと言われた。

それから梁浩錫翁は私の顔を見ると、君は体が弱いから運動をしなさいと言った。自分はもう70を越したが、大学教授の友人たちはみんな死んでしまった。そのわけは、自分は今でも1日10時間歩き続けることができるが、彼らは運動をしなかった。だから、きみも1日1時間でもいいから、毎日歩きなさい、ということだった。梁浩錫翁の生年をインターネットで調べると、1935年と出て来る。今年75歳だ。

そして、東邦美術會館で出した韓国語学関係の資料の目録や、美術品の写真集などを下さった。いただいたのは、次の4冊。

 『東邦美術會舘開舘紀年展』(東邦美術會舘、1980年5月)
 『東邦美術會舘開舘記念企劃展』(東邦美術会館、1980年6月)
 『東邦美術會舘開舘記念 韓国現代作家招待展』(東邦美術會舘、1980年8月)
 『韓國古美術展』(韓国古美術協會釜山支會、1991年11月)

かなり年代物の本なので、貴重なものではありませんかというと、たくさんあるからいいのだと言う。それでも、『韓國古美術展』をあげたことは息子に言わないでほしいと釘を刺された。この本は、パンフレットではなく本格的な図録で、磁器や書画、木器などの写真が収録されている。

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翌日(2010年2月24日)、また고서점を訪問した。妻と子供が映画を見ている間の古本屋めぐりだ。けれど、今回の부산旅行は、時間も少ないし、初めてでもあるので、보수동 책방골목の本屋をあれこれ巡るよりは、1ヵ所に集中した方がいいと思った。それで、他にも気になる本屋はあったけれど、深入りはせず、ただ探している本があるかどうかを聞くだけに済ませた。まず、近くのコンビニで買ったペットボトルのジュースを、手土産に持って行った。

私が行くと、昨日目に留まった양주동の『古歌研究』を見せてくれた。そして、この『古歌研究』には続編があるのを知ってますかと言った。いいえ、と答えると、『麗謠箋注』という本を出してきた。

『古歌研究』は、1954年版が40,000원で、1960年版が15,000원だという。見ると、1954年版は紙がだいぶ弱っていて、しかも上の方が裂けて一部失われているページがあった。一方、1960年版は、いい紙を用いていて、印刷状況も良好だった。それで、1960年版を買うことにした。

『麗謠箋注』は、1957年度版が20,000원で、1947年版が40,000원だという。1957年度版は紙の状態は良好だけれど、版型がだいぶ傷んでいて、文字が潰れているところもあった。一方、1947年版は、紙はだいぶ色あせているけれど、印刷状態は良好だ。そのうえ、背表紙の文字が堂々としていて気持ちいい。誰が書いたものか尋ねると、主人の父親、つまり양호석翁が書いたものだという。この背文字は、私が고서점を訪れた記念になると思い、こちらを買うことにした。

そのあと、『한글갈』の販売ページに間違って載っていた、이희승の『벙어리 냉가슴』も見せてもらった。이희승は、大変な古書収集家だったという。その人の随筆集なら、古書収集にまつわる逸話なども載っているかもしれないと思ったのだ。それと関連して、主人は『李熙昇隨筆集 소경의 잠꼬대』も見せてくれた。どちらも10,000원だというので、買うことにした。選んだのは以下の通り。

 『古歌研究』(梁柱東著、博文書舘、1960)
 『麗謠箋注』(梁柱東著、乙酉文化社、1947。初版本)
 『李熙昇隨筆集 벙어리 냉가슴』(李熙昇著、一潮閣、1956。1958年再版。奥付喪失)
 『李熙昇隨筆集 소경의 잠꼬대』(李熙昇著、一潮閣、1962。1974年3版)

『古歌研究』は、『국어국문학사전』によると、1942年に『朝鮮古歌研究』の名で出版されたそうだ。どこから出版されたのかは分からない。私が分かったのは、1954年版も博文書舘から出ているということまでだ。『麗謠箋注』は、インターネットの百科事典などを見ると、あるものは1946年と出ていて 、あるものは1941年と出ている 。しかし、1947年と記されたものが多く、『국어국문학사전』にも1947年と書かれているので、1947年が初版というのが正しいようだ。『벙어리 냉가슴』は、最後の数ページが失われていて、当然奥付も失われている。前書きを見ると、1958年に再版したもののようだけれど、これはいつ刷ったものなのか不明。『소경의 잠꼬대』は、版権情報がしっかりしている。

合計75,000원だったのだけれど、カード決済を済ませて本を梱包するとき、主人が手を滑らせ、本が床にドサドサと落ちてしまった。他の本は無事だったけれど、いちばん下にあった『벙어리 냉가슴』の後ろの数ページが取れてしまった。私は家に帰ってから修繕するので構わないと言ったけれど、主人は申し訳ないからこれは無料にするといって、1万ウォンを返してくれた。かえって申し訳なかった。しかし、私も仕事をするときに、고서점の主人のような態度を持てるようになりたいとも思った。

主人は古書の棚を整理していた。その棚に積んである本を手に取って見ながら、自分が古書を見る目がないことを、つくづく感じた。これは古い本だと思ったものが、日帝時代のものだという。まだ100年しかたっていない。

古書には偽物が時々あるという。特に洋綴じの本(양장본)はそうだという。詩集に多いらしい。それから、影印本も、古くなると本物のように見えてしまうことがあるという。ある人は、『少年』という雑誌を持っている、と고서점の主人に言ったそうだ。そうですか、それは300万ウォンぐらいしますよと答えた。その後、その人が雑誌を持ってきたのを見たら、なんとそれは、影印本だったそうだ。影印本もかなり古くなっていたために、本物のように見えるのだった。主人は本物を見たことがあるので、それが影印本だということがすぐに分かったという。気の毒なのは持ち主で、その落胆振りといったらなかったそうだ。古書を見る難しさをつくづく感じた。

写真の話をした。昨日、私が主人と話をしているときにも、ある大学生ぐらいの女性が、店の中に入って写真を撮り始めた。それで主人が、写真は許可を得てから撮ってくださいと言っていた。책방골목のサイトに、黙って写真を撮ることに対する不快感を表す書き込みがあるのを読んだ。それらを見ると、私が日本的な感覚の中からいまだに抜け出せていないのではないかという気がした。

私は、建物を外から撮るのは問題ないけれど、内部を撮るのはマナー違反だと考えている。もちろん、観光地でない普通の家屋や派出所などを撮ると、あらぬ疑いをかけられる恐れがあるので、避けているけれども、ビルでも看板でも、何でも撮る。記録が貴重だという点と、プライバシーを尊重しなければならないという点とのバランスを取って、そのように考えているわけだ。それに、ブログなどでその店を紹介するとき、内部の写真を載せるのでなく、外観を載せた方が、ずっと実用的だ。内部は行けば分かるけれど、外観はその店を探すときの目安になるからだ。

結局私は、店の外観を撮るのを嫌がる店主も理解しがたいし、店内の書架を、頼めば撮影させてくれるというのも、理解しがたいのだった。だから私は今までに、뿌리서점と신촌헌책방以外は、本棚の写真を撮ったことがない。

고서점は、特に語文関係の古書が多く、インターネット価格も妥当だ。チェックしておくべきネット古書店の一つだし、直接訪問すれば、さらに多くの本を見ることができる。11時ごろから店を開き、夜は20時30分から21時ごろ店を閉じるそうだ。

고서점の住所は、부산시 중구 보수동1가 119。電話番号は、051-253-7220。ウェブサイトは、www.oldbookshop.co.kr
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# by ijustat | 2010-02-25 14:07 | Bookshops

뿌리서점4

またもや文字数が制限を超過してしまった。それで、3たび新しく記事を立てることになった。以前の書き込みは次の通り。

 뿌리서점 (2009年10月28日~2009年12月27日)
 뿌리서점2 (2009年12月30日~2010年1月31日)
 뿌리서점3 (2010年2月6日~2010年2月20日)

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2010年2月21日、日曜日。18時過ぎに뿌리서점に立ち寄った。そのときちょうど、중간상인(仲買人)が来ていて、뿌리서점の主人は店先で本の選別をしていた。ずいぶん慎重に、長い時間をかけて、本を選んでいた。オートバイで本を運んできた初老の중간상인は、その脇の腰掛に座っていた。選別が終わり、買う本を決めると、主人は23,000원を중간상인に渡した。その人は、受け取った5枚の紙幣をじっと見つめながら、ゆっくりと数えていた。

私も本を持ってきた。主に妻が処分した信仰書や聖書だ。これも主人はじっくりと選別し、中に混じっていたノートや私が持ってきた日本語学習書はダメだったけれど、信仰書と聖書はすべて買い取ってくれて、10,000원くれた。これは、중간상인が持ってきた本の半分にもならない量だったので、중간상인からも一般の客からも、同じ値段で本を買い取ることが分かった。

それから、本を見に売り場へ降りた。今日は何も買わないつもりだったのだけれど、日本の本が並んでいる棚で、『あなたの疑問は、みんなの疑問―コンプリ神父が答える』という本が目に留まった。何だろうと思ってみると、キリスト教の教理に関する問答集だった。なかなかよさそうな本だったので、手に取った。

そのあと、『イギリス・ジョーク集』という本があったので、手にとって読んでみた。

 一人のアイルランド人が天文台に雇われた。
 最初の夜勤のとき、学者が大きな望遠鏡をのぞいているところをわきでみていた。
 と、突然流れ星が落ちた。
 「うわあ、すごい」と、たまげたアイルランド人が叫んだ。「うまくあてましたね、先生」
表紙の見返りには、こんな言葉が書いてあった。

ユーモア――それは悲しみのカリカチュアである。
            ……ピエール・ダノニス<フランス>
いい言葉だ。それで、この本を買うことにした。今日買ったのは、次の2冊。

 『イギリス・ジョーク集』(船戸英夫訳編、実業之日本社、1974。1976年4版)
 『あなたの疑問は、みんなの疑問―コンプリ神父が答える』(ガエタノ・コンプリ著、ドン・ボスコ社、1990。1993年2版)

主人に値段を聞くと、最初4,000원と言い、それから3,000원にしてくれた。あとで本の下に書かれた値段を見たら、どちらも“30”と書かれている。これは、3,000원という意味だ。つまり、表示どおりに買うと6,000원になる本を、3,000원で売ってくれたというわけだ。

日本語能力試験の教材のヒントになるものはないかと思って、日本の雑誌を物色してみたけれど、雑誌ではなかなかヒントは得られないことが分かった。生活にかかわる雑学の本や、実務的な書類や案内書、街角での物売りの声などから、ヒントは得られるようだ。けれども、韓国には日本の街角がないので、それらの資料を得るのは難しいことになりそうだ。まあ、頑張ってみよう。

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2010年3月6日、土曜日。교보문고へ行った帰り道、뿌리서점に寄った。先日교보문고で買った『우리말 띄어쓰기 길잡이』(문태식編、도서출판 세진사、2003)を持って売り場まで降りて行き、主人に本を1冊持ってきましたと言うと、1冊なら買わなきゃ(한 권이면 사야죠)という。

私は古本屋に本を売るとき、なぜ手放すのかを説明する悪い癖があるけれど、ここでもその癖が出て、この本は物足りないと言った。すると主人は、どうして物足りないのかと聞いた。そこで、これは辞書として使うには用例が少なすぎて、知りたい分かち書きが載っていない。それで、もっと本格的なものがほしいと思っていたところへ、先日인천の배다리골목へ行ったとき、『띄어쓰기사전』という本格的な辞書を手に入れたので、この本はもう必要なくなったのだと答えた。主人は『우리말 띄어쓰기 길잡이』に2,000원を払った。

そのあと、부산の보수동 책방골목へ行った話と、인천の배다리골목へ行った話をした。そして、보수동 책방골목にある고서점という名の古本屋で김두봉の『깁더 조선말본』を320,000원で買った話をした。それを聞いて主人は、その本なら10年前に上海版を100,000원で売ったことがあると言った。2000年ごろのことですね、と私は確認した。なぜなら、고서점の主人から、今から10年ほど前は800,000원で取引されていたことを聞いているからだ。しかもそれは、京城版のことで、上海版だったらいくらになるのか見当もつかない。すると主人は、いや、80年代のことだと言った。だったら20年以上前のことですよと答えると、そうか?と訝った。80年代といえば、이희승の『국어대사전』(개정증보판、민중서림)が1988年の時点で75,000원だった。2010年現在、定価200,000원(ISBN-13: 978-8938701015)で売られている。上海版は、なかなか手に入らないと聞いている。それを80年代後半に100,000원で売ったというのは、当時の値段としても決して高かったとはいえない。

この日は何も買う予定がなかったのに、日本の本がある棚を見ていたら、辻人成の詩集があった。へえ、この人は詩も書いているのか、多彩だなあと思いながら手に取ってみると、なかなかいい。それで、つい買ってしまった。書名は以下の通り。値段は3,000원。

 『屋上で遊ぶ子供たち』(辻人成著、集英社、1992。1993年3版)

詩集のように売れない本は、たいていは初版で終わってしまうと思うのだけれど、この本は1992年10月10日に初版を刷ったのち、1993年1月25日の時点で第3版を刷っている。

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2010年3月19日、金曜日の深夜。妻と一緒に용산の이마트へ買い物に行った帰り、뿌리서점へ寄った。次男の小学校の先生が、子供に本を1週間1冊読ませなさいと言っていたそうだ。けれども、次男は本1冊を2~3時間で読んでしまう。1週間で1冊は、次男にとっては本を読めというより、本を読むなというのに近い。それに刺激されてか、数年に1冊本を読むかどうかという妻が、本を読みたいから뿌리서점へ行ってみようと言ったのだ。それは革命的なできごとだった。

店に入り、妻が日本の本を探している間、自分は長男の役に立ちそうな、簡便な英会話文例集を探そうと思い、外国語教材がある棚へ行った。すると、50代ぐらいの男が私に大きな声で「교수님(大学の先生)」と呼んだ。何だろうと思って相手を見ると、自分は日本語が読めるようになりたいのだという。そのわけは、日本の法律を読みたいからだという。

法律が専門なのですかと聞くと、自分は医者だったと答えた。しかし法律も大学でたしかに専攻したし、コンピュータサイエンスも必要だという。何だか要領を得ない話だ。

漢字が分かるなら、日本語を読めるようになるのは訳ないことですと答えた。そして、どうやったら最短距離で勉強できるかを説明した。けれども、それには返事もせずに、自分は莫大な金を奪われたのだけれど、韓国の法律は日本の法律を訳したもので、それは西洋の法律を訳したものだし、英語はギリシア語やラテン語から来ていて、特に法律はラテン語が多い。で、アメリカの法律家たちは、もとはといえば、アングロサクソンでイギリスの法律を基にしており、裁判ではその法律用語を自分たちに都合いいように解釈して、意味を逆さにしたりしてしまう。そんなことをずっと話し続ける。

何が言いたいのかさっぱり摑めないので、何で日本語が必要なんですか、と聞き直した。すると、だから韓国の法律は日本の法律を訳したものだし、その源流は西洋の法律なんだから、英語の法律は、アングロサクソンの文化から出たものであって、もとはギリシア語やラテン語から来たものであり、ギリシア語は今から3000年前にフェニキア文字からギリシア人が作った文字だ。自分は10年ほど前に30億ウォンにもなる金を奪われたのだけれど、これから本に書こうとも思っているのだけれど、アメリカ人の法律の起源はラテン語やギリシア語で、それが日本語に訳されたわけで、アメリカはアングロサクソンの法律であるから、その源流はギリシア・ローマに遡り、それを知っている彼らは法律用語を楯にとって意味を逆に解釈したりする。自分は確かに大学で法律も専攻したし、卒業証書も持っているけれど、英語はラテン語とギリシア語から作られたもので、だから英語の法律にはラテン語がたくさん使われていて、それは、私たちの法律用語とは大いに異なる。なぜなら、それは元はといえば、ラテン語で法律が書かれたためで……と、そんな風に、話は巨大な渦を巻いて混乱している。

私が何をしにこの棚の前に来たのか、この人は一向に察する気配がない。私が目の前の棚にある本を取ったり入れたりしていても、まったく意に介さない。日本ではKYなんて単語が数年前から大手を振っているらしいけれど、この人は、空気が読めないというのを通り越して、まわりの空気を吹き飛ばし、自分の幻想の中へ相手かまわず呑み込んでいく。

妻が来て、早く行こうと言ったのを機に、それでは失礼いたしますと言って、その場を離れた。

妻は、ドストエフスキーの『罪と罰』が読みたいと言った。初めからそんな重い本を読もうとするのは良くないよと言うと、あれは彼が獄中でキリストを受け入れた証なんだよという。幸か不幸か、뿌리서점には、『罪と罰』の日本語版はなかった。まずは本棚にある中から面白そうなものを探すべきだと思うのだけれど、妻はそういう無計画な本探しを潔しとしないらしい。結局1冊も買わずに店を出た。

妻と一緒に売り場から階段を上がると、外に主人がいた。私の顔を見ると、今も古本屋めぐりをやってますかと聞く。ええ、1週間に1軒ぐらい、行っていますと答えると、そうですかと、にこやかに微笑んだ。寒さの緩んだ風が、頬をうっすらと冷やしながら、夜の裏通りを静かに流れている。

主人は昔の話を始めた。

1980年代ごろ、동부이촌동に중앙대학교 국문과の教授がいた。その教授はたくさんの人から本を寄贈されるために、家が本で溢れてしまい、ついに奥さんが癇癪を起こして、通りかかった파지상(屑屋)に本をただで売り払ったという。その파지상はリヤカー1台にどっさり本をもらって、自分もいい本をたくさん手に入れたそうだ。教授の奥さんは、뿌리서점にもどっさり本を運んできて、お金も取らずに帰って行った。主人はその教授の家にも行ったことがあるらしく、ベランダまでも本でいっぱいだったと言った。それも、良書でいっぱいだったのだそうだ。おかげでずいぶん儲けさせてもらいました、と顔をほころばせながら話していた。私は、本に対する理解のない奥さんを持ったことは、その教授にとって災難だったに違いないと思った。

寄贈された本でいっぱいといえば、詩人の김남조の家もそうだったという。숙명여자대학교の教授をしていたけれど、家は반포동にあって、そこも寄贈された本であふれかえっていたそうだ。뿌리서점の主人は、김남조の家からも、どっさりとサイン入りの詩集を手に入れた。

こういう話を聞くのは面白いので、もっと聞きたかったけれど、妻が早く帰ろうと急かすので、しかたなく主人に挨拶をして車に乗り込んだ。運転を始めると、たった今主人の話していた教授の奥さんの話を妻は持ち出し、あたしだって癇癪を起こすわよと言った。いやあ、まずい話を聞かせてしまった。

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2010年3月20日、土曜日。21時ごろ、뿌리서점へ行った。店に着いたときには、客が数人いるだけで、主人がいなかった。私は前回来たときに、他の客から話しかけられて探せなかった英会話の例文集を探した。しばらくして主人が店に戻ってきた。

下の子が処分した本を持ってきたと言うと、表情を曇らせた。子供の本は、最近はなかなか売れないのだそうだ。それでも見てくれた。そして、単行本はいちおう引き取ってくれて、5冊ほどで2,000원くれた。残った本は、대오서점に持って行こうか。

뿌리서점では、いつも大きな音で時事討論ばかりやるラジオが鳴り響いている。私が店に行ったときには、今日は史上最悪の黄砂だと言っていた。具体的な数値や単位は忘れてしまったけれど、空気中の黄砂の含有量が最も多かったという。そのため、서해안(黄海に面した地域)では、行楽行事が中止になったりもしたという。

英会話の文例集は、なかなか探しにくかった。どれも分厚くて、なかなか薄いものが見つからないのだ。それで、結局次の1冊を買った。

 『말이 확 트이는 이창수 회화영어』(이창수著、다락원、1993。1998年15刷)

ちょうど私が本代を払う頃、중간상인(仲買人)が来て、せっかく来たのだから本を買えと뿌리서점の主人に迫った。もう22時を回っていたので主人は渋い顔をしたけれど、自分たちはせっかく来たんだぞと言って譲らない。それで主人は、分かりました、じゃあ本を見ましょうと答えた。

私は、路面に置かれた本を主人が検討するのかと思って期待したけれど、店の外に出てみると、トラックの上で本を検討していた。トラックの運転席には不貞腐れた顔をした運転手が煙草を吹かしていて、뿌리서점の入り口では、先ほどの중간상인が戸口で門番のように立ちはだかって、険しい表情で主人を睨んでいた。まるでやくざみたいだ。

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2010年4月7日、水曜日。授業が終わってから뿌리서점に立ち寄った。先日배다리골목の図書館で최종규氏からいただいた写真を主人に見せてあげようと思ったのだ。店に着いて私が写真を見せると、主人は최종규氏を褒め称え始めた。

それから主人と一緒に、戦争が起こったら韓半島はおしまいだという話から、ベトナム戦争のときに海上で台風に遭ってひどい目にあった話、韓国とトルコが9千年前に同じ部族で、当時の金石文に「조선」と書かれているのが発見されたという話を聞いた。

韓半島の戦争の話と、金石文の話はあまり興味を誘わなかったけれど、海上で台風に遭ったときの話はすごかった。主人は若かりしころ、軍隊に入隊してベトナムに送られた。軍艦でベトナムへ赴くとき、巨大な台風に遭遇して、船は上下左右に大きく揺れた。そのときの船酔いはひどかったそうだ。船体が波に突き上げられるたびに吐いたという。吐くものが無くなっても吐いたそうだ。次々と押し寄せる、高さ10メートルの巨大な波に船が突き上げられ、ストーンと落下するとき、死ぬほど吐き気がしたと言っていた。船乗りになって20年のフィリピン人も乗っていたそうだけれど、彼ですら船酔いに苦しんでいたというから、その凄さが伺われる。行きだけでなく、帰りもそうやって船酔いに悩まされたそうだ。

主人が外で本の整理をしていたとき、中国語の本が置いてある棚の前の本の山の上に、10冊束ねられた漫画本があった。見ると、「名侦探 柯南」と書いてある。新品同様だ。店の中に降りてきた主人に、「명탐정 코난」の中国語版はいくらですかと尋ねると、1冊1,000원だという。じゃあ買いますと答えた。計算するとき、主人はさらに1,000원まけてくれた。主人は、中国の漫画はなかなか売れないのだけれど、新たな持ち主が出来てよかった(중국 만화는 잘 안 팔리는데 주인을 찾아서 다행이에요)と言っていた。

そうやって買ったのは、次の10冊。

 『名侦探 柯南 特别篇1』(青山剛昌著、青文訳、长春出版社、2002)
 『名侦探 柯南 特别篇2』(青山剛昌著、青文訳、长春出版社、2002)
 『名侦探 柯南 特别篇3』(青山剛昌著、青文訳、长春出版社、2002)
 『名侦探 柯南 特别篇4』(青山剛昌著、青文訳、长春出版社、2002)
 『名侦探 柯南 特别篇5』(青山剛昌著、青文訳、长春出版社、2002)
 『名侦探 柯南 特别篇6』(青山剛昌著、青文訳、长春出版社、2003)
 『名侦探 柯南 特别篇7』(青山剛昌著、青文訳、长春出版社、2003)
 『名侦探 柯南 特别篇8』(青山剛昌著、青文訳、长春出版社、2003)
 『名侦探 柯南 特别篇9』(青山剛昌著、青文訳、长春出版社、2003)
 『名侦探 柯南 特别篇10』(青山剛昌著、青文訳、长春出版社、2003)

次の日研究室で、第1冊の最初にある「消失的男人」を読んだ。単語がよくわからなくても、漢字なので意味は追える。ところが、コナンの決定的な一言が理解できなくて、なぜ犯人が分かったのか理解できなかった。あとで、同室の陈华先生に教えてもらって、やっと分かった。

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2010年4月24日、土曜日。知人の김완일氏と영풍문고で長々と駄弁った帰り道。용산駅で降りたあと、夜風が気持ちよくて涼しかったので、まっすぐ家へ帰らずに、뿌리서점へと足を向けた。店先の雛壇で本を見ていると、主人が中から出てきた。風が暖かかったので、まっすぐ帰らずに、ついつい来ちゃいましたと言うと、それはすばらしいと言って喜んだ。

それから店内に降りて行き、本を眺め始めた。まずは日本の本のある棚から。新しく入ってきた本で気を引くものはなかった。戦前版の『廣辭林』があったので、開いてみると、染みた部分が橙色に変色している他は、新品さながらのきれいさだった。へえ、いつ印刷されたんだろう、と思って奥付を見ると、昭和15年に刷られたとある。

英書のあるところから男性が出てきて、私を見ると、「안녕하세요?」と挨拶をした。最初は誰だか思い出さなかったけれど、すぐに気が付いた。「아, 마상영 선생님!」と答えると、よくぞ覚えていてくれましたと言ってにっこり微笑んだ。それで私は、この間(2009年12月6日)この店で会って、ウラル・アルタイ語族について聞かれたときのことを話した。そのとき私は、自分の知っている範囲で答えたつもりだったけれど、帰ってから調べてみると、間違っていた。どんな風に間違っていたんですか、と마상영氏は尋ねた。にこやかだけれど、その質問は正鵠を射ている。それで説明した。ウラル・アルタイ語族の共通点は母音調和にあると言ったけれど、チュルク語族のある言語は 、母音が減少したために母音調和がなくなってしまっていた。それに、アルタイ語族には人称変化がないと言ったけれど、人称変化がないのは満州語とモンゴル語で、チュルク語族はどれも人称変化があった。そんなことを話すと、またにこやかな笑みを浮かべ、いいことを教わりましたと言った。

마상영氏との話を切り上げたあと、もう少し奥へ行くと、中国語の本がある棚に、『语言学百题』というタイトルのコピー本があった。韓国では、外国の本などを無断でコピーして製本する場合が多い。これもその一つだ。정은서점ではコピー本は買い取らないけれど、뿌리서점ではかまわずに買い取る。この本を手に取った。

そのとき、また男性客が入ってきて、太くよく通る声で、主人に「안녕하세요오」と挨拶をした。それからすぐに、「ノムラ・タツオ상이 2017년에 한국을 다시 접수하겠다고 했어요」と言った。主人が驚いて、「아니, 일본이 다시 한국을 지배한단 말이에요?」と叫ぶと、「그렇죠」と言う。“ノムラ・タツオ”の発音は正確だった。だけど、知らない名前だ。男はさらに続けた。「1945년에 일본이 미국의 궤계에 걸려서 이 아름다운 강산을 빼앗겼는데, 2017년에 이 아름다운 강산을 되찾겠다고 했대잖아요」という。主人は「아니, 2012년에 우주가 망한다고 하는디, 2017년이면 아무 소용 없어요.」と答えた。するとその男も負けずに、「그런 꿈 같은 소리 하지 마시라니까요. 진짜 그렇게 말했어요. 일본 사람들은 지하에 도피쳐를 만들었대잖아요. 그러니까 지구가 멸망해도 살아남을 거거든요. 그들은 결코 죽지 않아요. 전 일본의 기술을 믿어요」と主張した。ひょっとして、熱狂的な愛国者の辛辣な皮肉? それとも、キ印?

私はその男と顔をあわせるのを避けるため、日本の本棚がある通路から、いちばん右側の、洋書や写真集、漢籍本などがある棚へ退避した。そして、棚にある本を適当に取り出して、一番奥に椅子代わりとして置いてある、プラスチックのビールボックスに腰掛けて、本のページを開いた。シェイクスピアの“The Tempest”だった。難しくてよく分からないけれど、単語を一つ一つ目で追っていった。しかし、耳は依然としてその男の方へ傾く。「천황이 빨리 한국을 방문해야 돼요. 천황이 무슨 뜻인지 알아요? 하늘을 다스리는 황제라는 뜻이에요. 곰의 자손과는 달라요. 그러니까 빨리 천황이 와서 한국을 다스려 줘야 한국도 좋아질 거예요…….」

そのとき妻から電話が来た。今どこにいるのという。私は声を殺して答えた。今、뿌리서점にいるんだけど、変な客が来て日本礼賛をしてるから、店の隅で本を読んでいるふりをしながら、その客が帰るのを待ってるんだ。妻は、あらそう、じゃ気をつけてね、と言って電話を切った。“The Tempest”なんか、ちっとも頭に入らない。

そこへ、主人が本の整理をするために、こちらの通路に入ってきた。そして、「교수님은 요즘에도 헌책방 순례 자주 다니시나요?」と言った。見上げると、主人の後ろにその男がいて、こちらを見ている。困った。逃げようがない。主人は、昨日の新聞で、청계천の古本屋が惨憺たる状況だという記事を読んだ話をした。ある할머니は長年店を構えてきたけれど、昔はたくさん来た学生客も、最近はコンピュータに熱中して本を読まなくなり、1日の売り上げが1万ウォンにもならない日があるということだった。すると、後ろにいた男は、「거짓말이겠죠」と言った。しかし主人はそれを無視して、청계천には昔は150件もあったという古本屋が、今では30件しか残っていないけれど、まさかそんなに悲惨な状況だとは知らなかったといい、こういうことは청계천から始まって、じきに他の古本屋にも拡散していくはずだと、心配顔で言った。そして、自分は500年古本屋を続けるつもりだったのにと言って嘆いた。500年というのはどういう意味だろう。私には韓国の古本屋の未来を占う能力はないけれど、古本屋が消滅するとは思えない。その男がまた脇から、古書を扱えばいいと答えた。主人は、最近は古書がなかなか出てこないと答えながら、通路から出て行った。男も一緒に出て行った。

そのあと主人の声は聞こえなかった。店の前へ出て行ったようだ。かわりに、その男は마상영氏と思われる声の持ち主と話していた。その上品な話し方をする声の持ち主は、優しい声で男に「실례지만 무슨 일을 하세요?」と聞いた。単刀直入の質問だ。この奇妙な話をする男のアイデンティティーに鋭く切り込みを入れる、最も核心を突いた質問。やっぱり声の主は마상영氏に違いない。案の定、男は、自分は人に話すほどの仕事はしていないと答えた。すると声の持ち主は、個人的な質問をした非礼をわびながら、「더 이상 깊이 들어가면 다치죠?」と、かなり不穏な発言を、さらりと言ってのけた。

そのあと二人の足音は、日本語の棚の前を通り過ぎて、私がいる場所のちょうど向かい側にある、キリスト教関連書籍の棚の前に来た。そして、一頻り教会の問題点などを批判する話に花を咲かせ始めた。その様子を見計らって、私は店を出た。

主人は店の前の雛壇のところにいた。主人の脇にいた初老の男性が、私に「안녕하세요!」と声をかけてきた。見ると、동부이촌동にある부대찌개の店の主人だった。この主人は、夜遅く店を閉めたあと、한강 둔지を奥さんと一緒に散歩し、時には뿌리서점まで足を伸ばして本を物色する読書人だ。その人と挨拶をしたあと、主人に先ほど選んだ『语言学百题』(王希杰編、上海教育出版社、1983)の複写本を見せ、いくらですかと尋ねると、2,000원だという。これを1冊買って家に帰った。

帰宅後、インターネットで「ノムラ・タツオ」という人名を調べてみたけれど、それらしい人物は出てこなかった。
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# by ijustat | 2010-02-21 22:18 | Bookshops

아름다운가게 광화문책방

2010年2月21日、日曜日。知人の김완일氏と교보문고で会い、近所の새뜰 국수생각(종로1가 33-11 2층)で食事をしたあと、르메이에르 종로타운の地下2階にある아름다운가게 헌책방に寄ってみた。

c0019613_21162666.jpgこの店は、2008年7月7日に開店したらしい。去年(2009年)の12月9日に知った。ところが、そこで紹介されていた住所をグーグルで検索してみると、こともあろうに교보문고の脇の、再開発のために取り壊し中の地点に矢印が表示された。それで私は、この店は始めて1年で立ち退く破目になったようだと思った。

ところが、今年に入ってまた検索してみると、営業しているという。グーグルで示された地点は、피맛골に面した2~3軒の食べ物屋以外は全部立ち退き、他の建物はすべて取り壊されて地面は掘り返されている状態だ。一体全体どういうわけで営業中なのか、分からなかった。ところが、そのページに、아름다운가게のホームページへのリンクがあったので、入って調べてみると、店への略図が載っていた。そこは、再開発中の場所ではなく、2007年7月に完成した르메이에르 종로타운の中だった。

今日は日曜日なので、やっているかどうか心配だったけれど、ビルに入り、エスカレーターで地下1階に降りて、そこからさらに、稼動していないエスカレーターを歩いて地下2階に降りてから、表示にしたがって進むと、아름다운가게 헌책방が店を開いていた。

店の通路に面した部分はガラス張りで、その真ん中が扉になっている。入り口を入るとすぐ右に会計台があり、そこに3~4人の大学生ぐらいの女の子たちがいた。彼女たちを見た瞬間、私が古本屋に感じている魅力が何なのかに気づき、その魅力がここには欠けていることに気づいた。

私は古本屋で、主人に自分の選んだ本について、何らかのコメントや質問をすることが多い。でも、彼女たちはどう見ても、自分で本を選び分けて買い取り、本棚に並べている人たちには見えない。質問しても、味気ない答えが返ってくることは、目に見えている。

でもまあ、いちおう店の中に入ってみた。本棚は白木でできていて、適当な量の本が並んでいるので、見た目は悪くない。地域の図書館のようだ。そこにある本も、新しい。お客もけっこういた。ただ、普通の古本屋のような、力強さを感じる選書は感じられない。その理由は、寄贈によるものだからに違いない。아름다운가게は、売る本を寄贈によってまかなっているのだ。

최종규氏の話では、아름다운가게の運営者は、既存の古本屋に取って代わる形態としての古本屋になるようなことを言ったらしいけれど、まあその器量は아름다운가게にはなさそうだ。아름다운가게を批判する최종규氏の言葉を引用してみよう。

“헌책방이 사회에 무슨 공헌을 했는가요?”

아름다운 가게 사무처장은 저에게 이런 질문을 던졌습니다(물었다기보다 ‘던졌’습니다). 헌책방이라는 곳이 이러저러한 곳이고, 아름다운 가게에서 거저로 기부 받은 책을 너무 싼값에 팔기 때문에 수많은 헌책방이 타격을 받을 것 같다는 이야기를 한 뒤 받은 질문입니다.

책 문화를 살리고 나누는 헌책방 문화도 “아름다운 가게처럼 기부 받은 책을 헐값에 팔기 때문에 헌책방 임자는 사기꾼으로 몰려 책값을 비싸게 받아 처먹는 나쁜 놈이다”고 욕을 먹으면 흔들린다고 말했습니다.
http://www.ohmynews.com/NWS_Web/view/at_pg.aspx?CNTN_CD=A0000199011
아름다운가게の사무처장という人が投げつけたような無神経で意地悪な言い方は、私もA문구점(仮名)という文房具屋で投げつけられたことがある。その店でしばしば購入していた무극사の情報カードが、ある日そのA문구점の属する会社の製品と取って代わられていた。それで、무극사の商品がほしいというと、店員は何だかんだと言葉を濁らせて受け付けない。受け付けないだけでなく、こうやって小売店で受け付けなくなれば、무극사も滅びるのだと言った。冷たい言い方だ。その後その文房具屋は、自分たちの作った情報カードがよく売れなかったらしく、情報カードの棚自体を廃してしまった。무극사が滅びるなんて言っておいて、自分が滅びてしまったらしい。おかげで私は情報カードの利用がすこぶる不便になった。아름다운가게の사무처장という人も、似たような発想をする人らしい。“美しい店”という意味の아름다운가게にしては、美しくない発想だ。

とはいえ、寄付によって本をまかなうという아름다운가게は、特殊な形態の古本屋とは言えるだろう。既存の古本屋に取って代わるほどの魅力はないにしても、それなりのよさはある。もともと従来の古本屋とは畑が違うのだから、妙な野心を持たないで、自分たちのよさを追及すべきだ。

目を引く本が見つかった。それは、朝鮮時代から続く図書館、奎章閣の要覧だった。56ページの薄い冊子で、表紙と扉には建物の写真があり、目次を見ると、沿革から始まって、所蔵資料、組織および役員、施設、閲覧(=利用者統計)、事業となっていて、残り5分の2は付録となっているけれど、そこには主要刊行物の目録や、奎章閣の年表もある。これはありがたい本だ。値札が付いていなかったけれど、김완일氏が値段を聞いてきてくれた。1,000원だそうだ。それで、この店ではこの1冊を買った。

 『奎章閣 要覽』(서울大學校 奎章閣著・発行、1998)

会計をするとき、この店の名刺があればくださいと言ったら、店員たちが、あちこちガサゴソと探し始めた。けれども名刺は切らしているようで、代りに「아름다운가게 매장 안내」という小さな紙切れをくれた。その紙切れを見ると、ソウル市内に아름다운가게は29箇所あり、そのうち古本を扱っているのは、강남점と、この광화문점と、それから신촌점の3箇所だった。

아름다운가게 광화문책방は、「매장 안내」では「헌책방 광화문점」と出ている。住所は、서울시 종로1가 24 르메이에르 종로타운 지하215(この住所は、2010年2月21日の時点では Google に地図が出てこない)。電話番号は、02-732-6006。아름다운가게全体のサイトは、www.beautifulstore.org
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# by ijustat | 2010-02-21 21:21 | Bookshops

유빈이네책방

たまたま一昨日(2010年2月18日木曜日)、최종규氏が去年の11月7日に書いた記事を読んで、유빈이네책방の存在を知った。そして今日(20日)、実際に行ってみた。

c0019613_22414526.jpg場所に関しては、최종규氏の記事に、「지하철 2호선 이대입구역 5번 나들목에서 아현동 언덕받이 교회 있는 데로 조금 걸어가면 헌책방 하나 만날 수 있습니다 」(http://www.ohmynews.com/NWS_Web/view/at_pg.aspx?CNTN_CD=A0001255603)と書いてあり、インターネットで이대駅の5番出口を調べたので、大体どの辺にあるのかは見当がついた。ただ、古本屋によっては、気まぐれな営業をしているところがある。やっているかどうか、電話で聞こうと思った。けれども、최종규氏は電話番号を載せていないし、検索してみても電話番号は見つからなかった。そこで、とりあえず行ってみることにした。

地下鉄2号線이대駅の5番出口を出て아현동方面へ足を向けると、100メートルも行かないうちに、「책」と赤い字で書いた小さな丸い看板が目に入った。この店の前は、最近もたびたび車で通過したし、道が渋滞しているときは、道路沿いに本屋はないかとキョロキョロ眺めているのだけれど、ここに古本屋があることはついぞ気づかなかった。

店の前に至ると、店先にも本棚があり、その前にも箱に入った本が並んでいる。漫画本や、ちょっと目を引く分厚い本などだ。この店頭の本について최종규氏は、「이 앞을 지나가면서 ‘어, 여기 헌책방이 있구나?’ 하고 알아볼 수 있도록 해 줍니다 」と解説している。その本の前で、白いコートを着た30代ぐらいの女性が、しゃがんで一心に本を物色していた。

店に入ると、主人と見られる女性がテキパキと本の整理をしていた。間口よりも奥行きの方が長い店内の中央を、分厚い本棚が陣取っている。移動書架、つまり、引き戸式の本棚で、両側とも3重になっている。だからこんなに分厚いわけだ。その周りが通路で、そして壁側には2重の引き戸式本棚が巡らせてある(ただし、奥の本棚は引き戸式ではない)。左側の奥には流しがあり、その上にも本棚がある。

どこの本屋へ行ったときでもそうだけれど、その店に適応するのに多少時間がかかる。“適応”というのは、店のどこにどんな本があるのかが分かってくるということだ。だから、まずは本棚の間をめぐりながら、並んでいる(あるいは積んである)本を眺める。この本棚めぐりを繰り返すと、だんだんいい本が目に入ってくる。当然のことながら、“いい本があれば買いたい”という気持ちで見回らなければならない。

私が本棚を覗きながら見回っている間に、数人の客が入ってきては出て行った。そのたびに、主人の女性と親しげに会話を交わしていた。ある女性客は、年末に新型インフルエンザにかかったとき、病床で15冊読んだといっていた。それに対して主人の女性は、自分は本が好きでいつも読みたいと思っているけれど、インターネットのチェックでそんなに読む時間がないと言っていた。そうか。インターネットでも本を販売しているのか。

主人の机のある脇の本棚――つまり通り側の本棚――に、昭和8年(1933年)刊の『大言海』が、1冊だけあった。近づいて見ると、これは1巻本ではなく、前と後ろにあと何巻かあるようだ。主人の女性に、『大言海』は、あれ1冊しかないんですか、と尋ねると、そうだと言う。その他に、한글학회の『큰사전』の、2巻と3巻と4巻があった。これも揃っていない。

本棚を2回まわると、大体どこにどんな本があるのか見当が付いてきた。一番奥の本棚には、全集物や、辞書、聖書などの他、比較的重厚感のある本があり、いちばん手前とその後ろの本棚には、一般的な本が多い。

本を見ている間、小学校低学年ぐらいの男の子が何度も出入りしていた。主人の息子らしい。何かを一生懸命話していたけれど、話の内容までは注意して聞かなかった。

店の奥の方の本棚で、三中堂文庫の本を物色していたとき、扉の開く音とともに、女性の挨拶する溌剌とした声が聞こえた。마포区の区長(구청장)に立候補したのだという。そして、大学時代にこの辺を往来していたけれど、ここに本屋があったんですねえと言った。それに対し主人の女性は、ここで店を始めてから7ヵ月になるんですよと答えていた。ということは、去年の7月末か8月初めに開店したのか。

候補者は、向こう側の通路にいる客にも挨拶をしていた。それからまた扉の前に戻り、主人と話をした。どんな人なんだろう。ちょっと気になって見に行くと、いつの間にか旦那さんも来て候補者と話をしている。候補者は、40歳前後で華奢な感じの女性だった。私にもよろしくお願いしますと言いながら、顔写真の入った名刺を差し出すので、私はこの地域の者じゃないんですけどと答えた。すると、知り合いに마포区にお住まいの方がいらっしゃったら、よろしく伝えてくださいと言った。名刺には、마포구청장 예비후보、이은희と書いてある。연세대학교 철학과を卒業し、同大学の행정대학원を出たそうだ。예비후보って何だろう。

私の前に立っていた旦那さんが、カウンターの椅子に腰を下ろした。歳は、50代後半か60代前半ぐらいだろうか。優しそうな人だ。選挙の候補者が出て行ったあと、私は選んだ本を渡しながら、この店は최종규氏がインターネットに書き込んだ記事を見て印象が良かったので来ましたと言うと、최종규さんの記事を見てきた人が何人かいると言って喜んだ。そして、彼は本当にありがたい人だと言った。

それで、私は自分の話をした。私は日本から来たのだけれど、韓国に住んでいる間にソウルの古本屋についてもう少しよく知ろうと思って巡り歩いている。初めは신촌あたりの古本屋を巡っていたけれど、他の地域の古本屋も開拓しようと思って、ためしに「헌책방 종로」で検索したところ、대오서점という古本屋が出てきた。そのときの記事が최종규氏の書いたものだった。そして、최종규氏が韓国の古本屋をほぼくまなく巡り歩いていることを知り、それを読むことで、自分の古本屋に関する知識も飛躍的に高まった。

すると旦那さんも、自分も최종규氏の記事を読んで、古本屋についてたくさん学んだと言う。旦那さんはもともと工学畑の出身で、古本屋を始めたのは、最近のことだそうだ。ただ、以前から奥さんがインターネットで古本を売っていたので、自分も加わることになったのを期に、オフラインの売り場を始めたのだということだった。유빈이네책방という名は、年を取ってから生まれた我が子の名を取った。さっき出入りしていたのがその子だという。えっ?と思った。さっき出入りしていた子は男の子でしたけど、と言うと、その子の名だという。유빈이というから、てっきり女の子だと思っていた。

私が選んだ本は、次の通り。値段を尋ねると、全部で5,000원という。なんと、1冊たった1,000원の計算だ。

 『젊은 그들 (上)』(金東仁著、三中堂文庫、1976。1977年重版<1929年連載>)
 『젊은 그들 (下)』(金東仁著、三中堂文庫、1976。同年重版<1929年連載>)
 『흙 (上)』(李光洙著、三中堂文庫、1975。1977年重版<1932年連載>)
 『흙 (下)』(李光洙著、三中堂文庫、1975。1976年重版<1932年連載>)
 『母』(三浦綾子著、角川文庫、1996。1998年3版<1992年発表>)

ところで、旦那さんは、古本を「헌책」とは言わず、一貫して「중고책」と言っていた。私がそれを指摘すると、英語では「secondhand book」と言うけれど、あのように客観的な言い方を韓国語でもしたいのだというようなことを言った。それで私も同調して言った。日本語でも「古本」と言って、英語の「secondhand book」のように価値中立的な表現だけれど、韓国語で言う「헌책」は“無用になったもの”のような意味合いが強い。そのため、「귀중한 헌책」とか「희귀한 헌책」という表現は検索しても出て来ず、代わりに「귀중한 고서」や「희귀한 고서」ならたくさん出てくる。そういうわけだから、「헌책」という名称には難点がある。

もちろん、自国語を愛する人たちにとっては、固有語を含む「헌책」を廃して全て漢字語の「중고책」を取るということは、受け入れがたいことに違いない。彼らはこう主張するはずだ。「헌책」の「헌」に悪い意味はない、悪い意味を連想する人が悪いのだ、と。しかし、現実には、ほとんどが「헌」によろしからぬ意味を連想する“悪い”人々になってしまっている。そういう人々の意識を、彼らは啓蒙できるだろうか。최종규氏は、一人でその巨大な偏見に立ち向かっているけれど、構成要素の持つ意味から生じるイメージの強さに打ち勝つことは、どうやら無理のようだ。

旦那さんが、최종규氏が寄贈した本を、もし必要ならあげましょうと言った。でも、せっかくの本をただでいただくのは申し訳ないから、お金を払いますと答えると、いや、自分もただでもらったのだから、お金を受け取るわけにはいかないという。それで、私もこの本をいずれ誰か必要な人にただで譲ることを約束し、ありがたくいただいた。

私がいただいたのは、次の2冊。

 『우리 말과 헌책방 6』(최종규著、그물코、2008。初版本)
 『우리 말과 헌책방 7』(최종규著、그물코、2008。初版本)

c0019613_22422151.jpg旦那さんは、우리동네책방の主人の友達だそうで、自分が古本屋を始めたのも、彼の影響だという。そういえば、최종규氏が유빈이네책방の本棚は引き戸式(바퀴 달린 책꽂이)だと書いているのを読んだとき、우리동네책방を思い出したし、実際に訪れてその本棚を動かしてみると、どことなく우리동네책방のそれを髣髴とさせる感触があった。そういえば、店頭に本を並べるのも、どこの古本屋でもやるとはいえ、우리동네책방のやり方と共通している方法ではある。

帰り際に名刺を求めると、우리동네책방のとそっくりな名刺をくれた。実際、帰宅してから유빈이네책방と우리동네책방の名刺を比較してみると、書体からレイアウト、文字の色までまったく同じだった。店名の下に赤地に白抜きで「중고책 사고팝니다」と買いてあるのも、そっくりそのままだ。店名も、じっくり見ると、よく似ている。

유빈이네책방の住所は、서울시 마포구 염리동 8-39。地下鉄2号線이대입구駅5番出口を出たら大通りの方へ行き、そこから右に行けば、すぐにある。電話番号は、02-707-2934。
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# by ijustat | 2010-02-20 22:43 | Bookshops

Book Hunter

2010年2月17日、水曜日の朝。“임거정”を検索していたら、Book Hunter という古本サイトで이현세の漫画『공포의 외인구단』の第1部がばら売りで出てきた。

1990年ごろに동대문시장で買った『공포의 외인구단』は、第1部11冊、第2部9冊、第3部10冊と、全巻揃っていた。それが、長男が友達に読ませているうちに、第1部の第10巻がなくなってしまった。

ばら売りの中に、第1部の第10巻も含まれていた。売り切れになっている巻もあったけれど、第10巻は売れておらず、20,000원という値段が付いていた。少し高いので、一瞬戸惑ったけれど、この機会を逃したら、ずっと後悔するに違いない。それで、古漫画を高値で売るこの店を恨みながら、購入した。購入時刻は、08時44分。

ついでに言えば、김수정の『아기공룡 둘리』(도서출판 혜원)も1巻から7巻まで持っていたのが、貸すなといっても長男だったか次男だったかが友達に貸しているうちに、2巻が消えていた。検索してみたら노마드북にあって、20,000원という値段が付いていた。しかし、それから数分後にまた入ってみると、“품절”になっていた。今のは夢だったのか……。

その翌々日(2010年2月19日、金曜日)。11時30分ごろ、宅配便が届いた。縦27センチ、横20センチ、高さ13センチの箱を受け取った。私宛だ。なんだこりゃ、と思って差出人を見ると、BookHunter と書いてある。漫画1冊にしては、大きい。それに、中に何も入っていないのではと思うほど軽い。

c0019613_231313.jpg心配しながら箱を開けてみると、中に新聞紙が詰まっていて、その底に「공포의 외인구단」と書いた、古びて黄ばんだ本が1冊見えた。透明なビニールに包まれている。

ビニール袋から取り出して、よく見ると、表紙はずいぶん汚れていて、ページの端が風化しかけてボロボロになっている。とても1983年11月に出た本とは思えない。よほど乱暴に扱われていたと見え、紙の裂けたページがいくつもある。1ページから4ページまでが失われている。さいわい、扉は5ページ目からで、本文中失われたページはなかった。ただ、ページを捲るたびに、埃と黴の混ざったような匂いが鼻を突く。

c0019613_2333828.jpg表紙はビニールで覆われていて、その表面には埃が固まって垢のようになったものがこびり付いていた。ビニールの表紙の端も、茶色く変色して割れている。しかも、驚いたことに、幅5.5センチほどの巨大なホチキスのような針金で留めてあって、その針金も、すっかり黒く錆び付いていた。

そこで、まずビニールの表紙に付いている垢を、ウェットティッシュで丹念に拭いて落とした。いちおう表面はきれいになった。ただ、ビニールの内側の、紙に付いた汚れは仕方ないので放置。ウェットティッシュがどす黒くなるほど汚れが付いていた。

それから、ホチキスのような針金を取り外した。ペンチで取ろうとしたら、あまりにもしっかりと食い込んでいて、ペンチがかからない。そこで、千枚通しで梃子のようにして食い込んだ針金を僅かに浮かせたあと、ホチキスをはずす道具で3ミリほど浮かせ、それからペンチで針金を引っ張った。そのあと、針金の直角に食い込んでいた部分をまっすぐに伸ばし、そのうえで、本を裏返して、刺し通されていた針金を抜き取った。

古本の修繕について、호산방の박대헌氏が、専門家に任せよと忠告していた。几帳面な人は、ビニールなどを被せてテープをつけるけれど、絶対そんなことをしてはいけないという。それは本を傷めることになるから。私が今日受け取った本が、まさにそれだった。古くなった本を修繕すると、その修繕した部分が古くなったとき、本の状態がさらにひどくなる。

本にやたらな加工をしてはいけないということを、つくづく感じた。

とにかく、こうやって第1部第10巻を手に入れて全巻揃え直した『공포의 외인구단』の版権情報は、次の通り。

 『공포의 외인구단 1』(이현세著、도서출판 대길문화사、1983年9月20日初版本)
 『공포의 외인구단 2』(이현세著、도서출판 대길문화사、1983年9月20日初版本)
 『공포의 외인구단 3』(이현세著、도서출판 이화문화사、1983年9月20日初版本)
 『공포의 외인구단 4』(이현세著、도서출판 이화문화사、1983年9月20日初版本)
 『공포의 외인구단 5』(이현세著、도서출판 이화、1983年10月5日初版本)
 『공포의 외인구단 6』(이현세著、도서출판 이화、1983年10月20日初版本)
 『공포의 외인구단 7』(이현세著、도서출판 이화、1983年10月30日初版本)
 『공포의 외인구단 8』(이현세著、도서출판 이화、1983年10月30日初版本)
 『공포의 외인구단 9』(이현세著、도서출판 이화、1983年11月20日初版本)
 『공포의 외인구단 10』(이현세著、도서출판 이화、1983年11月20日初版本)
 『공포의 외인구단 11』(이현세著、도서출판 이화、1983年12月5日初版本)
 『공포의 외인구단 2부 1』(이현세著、도서출판 이화、1983年12月15日初版本)
 『공포의 외인구단 2부 2』(이현세著、도서출판 이화、1983年12月15日初版本)
 『공포의 외인구단 2부 3』(이현세著、도서출판 우성사、1984年1月5日初版本)
 『공포의 외인구단 2부 4』(이현세著、도서출판 우성사、1984年1月5日初版本)
 『공포의 외인구단 2부 5』(이현세著、도서출판 우성사、1984年1月20日初版本)
 『공포의 외인구단 2부 6』(이현세著、도서출판 우성사、1984年1月5日初版本)
 『공포의 외인구단 2부 7』(이현세著、도서출판 우성사、1984年2月15日初版本)
 『공포의 외인구단 2부 8』(이현세著、도서출판 우성사、1984年2月15日初版本)
 『공포의 외인구단 2부 9』(이현세著、도서출판 우성사、1984年3月5日初版本)
 『공포의 외인구단 3부 1』(이현세著、도서출판 우성사、1984年4月10日初版本)
 『공포의 외인구단 3부 2』(이현세著、도서출판 우성사、1984年4月10日初版本)
 『공포의 외인구단 3부 3』(이현세著、도서출판 우성사、1984年4月22日初版本)
 『공포의 외인구단 3부 4』(이현세著、도서출판 우성사、1984年4月22日初版本)
 『공포의 외인구단 3부 5』(이현세著、도서출판 우성사、1984年5月5日初版本)
 『공포의 외인구단 3부 6』(이현세著、도서출판 우성사、1984年5月10日初版本)
 『공포의 외인구단 3부 7』(이현세著、도서출판 우성사、1984年6月10日初版本)
 『공포의 외인구단 3부 8』(이현세著、도서출판 우성사、1984年6月10日初版本)
 『공포의 외인구단 3부 9』(이현세著、도서출판 우성사、1984年6月20日初版本)
 『공포의 외인구단 3부 10』(이현세著、도서출판 우성사、1984年6月20日初版本)

本のサイズやデザインは一貫しているのに、出版社は一貫していない。これはミステリーだ。

Book Hunter(북헌터)のウェブサイトは、bookhunter.co.kr。会社の所在地がいちおう出ていて、서울시 영등포구 신길7동 1629。電話番号は、02-847-0866と、011-784-4392 となっている。とはいえ、たぶん売り場はないだろう。
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# by ijustat | 2010-02-19 13:47 | Bookshops